私とパメラは急いで不気味な石造りの階段を(くだ)っていった。

 階段を降りると大きな通路があった。

 周囲は薄暗い。

「明るくしよう」

 パメラは言った。

「天使ちゃん、あたしとアンナの周囲を照らして! ──『(ルメン)』!」

 パメラが唱えると、彼女の左手が光り周囲を明るく()らし出した。

 パメラは魔法使い。

 昔、洞窟探索(どうくつたんさく)をしていたとき、この魔法をよく使っていたらしい。

 これで通路がよく見える。

「あっ、あれ!」

 パメラが声を上げた。

 目の前には鉄の扉があった。

 (かぎ)がかかって開かない。

「どうしようか?」

 私が考えていたとき──私とパメラの肩を、誰かが(さわ)った!

「ふんぎゃあ!」

 パメラが叫んだとき、「俺だよ」と聞き覚えのある声が聞こえた。

 後ろを振り返ると、そこにはネストールが立っていた。

「俺が(かぎ)を開けるよ」
「あ、あんた何してたのよ!」

 姉のパメラがネストールに聞くと、彼はポケットから針金(はりがね)を出しながら言った。

「パーティー会場でパン食ってた」
「あ、あんたねえ」

 (あき)れる(あね)尻目(しりめ)に、ネストールは扉の鍵穴(かぎあな)針金(はりがね)を突っ込み始めた。

 この「(かぎ)開け」は盗賊(とうぞく)から教わった特殊技能(スキル)らしい。

 そして一分もしないうちに、鉄の扉は内部から(するど)い音を立てた。

 私はパメラと顔を見合せた。

「こ、この先にイザベラ女王の祭壇部屋(さいだんべや)が……!」
「開けるよ」

 ネストールがさっさと扉に手を掛けた。
 
 ついに扉が開かれる──。

 ◇ ◇ ◇

 私たちの入った部屋は、とても広かった。

 その部屋は真っ赤な色で染め上げられていた……。

 ステンドグラス、祭壇(さいだん)、床、壁──すべでが毒々しい血色(ちいろ)(いろど)られている。

「お、おい! あれ!」

 パメラは部屋を進みつつ前方を指差した。

 私たちの正面には、一人の真っ赤なドレスを着た女性が立っている……。

 あの女性を──私は知っている!

「イザベラ女王……!」

 私はつぶやいた。

 まさにイザベラ女王その人が、私たちを見て(だま)って立っている。

 彼女の後ろには大きな祭壇(さいだん)があり、赤く染まった人骨、動物の骨やらがたくさん配置されていた。

 部屋の左右には牢屋(ろうや)があり、獰猛(どうもう)(けもの)のようなものが入っていてうごめいている。
 
 魔物だ!

「ここをかぎつけてきたのか。いや──来る予感がしていたぞ、聖女アンナよ」

 イザベラ女王は言った。

 イザベラ女王のすぐ手前には真っ白いベッドがあり、そこに男性が寝かされていた。

 ウォルターだ!

「や、やっぱり、ここにいたのか」

 パメラが額の汗を()きながら言った。
 
 ウォルターは眠っているが、足や腕が(くさり)(つな)がれていた。
 
「ウォルターを返してください!」

 私が叫ぶとイザベラ女王は笑って言った。

「残念だのう。返すわけにはいかんのじゃ」
「なぜです!」
 
 私が聞くとイザベラ女王は静かに言った。

「この男──ウォルター・モートンと悪魔を契約(けいやく)させ、私の親衛(しんえい)隊に配属(はいぞく)させる。彼は非常に有能で勇敢(ゆうかん)な男だ。お前には(わた)さぬ」

 そして言った。

「ウォルターならば、親衛(しんえい)隊の親衛(しんえい)隊長になろう──。そしてこのグレンデル王国を最強最大の国家とするきっかけとするのだ。私は新しい悪魔国家、グレンデル王国の女王となる!」

 私はハッとした。

 女王親衛(しんえい)隊は真っ赤な(かぶと)(かぶ)っていて、顔を見せない集団だ。

「まさか! 女王親衛(しんえい)隊の正体は全員、あなたが悪魔と契約(けいやく)させた人間!」
「その通り! 私自身が悪魔と契約(けいやく)し、悪魔と契約(けいやく)する方法を知っているからねえ」

 イザベラ女王は笑いながら言った。

(だま)って見ているといい、聖女どもよ。ウォルターは悪魔とすぐ契約(けいやく)できる──」

 女王は右手にナイフを持った。

 ま、まずい!

 女王はベッドの上に寝ている、ウォルターの胸にナイフを振り下ろした!

()めよ! 天使たち!」

 私は詠唱(えいしょう)し魔法を飛ばし、イザベラ女王の右手首を(おさ)え込んだ。

 彼女のナイフを振り下ろそうとした右腕が、ガクンと止まる。

 ふうっ……(あぶ)なかった……!

「ほほう、魔法か。聖女め」

 私の聖女の魔法が、イザベラ女王の右手首を(おさ)えつけている。

 しかしいつまで持つか……!

「バカな小娘じゃ。ウォルターは悪魔の力を得て新しい人間……いや、魔物に進化できるというのに」

 女王は私を(にら)みつけた。

 私は近づきながら、魔法を強めた。

 そしてついに私とイザベラ女王は、ウォルターが寝ているベッドを(はさ)むような形で対峙(たいじ)した。

「アンナ、気を付けろ! 女王の呪術(じゅじゅつ)が来る!」

 パメラが叫んだ。

 女王はナイフを右手で持ちつつ、左手を突き出した。

 すると私は急に首が息苦しくなった。

 私は、女王の呪術(じゅじゅつ)で首を()められている!

「ぜ、絶対にウォルターを守る!」

 私はかすれた声で宣言した。

 く、苦しい!

 私の首がきしむ音がする……!

 私は聖女の魔法で女王のナイフを(とど)め、女王は呪術(じゅじゅつ)で私の首を()めつけている。
 
 膠着(こうちゃく)状態だ……!

 だが、負けるものかああっ!

「天使よ、力を貸してください!」
「うむっ?」

 私が魔法の力を込めると、イザベラ女王の顔が(ゆが)んだ。

 彼女のナイフを持った右手が震えた。

 私は女王の右腕を(しび)れさせたのだ。

 女王はナイフを床に落とした!

「──『空気(ルフト)』!」

 パメラが(すき)をみて魔法を唱え、イザベラ女王の前に空気を発生させた。

 空気圧の爆発が起こり女王は吹っ飛んだ!

 彼女は祭壇(さいだん)に背中から突っ込んだのだ。
 
「ネストール!」
 
 パメラが声を上げると、素早くネストールがウォルターの手足の(くさり)(かぎ)を解いた。

「きっ、貴様ら……! 私の計画を……」

 女王は骨に()もれながら声を上げている。

「は、早く起きて、ウォルター!」

 私はベッドの上のウォルターの肩を()すった。

 するとウォルターはやっと目を覚ました。

「き、君たちは……」
「ウォルター! 早く逃げましょう」

 私がそう言ったとき、女王は立ち上がった。

 そして何を思ったのか指を鳴らした。

「フフフ……私が手を出すまでもない。やれぃ! 私の手下──」

 一人の男が祭壇(さいだん)横の扉から出てきた。

 イザベラ女王が声を上げる。

「悪魔兵士ジム・ロークよ!」

 えっ?

 見覚えのある男性の兵士が、私たちの前に立っていた。

「ウォルターさん! グレンデル城の詰所(つめしょ)(ぬす)んできたよ!」

 ネストールは声を上げ、ウォルターに木剣(ぼっけん)を投げ渡した。

「うむ」

 ウォルターは息をつき木剣(ぼっけん)を受け取ると、「彼」に向かって構えた。

 その悪魔兵士と呼ばれた男は──私を牢屋(ろうや)に案内してくれた、あの親切な男性兵士。

 グレンデル王国を追放されたはずのジムだった──。