「私が食料庫を見よう。もしアンナが出てきたら……あの聖女を牢獄(ろうごく)に入れて地獄(じごく)を見せてやる!」

 こ、この声は……!

 イザベラ女王だ!

「おい、(かぎ)があるぞ。気付かなかった。(かぎ)付きの戸か、珍しいな」

 鍵穴(かぎあな)(かぎ)()れ下がっている。

 その(かぎ)を穴に差し込むと引き戸に(かぎ)をかけられる「ネジ(しま)(じょう)」というものだ。

 ジャッカルは素早くネジ(しま)(じょう)をかけた。

「そこにいるか?」

 外から聞き覚えのある声がした。

 格子(こうし)の窓に誰かが近づいてくる!

 私は心臓が飛び出そうになったが、窓に近づいたのは……ネストールだった。

 すると彼は格子(こうし)隙間(すきま)から、「村人の大声が聞こえたら炭鉱(たんこう)へ」とつぶやいた。

「おい! お前……少年!」

 外で太い男の声がした。

 女王親衛(しんえい)隊のギルバル副隊長の声だ。

「少年、窓のところで何かしたか? 誰か中にいるのか?」
「いえ何も。だけど虫がすごくいるので、近づかないほうがいいですよ」
「えっ?」

 ギルバル副隊長は少し弱々しい声を上げた。

「む、虫か。苦手なんだよなあ……。少年! お前、そんなところでうろちょろしているんじゃない! とにかく食料庫は入らせてもらうからな!」

 ギルバル副隊長が窓を離れていく足音がした。

「ネ、ネストールの言った『大声』って何?」

 私がつぶやくようにウォルターとジャッカルに聞くと、ウォルターが考えながら言った。

「彼が言ったのは、『村人の大声が聞こえたら、食料庫の外に出て炭鉱(たんこう)に行け』──そういう意味だと思うが……うーむ」
「──食料庫内を探せ!」

 そのとき、引き戸部屋の外で──つまり食料庫内でイザベラ女王の声がした。

 そして数名の足音が聞こえた。

 女王親衛(しんえい)隊の数名が食料庫に入ってきたのだろう。

「どこだ? ここにもいない……()み上げられた箱の裏、近くを見ろ!」

 女王がイライラした声を上げたが、女王親衛(しんえい)隊の一員らしき男は言葉を返した。

「い、いないようです」
「箱の中身は何だ? 箱の中に人間が入っている可能性は」
「野菜や穀物(こくもつ)類です。箱は大人が中に入れる大きさではありません」
「食料庫に部屋はあるのか?」
「あ、あるようです!」

 私は思わずドキリとした。

 すぐにガタガタという引き戸の扉を開ける音がした。

 女王たちが、別の引き戸の部屋を開けているらしい。

「この部屋にはいません!」
「じゃあこっちは!」
「いえ、ここにもいないようで」
「ええい! では最後のここは」

 ガタガタガタ……。

 わ、私たちの引き戸部屋……ジャガイモの倉庫に入ろうとしている!

(かぎ)がかかっているな。ブチ(やぶ)れ!」

 女王がそう叫んだとき──。

「アンナだ! アンナ・リバールーンがいたぞーっ! 集会所の横だ!」

 窓の外──食料庫の外で「大声」がした。

 え?

 私は食料庫の中にいるのに……。

 声の主は……多分、オールデン村長?

「外だ! 全員、外に出るぞ! アンナを見つけたらしい」

 女王の声がして食料庫内は静かになった。

 窓の格子(こうし)隙間(すきま)から外を(のぞ)くと──。

 道端(みちばた)に何となく私に似ている女性が、おろおろと立っている。

 あ、あの人は誰?

 やがてその女性は女王親衛(しんえい)隊に取り囲まれた。
 
 そのときウォルターが素早く引き戸部屋の(かぎ)を開けた。

「よし! ネストールの言葉の通り、炭鉱(たんこう)のほうへ走ろう!」

 私とジャッカルはうなずいて、すぐに食料庫に出た。

 食料庫には誰もいない。

 そっと外に出ると集会所の近くに、たくさんの女王親衛(しんえい)隊たちが集まっている。

 女王の姿もある。

「さあ早く」

 ウォルターが私の手をとって走り出した。

 私はうなずくとすぐに集会所とは真逆(まぎゃく)の方向に走り、裏道を通って炭鉱(たんこう)に向かった。
 
 ◇ ◇ ◇
 
 私とウォルター、ジャッカルは炭鉱(たんこう)近くに急いだ。

 炭鉱(たんこう)前の集落にはパメラとネストールとグレンデル国王がいた。

 その三人以外は誰もいない。

 女王親衛(しんえい)隊は、あの謎の「もう一人の私」を調べているのだろう。

 一体、彼女の正体は……!

「さあ、炭鉱(たんこう)の西通路から外に出られるぞ。私が案内する。ついてきたまえ」

 グレンデル国王が言った。

 私は疑問に感じて聞いた。

「で、でも、さっきの女性は一体どなたなのですか?」
「あの人はレギーナさんだよ。オールデン村長の娘さんだ」

 ネストールが答えた。

 ええっ?

「彼女は自分から、『アンナ様の身代わりになります』と言ってくれたんだ。時間がなかったから、了承(りょうしょう)しちゃったけどね……。ちなみに大声の主はオールデン村長だ」
「レ、レギーナさんを助けなくちゃ」
「いや、俺が村に残って見ておく」

 ネストールが言うとグレンデル国王もうなずいた。

「私もレギーナの提案(ていあん)に驚いたよ。しかし女王と女王親衛(しんえい)隊に逮捕権(たいほけん)があるとしても、指名手配犯である本人……つまり君、アンナでないと逮捕(たいほ)できない法律になっている」

 そして少しうつむきながらも力強く言った。

「レギーナは……うむ、きっと大丈夫だ──。さあ、私についてきなさい。外に出るための抜け道を教えてやるぞ」
「し、しかし外に出たとして、私たちはどこに行けば良いのですか?」
「この村に死霊病(しりょうびょう)の子どもがいるのだろう。それに村人の毒素を取るために、たくさんの協力者が必要だ。私が死霊病(しりょうびょう)を見たゾートマルク村に行け」
「ゾートマルク村……!」

 聞いたことがある。

 南西のジャームデル王国が管理していると(うわさ)される謎の村だ。

「さあ早く! 女王と女王親衛(しんえい)隊は(おそ)かれ早かれ、ここに来てしまうぞ!」

 グレンデル国王が歩き始めたと同時に、「炭鉱(たんこう)のほうを探せ!」という声が聞こえてきた。
 
 女王親衛(しんえい)隊がこっちに来る!

 私、パメラ、ウォルター、ジャッカルの四人は、ネストールと別れてグレンデル国王に急いでついていくことにした。

 私たちは炭鉱(たんこう)の中に入っていった。

 女王と女王親衛(しんえい)隊という恐ろしい追手を恐れながら──。