ウォルターが、デリック王子と魔界の王子のラードルフを追い返して一日が()った。

 私たちは毒入りパンを入手することを忘れていたが、村に帰ってきたネストールが毒入りパンを二つ入手してくれていた。

 この毒入りパンを調べれば中の毒の成分も、毒がどうやって生成されたものなのかも分かるはず。

 村人が再び毒に(おか)される可能性も低くなるだろう。

 だが、どうやって毒の成分を調べる?

 それに、私はまだ村人全員に、治癒(ちゆ)魔法をかけることができていない。

 問題は山()みだった……。

 ◇ ◇ ◇

 その日の朝──私の村人への診察(しんさつ)はパメラによって休診(きゅうしん)とさせられてしまった。

「アンナ! 昨日、あんたは三人も治癒(ちゆ)魔法で治した。休まないと死んじゃうよ! 霊力(れいりょく)を使い過ぎ!」

 パメラは(つか)れ気味の私に向かって、(しか)るように言った。

「今日は問題を話し合おうよ。①毒入りパンの毒をどうやって調べるか。②約六十名以上の村人の健康状態をどうやって取り戻すか。③イザベラ女王やグレンデル城の襲撃(しゅうげき)にどう対処(たいしょ)するか……!」

 パメラは集会所の部屋の中で声を上げた。

 私、パメラ、ウォルターが集会所で色々話し合っていると──。

「あの……私、ザミーラ・エルマイナと申します」

 若い女性の村人が集会所の玄関に、おずおずとやってきた。

 おや? 子どもをおぶっている。

 五、六歳くらいの女の子か……。

「あ~。ダメダメ。申し訳ないけど今日はアンナの診療(しんりょう)はお休みだよ。診療(しんりょう)は明日!」

 パメラは若い女性に言った。

 ザミーラという女性はあわてたように、「そ、そうですか」とうなずいた。

「で、出直します」
「待ってください!」

 私は声を上げた。

 どうしても彼女がおぶった子どもが気になったからだ。

「お子さんの調子が悪いのですね?」
「は、はい。私の診療(しんりょう)は明日以降で良いですから……こ、この子の診療(しんりょう)をお願いします」
「分かりました。では、お子さんを()ましょう」
「アンナ! あんた、ダメだって! 少しは休まなきゃ」

 パメラが驚いたように声を上げた。

「一人だけなら大丈夫!」

 私がきっぱり言うと、パメラは額に手を当てて首を横に振った。

「まったく、あんたは~……」
「さあ、お子さんをここへ。お子さんのお名前は?」
 
 私がザミーラを集会所へ上がるよう手で示すと、彼女の顔は少し明るくなった。

「この子の名前はターニャです」

 私がうなずくとザミーラは子どもをおぶりながら、集会所に上がってきた。

「その毛布のところに座らせてください」

 私が指示するとザミーラは毛布の上に女の子──ターニャを座らせた。

 ターニャは(ひざ)を抱えて座っている。

 おや?

 私はその子をじっと見た。

 ターニャの目線が私のほうを向かない。

 ぼーっとしている。
 
 呼吸はしているし、もちろん脈はあるようだが……。

「ターニャ、ターニャさん」

 私がターニャの名前を呼んでも、彼女はこっちを見ない。

 言葉が聞こえていないのか?

 それとも……。

「反応がないですね」
「はい……」
 
 ターニャの母──ザミーラは泣きそうになりながら言った。

「この子、三ヶ月前からこうなんです」
「ターニャの年齢(ねんれい)は?」
「六歳です」
「体の(アーダ)()ます。よろしいですね?」

 私はザミーラの了解を得て、ターニャの体から()き上がる(アーダ)を見た。

 結果、彼女の(アーダ)には毒の緑色は(ふく)まれていなかった。

 つまり体内の臓器(ぞうき)には毒が蓄積(ちくせき)されていない。

 これは毒を摂取(せっしゅ)していないということ。

 グレンデル城製の毒入りパンを食べなかったということか?

「アンナ……これ……。この村では初めて()る症状だね」

 パメラは(まゆ)をひそめて言った。

 パメラも透視(とうし)しているのだから、ターニャの体内に毒がある可能性は少ないだろう。

「うーん……もう一度()ます」

 私はもう一度念入りに、ターニャの肝臓(かんぞう)、胃、大腸、小腸、肺、心臓、足、手を()た。

 ──正常だった。

 しかしターニャはぼーっとして、言葉を発さない。

「彼女の食事はどうしていますか?」

 私が母のザミーラに聞くと、彼女は言った。

「ターニャは三ヶ月、水か牛乳しか飲んでいません。だからとても心配で……」
「水か牛乳しか飲まない? 他に変わったことは?」
「ただ日中、ぼーっとしているのです」

 私はうなってしまった。

 初めて聞く症状だ。

 水か牛乳しか飲まないのでは、栄養がとても足りないではないか……。

 栄養失調も原因として考えられる。

 しかしそもそも、水と牛乳しか飲めなくなった原因は?

「やっぱり気になるのは、ターニャが(しゃべ)らないこと、名前を呼んでも反応しないこと、ぼーっとしていることだね」

 パメラは言った。

 その通りだ──。

 ターニャの症状がどうしても分からない。

 結局、今日はザミーラとターニャに帰ってもらうしかなかった。

「患者さんが目の前にいるのに、治せないなんて」

 私はもう本当に(くや)しくて、泣きそうになった。

「仕方ない。我々は何でも病気を治せる神ではないのだ。今は静観(せいかん)しよう」

 ウォルターがなぐさめてくれた。

 ◇ ◇ ◇

 昼の三時、私が外の広場で日向(ひなた)ぼっこをしていると誰かがこっちに歩いてきた。

 村長の娘のレギーナさんと、炭鉱(たんこう)の近くの家で静養(せいよう)していたグレンデル国王だ。

「国王、調子はいかがですか?」
 
 私がグレンデル国王に聞くと、彼は笑って言った。

「私はもうグレンデル国王ではないよ。まあ、私の呼び名は後々(のちのち)考えるとしよう。──私の体調はとてもよろしい。体が軽くなった。食欲も出てきたようだ」
「それは良かったです……」
「おやおや、そういう君の元気がないではないか? 悩みがあるのならば聞くが……」

 グレンデル国王がそう言ってくれたので、私は彼に説明した。

「先程、お子さんの患者様がいらしたのです。私が呼びかけても反応がなく、言葉も(しゃべ)りません」
「ほほう?」
「水と牛乳しか飲まず、一日中ぼーっとしているらしいのです」
「なるほど……ふむ」
 
 グレンデル国王は興味深そうに腕組みした。

「その症状(しょうじょう)はここから南西の地域で聞く、死霊病(しりょうびょう)に似ているな」

 ──死霊病(しりょうびょう)

 私はその始めて聞く病気の名前を聞いて、鳥肌(とりはだ)が立った。

 この直観は天使のささやき。

 そのおぞましい名前の病気──死霊病(しりょうびょう)とは一体、何なのだろう?