私たちはラーバスという白魔法医師の青年に出会った。

 そしてその後、謎の人型(ひとがた)の魔物に(おそ)われた。

 パメラは首を()められそうになったが、ラーバスの強制睡眠(すいみん)魔法により魔物は眠らされた──。

 ◇ ◇ ◇

「仕方ないですね。その女性に(きず)があるかどうか確認する必要がある。診療(しんりょう)所に来てください」

 ラーバスは渋々(しぶしぶ)、といった風にパメラを見やって言った。

「ちょ、ちょっとあんた! 医者でしょ? あたしは(おそ)われたんだ。『仕方ない』って何だよ!」

 パメラは文句を言ったが、ラーバスは表情を変えずに言った。

「私は非常に(いそが)しい。正直、君の治療(ちりょう)などしている(ひま)はない。しかし、君の(はだ)に魔物の『病原体(ビボス)』が入っていないか確認しなければならないのです」

 私は「病原体(ビボス)……」とつぶやいた。

 聞いたことがあるが……。

 するとパメラが怒鳴った。

「確認? あんたができるの?」
「いいから早くしなさい! 病原体(ビボス)が体に入ってしまったら取返しのつかないことになるぞ!」

 ラーバスが怒鳴ったので、私とパメラは飛び上がった。

 病原体(ビボス)は、微生物(びせいぶつ)の一種であると聖女医学で学んだはずだ。

 これが体内に入り、流行(はや)(やまい)になると恐ろしいことになる、と聖女の医学書には記されてあったと思う。

 しかし私の病原体(ビボス)についての知識は、その程度だ。

 すると街の男性が三人やってきて、持ってきた布製の担架(たんか)を広げた。

 そしてその魔物を担架(たんか)()せて、運んでいってしまった。

「あ、あの魔物はどうなるのですか?」

 私が驚いて聞くと、「睡眠(すいみん)魔法で今日一日は眠っているでしょう」とラーバスはそう言うだけだった。

 そのとき、睡眠(すいみん)魔法をかけられたジャッカルがのろのろと起き上がった。

 ──ラーバスは続けた。

「あの若者たちは村の自警(じけい)団です。魔物のことが気になりますか? ──こういうことになるから、君たちには『帰りなさい』と言ったのですがね」

 ラーバスの言うことは冷たく(きび)しい。

 しかし、不思議と(すじ)が通っている気がした。

「見てみろ、この街はどことなく不自然だ」

 ウォルターが街を見やりながら言った。

 私たちはゾートマルクの街に足を()み入れた。

 そこは美しく新しい街であるが、不思議な形をしていた。

 街の入り口付近に看板があり、街全体が(えが)かれている。

 それを見ると、街には円を(えが)くように川が流れているらしい。

 川の外周(がいしゅう)の家々と、内周(ないしゅう)の家々とが分かれているのだ。

二分(にぶん)されている……区分(くわ)け?」

 パメラがそう言って首を(かし)げた。

 川には石造りの橋がかけられ、川の外周(がいしゅう)地域と内周(ないしゅう)地域は行き来はできそうだ……。

 そして家々は新しいのに、多くの外壁《がいへき》が(こわ)されている……?

 ◇ ◇ ◇

「さあ、こっちです」

 ラーバスは川の外周(がいしゅう)にある診療(しんりょう)所に入っていった。

 モルタルと石造りの家で立派だが、やはりなぜか外壁がボロボロだ……。

 診療(しんりょう)所の中は結構広く、一つの診察(しんさつ)室と四つの病室に分かれていた。

「皆さん、私はポレッタ・リリーネルシェと申します」

 診療(しんりょう)所にいた若い女性看護師が、四人分の布製マスクを手渡してきた。

「マスクをつけて下さい。白魔法医師会が配布しているマスクです。マスクをつけるのは、診療(しんりょう)所の中だけで結構ですよ」

 このポレッタという看護師も同じマスクをしている。

 鼻と口を(おお)医療(いりょう)用のマスクだ。

 聖女の医学書でも「大勢の患者がいる病院、診療(しんりょう)所では、マスクをつけることを推奨(すいしょう)」と書かれている。

 だが、こういったマスクは高価で私にはとても手に入らない。

「パメラさん、診察(しんさつ)室に来てください。ああ、男性は外に出て。聖女さん、あなたは診察(しんさつ)室に入りパメラさんに付き()ってあげなさい」

 ラーバスもマスクを着用しながら私とパメラに言った。

 ウォルタとジャッカルは、診療(しんりょう)所のロビーの椅子(いす)で待つことになった。

 ◇ ◇ ◇

 診察(しんさつ)室もやたら新しくて、きれいだった。

 本棚(ほんだな)と薬品(たな)もある。

 ラーバスとともに、さっきマスクを手渡してきた女性看護師、ポレッタも入ってきた。

 ラーバスは机の前に座りながら言った。

「パメラさん、立ちなさい。服を全部()ぎましょう」
「な、何をおっしゃいます!」

 私は驚いてラーバスに向かって声を上げた。

「傷を見るだけで、若い女性に服を全部()げだなんて!」
「さっき魔物に(おそ)われた(さい)にできた(きず)を見るんですよ。体のどこかに魔物の爪でできたひっかき(きず)があったら、この女性は死ぬかもしれませんよ」
「えっ? (きず)で?」

 私もパメラも驚いたようにラーバスを見た。

 傷でそこまで致命傷(ちめいしょう)になるのか……?
 
 確かに獣の爪から体内に(きん)が入り、命に(かか)わるという話は聞いたことがあるが……。

「ご安心なさい。私ではなく、ポレッタが別の部屋でパメラの(きず)を確認します。早くしないと命に(かか)わりますよ」
「ではパメラさん、こちらへ」

 パメラはポレッタに奥の部屋へ連れていかれてしまった。

 大丈夫かな……。

 (きず)が命に(かか)わる……?

 私はパメラが心配で仕方なかった。

 ラーバスといえばインクを使い、机でパメラの診察(しんさつ)書を書いていた。

 十分後、パメラとポレッタが部屋から診察(しんさつ)室に帰ってきた。

 そしてポレッタはラーバスに言った。

「先生、パメラさんの肩、背中、腕には(きず)はありませんでした。しかし、右(ひざ)、左(ひざ)にはそれぞれ一ヶ所──計二ヶ所、すり(きず)があるようです」
「ふむ……」

 ラーバスはパメラを座らせて、両(ひざ)を虫眼鏡で見た。

 両(ひざ)(きず)はどっちも薄皮(うすかわ)がめくれて、多少血が出ている。

「これは魔物に襲われてできたひっかき(きず)というよりは、転倒したときにできた(きず)ですね。君が転んだのはさっき魔物に(おそ)われたときに倒れたときと……他には?」
 
 ラーバスがパメラに聞くと、彼女は顔を赤らめて答えた。

炭坑(たんこう)で走ってこけたんだよ」
「なるほど。まあ、命に別状(べつじょう)はないでしょう」

 ラーバスはパメラの両(ひざ)(きず)を念入りに消毒して、絆創膏(ばんそうこう)()りつけた。

「あの……そこまで(きず)を念入りに観察するのはどうしてでしょうか?」

 私が聞くとラーバスは答えた。

「あの魔物の爪から病原菌(ビボス)が入るんですよ。聖女ならご存知でしょう?」
「……そもそもあの魔物って、一体何なんですか?」
死霊(しりょう)……。いや、これはその系統(けいとう)の魔物を総称(そうしょう)する古い言い方ですね。あの魔物は『屍食鬼(ししょくき)』もしくは『グール』と呼ばれている魔物です」

 グール!

 聞いたことがある!

 (しかばね)()死人(しびと)同然(どうぜん)の魔物だ……!
 
 だけど謎が深まる。

 なぜこんな立派な街にグールが出現するのか?