「ふふん、面白い。では俺が勝ったら、その聖女アンナをいただくとしよう。そして君は、俺の目の前であのパンを食べてもらおう」
謎の男──ラードルフは笑って言った。
「何だと!」
ウォルターは木剣を構えた。
も、もしウォルターが負けてしまったら、彼は毒入りのパンを食べなくてはならないというの?
「真剣でなくて良いのか? 僕は木剣で君を打ち倒すことができるが」
ウォルターがラードルフに言った。
「黙れ!」
ラードルフは一歩踏み出し木剣を突いてきた。
ウォルターは後退しそれが当たらない距離に移動した。
二人はその一瞬、同時に前に出た。
鈍い骨の軋むような音がして──。
二人はぶつかり合った──鍔迫り合いだ。
「フフフ、人間よ、なかなかやるな」
「いや、君の剣術は隙がある」
ウォルターは静かに忠告した。
強い打撃音がして、ラードルフははね飛ばされた。
ウォルターは力でラードルフをはね飛ばしたのだ。
「な、なんだと?」
ラードルフは尻もちをついており、すぐにウォルターは倒れたラードルフの腹部に木剣を突き付けた。
「ま、まさかそんな」
ラードルフは足でウォルターの木剣を蹴り上げると、横に転がってその場から逃げてしまった。
「木剣を足で蹴り上げるとは。真剣だったら、足が切り落とされていたぞ。ラードフルよ」
ウォルターは首を横に振りながら言った。
「ゆ、許さん!」
すぐにラードルフは立ち上がり、右斜め上から木剣を振り下ろした。
ウォルターはそれさえも見切って避け、木剣を払う。
そして次の瞬間──ウォルターの木剣はラードルフの首筋に当てがわれていた。
「なるほど、とんでもない剣術の使い手だということか」
ラードルフは軽口を叩きながらも、すさまじい量の汗をかいていた。
冷や汗だろう。
「これは本気の剣術勝負になりそうだ」
「ラードルフ、君は今まで本気を出していなかったというのか?」
「ああ、そうだ──」
ラードルフは一歩前に踏み出た。
「その通りだよ、ウォルター!」
しかし彼は木剣を突き出さず、右手を突き出した。
「『爆発魔法』!」
ラードルフは魔法を放ったのだ。
これは剣術勝負では?
ラードルフは約束を反故にした!
だが、その魔法さえもウォルターは体を低くして避けていた。
次の瞬間──。
鈍い音がしてラードルフは地面に両膝をついていた。
そして、彼の右手首にはウォルターの木剣が当てがわれていた。
ウォルターの木剣が、ラードルフの右手首を強く打っていたのだ。
「……き、貴様……」
ラードルフがそううめいた──そのとき!
爆発音がした。
後ろの枯れ木が爆発したのだ。
ラードルフの爆発魔法が枯れ木に直撃していた──。
一方、ラードルフは顔をしかめて右手首を押さえている。
右手首は赤く腫れ上がっていた。
「ふむ」
ウォルターは静かに言った。
「君の魔法が当たっていたら、僕は死んでいたな」
「いい加減にしろ、ラードルフ!」
ジャッカルが二人の間に入りラードルフに向かって叫んだ。
「この勝負、ウォルターの勝ちだ。お前とウォルターでは剣術の実力に差がある。しかもお前は自分で決めた剣術勝負という約束事を反故にして、魔法を使った!」
「く、くく……バカな」
ラードルフが右手首を押さえながら言った。
「この私が……ま、魔界の王子が……。こんな屈辱を」
そしてラードルフはウォルターを睨みつけながら言った。
「覚えていろ、ウォルター……! 俺は魔界の王子、ラードルフだ。次は魔法を解禁して勝負をしよう。その聖女を賭けて……!」
ラードルフは私を見て舌打ちすると、「おい、行くぞ」とデリック王子に言った。
二人は馬車に乗り込んだ。
パンは赤い馬車の荷台に積まれたままだ。
二台の馬車は逃げるように村を出ていった。
「ウォルター! 大丈夫ですか?」
私はウォルターに駆け寄った。
おや? ウォルターが左腕を押さえている。
彼の左腕の一部が紫色の変色し、アザになっていた。
「どうして殿方はすぐ勝負事をするんですか! 私、あなたが傷つくと考えてとても不安です!」
私は泣きそうになりながら、彼の左腕に治癒魔法をかけつつ言った。
ウォルターは「すまない」と頭をかいていた。
もし負けたら、ウォルターは毒入りパンを食べさせられていたのだ。
本当にゾッとする。
◇ ◇ ◇
その日の昼過ぎ──。
「ふう……」
これで三人目の村人の治癒が終わった。
集会所の中は村人で満員になっていた。
私は村人の体を診て、治癒魔法をかけ毒を蒸散させていた。
集会所の中の村人は、私の治癒魔法を待つ人々だ。
「おい、いい加減にしろよ、アンナ!」
パメラが横から私を叱った。
「治癒魔法は本来、一日三人が限界だ! 無茶すると、あんたが倒れるぞ!」
彼女の言う通りだった。
四人目のお婆さんに取り掛かろうとしたとき、私は頭がグラリとした。
治癒魔法で霊力を使いすぎたのだ。
霊力は空から降ってくるが、それを出力するために内部の霊力《れいりょく》や精神力を多少使ってしまうのだ。
「パメラの言う通りだ。休みなさい」
横にいたウォルターが私を支えてくれた。
さっき私はウォルターを叱ったが、今度は逆に注意されて恥ずかしかった。
患者のお婆さんは心配そうな顔で私を見ている。
私は今日は、このお婆さんの治癒をあきらめることにした。
まだ六十人以上の村人を診ないと……。
でも村人全員の治癒を実現するには、一ヶ月も掛かってしまう計算になる。
その間に村人の体内の毒は、増殖する可能性もある。
それには毒入りパンの毒の成分も調べなければならないが──。
「あっ!」
私は肝心なことを忘れていた。
パン──。
あの毒入りパンを入手することを、すっかり忘れていたのだ。
私はあわててパメラに聞いた。
「毒入りパンは手に入れたっけ?」
「え? 村人を守るのに必死で、あいつらが持ってきた毒入りパンなんか触りもしなかったよ!」
パメラも肝心なことに気付いたようだった。
パンの毒がどのようなものでどんな場所で入手したのか調べないと、また村人の体内に毒が入ってしまう可能性がある!
し、しまった……。
「ただいま~」
私とパメラが頭を抱えていたそのとき、「彼」が集会所に入ってきた。
手に持っている布の袋には、見覚えのある角パンが見えていた。
まさかそのパンは……!
そしてその「彼」とはネストールだった──!
謎の男──ラードルフは笑って言った。
「何だと!」
ウォルターは木剣を構えた。
も、もしウォルターが負けてしまったら、彼は毒入りのパンを食べなくてはならないというの?
「真剣でなくて良いのか? 僕は木剣で君を打ち倒すことができるが」
ウォルターがラードルフに言った。
「黙れ!」
ラードルフは一歩踏み出し木剣を突いてきた。
ウォルターは後退しそれが当たらない距離に移動した。
二人はその一瞬、同時に前に出た。
鈍い骨の軋むような音がして──。
二人はぶつかり合った──鍔迫り合いだ。
「フフフ、人間よ、なかなかやるな」
「いや、君の剣術は隙がある」
ウォルターは静かに忠告した。
強い打撃音がして、ラードルフははね飛ばされた。
ウォルターは力でラードルフをはね飛ばしたのだ。
「な、なんだと?」
ラードルフは尻もちをついており、すぐにウォルターは倒れたラードルフの腹部に木剣を突き付けた。
「ま、まさかそんな」
ラードルフは足でウォルターの木剣を蹴り上げると、横に転がってその場から逃げてしまった。
「木剣を足で蹴り上げるとは。真剣だったら、足が切り落とされていたぞ。ラードフルよ」
ウォルターは首を横に振りながら言った。
「ゆ、許さん!」
すぐにラードルフは立ち上がり、右斜め上から木剣を振り下ろした。
ウォルターはそれさえも見切って避け、木剣を払う。
そして次の瞬間──ウォルターの木剣はラードルフの首筋に当てがわれていた。
「なるほど、とんでもない剣術の使い手だということか」
ラードルフは軽口を叩きながらも、すさまじい量の汗をかいていた。
冷や汗だろう。
「これは本気の剣術勝負になりそうだ」
「ラードルフ、君は今まで本気を出していなかったというのか?」
「ああ、そうだ──」
ラードルフは一歩前に踏み出た。
「その通りだよ、ウォルター!」
しかし彼は木剣を突き出さず、右手を突き出した。
「『爆発魔法』!」
ラードルフは魔法を放ったのだ。
これは剣術勝負では?
ラードルフは約束を反故にした!
だが、その魔法さえもウォルターは体を低くして避けていた。
次の瞬間──。
鈍い音がしてラードルフは地面に両膝をついていた。
そして、彼の右手首にはウォルターの木剣が当てがわれていた。
ウォルターの木剣が、ラードルフの右手首を強く打っていたのだ。
「……き、貴様……」
ラードルフがそううめいた──そのとき!
爆発音がした。
後ろの枯れ木が爆発したのだ。
ラードルフの爆発魔法が枯れ木に直撃していた──。
一方、ラードルフは顔をしかめて右手首を押さえている。
右手首は赤く腫れ上がっていた。
「ふむ」
ウォルターは静かに言った。
「君の魔法が当たっていたら、僕は死んでいたな」
「いい加減にしろ、ラードルフ!」
ジャッカルが二人の間に入りラードルフに向かって叫んだ。
「この勝負、ウォルターの勝ちだ。お前とウォルターでは剣術の実力に差がある。しかもお前は自分で決めた剣術勝負という約束事を反故にして、魔法を使った!」
「く、くく……バカな」
ラードルフが右手首を押さえながら言った。
「この私が……ま、魔界の王子が……。こんな屈辱を」
そしてラードルフはウォルターを睨みつけながら言った。
「覚えていろ、ウォルター……! 俺は魔界の王子、ラードルフだ。次は魔法を解禁して勝負をしよう。その聖女を賭けて……!」
ラードルフは私を見て舌打ちすると、「おい、行くぞ」とデリック王子に言った。
二人は馬車に乗り込んだ。
パンは赤い馬車の荷台に積まれたままだ。
二台の馬車は逃げるように村を出ていった。
「ウォルター! 大丈夫ですか?」
私はウォルターに駆け寄った。
おや? ウォルターが左腕を押さえている。
彼の左腕の一部が紫色の変色し、アザになっていた。
「どうして殿方はすぐ勝負事をするんですか! 私、あなたが傷つくと考えてとても不安です!」
私は泣きそうになりながら、彼の左腕に治癒魔法をかけつつ言った。
ウォルターは「すまない」と頭をかいていた。
もし負けたら、ウォルターは毒入りパンを食べさせられていたのだ。
本当にゾッとする。
◇ ◇ ◇
その日の昼過ぎ──。
「ふう……」
これで三人目の村人の治癒が終わった。
集会所の中は村人で満員になっていた。
私は村人の体を診て、治癒魔法をかけ毒を蒸散させていた。
集会所の中の村人は、私の治癒魔法を待つ人々だ。
「おい、いい加減にしろよ、アンナ!」
パメラが横から私を叱った。
「治癒魔法は本来、一日三人が限界だ! 無茶すると、あんたが倒れるぞ!」
彼女の言う通りだった。
四人目のお婆さんに取り掛かろうとしたとき、私は頭がグラリとした。
治癒魔法で霊力を使いすぎたのだ。
霊力は空から降ってくるが、それを出力するために内部の霊力《れいりょく》や精神力を多少使ってしまうのだ。
「パメラの言う通りだ。休みなさい」
横にいたウォルターが私を支えてくれた。
さっき私はウォルターを叱ったが、今度は逆に注意されて恥ずかしかった。
患者のお婆さんは心配そうな顔で私を見ている。
私は今日は、このお婆さんの治癒をあきらめることにした。
まだ六十人以上の村人を診ないと……。
でも村人全員の治癒を実現するには、一ヶ月も掛かってしまう計算になる。
その間に村人の体内の毒は、増殖する可能性もある。
それには毒入りパンの毒の成分も調べなければならないが──。
「あっ!」
私は肝心なことを忘れていた。
パン──。
あの毒入りパンを入手することを、すっかり忘れていたのだ。
私はあわててパメラに聞いた。
「毒入りパンは手に入れたっけ?」
「え? 村人を守るのに必死で、あいつらが持ってきた毒入りパンなんか触りもしなかったよ!」
パメラも肝心なことに気付いたようだった。
パンの毒がどのようなものでどんな場所で入手したのか調べないと、また村人の体内に毒が入ってしまう可能性がある!
し、しまった……。
「ただいま~」
私とパメラが頭を抱えていたそのとき、「彼」が集会所に入ってきた。
手に持っている布の袋には、見覚えのある角パンが見えていた。
まさかそのパンは……!
そしてその「彼」とはネストールだった──!