僕は松葉杖の魔法剣士、ダナン・アンテルド。ギルド魔法剣士道場の、師範代(しはんだい)になってしまった。

 そして、今日は女子部だ。

 女子部は女子部で、問題があるらしいが……。

「でりゃあ、おりゃあ!」
「てりゃ!」
「とあああーっ!」

 道場に入ろうとしたとき、女の子たちの元気の良い声が聞こえてきた。僕は今日も、一本の松葉杖をついて道場の中に入っていった。

 ガシッ、ガキッ、コキッ

 女の子の魔法剣士たちが六名、二人一組になって、木剣(ぼっけん)で対人稽古(けいこ)をしている。

 なーんだ、昨日の男子たちよりは真面目じゃないか?

「ん?」

 でも彼女たち、何か動きが変だ。

 対人稽古(けいこ)というよりは、チャンバラごっこ?

 すると、大人の女性が僕に近寄ってきた。あれ? 師範(しはん)なのかな。

「ま、待ってたのよ! あなた、ダナン君でしょ!」

 女性の年齢は多分、五十代くらいか。上品な顔立ちだ。

「はい、僕はダナンです。ギルド長のマリーさんに、ここの道場の師範代(しはんだい)に任命されました。あなたは?」
「私は、師範代(しはんだい)のポルーナ・マールです。とにかく助けて~」
「た、助けるって、どういうことですか? 女子部は、あなたが指導されているみたいですけど」
「そうじゃないのよ」

 ポルーナさんは、本当に困っているようだった。

「私は子どもの頃に、剣術をかじったことがあるだけの、近所のおばさんよ~」

 ん? どういうこと?

「ここの師範(しはん)がやめちゃって、無理矢理マリーさんに、女子部の指導を頼まれちゃったのよ。私、単なる近所のおばさんなのに」

 あ、何か分かってきた。

「だから、ちゃんと指導できる方が来てくれて、助かったわ~」
「い、いや~。僕もそこまで指導経験はないんですけど」
 
 僕が頭をかいていると、後ろから──。

「あの、あなたが新しい先生ですか!」

 すごく真面目そうな、それでいて気の強そうな女子道場生が、僕に向かって声を上げた。

 銀髪の髪の毛がきれいな、なかなかの美少女だ。

「私、モニカ・ルパードと申します! 十五歳です。女子たちの主将をしています」
「そうなのか。僕、ダナンです。十六歳なんだけど一応剣術を教」
「ダナン先生が、私たちの指導をしてくださるんですね!」

 いや、話を最後まで聞いて?

 ていうか、この子、かわいいのにすごく語尾が強い!

 僕は言った。

「とにかく、さっきやっていた対人稽古(けいこ)を見せて」
「わかりました!」

 モニカはまた、「どりゃあ! えいりゃあ!」と木剣(ぼっけん)を振り回しはじめた。

 相手の子もひるむ勢いだが、やっぱり動きが変だ。

(発動──【スキル・英雄王の戦術眼】……)

 おや? また声が頭の中で響いた。そ、そうか。【スキル・英雄王の戦術眼】ってスキルを活用して、この子たちを指導しろってことか?

「あ、ちょっと待って」

 僕は、彼女たちのチャンバラごっこ……いや、対人稽古(けいこ)をあわてて止めた。

「ちょっと変な部分がある」
「何がですか!」

 ギロッ

 真面目な女子道場生、モニカは僕をにらみつけた。こ、怖い……。

「私の何が悪いっていうんですか!」

 そ、そうか、相手は女の子なんだから、とにかく優しく分かりやすく、丁寧に教えると良いのかな。

「──いやね、君たちの体の姿勢が気になるな」
「姿勢?」
木剣(ぼっけん)を打っているとき、君たちは体が上下しているんだ。『すり足』で移動してごらん」
「すり足? なんですか、それって」

 今度は後ろから、セミロングの女の子が興味深そうに聞いてきた。

 すり足が分からないのか……。こりゃ、骨が折れそうだ。

 すり足は剣術独特の足の運び方で、剣術の基本中の基本だ。

「私はマチュア・ライネです。モニカの同級生で……。すり足って何ですか?」
「足をするように動く移動法だよ。真似してごらん」

 僕は松葉杖をつきながら、地面と足をするように歩いてみせた。

「ほら、こうすると体が上下しないよ。そうすると動きにムダがないんだ」
「えっ……あ、ほ、本当だ。体が上下しない!」

 モニカが声を上げた。マチュアも、「こんな動き、知らなかった!」と叫んでいる。

「上手い上手い。できたじゃないか」

 僕が()めると、女の子たちは驚いた顔で僕を見た。な、何だ?

 するとモニカが聞いてきた。

「あ、あと、剣を振るときに、威力(いりょく)が出ている感じがしないんです」

 僕はピンときた。

「君たちは、左(ひじ)と右(ひじ)が、狭くなりすぎているんじゃないかな」
「ええ?」
「ほら、もっと(ふところ)を深くしてごらん。胸と左(ひじ)、右(ひじ)間隔(かんかく)を広いイメージで」

 彼女たちが僕の言う通りに構えて、木剣(ぼっけん)を上段から振り下ろしてみると……。

 ビュオッ

 空気を切り裂く音が鳴り響いた。

「わああっ! 音がしたあ!」

 女の子たちは顔を見合わせて驚いている。僕は説明した。

「右(ひじ)と左(ひじ)が狭すぎると、剣がチョコン、とした振りきれないでしょ。でも、(ふところ)を深くすると、大きく振りかぶることができるんだよ」

 ビュオッ、ビュオッ

 マチュアは(うれ)しそうに、木剣(ぼっけん)を上下に振っている。

「すごいよ。()み込みが早いね!」

 僕が()めると、女の子たちはパーッと笑顔になった。

「道場で()められたの、初めてです!」

 モニカが声を上げた。

「それに、すごく分かりやす~い!」

 そうか……。自分がどんな動きをしていたのか、皆、人に言われてやっと気付くんだな。

「先生……見て」

 すると、恐らく十歳くらいの女の子が、僕の前に出て、僕の教えたとおりにやってみせてくれた。うんうん、上手くできてるな。

「君、名前は?」
「マイラ・ルバリアナ……」
「よく出来たね、マイラ」

 僕は頭をなでてあげた。

 マイラは顔を真っ赤にして、「えへへ、やったぁ」と笑っている。 

「ダナン君、すごいじゃないの~!」

 一連の指導を見ていたポルーナさんが、声をかけてきた。

「指導が分かりやすいし、女の子に優しいわ~」

 自分でも驚いているけど……。うーん、どうやら【スキル・英雄王の戦術眼】のおかげらしい。指導力も高まるのか。

「そういえば、さっき、男の子たちが道場を見に来たわ」

 ポルーナさんがそう言ったので、僕は首を傾げた。

「え? そうなんですか? 見学者かな」
「いえ、ランゼルフ・ギルドの社長、バーデン・マックスさんの息子さんよ。『ダナンってヤツがいないか』って、聞いてきたけど」

 マックス……? 僕は嫌な予感がした。
 
 ポルーナさんは思い出したように言った。

「彼はギルド社長の息子さんだから、この辺じゃ顔を知られているの。彼の名前は、ドルガー・マックスって子よ」
「え? ドルガー?」

 僕は思い出していた。

 僕を魔物討伐(とうばつ)隊から追い出した、あのドルガー・マックスのことを。

 僕は冷や汗をかいていた。