私は聖女アンナ。

 牢屋(ろうや)の中の元騎士(きし)団長様を助けたら、女王を激怒(げきど)させ私も牢屋(ろうや)に入れられそうになった。

 そして友人のパメラとその弟ネストールとともに、隣国(りんごく)、ロッドフォール王国に逃亡(とうぼう)した。

 ◇ ◇ ◇

 宿屋の部屋の扉がノックされた。

「……私が開ける」

 パメラは注意深く、そっと扉を開けた。

「俺だ! 見つけたぞ!」

 そこにはジャッカル・ベクスターが立っていた!

「下がって!」

 ネストールがナイフを持って私たちの前に出て、ジャッカルを(にら)みつけた。

 ジャッカルは静かに言った。

「……なるほど。こんな小さい宿屋にいたとはな。探したぞ」
「動いたら血まみれだよ」
「おい待て」
「何が『待て』だ?」

 ネストールがそう言ってナイフを構えたが、ジャッカルはため息をついて両手を()げた。

「こういうわけだ。何もしない。話をしに来ただけだ」
「ウソをつくなっ」

 ネストールがナイフを構えて叫ぶが、ジャッカルは再び静かに言った。

「だからさ、両手を上げてるだろ。話し合いに来たと言っている」
「……何のご用ですか?」

 私はネストールの後ろから眉をひそめて、ジャッカルに聞いた。

「とにかく部屋に入れてくれよ。立って話すのも(つか)れるだろ」

 ジャッカルはニヤけつつ、両手を上げるのをやめなかった。

 私とパメラは顔を見合わせた。

 ジャッカル・ベクスター……現騎士(きし)団長。

 デリック王子の側近(そっきん)というべき男だ。

 なぜこの男が話し合いに来たのだろう?

 ◇ ◇ ◇

「変なマネをしたら、頸動脈(けいどうみゃく)を切るよ」

 ネストールが目を光らせてナイフを構えている。

「おお、(こえ)(こえ)ぇ。こんな用心棒(ようじんぼう)がいたとはな」

 ジャッカルは私とパメラの前の椅子(いす)に座った。

「どうやってロッドフォール王国に入ってきた? 国境(こっきょう)はどうした?」

 パメラが聞くと、ジャッカルは首筋(くびすじ)をポリポリと()きながら答えた。

「俺は通行許可証をきちんと持ってるからな。まあ、あのマードックっていう国境(こっきょう)警備員はお前らの仲間なんだろ? 一時間かけてやっと俺を通したよ。イライラしたぜ」

 マードックさんは時間(かせ)ぎをしてくれたようだ。

 国境(こっきょう)警備員に通行許可証を持っている者を帰らせる権限(けんげん)はないので、うまく仕事をしてくれたといえる。

 だが、問題はこのジャッカルという男がここに来た動機(どうき)だが……。

「ウォルターは現在、再び牢屋(ろうや)に入っているが……。俺と組まないか? ウォルターを助けてやる」

 ジャッカルがおもむろにそう言ったので、私とパメラは驚いて顔を見合わせた。

「な、何だと? お前、グレンデル城の騎士(きし)団長でデリック王子の手下だろ。どういう風の吹き回しだ?」

 パメラはジャッカルをじっと見やった。
 
 するとジャッカルは舌打ちをして言った。

「もうこりごりなんだよ! あのバカデリック王子がっ!」

 そしてわめいた。

「王子は、俺がウォルターとも勝負に負けたことで、俺を騎士(きし)団長から格下げにしやがったんだ!」
「格下げ? どういうことだ?」
騎士(きし)団員になっちまったんだよ、俺は!」
「へえ~、そりゃご愁傷(しゅうしょう)様。それが本当の話だったらな」

 パメラはニヤニヤして言った。

 ジャッカルは(つか)れた表情で話しを続けた。

「本当だよ。デリック王子は()っぱらって帰ってくると、弱いくせに俺や俺の部下を(なぐ)りやがる! それにあの野郎、勝手にヘナチョコな剣や(やり)(よろい)を買ってきて騎士(きし)団の資金をどんどん使っちまうんだ。金の管理は俺の責任になるんだ。たまったもんじゃねえよ!」
「へえ……、おーいアンナ。お前、ずいぶんバカな王子と婚約(こんやく)してたんだな」

 パメラにそう言われ、私は赤面した。

「わ、私は仕事で(いそ)がしかったものだから、彼の本性には薄々(うすうす)気付いていたものの……。彼のそういう面には目をつぶっていたことは事実よ。それに……」
「イザベラ女王の目があったんだろ」

 ジャッカルが私の代わりに言ってくれた。

「一度王子と婚約(こんやく)したら、あの女王がいるかぎり勝手に婚約(こんやく)解消できないからな。そういう意味では、王子が婚約破棄(こんやくはき)してくれて助かったんじゃないか?」

 ジャッカルの意見に、私は大きくうなずくしかなかった。

 ──パメラは口を開いた。

「しかしジャッカルさんよ、これであんたを信用した──とはならない」
「何とでも言え。俺はもうグレンデル城の騎士(きし)団に在籍(ざいせき)するのはこりごりだ」

 ジャッカルはため息をつきながら言った。

「聖女アンナさん、パメラさんよ。あんたたちの目的はウォルターを牢屋(ろうや)から助けることだろう? ウォルターを助けるための情報を教えてやる」
「……一応聞いてやるよ。どんな情報だ?」
「まず始めに基本的な情報を話そう。①──ウォルターは(ふたた)牢屋(ろうや)に入っている。②──新しい牢屋(ろうや)番にマックス・ライクという兵士がついている。③──前牢屋(ろうや)番のジムはこの国から追放されたらしい」

 ジャッカルの言葉を聞いて、私は驚いた。
 
 まさか? 

 私に協力的だった、あのジムが?

「そして④──明後日(あさって)、グレンデル城でパーティーを行う。王子とジェニファーの婚約(こんやく)記念パーティーだ」

 ジャッカルは続けた。

 パメラは私を見た。
 
 私はもうデリック王子に未練(みれん)はないので、婚約(こんやく)記念パーティーについては何も思わない。

 私はジャッカルに聞いた。

「その(すき)をついて忍び込めと?」
「ああ。牢屋(ろうや)のある地下一階は警備が手薄(てうす)になる。だが問題は、城の手前の庭園と城の一階の警備が強化されるってことだが……」
「警備が強化されているなら、城への侵入(しんにゅう)(むずか)しいのでは? 裏口も厨房(ちゅうぼう)(つな)がっていて、料理人がいっぱいいるし……」
「確かにそうだ。だが君たちなら、堂々と真正面から入り込む方法がある」
「ま、真正面?」

 私とパメラは同時に叫んでしまった。

 いったいどうやって?

 ジャッカルはニヤリと笑った。

「真正面から入り込めたらしめたもの……! とある良い案があるから実行してくれたまえ!」