「大丈夫だ。僕に考えがある。このままローバッツ工業地帯に行こう」

 ウォルターはそう言った。

 私たちは馬車で、南にあるローバッツ工業地帯に行くことになった。

 ◇ ◇ ◇

 馬車はやがてなにも無い()れ地に入っていった。

 向こうのほうに大きな山がそびえて見える。

「ローバッツ(さん)だ!」

 パメラは馬の蹄《ひづめ》が(ひび)く中で、大きな声で言った。

「あそこには有名なローバッツ炭鉱(たんこう)があるはずだ。石炭がたくさん取れると聞いたが」

 私たちの馬車は山のふもとにある村に停車した。

「俺、パン屋探してくる」

 ネストールがさっさと馬車の客車から降りた。

 パメラが驚いてネストールに注意した。

「おい、単独行動は(ひか)えろよ」
「腹減った。パン食いたい」

 ネストールはさっさとパンを探しに、村へ探索(たんさく)しに行ってしまった。

 ──しかし、村といっても何だかどんよりとした雰囲気(ふんいき)だ。

 人気(ひとけ)もない。

 村の家々も古く()ち果ててて、薄気味(うすきみ)わるく殺風景(さっぷうけい)だ。
 
「夜だったら幽霊が出たりして……。あたし、幽霊苦手なんだよなあ」

 パメラが(ふる)えながらそう言ったとき──。

「なんだ、お前たちは!」

 ヤギのような長いアゴ(ひげ)をした()せた老人が、村の家の前で私たちをじっと見て言った。

 彼は左手で杖をついて右足をひきずっていた。

「……お前ら、グレンデル城のヤツらか?」

 グレンデル城?

 ああそうか。

 この村や鉱山(こうざん)は、イザベラ女王が買い取ったと有名だ。

 しかしその後、この鉱山(こうざん)──炭鉱(たんこう)はさびれてしまったという(うわさ)があったようだが……。

「やっぱりそうか! お前ら、二度と来るんじゃねえ!」

 老人は怒りを込めて声を上げた。

 右手には農作業で使う(かま)を持っており、それをちょっと振り回した。

 あ、危ない……!

「イザベラ女王がここを買い取ってから、ここは病人ばかりになった! 何かがおかしい。しかも、グレンデル城のヤツらは病人を見てみぬふりだ!」
「ちょ、ちょっと待ってください。わ、私は聖女アンナ。他の四人は私の友人たちです。あなたは?」
「俺はこの村の村長、カルドス・オールデンだ! お前ら、グレンデル城の役人か何かだろう?」

 私はこのオールデン村長が何か誤解(ごかい)をしていると思った。

「私たちは──」

 私がそう言いかけたとき、荒れ地の向こうのほうから人影が村に向かってくるのが見えた。

 その数、三……四……いや、十人?

 いや、人ではない!

「ああっ!」
 
 オールデン村長は声を上げた。

「魔物だ! ヤツらが来た。あいつら週に一度はここを()らしに来るんだ! くそ、おーい! 魔物が来たぞ!」

 オールデン村長の声が周囲に(ひび)いたとき、村の家々から人々がすぐに出てきた。

 この村の若者たちだ。

 八名いる。

 しかし……腕には包帯を巻き体も()せ細り、とても戦える状態ではないように思える。

 もちろんオールデン村長は老人だし杖をついているので、戦えないだろう。

「来たぞ!」

 ジャッカルが叫んだとき、魔物たちはもう村の入り口にきていた。

 あ、あれは小鬼(こおに)──ゴブリンの集団だ!

 肌が緑色で二足歩行──小鬼(こおに)系の魔物だ。

 素早いし手にナイフを持っているので、非常に危険!

「い、行け! お前ら」

 村長の掛け声で、若者たちはゴブリンに飛び掛かっていった。

 若者たちは(かま)を持っている。

 確かに(かま)は武器になるが、彼らが手にしている(かま)は農作業用のもので武器ではない。

 ゴブリンは素早く、ナイフで若者たちの肩を()いたり足を()ったりしてなかなか手強(てごわ)い。

 完全に押されている。

 その理由は若者たちがもともと怪我をしており、体の線が細く体力が弱まっているからだ。
 
「見てられないな。いくぜ!」

 ジャッカルが舌打ちしながらウォルターに言った。

「ああ」
 
 ウォルターは木剣(ぼっけん)を手にした。

 まず一匹──ウォルターはゴブリンの脇腹を蹴り飛ばした。

 その横から飛びかかって(おそ)ってきたゴブリンを、木剣(ぼっけん)(たた)き落とした。

 ジャッカルの武器は鉄の八角棒(はっかくぼう)だ。

 ゴブリンのみぞおちを()き、左から(おそ)い掛かってきたゴブリンを(なぐ)り倒した。

 そのとき──!

「キェーッ」

 一匹のゴブリンがナイフを構え、ウォルターに向かって走り込んできた。

 ウォルターは冷静にそれを()け、蹴り足でゴブリンを転ばせた。

 すると今度は後ろからゴブリンがナイフを振り上げ、飛び込んできた。

 しかしウォルターはそれさえも左に()け、そのゴブリンは勝手に岩場に激突(げきとつ)した。

 ゴブリンたちは甲高い声を上げ、目を丸くしてウォルターたちを見やるとすぐに逃げていった。

「ふん」

 ジャッカルは静かに言った。

「たいした運動にはならなかったな」
「いかん、アンナ。村の若者たちを()てやれ」

 ウォルターが言った。

 若者たちは地面にうずくまったり、寝転んだりしている。

 若者たち八名のうち四名は、血を流している者がいる。

 彼らはゴブリンのナイフで()られたのだ。

 しかし(さいわ)(きず)は浅く、死人は出なかった……。

「どこかに休める家は無いのですか?」

 私がオールデン村長に聞くと、彼は私たちをジロリと見てから言った。

「……集会所だ。村の東にある」
「とにかく、怪我(けが)をしている人を皆で運びましょう!」

 私は声を上げた。

 今すぐ処置(しょち)が必要なのは四人だ。

 彼らをすぐに運ばないと。

「パメラ、治癒(ちゆ)の手伝いをお願い。怪我人の(アーダ)を一緒に見て」

 私がパメラに言うと、パメラは「うん、分かった」と深くうなずいた。

 さすが魔法使い、本当に頼りになる。

「もしかしたら彼ら若者たちの体内から、何か見つかるかもしれないよ。あのマードック警備員の息子、ヘンデル少年のようにね」

 パメラは静かに、神妙(しんみょう)な顔で言った。

 ヘンデル少年のように……?

 私は嫌な予感がして仕方なかった。

 村の若者たちの()せ方は──尋常(じんじょう)ではなかったからだ。