私の頭の中にグレンデル国王の臓器(ぞうき)──肝臓(かんぞう)の映像が浮かんだ。

 肝臓(かんぞう)の色は普通、黒っぽい赤色だが──深緑色の変色している。

 この色は……ヘンデル少年の肺にあった毒素を思い起こさせた。

 ◇ ◇ ◇

「国王、お願いいたします。『天使よ、治癒(ちゆ)をお願いします』と言ってください」

 私はベッドに横になっているグレンデル国王に言った。

 この文言(もんごん)を言うことは、治癒(ちゆ)魔法を天から(さず)かるために必要なことだ。

 国王は驚いた様子ではあったが、すぐにうなずいてくれた。

「ふむ……。『天使よ、治癒(ちゆ)をお願いします』──これでよかろうか?」

 私は彼の文言(もんごん)を聞き取ると、治癒(ちゆ)を開始することにした。

「天使よ、命じます。肝臓(かんぞう)の邪悪な異物を取り(のぞ)きたまえ」

 この言葉を言ったとき、私の頭の中に深緑色の肝臓(かんぞう)が明確に浮かんだ。

 グレンデル国王の肝臓(かんぞう)だ。

 肝臓(かんぞう)は左右に広がっており、中を通る(くだ)も左右に広がっている。

 その(くだ)の中に毒々しい緑色の毒素がこびりついている。

 脂肪(しぼう)を消化するための胆汁(たんじゅう)と色が多少似通っているが、その毒自体が(やみ)(アーダ)を放っているので間違いはない。

「天使のささやき、天使の(みちび)き、天使のきらめき……」

 私は古来から伝わる文言(もんごん)を唱えながら、頭の中に浮かんだ図形を指で宙に描いた。

 すると、(くだ)にこびりついた毒素が蒸散(じょうさん)した。

「毒素が出てきたよ!」

 パメラが声を上げた。

 私は透視(とうし)をやめ、すぐにグレンデル国王の体の(アーダ)を見た。

 すると深緑色の(アーダ)が空中に霧散(むさん)し、かき消えていった。

「ん……? 何だ? 体が軽くなったような……」

 グレンデル国王はつぶやいた。

 まだ汗をかいていたが、少し顔色が良くなったように見える。

 パメラはネストールからもらったパンを丸め、国王の頭、肩、腹部、足にその丸めたパンを当てがっていった。

 丸めたパンで細かい毒や邪霊を取り(のぞ)くのだ。

「はい、こっち見ないで~。見ると毒が返ってくるし、邪霊が取り()くことがあるからね~」

 パメラは家を出ていって、丸めたパンを近くの川に投げ捨て戻ってきた。

 グレンデル国王は身を起こそうとしたが、パメラは「だめだめ」と言った。

「体が弱っているのにすぐ動くと浮遊霊(ふゆうれい)が飛びつくよ。油断しないでね、国王のおっちゃん!」

 皆も国王も笑った。

 あの気難(きむずか)しいオールデン村長も苦笑いしている。

 さすがパメラ、国王様も「おっちゃん」呼びか……。

「国王の肝臓(かんぞう)という体内の部位に、毒素がこびりついていたのです」

 私はグレンデル国王に説明した。

「思い当たることはありますか?」
「ある。あるが……。ふむ……このことはなかなか言いづらい。すべての話はオールデン村長から聞いてくれんか。私は少し眠りたいのだが」

 治癒(ちゆ)魔法を受けた者が眠る、というのは良い傾向(けいこう)だ。

 体が睡眠(すいみん)による自然治癒(ちゆ)を欲しているのだ。

 私が村長のほうを振り返ると、オールデン村長はうなずきグレンデル国王に言った。

「国王、この者たちにすべてお話ししてもよろしいでしょうか?」
「オールデンよ……構わん。私の病気を治癒(ちゆ)してくれたのだ。アンナと……そしてパメラか。君たちは私の命の恩人だ……」

 国王の話では、オールデン村長はすべての事情を知っているようだが……。

 ◇ ◇ ◇

 私とパメラは村の集会所に戻り、オールデン村長から話を聞くことにした。

 今現在、グレンデル国王は炭鉱(たんこう)の前の家で眠っている。

 レギーナさんは国王のそばについてくれているようだ。

 恐らく二人は年の離れた恋人同士なのだろう……。
 
 しかし、国王の妻であるイザベラ女王と、国王の関係が気になるが……。

「そもそも、あの男性は本当に国王なのですか?」

 私がオールデン村長に聞くと、彼はため息をつきながら言った。

「その通り。グレンデル国王だ」
「なぜ、このローバッツ工業地帯におられる?」
「グレンデル国王は、グレンデル城から逃げてきたのだ」
「ええっ? 逃げてきた?」

 私は驚いたが、オールデン村長は話を淡々(たんたん)と続けた。

「俺は三年前までグレンデル城に、この炭鉱(たんこう)の石炭を届けていた。兵士の武器や(よろい)鍛冶(かじ)に使うためのものだ」
「そんな接点(せってん)があったわけですか」
「そこでグレンデル国王と色々話す機会があった。グレンデル国王は武器や(よろい)に興味があり、俺の副業である鍛冶(かじ)について(くわ)しく聞いてきた。そこで仲良くなったのだが……。その頃から国王は体の調子を(くず)された」

 オールデン村長は話を続けた。

「一年前、グレンデル国王は私を訪ねてこの村に逃げ込んできた。すでに相当やつれていた。国王は言われた。『グレンデル城の誰かに毒を()られた』と」
「毒を!」

 私は声を上げた
 
 肝臓(かんぞう)の中から取り出した毒は、一年前から蓄積(ちくせき)されたもの?

 しかし……。

「国王は病院に行かれたのですか?」
「ああ。ここに逃げ込む前、このローバッツ工業地帯近くにあるロブトフェールという街の病院にな。だが、ヤブ医者が担当し、そこでは治らなかったそうだ。彼は病院で一ヶ月過ごしたのち、このローバッツ工業地帯に逃げてこられたというわけだ」
「『お城で毒を()られた』──この話は確かなのですか?」
憶測(おくそく)になってしまうが……。イザベラ女王が(すす)めたチョコレート菓子を食べたらしい。国王は甘いものが好きだからな……。それを一ヶ月毎日食べていたらしいが、どんどん体調が悪くなったそうだ」

 チョコレート菓子に毒を()った……。

 イザベラ女王がやりそうなことだ!

 動機は分からないが、お菓子に毒を()り、国王を殺そうとした可能性は高い。

 しかし疑問が残る。

「一つ疑問があります。今から話すのはこのローバッツ工業地帯のことです。国王だけではなく、あなたも……そして若者でさえも、この村の者は()せ細っているんです。私は若者の(きず)を見たとき、(アーダ)に毒素が少量まぎれこんでいるのを見ました」
「な、なんだと?」
「私は明言(めいげん)します」

 私は言った。

「あなたたちも──この村の村人たちも、毒を()られている──! 何者かに!」
「な、なにっ?」

 オールデン村長は目を丸くして私を見た。