私たちは怪我をして(きず)ついた若者たち四名を、村の東にある集会所に運び込んだ。

 ウォルターやジャッカル、比較的(ひかくてき)元気な村の若者たちが運び込んでくれた。

 集会所の中は広いホールのようになっていたが、ただそれだけ。

 中には何もない。

 私たちは村でかき集めてきた古い毛布を()き、怪我人たちを寝かせた。

「こ、これから何をするんだ?」

 オールデン村長は眉をひそめて私を見て言った。

 集会所にいるのは、私とパメラ、村長、怪我人四人と彼らの家族、友人の十名だ。

 ウォルターやジャッカルたちは外に見回りに行った。

(きず)が治りやすくするように、『外気(ルアーダ)』を天から(さず)かり『(アーダ)』を怪我人たちに放ちます」

 私は頭の中に浮かんできた図形を、宙に指で描いた。

 すると私の体の中に、空から外気(ルアーダ)が入ってきた。

 若者たちの肩や足からはまだ出血があり、当然血は止まっていない。

「天使よ、この者たちの(きず)を早く治したまえ」

 私は唱えた。

 大きな治癒(ちゆ)魔法を使用する場合なら、患者(かんじゃ)に「天使の許可の文言(もんごん)」を言ってもらう。

 しかし、今回は傷を治すだけなのでその必要はなさそうだ。

 私が床に寝かされた四人の若者に向かって両手を広げると、手から放たれた(アーダ)が彼らを包んだ。

「あっ」

 後ろで見ていた村人が言った。

「あいつの腕の(きず)を見ろ、少し小さくなったような気がするぞ」
「そんなバカなことがあるか」

 オールデン村長は舌打ちしそう言い、若者の一人の(きず)を確かめた。

 すると(きず)は小さくなっていて出血はほぼなくなっていた。

 村人たちは他の怪我人の(きず)も確かめたが、出血が止まっている。

 彼らは驚いて口々に言い始めた。

「そ、そんな……。さっきナイフで()られてすぐだぞ。出血が本当に止まるなんて……」
「どの(きず)を調べても、傷口(きずぐち)が小さくなっている!」
「それに皆、ぐっすり眠っているぞ。さっきまで痛がっていたのに……。不思議だ……」
「これがアンナの治癒(ちゆ)魔法の効果だよ」

 パメラが私の代わりに説明してくれた。

「アンナの守護天使や霊団が見えない力で、(きず)(いや)したんだ。四人が眠っているのは、彼らが精神的に安定し安心したからだよ。良かったね」

 しかし……!

「……信じられんな!」

 オールデン村長はまたしてもジロリと私を見た。

「単に(きず)が浅かったからだ。時間経過とともに自然治癒(ちゆ)して(きず)がふさがっただけだ! 治癒(ちゆ)魔法などそんなものはない!」
「そう思われても構いません。重要なのは(きず)が治ったという結果──そうではありませんか?」
「む? ぐ、ぐむっ……」

 オールデン村長は(くや)しそうに私を見た。

 私はインチキ、まじない師と罵倒(ばとう)されたことが度々(たびたび)あるが、この治癒(ちゆ)魔法は本当に人体を治癒(ちゆ)できるものだと自負(じふ)している。

「そんなことより、彼らがかなり()せていたのが気になります。食事はどうなされていたのですか?」
「むっ……それは」

 オールデン村長が何かを言おうとしたとき、パメラが私に静かに言った。

「怪我人たちの(アーダ)の量は若いから多めだけど、少し不気味な深緑色の気が混じってる」

 パメラが私に耳打ちした。

「アンナ、これ……ヘンデル少年と同じ毒素?」

 確かに私の目にも、眠っている怪我人たちの(アーダ)に、微量(びりょう)な深緑色の(アーダ)が混じっているのが見える。

 気の深緑色は体内に混在(こんざい)する毒を(しめ)すが、普通の人間でも毒素は微量(びりょう)に持っている。

 したがって、毒が一概(いちがい)に悪いものとはいえないのだ。

「今、深く()るとまずいよね?」

 パメラが考えるようにして聞いてきたので、私は答えた。

「うん。傷口(きずぐち)がふさがりつつあるから、下手に動かすと良くないと思う」

 体の中を深く()るのは彼らの体に負担(ふたん)をかける場合もあるし、無理に毒素を取り(のぞ)こうとすると傷口(きずぐち)がまた開いてしまう場合が多々あるのだ。

 そのとき──若い女性が声をかけてきた。

「い、今、お取込み中ですか?」
「いえ、大丈夫ですよ。もう治癒(ちゆ)は終わりました」

 私が答えると、若い女性は涙ぐんで言った。

「私はレギーナ・オールデンという者です。村長の娘でございます。実はこの村の炭鉱(たんこう)の近くに、とある病気の男性が住んでおりまして……」
「やめろっ、レギーナ! 奇妙なまじない師に話しかけるな! こいつらはグレンデル城の役人だぞ!」

 村長が声を上げると、パメラが口を開いた。

「ちょっと! 勘違(かんちが)いしてんじゃないの? 村長のおっさん!」

 パメラが怒った。

「アンナやあたしたちはグレンデル城の役人じゃないよ。アンナは聖女だし、あたしは魔法使い。ウォルターは元騎士(きし)団長だけど()めてるよ。グレンデル城とは関係ない」
「う、うぬっ。しょ、証拠は?」

 オルデーン村長がそう反論したとき、レギーナという女性が泣き出した。

「お父さん、あのお方を何とかしてあげないと……。この村……いえ、この国の存亡にかかわります」
「ぐ、ぐぐ……」

 オルデーン村長は額の汗を()いた。

 この村の……この国の存亡?

 一体、どんな男性が病気だというのだろう?

 私は気になって聞いた。

「そ、そのお方は一体誰ですか?」
「ここでは申せません。実際に会えば分かると思います。とても有名な方ですから……」

 レギーナさんは真剣な表情だ。

 ゆ、有名な方?

 どういうことだろう?

「とにかく、私が()ましょう。その方の家に案内してください!」

 私は立ち上がった。

「お、おい! 変な真似したら許さんぞ。俺も見させてもらおう!」

 オルデーン村長も声を上げた。

 とにかく、レギーナさん言う「男性」の病気を()なくては。

 私はこのローバッツ工業地帯が(いだ)いている謎に、まだ戸惑(とまど)っていた。

 その男性とは、一体何者──?