女王の祭壇部屋(さいだんべや)(はげ)しい音を立てて()れだした。

 ◇ ◇ ◇

 私とウォルターは急いで中庭に出た。

 夜の中庭には(さわ)ぎや音を聞きつけた人々が集まりだしているが、私たちは逆に城の外に走っていった。

 そのとき!

 地響(じひび)きとともにドスンという音が聞こえた。

 これまでで最も大きな音が(ひび)き、一番地面が()れた……。

「中庭が……! 中庭の地面が陥没(かんぼつ)したぞー!」
「危険だ。中庭に近づくな!」

 中庭のほうから人々の大声がする。

「中庭が陥没(かんぼつ)したか……。イザベラ女王が祭壇部屋(さいだんべや)隠蔽(いんぺい)するために、手動で(くず)れる仕掛けを作ったのだ。女王自身がそう言っていた」

 ウォルターは私の手をとりつつ走り、そう言った。

 城を出て城下町に出ると、周囲の繁華街(はんかがい)は夜の色に()まっていた。

「こっちだ!」

 パメラの声がした。

 パメラと侍女(じじょ)のロザリーが路地(ろじ)にいて待っていた。

 路地(ろじ)にはこの城に行くために使った馬車が停車している。

 ネストールはすでに客車の上にいて、菓子パンをかじっていた。

 ジャッカルといえば馬車の御者(ぎょしゃ)席にいる。

「ロザリー、馬車に乗りましょう」

 私が言うとロザリーは首を横に振った。

「いえ、私は後始末(あとしまつ)があります。城の様子を見届けます」

 ロザリーはきっぱり言った。

「でも……」

 私はロザリーが心配だった。
 
 ロザリーが私たちの味方をしたことがバレてなければ良いが……。

「おーい、早く出発するぞ!」

 ジャッカルが御者(ぎょしゃ)席で叫ぶ。

 そのときだ。

「おいっ、逃亡者(とうぼうしゃ)を探せー!」
「早く逮捕(たいほ)しろ!」

 真っ赤な(よろい)(かぶと)に身を包んだ、女王親衛(しんえい)隊が城から出てきた。
 
 私とウォルターは急いで客車に乗り込んだ。

「や、やばい! いくぞ!」

 ジャッカルは素早く馬車を発進させた。

 ◇ ◇ ◇

 私たちを乗せた馬車は城下町の大通りに出て、全速力で走った。

(あん)(じょう)、追ってきたな!」

 パメラが客車の後方を見て叫んだ。

 街の大通りは休日といっても夜なので、他の馬車の通りはほぼない。

 だが、後方から赤い騎馬(きば)隊がまたしても追ってきている。

 夜の街にすさまじい馬の足音が(ひび)いている。

 前回同様、また追いつかれるか?

 が……やがて不思議なことに、その騎馬(きば)隊は追いかけてこなくなった。

「どうしたんだ? なぜ追いかけてこない?」

 パメラが言うと、ウォルターが考えるようにしてつぶやいた。

「これは威嚇追跡(いかくついせき)だよ。夜は視界が悪くなるので、追跡(ついせき)に向かない時間帯だ。だから途中(とちゅう)まで追跡(ついせき)しておき、僕らを精神的圧迫(あっぱく)だけしたということ」

 もう馬の足音は聞こえない……と思ったそのとき、何かが私たちの頭上を飛んでいった。

 弓だ!

「これもまた威嚇(いかく)だ。『時間をかけて地獄(じごく)の果てまで追いかけるぞ』ということを(しめ)す。今日はもう夜だから追ってはこないだろうが、兵士がよく使う威嚇(いかく)攻撃だ」

 ウォルターは腕組みして言った。

 馬車は夜の街を()けていく──。

 ◇ ◇ ◇

 深夜──二十三時。

 私──聖女アンナと元騎士団長ウォルター、パメラ、ジャッカル、ネストールの五名はグレンデル城から約十五キロメートル離れた街、「ライドマス」で休息することにした。

夢馬亭(ゆめばてい)」という宿屋だ。

 皆であり合わせのお金を出して、男性用、女性用の二部屋をとった。

 明日、街の聖女協会で貯金を下ろせばそれなりのお金を得られるだろう。

 聖女協会に所属しておいて良かった、と思える。

 聖女協会は各地にあり、聖女番号と名前を言えばどこでも貯金を下ろせるのだ。

 ──それが甘い考えだと、そのときは気付かなかったが……。

「これからどこに向かいましょうか? 朝になれば、すぐにグレンデル城の女王親衛(しんえい)隊や騎馬(きば)隊が私たちを捜索(そうさく)し始めるでしょう」

 私たちは部屋に集まり、私は皆に言った。

「俺ら、指名手配犯ってことだね~」

 ネストールは後ろのベッドに横になり、パンをかじりクスクス笑いながら言った。

「お前は(だま)ってろ! パン食うな、太るぞ!」

 パメラが声を上げた。

 私は「指名手配犯」という言葉にギョッとしたが、気を取り直して皆に言った。

「やはり隣国(りんごく)ロッドフォール王国に一時身を(かく)すのが、一番良いのでは? 西にはラングレード王国がありますが……」
「うむ……だが、それはまずいぜ」

 私が言うと、ジャッカルが答えた。

「ラングレード王国は治安(ちあん)が悪すぎる。それに今はどこの国境(こっきょう)もダメだ。我々が通ったという情報が伝わる。マードックという警備員も、どこまで我々の味方をしてくれるか分からんだろ」
国境(こっきょう)(わた)るのがダメか? じゃあ、どこにも行けないじゃないか」

 パメラはそう言いつつ、思いついたように言った。

「……ちょっと思ったんだが、グレンデル王国内のローバッツ工業地帯はどう?」
「ローバッツ工業地帯?」

 私はすぐに思い出した。

 国境《こっきょう》にいたマードック警備員の息子さん、ヘンデル少年がその場所に住み続けて肺の病気になったのだ。

 それに……。

「だ、大丈夫かしら。あそこはイザベラ女王が買い取った工業地帯よ」
「アンナ、僕はローバッツ工業地帯に行くのが最適解(さいてきかい)だと考える」

 ウォルターが言うと、皆は驚いたように彼を見た。

「あそこは国境(こっきょう)に近いが、国境(こっきょう)ではない。しかも今はほとんど誰も人が寄り付かない場所だ。工業地帯といっても機能していない。──僕らが身を隠すのに最適(さいてき)な場所だといえる」
「俺もウォルターの意見に賛成だね」

 ネストールがまた笑って口を(はさ)んだ。

「指名手配犯の俺たちのような、悪~いヤツらがいっぱいいるそうだ」

 ロ、ローバッツ工業地帯……一体、どんな場所だというの?

 マードック警備員の息子さんの肺から摘出(てきしゅつ)した、あの毒素の正体は何だったのだろう?

 イザベラ女王とデリック王子の追跡(ついせき)から(のが)れるには、そこに行くしかない──。

 私たちは今や、本物の「指名手配犯」なのだ。

 私たちはうなずきあった。