僕が魔法剣術道場の師範代(しはんだい)となり、二週間が経った。

 僕は自分らしく「人を()め」「丁寧(ていねい)に」「優しく」剣術を教えていたら、男子部が三名から七名、女子部が六名から十名に増えた。

 男子部のデリック、マーカス、ジョニーはたまにしか来ないが、相変わらず僕をにらみつけてくる。

 だが、他の道場生は(さいわ)い真面目だ。子どもから大人、ご老人まで幅広く来てくれるようになった。

「あなたの教え方が良かったみたいね」

 僕はギルド長室に呼び出され、ギルド長のマリーさんにこう言われた。

「あなたは教え方が丁寧(ていねい)で、男の人にも女の人にも好評よ」
「そ、それは良かったです」

 何だか信じられない気分だ。僕は、人にものを教えるのに向いているのかもしれない。

「ところで、このランゼルフ・ギルドの社長って、バーデン・マックスという人なんですよね?」
「あ、あら、良くご存知ね。んー……」

 マリーさんはちょっと顔をしかめた。

「でも、私とちょっと折り合いが悪い人なのよ。私、もしかしたら、いつかギルド長を()めさせられるかもしれないわ」
「えーっ? そんな」
「でも、どうして社長のことを聞くの?」

 僕はギルド社長の息子、ドルガー・マックスから受けたいじめのことを、マリーさんに話した。

「そんなことがあったの……」

 マリーさんはしばらく何か考えているようだったが、「その話は、また聞きたいわ」と言った。

「ところで、あなたの『ユニークスキル』が判明したから、報告します」
「な、何でしたっけ、それ?」
「あなたの魔法スキル表の最後の項目が、『解析(かいせき)中』だったでしょう。それが判明したの」

 マリーさんは魔法で、空中に光る文字で、僕のスキル表を作り上げた。

 最も下の項目には……。

☆重要 ユニークスキル
【ユニークスキル・幸運の伝播(でんぱ)
・ダナンに関わった者は、全員幸運を手に入れる。ただし、ダナンに危害を加えたものは、逆に大凶運(だいきょううん)になってしまう

「ユニークスキル、幸運の伝播(でんぱ)? なんのこっちゃ?」

 僕は首を(かし)げるしかなかった。

「ユニークスキルとは、その人が生まれ持っている、その人固有の特別な能力のこと」

 マリーさんは続ける。

「ドルガーが大貴族に依頼されるまでになったのは、おそらくあなたのおかげだと思うわ」
「ど、どういうことですか?」
「あなたの【ユニークスキル・幸運の伝播(でんぱ)】が、周囲の人間の運勢を高めていたのよ」
「えーっ? ということは」

 僕は眉をひそめた。

「僕がドルガーの運勢を、良くしちゃってたってこと?」
「そうよ。でも最近、あなたをいじめて魔物討伐(とうばつ)隊から追放した。この項目の説明を見なさい。『ダナンに危害を加えたものは、逆に大凶運(だいきょううん)になってしまう』」
「確かに、そう書いてありますね」
「となると、ドルガーの運勢は、今、最悪のはずよ」
「へ? そ、そうなんですか?」

 僕が驚いて聞くと、マリーさんはニッコリ微笑んだ。

「もしドルガーがあなたに関わってきても、あなたのユニークスキルが守ってくれるわ」

 ◇ ◇ ◇

 その日の昼、ドルガーたちの魔物討伐(とうばつ)隊「ウルスの盾」は、ランゼルフ地区のグレーザー墓地の近くを歩いていた。この辺の道はぬかるんでいて、なかなか歩きにくい。

 ドルガーが(ひき)いるのは、戦士のバルドン、魔法使いのジョルジュ。そして男性新聞記者のカーツ・ゲイリーとロジー・ベーカーだ。

 女魔法剣士のアイリーンは、最近、体調が悪く、宿屋で休んでおり、ついてこなかった。

「ドルガーさん、今日はカッコイイところ、見せてくださいよっ! バッチリ、写真に()りますからね」
「おおよ!」

 ドルガーは新聞記者のゲイリーの言葉に、歩きながら応えた。今日の魔物討伐(とうばつ)には、新聞記者がついてきている。ドルガーはこの大貴族依頼の魔物討伐(とうばつ)を、新聞に掲載《けいさい》させて、もっと自分たちの名声を高めようとしていた。

「オレらにかかれば、魔物なんて5分もかからずぶっ倒しちまうぜ!」

 ドルガーは胸を張って声を上げた。ちなみに今日の討伐(とうばつ)依頼は、最近、墓地に出現したポイズン・ビッグトードとスケルトン・ナイトの討伐(とうばつ)だ。グレーザー墓地はドルガレス家の墓がたくさんあり、彼らは魔物の出現に頭を悩ませていた。

「見とけや。今はAランクだが、すぐにSランクパーティーになって、大貴族どころか、王族直属の魔物討伐(とうばつ)隊になってやるぜ」
「す、すごい意気込みだ。さすが、若手ナンバー1の魔物討伐(とうばつ)隊のリーダーですね!」

 新聞記者のベーカーがはやし立てる。

 おや? そのとき……。

『ドルガー・マックスさんから、ダナン・アンテルドさんの【ユニークスキル・幸運の伝播(でんぱ)】の効果が外れます。十分、お気をつけください』

 ん……? 頭の中で、何か声がしたぞ。

 ドルガーは周囲を見回した。

「おい、なにか言ったか?」

 ドルガーはジョルジュに聞いた。

 ジョルジュは、「いえ」と首を横に振って言った。……なんだ、気のせいか。ドルガーはふん、と鼻で息をした。

「ドルガーさん」

 するとジョルジュが神妙な顔で、ドルガーに耳打ちした。

「ドルガーさんのお父様の経営する、ランゼルフ・ギルドに、ダナンがいるらしいじゃないですか?」
「あ? ああ」

 そうだ。

 ドルガーの親戚(しんせき)のデリック、そして友人たちのマーカス、ジョニーが、ダナンに道場で負けたらしい。デリック本人も言っていたことだ。

(どうなってやがる?)

 ドルガーは首を(かし)げるばかりだった。

 デリック、マーカス、ジョニーは、全員、学生魔法剣術大会の入賞者だぞ……! しかもデリックは四位だ。学生大会とはいえ、三人とも猛者(もさ)といっていい。

 あの松葉杖の弱虫ダナンが、デリックたちを負かした……? 何が起こっているんだ?

「どうしたんですか? もう魔物が現れたんですかい?」

 ゲイリーがドルガーの顔色をうかがって、聞いてきた。

「い、いや。まだだ」
「いてえっ!」

 その時! 急にバルドンが声を上げた。

 ドルガーが驚いて振り返ると、バルドンの右足に中型のヘビが喰いついている。

「ちきしょう!」
 
 バルドンはベビを左足で()み、道端に蹴り上げた。

 ジョルジュが駆けつけた。

「リッグ・スネークのようですね。牙に毒はないはずです」
「な、なにやってんだ! バルドン、注意しろ!」

 ドルガーはイライラして、バルドンを怒鳴りつけた。

 なんだ? ヘビがバルドンに()みついた? そんなことは今までの魔物討伐(とうばつ)でなかった出来事だ。

 ちっ、縁起(えんぎ)が悪いぜ。新聞記者が来てるってのによ!

 ドルガーは嫌な予感がして、仕方がなかった。

 やがて一行は、墓地にたどり着いた。

 その墓地から、ドルガー(ひき)いる魔物討伐(とうばつ)隊の没落(ぼつらく)が始まるのだった。