ローバッツ工業地帯……一体、どんな場所だというの?

 イザベラ女王とデリック王子の追跡(ついせき)から(のが)れるには、そこに行くしかない──。

 私たちは今や、本物の「指名手配犯」なのだ。

 ◇ ◇ ◇

 翌日の朝、私は貯金を下ろすため、グレンデル城の追手(おって)がいないことを確認してライドマスの街に出た。

 パメラもついてきてくれた。

 ここから五キロ南に行くと、例のローバッツ工業地帯がある。

 私たちは逃亡(とうぼう)生活を続けなくてはならないので、とにかくお金が必要だ。

 私の貯金は聖女協会に二百万ルピーほどあるはず。

 街の掲示板の地図を見て、南にある小さい聖女協会を見つけた。

「良かったな。聖女協会はどこにでもあるんだな」

 パメラが笑って言った。

 ライドマスの聖女協会は小さいが、しっかりとした木と石材の建物になっている。

 私は聖女協会所属の聖女なので、仕事で得たお金は協会で管理、貯金してもらっている。

「私はアンナ・リバールーンといいます。貯金を全額下ろしたいのです。聖女管理番号は77890です」

 私は聖女協会の受付の若い女性に言った。

 すると受付の女性は、眼鏡をすり上げ名簿(めいぼ)を見た。

「アンナ・リバールーン様……。ああ、名簿(めいぼ)にありました。聖女管理番号、77890──。番号も合ってますね」

 私はホッと安堵(あんど)の息をついた。

 しかしギョッとしたのは次の言葉を言われたときだった。

「えーっと、アンナ・リバールーン様の貯金額はゼロですね。これは今朝(けさ)──伝書鳩(でんしょばと)が伝えてきた最新のあなたの情報です」
「……はっ?」

 私は受付の女性に聞き返した。

「私の二百万ルピーは?」
「ありません。ゼロと書いてあります」
「そんなバカな!」
「ございません」
「おいおいおい」

 するとパメラがずいっと前に出た。

「お姉さん、何かの間違いじゃないの? アンナは二百万()めたって言ってんだ。もっと良く調べてくれよ」
「えーっと」

 受付の女性は名簿(めいぼ)をもっと調べ始めた。

「あなたの二百万ルピー……正確には二百十万ルピーですが、グレンデル城のジェニファー・ベリバークさんが全額下ろされています」
「えっ? ジェ、ジェニファー? デリック王子の婚約(こんやく)者の?」

 私は目を丸くした。

 なぜジェニファーが?

 どういうことかさっぱり分からない。

 ジェニファーは聖女でもなんでもないはず。

 そもそも私以外の人間が、聖女協会の貯金を下ろせるはずがない。

「ジェニファーさんがあなたの貯金を下ろされた場所は、グレンデル城の城下町の聖女協会です。今日の深夜0時ですね」
「し、深夜0時? 聖女協会ってそんな時間に開いてましたっけ?」
「王族か大貴族の方が直々に頼めば、聖女協会の夜時間管理者が担当することがあります」

 ジェニファーはデリック王子の婚約者……。

 すでに立派な王族といえる。

 しかし──私はあわてて聞いた。

「でも、何かの間違いじゃないですか?」
「毎朝、伝書鳩(でんしょばと)が文書により、聖女の情報を我々に伝えてきますので正確な情報ですよ。今朝(けさ)早く、その文書をここの聖女協会の者がこの名簿(めいぼ)に書き写しました」

 伝書鳩(でんしょばと)はとても訓練されていて、間違った文書や手紙、郵便物を届けることはほぼない。

 また、特別な魔法がかけられているので飛行速度も速く、正確に文書や情報を届けることができる。

「わ、私の貯金を、ジェニファーが下ろした理由は?」
「引き出された金額がそれなりに大金なので、理由が書かれております。──読み上げますね。『アンナ・リバールーンはグレンデル王国において重大な違反行為をしたため、罰則(ばっそく)として聖女協会の貯金を全額没収(ぼっしゅう)することにした』……と書かれております」
「い、違反行為!」

 私はハッとした。

 私──つまり聖女アンナはグレンデル城で騒ぎを起こし、イザベラ女王を激怒させ、しかも昨日の地下の祭壇部屋(さいだんべや)を破壊した……ということになっているはずだ。

 実際は女王が祭壇部屋 (さいだんべや)を自分で崩壊(ほうかい)させたのだが、私がやったことにしているのだろう。

 私はグレンデル城から見ると指名手配犯も同然である──ということを再認識(さいにんしき)させられた。

(女王がジェニファーに命令して、あんたの貯金の二百万を(うば)い取ったってわけだ。ジェニファーは女王の手下同然だ。息子の将来の嫁だからな)

 パメラは私に耳打ちしてきたので、私は聞き返した。

(な、なんで私の貯金を(うば)うの?)
(まともに逃亡(とうぼう)生活をさせないためだろ。金がないと人間、何もできないからな)

 イザベラ女王──な、なんと卑怯(ひきょう)な!

「ちょっとあなた」

 横で様子をじっと見ていた年配の女性──恐らくここの聖女協会の院長が私を見て言った。

「あなたはアンナ・リバールーンさんでしょ」
「え? ち、違います」
「いえ、違わないわ。あなた、グレンデル城から指名手配されている女ね。ちょっといらっしゃい」
「逃げろ!」

 パメラが叫ぶと、私はパメラと一緒に急いで外に逃げ出した。

 宿屋に走って逃げると、すでに宿屋の前に馬車が停車してあった。
 
 すでにジャッカルが御者(ぎょしゃ)席に乗っている。

 するとそのとき──。

「おい! 指名手配犯だ!」
「聖女アンナだ! 捕まえろ!」

 ライドマスの住人が集まってきており、私たちを見て声を上げている。

 た、大変なことになった!

「おい、乗れっ! ここはもうヤバい!」

 ジャッカルが叫ぶ。

 私とパメラは客車に乗り込んだ。

 すでにネストールとウォルターも乗っている。

 馬車は全速力で大通りを走り始めた。

 ◇ ◇ ◇

「僕のギルドの口座からも、貯金の四百万ルピーが全額引き出されていた」

 私たちの事情を聞いたウォルターが言った。

 私とパメラは目を丸くした。

「僕の貯金を引き出したのはデリック王子だ。いろいろ手を回して、僕らの逃亡(とうぼう)を邪魔する気だな」
「ど、どうするの、これから。一文無しよ」
 
 私が泣きそうになりながら言うと、ウォルターは静かに言った。

「大丈夫だ。僕に考えがある。このままローバッツ工業地帯に行こう」

 私は冷静なウォルターを見て、驚きつつ()ずかしくて顔を赤らめた。

 私は混乱して叫びたくなったのに……。

 ウォルターも心の中で多少は動揺(どうよう)しているはずだが、表面上はそんなそぶりは見せない。

 さすが元騎士(きし)団長──!

 私たちは馬車で南にある、ローバッツ工業地帯に行くことになった。