「──パンはどうやって手に入れるのですか? 手作りですか?」

 私はオールデン村長に聞いた。

「いや、それは……」

 オールデン村長は言いにくそうだった。

 おや?

 私はパンに何か秘密がある、と感じていた。

 ◇ ◇ ◇

 一通り、食材は見終わった。

 私とウォルター、オールデン村長とレギーナさんは食料庫の外に出た。

 村は夕日の橙色(だいだいいろ)に染まっていた。

 時刻はもう夕刻──十七時くらいだろう。

「そろそろ夕食の時間です。村人たちが食材を食料庫に取りに来る時間ですが、どうなさいますか?」

 レギーナさんがそう話したとき、ウォルターが口を開いた。

「僕もさすがに腹が減ったよ。アンナ、──今のところ、食材に毒はないということが分かったのだろう?」
「ええ──。だけど、村人の体内には確実に毒が蓄積(ちくせき)されているのです。どこで毒が混入(こんにゅう)しているのか、謎です。これから夕食時間ですが、一軒(いっけん)一軒(いっけん)夕食を見回って毒を見るのも大変ですね……」
「食事に毒があるかどうか、見るということか。だが、この問題は簡単に解決できる」

 ウォルターが胸を張ってそう言ったので、私は驚いてしまった。

「僕が大量の料理を作り、アンナに毒がないかどうか確認してもらう。毒がないと確認されたその料理を村人の皆で食べればいい。そうすれば、村人が毒を摂取(せっしゅ)する可能性はほぼなくなる」
「ええっ? つ、つまり……」
「僕が『()き出し』をする」

 ()き出しという言葉は確か、軍隊の遠征(えんせい)で使う言葉だったような気がする。

騎士(きし)団の遠征(えんせい)ではよくやるぞ。()き出しとは、人数分の食事をいっぺんに作り、皆で一斉に食べることだよ。そうすると食材の使用に無駄が少ないからな」
 
 ウォルターという人は男性なのに料理までできるのか。

 グレンデル王国や周辺区域では、料理は女性がするものだと考えられている。

 私は感心してしまった。

()き出しか。まったく大変なことになったな。だが、今の段階で食事に毒がどのように(ふく)まれるのか分かってないからな……。あんたたち(まか)せるよ」

 オールデン村長はそう言って頭をかいていた。

「私たちが普段食べる食事は、パンと様々な野菜を煮込(にこ)んだスープ、たくさんの野菜を()ぜた肉野菜(いた)めなどですが……。それとは違うものですか?」

 レギーナさんが興味深そうに、私とウォルターに聞いた。

「そのような料理とは違うものを作る。僕に(まか)せてくれ」

 ウォルターは張り切っている。

 一体、どんな料理が出来上がるのだろう。

 ◇ ◇ ◇

 ウォルターが作り出そうとする料理は驚くほど単純なものだった。

 村の広場で焚火(たきび)をし、その上に鉄板を置く。

 そして鉄板の上で人参やジャガイモを厚く輪切りにして、バターで焼くだけだ。

 キャベツも大ぶりに切って、ただ単に焼く。

 ウォルターはこの料理を「騎士道(きしどう)焼き」と呼んでいる。

「何これ? 野菜の輪切りの……ステーキ? こ、こんなの初めて見た」

 起きてきたパメラが眉をひそめて、鉄板の上のたくさんの野菜を見た。

 私もこのような野菜料理を見るのは初めてだ。

 また、米を塩と湯で()て食べる──「米粥(こめがゆ)」という料理も完成させた。

 小麦を牛乳とバターで煮る「麦粥(むぎがゆ)」は知っているが、米が(かゆ)になるのか? と驚いた。
 
 私は改めて食材の(アーダ)を見て、毒がないことを確認した。

「ワハハ! 騎士道(きしどう)焼きと米粥(こめがゆ)じゃないか! 遠征(えんせい)のときに食べたなあ、おい。私にも手伝わせろ」

 ジャッカルが見回りから帰ってきて、破顔(はがん)して笑いながらウォルターの料理の手伝いをし始めた。

 ◇ ◇ ◇
 
 夕刻、十八時半──。

 夕食時間になった。

 村人はこの村に六十五名いるが、全員皿と(わん)を持たせて広場に呼んだ。

 グレンデル国王はまだ寝ているようだったが……。

 騎士道(きしどう)焼きは鉄板で野菜を焼くだけなので、全然手間がかからない。

 米粥(こめがゆ)(わん)にすくうだけだ。

「なんだこりゃ」
「うまいのか、これ」
「こりゃ、野菜の輪切りのステーキか? 見たことのない料理だぞ」

 鉄板を囲んだ村人たちは、珍しそうに騎士道(きしどう)焼きを見て──食べ始めた。

「おっ、これは……」
「う、美味い!」
「なんでこんなに美味しいんだ?」

 絶賛(ぜっさん)の声が上がった。

 ウォルターの料理は驚くほど美味しかった。

 野菜のそれ本来の甘味とバターの味が、一緒に口の中に広がった。

 人参もジャガイモもキャベツも、それぞれ個性的な味と歯ごたえがあることに改めて驚かされた。

「スープや野菜(いた)めは普通、野菜と野菜を()ぜて味を出すだろう。しかし、この料理は一つの食材を一つずつ丁寧(ていねい)に焼いて食べる。するとそれぞれの個性が、そのままの味と歯ごたえで味わえるのだ」

 ウォルターは説明した。

「しかもこの地方は荒れ地で、野菜の生命力が強い。だから野菜の甘味が強く、とても美味いことに気付いた。だからこの料理を作ったのだ」
「どうだ、美味いだろ。騎士道(きしどう)焼きは。魔法使いの姉ちゃん、どうだ?」

 料理を手伝ったジャッカルが、隣に座っているパメラに威張(いば)ったように言った。

 するとパメラが言い返した。

「美味しいけど、何であんたが威張(いば)ってんの? ウォルターを手伝っただけじゃん。そもそもどうしてあんたは旅についてきたんだっけ~?」
「お、おい! それはお前らのことが気になってだな」
「誰のことが気になるの~?」

 パメラはニヤついてジャッカルに聞いたが、ジャッカルは顔を真っ赤にして声を上げた。

「だ、誰でもいいだろ!」

 米粥(こめがゆ)も、米の甘味が出ていて美味しかった。

 村人たちは皆、これらの料理を「美味しい、美味しい」と言って食べてくれた。

 しかし()き出しをずっと続けるわけにもいかないだろう。

「そういえば、ネストールはどこに行ったの?」
  
 私がパメラに聞くと、パメラは答えた。

「弟はもともと風来坊(ふうらいぼう)だし、どこかの街をほっつき歩いてると思う。心配いらないよ」

 ◇ ◇ ◇

 ウォルターとパメラ、ジャッカルは鉄板を片付け、料理の後始末をし始めた。

 村人たちが全員、家に帰ったとき私はオールデン村長に聞いた。

 一番気になったのは、私たちの本来の主食であるパンのことだ。

「私が気になるのはパンのことです。米粥(こめがゆ)もいいけど、やはり我々の主食はパンです」
「うーむ……その通りだ」
「昨日までこの村では、パンを食べていたのでしょう? パンはどこで入手されていたのですか?」
「……明日になれば分かる」

 オールデン村長は神妙(しんみょう)な顔で言った。

「明日はパンが配給(はいきゅう)される日だ。……グレンデル城──イザベラ女王からな」
「イ、イザベラ女王?」

 私は驚いて声を上げた。

 私は嫌な予感がした──。