「よかろう。ではデリック王子、今から俺と一緒に、ローバッツ工業地帯に行こう。実験中の人間どもの様子を見てやる」

 ラードルフはそう言った。

 実験……。

 例のパン……。

 何のことだ……。

 ◇ ◇ ◇

 俺はデリック・デルボール。

 グレンデル城の王子だ。

 俺、そして魔界の王子なるラードルフ・バルジェガは、一緒にグレンデル城の馬車の停車場(ていしゃば)に行くことになった。

「ローバッツ工業地帯にパンを配送せよ──」

 それがプラスティア墓地で女王から俺に与えらえた使命だ。

「何で王子の俺が!」

 俺は思わず叫んだ。

 意味分からん。

 そんな仕事は侍従(じじゅう)とかにやらせとけば良いんじゃないのか?

 それに一体何なんだよ、この魔界の王子とやらは。

 ニヤニヤ笑っているし……。

 馬車の停車場(ていしゃば)は庭園の横にあり、すでに馬車が二台用意されている。

「ん? ……あれは何だ?」

 俺はふと空を見上げた。

「うっ……!」

 馬車の停車場の空に、無気味な黒雲(くろくも)が浮かび俺たちを見下ろしている。

 あ、あの黒雲(くろくも)、ときおり電流のような雷を帯びているぞ。

「デリック王子、あの黒雲(くろくも)には魔王バルジェガの魂の片割(かたわ)れが入っている。お前を監視(かんし)しているのだ!」

 はあ?

 俺はラードルフの言葉を鼻で笑った。

「ワハハハ! そんなバカな。あの雲の中にお前の親父が入ってる? バカも休み休み言えよ」

 俺が笑いながら言ったとき──。

 耳をつんざくようなすさまじい音がして、地面に大穴が空いた。

 黒雲(くろくも)から雷撃(らいげき)が降ってきて、俺の横を直撃したのだ。

 墓地で見た雷撃(らいげき)と一緒だ!

 停車場(ていしゃば)の馬たちが飛び上がっていなないた。

「デ、デリック王子! 大丈夫ですか! あの黒雲(くろくも)に逆らってはいけません」

 俺の執事(しつじ)、ブルート・ドーソンが馬車の停車場(ていしゃば)に駆け込んできた。

 ブルートは尻もちをついている俺を助け起こして言った。

「王子、あなた様は早くパンを配送しなければなりません」

 ブルートが二台の馬車を指差した。

 赤い馬車の荷台(にだい)には角パンが山ほど()まれている。

 ベルトで固定され(しば)りつけられ、(くず)れないようになっているのだ。

 もう一方の青い馬車には俺とラードルフが乗るらしい。

 ラードルフはクスクス笑っているが、俺はブルートに聞いた。

「お、おい、パンの配送って……。女王は王子の俺に本気でそんな命令を出しているのか?」
「私はローバッツ工業地帯に、週一回、パンを配送しておりました。今回は王子、あなた様がその役目をするのです」
「お、お前がいつもどこかにパンを配送している話は、ちょっと聞いたことがあるが……」
「私はいつもあの黒雲(くろくも)監視(かんし)され、パンを配送しておりました」

 ラードルフはまた笑っている。

 こいつ、本当に魔界の王子か?
 
 本当は、どこかの旅芸人かなんかだろう?

「女王──母上はどこにいった?」

 俺がブルートに聞くと、彼は言った。

「親族会議に出かけられました」
「それにしても──何であのさびれたローバッツ工業地帯に、パンを配送する必要があるのだ?」
「そ、それは……私の口からはとても言えません。重要な実験なのです」

 また実験の話か。

 なんなんだ、それは。

「そして王子、絶対にあのパンを口にしてはいけません。分かりましたね?」

 は?

 意味が分からん。

 食べられないパンを配送するってことか?

 何だそりゃ。

 そもそも本当に王子の俺が、パン配送などという仕事をしなければならんのか?

 こんな魔界の王子と名乗る、いかがわしい旅芸人と一緒に何で──と思っていたそのとき──。

「何だ、さっき大きな音がしたぞ」
「雷のような音が鳴ったな」
「馬車の停車場(ていしゃば)のほうで鳴ったわ」

 城の兵士や侍従(じじゅう)侍女(じじょ)たちが馬車の停車場に()け込んできた。

 すると──!

見世物(みせもの)ではないっ! 消え失せろ、愚民(ぐみん)!」
 
 ラードルフが声を上げて手を前に突き出した。

 すると馬車の停車場(ていしゃば)の入り口で爆発が起き、兵士たちが吹っ飛んだ。

 う、うわあああ……!

「『爆発魔法(イクスプロシオン)』だ……。お前たちをいつでも殺せる。(さわ)ぐんじゃない」

 ラードルフは淡々(たんたん)と言った。

 停車場(ていしゃば)の入り口の(へい)が吹っ飛んでいた。

 兵士も数人倒れている。

「お、おい! し、死んだのか?」

 俺はラードルフに聞いた。

「お、お前、何やつ! デリック王子をお守りしろ!」
「王子、今、お助けしますぞ!」

 爆発に巻き込まれていない兵士たちが、ラードルフを見て突撃しようとした。

 ラードルフは笑って言った。

爆発魔法(イクスプロシオン)を受けた兵士どもは気絶しているだけだ。こんな場所で本気の魔法など(はな)つまい。だが、今度は本気でやるぞ」
「ま、待て! 兵士ども!」

 俺はあわてて兵士を止めた。

 城の兵士が何人死のうが俺は知ったこっちゃない。

 だが、下手に(さわ)ぐとこの魔界の王子が逆上(ぎゃくじょう)し、今の爆発魔法を俺に放ってくるかもしれない。

「た、(たの)むから近づくな! (さわ)ぐな!」

 俺は叫んだ。

 兵士たちは顔を見合せている。

 ラードルフは高笑いしていた。

 こ、こいつ、旅芸人なんかじゃない。

 ほ、本物の魔界の王子──!

 黒雲(くろくも)はまだ俺を監視(かんし)するように、空から見下ろしている。

「い、行けばいいんだろ! パンを配送しに! くそ!」

 俺は食べられないパンを、なぜかさびれた土地であるローバッツ工業地帯に配送することになってしまった。

 王子の俺がだ!

 意味が分からんが、どうにでもなれだ──!