「私は知っている! 本当はデリック王子がウォルター・モートン──あなたを殺そうとした!」
「えっ?」

 私は牢屋(ろうや)番のジムの言葉を聞き、唖然(あぜん)とした。

「王子は、ウォルター・モートンの騎士(きし)としての才能を(ねた)んだ!」

 ジムは声を上げて、話を続けた。

嫉妬(しっと)していたのだ。ウォルター先輩(せんぱい)は剣術、馬術の天才だ。誰も敵わない。あのデリック王子でさえもね。だからデリック王子は稽古(けいこ)のとき、ウォルター先輩(せんぱい)、あなたを剣で()し殺そうとした!」
「ジム、それは──」

 ウォルターが何か言おうとしたときも、ジムは話を止めなかった。

「いいや、言わせていただきますよ、先輩(せんぱい)! 私は二年前まで騎士(きし)団員でした。私はあの光景を見ていたんです。剣術の稽古(けいこ)中、デリック王子がウォルター先輩(せんぱい)の前に立ち、先輩(せんぱい)を剣で突き殺そうとしたんですよ!」

 ジムがそう言うので、私はもっとその話を(くわ)しく聞きたかった。

「そ、それでウォルターはどうしたの?」
「ウォルター先輩(せんぱい)は、正当防衛で剣を突き出すしかなかった。その際、デリック王子の腕を()()ってしまったのです!」
「そ、それは──ほ、本当ですか?」

 私がジムに聞くとジムは大きくうなずいた。

「当たり前ですよ、本当です。私は見ていたんですから。他の騎士(きし)団員たちにも聞いてごらんなさい。皆、このことを知っていますよ。だけどデリック王子は権力を利用し、この不祥事(ふしょうじ)をもみ消そうとした!」
「ジム……」
「ウォルター先輩(せんぱい)……いや、ウォルター騎士(きし)団長殿(どの)! この女性がこの牢屋に来られたのは、まさしく神の(おぼ)()しです! この牢屋(ろうや)から出る、そのときがきたのです。あなたの無実を世間に知らしめるときが」

 ジムがそう言うと、私は大きくうなずいた。

「ウォルター、あなたが本当に無実ならば、この牢屋(ろうや)から一緒に出ましょう」
「僕が……牢屋(ろうや)から外に……!」
「ええ、そうよ。ウォルター」
「しかし、僕が外に出たら騎士(きし)団の皆は、王子たちに何をされるか分からない。恐ろしい手で殺されるかもしれないぞ。そもそも、僕はもう騎士(きし)団長ではない。騎士(きし)団長は別の人間だ」
「今の騎士(きし)団長は、ジャッカル・ベクスターでしょう!」

 ジムは怒ったように言った。

「デリック王子の選んだ騎士(きし)団長だ。卑怯(ひきょう)狡猾(こうかつ)な男です。真の騎士(きし)団長は、ウォルター先輩(せんぱい)ですよ!」
「しかし……今さら……」

 ウォルターは人間として、騎士(きし)として自信を失っているように見えた。

 無理もない。

 二年間もこの牢屋(ろうや)に閉じこめられていたのだから。

 しかし私は鉄格子(てつごうし)ごしに彼の手をとった。

「あなたは心配しすぎです!」

 私は彼の目をしっかり見て言った。

「さあ、ウォルター! きちんと身なりを整えましょう。髪の毛を整え、もう一度念入りに沐浴(もくよく)し、真のあなたを城の皆に見せてあげてください!」
「……ぼ、僕がか」
「ウォルター騎士(きし)団長! 私はあなたを()し使いとして任命します。あなたはこの牢屋(ろうや)から出てください!」

 私は力強く言った。

 ウォルターは静かに黙っていた。
 
 しかしその目は希望に燃えているようだった。

「さあ、開けますよ!」

 ジムは牢屋(ろうや)(かぎ)を開けた。

 ◇ ◇ ◇

 牢屋(ろうや)を出たウォルターは侍女(じじょ)や美容師と一緒に、身なりを整えるために城の風呂場に行った。

 ジムがいろいろ手配をしてくれたのだ。

 私はジムと一緒に城の城外(じょうがい)の庭園に出て、話を聞くことにした。

「ウォルター先輩(せんぱい)騎士(きし)団長時代、本当に私に色々教えてくださったんですよ」

 ジムは(なつ)かしそうに──それでいて(くや)しそうに言った。

「ある日、例の正当防衛の事件が起きて──。先輩(せんぱい)騎士(きし)団長をやめさせられ、牢屋(ろうや)にまで入ることになってしまうとは。しかも二年間もですよ!」
「しかし、どうしてデリック王子は、急にウォルターを牢屋から出そうと思ったのかしら」
「今まで何回かデリック王子のもとに、『ウォルター騎士(きし)団長は無実だ』という密告(みっこく)があったそうです」
密告(みっこく)!」
「ええ。『ウォルターを牢屋(ろうや)から出さないと、当時の事件の真相を皆にばらす』という手紙もきたようですね。つい一昨日(おととい)も同様の密告(みっこく)があったらしいですよ。ウォルター先輩(せんぱい)は人望が厚い人でしたからね。人気者でした」
「そうか、それで……。デリック王子はさすがに『ずっとウォルターを牢屋(ろうや)には入れておけない』と思ったわけね」

 そのとき──。

「ねえ! アンナ! 例の囚人(しゅうじん)が外に出たそうじゃないの! どんなヤツか知らないけどさ」

 ジェニファーがクスクス笑いながら、私に近づいてきた。

「まったく、アンナと囚人(しゅうじん)というのは、お似合いのカップルになりそうね! 囚人(しゅうじん)のウォルターって男は、どんなにみすぼらしい貧相(ひんそう)な男なのかしら。早く見せてよ、どこにいるの?」
「今、彼は城内(じょうない)で身なりを整えているはずです」
「あら、そうなの? 囚人(しゅうじん)が身なりを? アッハッハ。何やっても囚人(しゅうじん)囚人(しゅうじん)よ。どうあがこうが、泥水(どろみず)が金に生まれ変わることはないわ! バカにできるのが楽しみ~!」

 そのときだ。

 ザワッ

 そんな人々が(さわ)ぐような声が、城の入り口のほうで起こった。

「あっ! ウォルター先輩(せんぱい)です! 真の騎士(きし)団長が庭園にやってきますよ!」

 ジムが声を上げた。

 城の庭園にやってきたのは──。

 それはそれは立派な素敵な男性だった。

 その男性こそ、元騎士(きし)団長、ウォルター・モートンだったのだ。