俺──デリック・デルボールは「食べられないパン」を、なぜかさびれた土地であるローバッツ工業地帯に配送することになってしまった。
王子の俺がだ!
◇ ◇ ◇
その日の朝、九時半。
なぜか今日、俺は行く予定だったウサギ狩りに行かず──魔界の王子なるラードルフと一緒に馬車に乗っている。
行き先はローバッツ工業地帯だ。
俺とラードルフの乗っている馬車は青い馬車。
俺たちの馬車の三メートル前を走っているのが赤い馬車だ。
赤い馬車の荷台には例の食べられないパンが山ほど積み上げられて、ベルトで固定され輸送されている。
そして魔王の魂が入った不気味な黒雲が、俺たちの馬車を監視するように一緒に移動してきている。
「そんなことより……どういうことなんだ、これは」
俺はイライラしながら言った。
なぜか馬車の客車に乗ったラードルフの隣には、俺の婚約者のジェニファーが笑顔で座っていた。
普通、婚約者というものは、俺の隣にいるもんだろ!
俺はラードルフの正面に座っている。
そして俺の右隣にはジェニファーの新しい若い侍女、ルチア・マグナスが座っていた。
「ねえデリック! このかっこいい人、誰なんだっけ? まあ、いい男なら誰でもいいけど」
ジェニファーはラードルフの腕に寄り添っている。
ジェニファー……俺の前で堂々と浮気っぽいことをするなよ!
しかも魔界の王子と!
ジェニファーはウサギ狩りが中止になったため、宝石商がたくさんいるライドマスにルチアと買い物に行く予定らしい。
「それにしてもあんたの親父は恐ろしいよな。油断してると雷撃が落ちそうだぜ」
俺は正面に座っているラードルフに、顔をひきつらせながら言った。
──その瞬間!
轟音が響き渡った。
地面に雷撃が落ちたのだ!
「キャアーッ」
ジェニファーとルチアが声を上げた。
馬車の馬は急停止し、俺たちは馬車から放り出されそうになった。
赤い馬車はかなり前を走っているからパンは大丈夫だが、青い馬車に乗った俺たちは大怪我をするところだった。
「ハハハ! 言葉に気を付けろ、グレンデル城の王子よ!」
ラードルフは高笑いして空を指差した。
例の魔王の魂が入った黒雲が、またしても雷撃を放ったのだ。
まだ俺たちの馬車の上空を漂って、ついてきている。
本当に俺たちを監視しているらしい。
このくだらんパンの配送を完遂しなければならないということなのか。
俺は目の前を走る、赤い馬車のパンの山をにらみつけた。
一体、あのパンは何なんだ?
どんな秘密があるっていうんだ?
◇ ◇ ◇
「じゃあ……また会いましょう。素敵な方……」
ジェニファーは頬を染めながらラードルフと握手し、馬車を降り立った。
そして侍女のルチアとライドマスの街に消えていった。
また俺たちの馬車とパンを積んだ馬車は、ローバッツ工業地帯に向けて走り出した。
「お前……。俺の婚約者を盗るんじゃねえぞ」
俺はラードルフに言ったが彼はひょうひょうと笑った。
「そんなつもりはないぞ。だが、人間の女も良いもんだな」
「おい、そんなことより、このパンの配送の秘密を説明しろ。あのパンは何なんだ?」
俺は目の前の赤い馬車に積まれたパンを見つつ言った。
するとラードルフはとんでもないことを言いだした。
「あのパンには毒が入っている」
「は?」
「お前の母親──つまり女王がグレンデル国王を毒殺しようとしたのと同じ毒が、あのパンに入っている」
「はああああ?」
俺は目を丸くしてクスクス笑っているラードルフを見やった。
俺たちの馬車は荒れ地に入った。
「ど、どういうことだ、ラードルフ! そんなこと知らんぞ!」
「イザベラ女王はお前の義理の父親、グレンデル国王を毒殺しようとした。毒をチョコレート菓子に入れてね」
グ、グレンデル国王は甘いもの好きで有名だった……。
俺は額の汗を拭きつつ、ラードルフの話を聞いた。
「バルフェーサの草のエキスを抽出すると、毒ができる。これは我々、魔族の知識だよ」
「や、やべえぞこれ。──いや待て、ちょっと整理しよう。そもそも何でお前がそんなことを知っている?」
俺の質問に、ラードルフが答えた。
「この計画は俺の親父──魔王バルジェガが計画したことだからだ。そして女王は魔王の言うままに動いている──。が、あの女王は欲の強い人間だ。国王を毒殺しようとしたのは、あの女の意志だがな」
「な、何で母上はグレンデル国王を殺そうとした?」
「簡単な動機だ。グレンデル王国が手に入るからな」
「な、何?」
「国王が存命したままでは、グレンデル王国の法律によりグレンデル王国は国王のものらしいからな。そしてグレンデル王国全土は、魔王バルジェガに捧げられることになる」
「な、何だとおおっ? ほ、本当か」
毒に関しては身に覚えがあった。
二年前だったか……俺は母上が持ってきたチョコレート菓子をつまみ食いしようとした。
すると母上はあわてて俺からチョコレート菓子を奪って、窓からポイと捨てたっけ……。
あ、あれに毒が入っていたのか!
──グレンデル国王は身に危険を感じて失踪した!
「じゃ、じゃあ、何でローバッツ工業地帯に毒入りパンを配送するんだ?」
「実験だ。超大国と渡り合っていくときに、敵国の街に忍び込みパンを配る。すると勝手に人が死んだり病気になっていくというわけだ。その実験をローバッツ工業地帯でしている、というわけだ」
俺はゾッとした。
冷や汗が止まらなかった。
お、恐ろしい計画だ!
「なぜ魔王はそんな計画をする? 力で征服しないのか?」
「この世界の各地にはまだまだ人間の強者がいる。魔王をおびやかすような……。だから人間の世界を手に入れるためには、必要な実験なのだ」
「こ、今日までその毒入りパンを食べているローバッツ工業地帯の連中は……今現在……どうなっているんだ?」
「毒の蓄積はあるが生きている」
「な、なぜだ」
「毒を入れないパンを配るときがあるからだ。また、毒が入っているパンと入ってないパンを同時に配るときもある。だから毒が入っていると気付かれにくいし、三年以上も実験を行なえているというわけだ」
な、なるほど! と、感心している場合じゃない!
こ、この悪魔め!
「ゆくゆくはデリック王子、お前もグレンデル国王となる。この毒入りパンの使用方法は学んでいたほうが良いと思うぞ」
「ど、どうしてだ」
「敵国を壊滅させるのに、すごく効果的だからだ。だからお前はローバッツ工業地帯を視察をする必要があった。お前も国王になれば分かる」
ラードルフは笑って言った。
た、確かに毒入りパンを配ることに成功すれば、街一つの壊滅は簡単かもしれん。
だが、ローバッツ工業地帯に行くのは、とても嫌な予感がする。
誰か、俺の驚くような人物が、ローバッツ工業地帯にいるような気がする……!
王子の俺がだ!
◇ ◇ ◇
その日の朝、九時半。
なぜか今日、俺は行く予定だったウサギ狩りに行かず──魔界の王子なるラードルフと一緒に馬車に乗っている。
行き先はローバッツ工業地帯だ。
俺とラードルフの乗っている馬車は青い馬車。
俺たちの馬車の三メートル前を走っているのが赤い馬車だ。
赤い馬車の荷台には例の食べられないパンが山ほど積み上げられて、ベルトで固定され輸送されている。
そして魔王の魂が入った不気味な黒雲が、俺たちの馬車を監視するように一緒に移動してきている。
「そんなことより……どういうことなんだ、これは」
俺はイライラしながら言った。
なぜか馬車の客車に乗ったラードルフの隣には、俺の婚約者のジェニファーが笑顔で座っていた。
普通、婚約者というものは、俺の隣にいるもんだろ!
俺はラードルフの正面に座っている。
そして俺の右隣にはジェニファーの新しい若い侍女、ルチア・マグナスが座っていた。
「ねえデリック! このかっこいい人、誰なんだっけ? まあ、いい男なら誰でもいいけど」
ジェニファーはラードルフの腕に寄り添っている。
ジェニファー……俺の前で堂々と浮気っぽいことをするなよ!
しかも魔界の王子と!
ジェニファーはウサギ狩りが中止になったため、宝石商がたくさんいるライドマスにルチアと買い物に行く予定らしい。
「それにしてもあんたの親父は恐ろしいよな。油断してると雷撃が落ちそうだぜ」
俺は正面に座っているラードルフに、顔をひきつらせながら言った。
──その瞬間!
轟音が響き渡った。
地面に雷撃が落ちたのだ!
「キャアーッ」
ジェニファーとルチアが声を上げた。
馬車の馬は急停止し、俺たちは馬車から放り出されそうになった。
赤い馬車はかなり前を走っているからパンは大丈夫だが、青い馬車に乗った俺たちは大怪我をするところだった。
「ハハハ! 言葉に気を付けろ、グレンデル城の王子よ!」
ラードルフは高笑いして空を指差した。
例の魔王の魂が入った黒雲が、またしても雷撃を放ったのだ。
まだ俺たちの馬車の上空を漂って、ついてきている。
本当に俺たちを監視しているらしい。
このくだらんパンの配送を完遂しなければならないということなのか。
俺は目の前を走る、赤い馬車のパンの山をにらみつけた。
一体、あのパンは何なんだ?
どんな秘密があるっていうんだ?
◇ ◇ ◇
「じゃあ……また会いましょう。素敵な方……」
ジェニファーは頬を染めながらラードルフと握手し、馬車を降り立った。
そして侍女のルチアとライドマスの街に消えていった。
また俺たちの馬車とパンを積んだ馬車は、ローバッツ工業地帯に向けて走り出した。
「お前……。俺の婚約者を盗るんじゃねえぞ」
俺はラードルフに言ったが彼はひょうひょうと笑った。
「そんなつもりはないぞ。だが、人間の女も良いもんだな」
「おい、そんなことより、このパンの配送の秘密を説明しろ。あのパンは何なんだ?」
俺は目の前の赤い馬車に積まれたパンを見つつ言った。
するとラードルフはとんでもないことを言いだした。
「あのパンには毒が入っている」
「は?」
「お前の母親──つまり女王がグレンデル国王を毒殺しようとしたのと同じ毒が、あのパンに入っている」
「はああああ?」
俺は目を丸くしてクスクス笑っているラードルフを見やった。
俺たちの馬車は荒れ地に入った。
「ど、どういうことだ、ラードルフ! そんなこと知らんぞ!」
「イザベラ女王はお前の義理の父親、グレンデル国王を毒殺しようとした。毒をチョコレート菓子に入れてね」
グ、グレンデル国王は甘いもの好きで有名だった……。
俺は額の汗を拭きつつ、ラードルフの話を聞いた。
「バルフェーサの草のエキスを抽出すると、毒ができる。これは我々、魔族の知識だよ」
「や、やべえぞこれ。──いや待て、ちょっと整理しよう。そもそも何でお前がそんなことを知っている?」
俺の質問に、ラードルフが答えた。
「この計画は俺の親父──魔王バルジェガが計画したことだからだ。そして女王は魔王の言うままに動いている──。が、あの女王は欲の強い人間だ。国王を毒殺しようとしたのは、あの女の意志だがな」
「な、何で母上はグレンデル国王を殺そうとした?」
「簡単な動機だ。グレンデル王国が手に入るからな」
「な、何?」
「国王が存命したままでは、グレンデル王国の法律によりグレンデル王国は国王のものらしいからな。そしてグレンデル王国全土は、魔王バルジェガに捧げられることになる」
「な、何だとおおっ? ほ、本当か」
毒に関しては身に覚えがあった。
二年前だったか……俺は母上が持ってきたチョコレート菓子をつまみ食いしようとした。
すると母上はあわてて俺からチョコレート菓子を奪って、窓からポイと捨てたっけ……。
あ、あれに毒が入っていたのか!
──グレンデル国王は身に危険を感じて失踪した!
「じゃ、じゃあ、何でローバッツ工業地帯に毒入りパンを配送するんだ?」
「実験だ。超大国と渡り合っていくときに、敵国の街に忍び込みパンを配る。すると勝手に人が死んだり病気になっていくというわけだ。その実験をローバッツ工業地帯でしている、というわけだ」
俺はゾッとした。
冷や汗が止まらなかった。
お、恐ろしい計画だ!
「なぜ魔王はそんな計画をする? 力で征服しないのか?」
「この世界の各地にはまだまだ人間の強者がいる。魔王をおびやかすような……。だから人間の世界を手に入れるためには、必要な実験なのだ」
「こ、今日までその毒入りパンを食べているローバッツ工業地帯の連中は……今現在……どうなっているんだ?」
「毒の蓄積はあるが生きている」
「な、なぜだ」
「毒を入れないパンを配るときがあるからだ。また、毒が入っているパンと入ってないパンを同時に配るときもある。だから毒が入っていると気付かれにくいし、三年以上も実験を行なえているというわけだ」
な、なるほど! と、感心している場合じゃない!
こ、この悪魔め!
「ゆくゆくはデリック王子、お前もグレンデル国王となる。この毒入りパンの使用方法は学んでいたほうが良いと思うぞ」
「ど、どうしてだ」
「敵国を壊滅させるのに、すごく効果的だからだ。だからお前はローバッツ工業地帯を視察をする必要があった。お前も国王になれば分かる」
ラードルフは笑って言った。
た、確かに毒入りパンを配ることに成功すれば、街一つの壊滅は簡単かもしれん。
だが、ローバッツ工業地帯に行くのは、とても嫌な予感がする。
誰か、俺の驚くような人物が、ローバッツ工業地帯にいるような気がする……!