♢夢の中の恐怖の授業

 定食屋の常連のゆらちゃんはいつも元気がない。家のことで悩んでいるのかと思ったが、実は小学校でのいじめに悩んでいる。食べに来るようになって、徐々に心を開いてくれているような気がする。それは、私たちが聞き上手になったのかもしれないし、食が心をほぐしたのかもしれない。

 まかない食を口にしながら、ゆらちゃんが見上げる。
「ねぇ。ここではいじめっこをやっつけることができるの?」
「怨みを晴らすってことか?」

 傍にいたエイトがゆらちゃんの問いに答える。

「怨みを晴らしたいんだな。でも、生きる時間が短くなるのは困るだろ? ここで依頼をすると長生きできないんだ」

「でも、生きててもつまんないよ。うちは貧乏だし、どうせ汚いっていわれるし」
 小学生の言葉は時に残酷だ。大人になると直接言わない言葉も平気で投げることがある。

「じゃあ、お兄さんがいじめっこの夢の中で授業をしてこようか。道徳の授業かな。いじめはだめだよってね」

「無償で引き受けるんですか?」
 樹が聞く。

「でも、道徳の授業で習ってもいじめはなくならないよ」

「だから、とびっきり怖い授業をするんだよ。夢だから、本当に相手がどうにかなってしまうなんてことはないけどな」

 エイトは片目をつぶって得意げだ。最近は人助けに目覚めたのか無償でボランティアを引き受けているような気がする。

「ウチも行くよ」
 サイコが名乗り出る。

「相手はなんていう子なんだ?」
「原いずみちゃんっていうんだけど。クラスでもボスのような存在で、逆らえる人はいないと思うよ」
「いずみちゃんの心の中に授業をしに行ってくるから、明日からきっと大丈夫だよ」

 エイトは何を考えているのだろう。子供の夢の中に入って何かを教えるってこと?

「今日のおさかなおいしいね」
「これは、魚の余りを入れて作ったスープだからね。野菜も余った部分を細かく切って煮るとおいしく食べられるんだよ。野菜って基本全部食べられるから無駄がないんだよ」

 まかない食は基本あまった食材を従業員が食べるものだ。だから、メニューにはないものをある食材でまかなう。これは、食品ロスを防げるし、意外とおいしかったりする。ある意味裏メニューだ。普段捨てている葉の部分や根っこの部分も細かく刻むと食べられたりする。飽食時代だから人々は食べ忘れた食品を躊躇なく捨てる。でも、物のない時代や戦争中は贅沢はできなかったのだろう。時代が変われば人々の価値も変わってしまう。

「いずみちゃんって怖いんだよね」
「嫌なクラスメイトがいても、毎日学校に行っているって偉いよね」
 樹が褒める。

「樹は嫌なクラスメイトがいると学校に行かないタイプだろ」
「バレました? 実は結構不登校になった時期があったのは事実ですよ。エイト先生を騙せないですね」

 樹は繊細そうな印象だったけれど、不登校だった時期があるらしい。どこか影があるような雰囲気は寂しさを受け入れて孤独と共に生きた人だったからなのかもしれない。大人たちもかつては子供だったわけで、その人たちにも学校生活があって――きっとみんなが勝者じゃない。弱者は這い上がってなんとか生きているのかもしれない。
 
「サイコさん、僕がいってもいいかな」
「そうだね、辛さがわかる樹店長は最大の武器になるかもしれないねぇ」

「このスープに浮いている野菜があるでしょ。これが今のゆらなの」
「浮いた存在はいじめに遭うってことか。なかなかうまいな」

 スープの具材は底にたくさん敷き詰められているけれど、浮いた具材は珍しいということで文字通り浮いた存在になる。目立たずみんなと一緒に底にいる具材は悪目立ちすることはない。そんなところだろうか。

「夢に出るっていうのは夢枕に立つとかそういう意味なの?」

「それに近いのかもしれないが、半妖の場合もっと具体的に色々指導できるってことだ」

「今日の授業内容を考えますか」

 樹もとてもにこやかに相談している。残酷な授業内容だったらどうしようと心配するが、半妖ではないと関われない案件だ。ここは黙って静観するしかない。

「ゆらちゃん、具体的に何をされたんだい?」

「体育倉庫に閉じ込められたり、ノートを隠されたり、上靴を汚されたり、机に落書きをされたり、悪口を言われたり……」

「なるほど。じゃあ、そういうことをされたらどんな気持ちになるか体験してもらうか」

 エイトの夢授業のプランが決まったようだ。

♢♢♢

 夜更けにエイトと樹はいずみちゃんといういじめの主犯格の元へ行く。夢の中にもぐる。これは半妖だからこそできるが、本当に不幸にするわけではないので、寿命はいただかなくてもできる。

「原いずみちゃんだね」
「あなたたちは誰?」

 夢の中で心地よく眠っていたいずみは突然現れた和装の男性二人の登場に驚く。一般的に夢は知っている相手しか出てこないので、初対面の男性が夢に出てくることは、いずみにとってはじめてのことだった。

「実は今日は道徳の授業をしにきた」
「こんな夜に?」
「夜の授業も悪くないと思わないか。むしろ夢の中でしかできない授業もある」
「あなたたち先生なの?」
 警戒をしながらいずみは問いただす。

「一応先生をやっているが、学校の先生じゃないんだ。そして、俺たちの授業は本当のように感じてしまうけれど、現実ではないという不思議なものなんだ」
「だから、どんなに怖くてもこれは夢だからね」
 二人はいずみに対して丁寧に真面目に説明をする。

「さて、子どもだからいじめが許されると思ったら大間違いだ」
 エイトは夢の中で宙に浮く。夢の中では自由自在に空も飛べるらしい。そして、エイトはいずみの手を引き大きな扉の前に連れていく。夢の中なので、実在しない場所だ。

「ここはどこ?」
「さあ、中に入るんだ」
 中に入ると、バタンと大きく重い扉が閉まる。中は薄暗い。

「君をこの部屋に閉じ込めてみた」
 宙に浮いた半妖二人と普通に地面に立ついずみ。

「閉じ込めるなんて、先生なのにおかしいよ」
「子どもなら、先生以外なら閉じ込めてもいいのか?」
「そういう意味じゃないけれど……」
 ばつがわるそうだ。

「君は今一人ぼっちじゃない。三人で中にいる。でも、一人ぼっちで閉じ込められたら、君はどうする?」
「心細い」
「じゃあ俺たちが、妖怪だったらどうする?」
「妖怪なんているわけないじゃない」

 すると、エイトと樹の容姿が変化する。エイトの口元からは牙が延び、耳もしっぽも生えてくる。これは、エイトの死神の姿を多少アレンジしたものだ。そして、血が額から流れる。これも怖さのための演出だ。夢の中は化粧をするように変化は自在だ。

 樹の姿もどんどん変化する。棘のある植物を身にまとい、目の周りが歌舞伎のような顔に変わる。どんどん肌が緑色になる。明らかに人間ではない。これも、植物のあやかしの姿にプラスして怖さを加味したと言ったところか。

 その変化を見て驚いたいずみは青ざめ声が出ない。
 出口を探そうと思って走るが、扉は見当たらない。足元を見ると、履いていたスニーカーが血のような真っ赤な色に染まる。ありえない話だが、ケガをしたわけでもないのに、スニーカー全体が血の色に染まっていく。

 これは夢だと自分に言い聞かせて、なんとか平静を保つ。
 なんとか出口を探し求めながら、歩くと自分が大切にしているオモチャが床に転がっていた。それは、粉々につぶされており、無残な姿になっていた。見ると、ノートが落ちており、いずみの悪口が書きなぐられている。

 誰がこんなことをしたの――? これは、夢。誰の仕業でもない。

「あなたたち、何の目的があるの?」

「君は学校でいじめをしている。だから、いじめられる側の体験授業をしただけさ」

 エイトの姿はだんだん巨大化していき、見上げるほどの高さになる。
 人間ではない何者かということを強調するためにあえて巨大化する。

「いじめを続けるなら我々も毎日君の夢で授業を行う」
 だんだん樹も巨大化する。これは夢だからできることだが、目の錯覚を利用した方法らしい。もちろん半妖にしかできない技だ。

「もしや、誰かのさしがね?」
「べつに」
「心当たりがありすぎてわからないわ。誰か当てたらここから出してよ」
「さあて、反省をしないと天井が落ちて来る部屋さ」
「天井が落ちるですって?」

 見ると、天井が少しずつ下がってきている。これでは押しつぶされてしまう。
「あなたたちも一緒に天井に潰されるわよ」
「我々は妖怪の仲間なんでね。潰されても生きられるのさ。そして、我々はここから出ることができるんだ」

 落ちて来る天井を放っておき、二人はそのまま外に出る。

「天井が落ちて来るじゃない。助けてよ」
 そのまま彼らはその場を去った。このうえない恐怖はダメだと思った瞬間夢から覚める。夢から覚めたら何を思うのだろう? そこが今回の授業の最重要項目だ。反省がないようならば明日はどんな恐怖の授業をしようか。口で言ってもだめならば実力で恐怖を味あわせなければいけない。これが妖怪流の夢の授業だ。