「お前の言葉はすべてウソ──欺瞞に満ちておる…! ダナンは世界剣術大会に出場できる……」
痩せた国王が静かに、それでいて怒気を込めて、ドルガーの父親、バーデン・マックス氏に言った。
「……マルスタ・ギルドのギルド長は、マリー・エステラン氏だ。早く世界剣術大会に──ジャパルジアに、マルスタ・ギルドの選手たちを渡航させよ……」
「い、いえ。しかし規則上は……」
マックス氏はたじろぎながらも、小さい声で抗弁した。
さすがに国王を前にすると、さっきの尊大な態度が消え去っていた。
するとジョルジュが、あわてたように言った。
「こ、こ、国王様の御前といえども、規則は規則ですからね」
すると国王の執事、マイケルダール氏はジョルジュをジロリと見た。
「君はジョルジュ君でしたかな? 君は大会役員をクビだ」
「ふ、ふん? いくら国王様といっても、世界剣術大会に何の権限ももたないハズですよ」
ジョルジュは声を震わせて言ったが、国王は痩せこけた顔を、引き締めながら言った。
「……私は衰ているが、今年の世界剣術大会の副会長だよ」
「え?」
マックス氏とジョルジュは目を丸くして、声を上げた。
国王は毅然として続けた。
「……マックス君、ジョルジュ君、君は大会の組織委員会を知らないのかね?」
ちなみに副会長は、マックス氏が務める大会役員長より、権威が五段階も上だ。
し、しかし、あの国王の容態で、世界剣術大会の副会長に任命されるものなのか?
「……今年の世界剣術大会の会長は、ジャパルジア国王だ。彼から私に、『副会長になってくれ』と直々に頼まれたのだよ。……彼とは長年の友人だ。二十年前、世界剣術大会で私が優勝し、彼が準優勝したときからの友情だ……」
えええっ? 国王……つまりブーリン氏が、世界剣術大会の優勝者?
国王は顔は青白いが、しっかりと話をしている。
「……副会長の実質的な仕事は、|執事のマイケルダールにやってもらう。今の私が唯一できることは、選手の気持ちを逆なでする輩に、目を光らせるだけだ……。まず私が取り締まる一人目は、バーデン・マックス君、お前さんというわけかね……?」
「ひ、ひいいっ!」
バーデン・マックス氏が、直立不動で、声を上げた。
「い、いいえっ! 国王様に……副会長に従いますっ。お、おい、このジョルジュというヤツをつまみだせっ!」
マックス氏は態度を百八十度変えて、ジョルジュに向かって怒鳴った。
「ちょっ……何を……」
ジョルジュが口答えするか早いか、衛兵たちがジョルジュに近寄ってきた。
「お前は役員をクビだ」
衛兵はそう言い、ジョルジュをつまみ出した。
「ち、ちきしょう~!」
ジョルジュは僕をにらみつけて叫んだ。
「ダナン! ドルガーさんも、ジャパルジアに来るからな! お前をギタギタに叩きのめすはずだ!」
ジョルジュは衛兵に抱えられ、港の外に連れ去られてしまった。
「国王様!」
僕はあわてて、国王の前に跪いた。
「お体は大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ……。ダナン君、私は君たちの前では、国王でもなんでもない……。単なる元マルスタ・ギルドのギルド長のおっさんだよ……うう」
すると、マイケルダール氏が国王に進言した。
「国王、もう声を出されるのはおやめください。お体にさわります。城に戻ってください。副会長の仕事は、私にお任せを」
マイケルダール氏の言葉に、国王はうなずいた。
「う、うむ……。久々に声を張り上げたので、かなり疲れた……。では、最後に……」
国王は僕のほうを見て、言った。
「ダナン君……大会、全力を尽くしたまえ。君や君の仲間は、世界剣術大会に出場できる。安心しなさい……」
僕は国王……いや、ブーリンさんの手をにぎり、頭を下げた。
「このお礼は、必ずお返しいたします!」
「わ、私も、元気が戻ったら、すぐにジャパルジアに駆けつけるからな……。君の試合を……生で観たいのう。では……」
車椅子に乗った国王は衛兵に押され、大桟橋の外に行ってしまった。
「なかなか泣けたよ、ダナン君」
──その時、後ろの方から、声が聞こえた。
後ろを振り向くと、そこには、ヨハンネス・ルーベンスが立っていた。
「危なかったね。フッフッフ……出場不可の危機を脱することができたな。僕は信じていたよ」
「ヨハンネス! 君はドルガーと親交があるんじゃないのか? 僕らが出場できなくなるように仕組んだのは、君も関係あるんじゃないのか?」
僕は疑うように言った。
「ハハハ、君らが困ることになるのは知っていたけど、僕は何にもしていないよ」
ヨハンネスは笑って答えた。
僕はぐっ、と唇を噛み締めた。
パメラさんが言うには、こいつが、国王襲撃事件の黒幕……ということだが……!
「何か言いたそうだねえ?」
ヨハンネスは、何もかも知っていそうな顔で言った。
「確かに、ドルガーは父親のバーデン・マックスに頼んで、君を出場停止に追い込もうとした。僕はドルガーと親交があるから、よく知っている」
「や、やっぱり」
「だけど、僕はドルガーとは違うよ。僕は、君が世界剣術大会に出場することを、歓迎する」
僕は黙ってきいていたが、ヨハンネスは続ける。
「なぜなら、戦いに飢えているからだ! ギリギリの殺し合い……つまり『死合《しあい》』にね!」
殺し合い……死合《しあい》……だと!
「ヨハンネス……! お前」
「ダナン・アンテルド! ジャパルジアで、最高の死合をしよう!」
そのとき、ヨハンネスの体から、無気味な瘴気が立ち昇ったような気がした。
闇の力……まさにそれだった。
「ハハハ! 僕は先に豪華客船に乗るぞ。君もすぐに来い!」
ヨハンネスは高笑いしながら、港に停泊している、豪華客船のほうに行ってしまった。
そして彼は、豪華客船の階段──ギャングウェイを上がってしまった。
「ダナン! 大丈夫?」
アイリーンが、僕のほうにかけつける。
「でも、ジャパルジアに行けるんだな。良かった!」
パトリシアはホッとしたようだし、ランダースもため息をついている。
「一時は、どうなることかと思ったぜ~、まったく」
「さあ、気を引き締めましょう!」
マリーさんは、僕ら四人の前に立って、こう声を上げた。
「私がマルスタ・ギルドのギルド長として、あなたたち四人を引率します! 世界剣術大会に向けて、船に乗り込むわよ!」
「はい!」
僕らは声を上げ、豪華客船のほうに向かった。
「おいっ、ダナン!」
そのとき、豪華客船の甲板のほうから、聞き覚えのある声が聞こえた。
……ドルガー!
ドルガーが甲板から、僕を見下ろしていた。そこにいたのか、ドルガー!
「ふん、結局出場可能になっちまったのか? くそ、運のいい野郎だぜ! こうなりゃ、ジャパルジアで叩きのめすしかねえな!」
僕は世界剣術大会に出場する……!
相手はヨハンネスにドルガーだ。
僕は彼らと戦わなければならない。
そして、見たこともない、新しい敵も待っていることだろう。
「ようし、行くぞ!」
僕は声を上げ、豪華客船に乗り込んだ。
【第一部──完結】
痩せた国王が静かに、それでいて怒気を込めて、ドルガーの父親、バーデン・マックス氏に言った。
「……マルスタ・ギルドのギルド長は、マリー・エステラン氏だ。早く世界剣術大会に──ジャパルジアに、マルスタ・ギルドの選手たちを渡航させよ……」
「い、いえ。しかし規則上は……」
マックス氏はたじろぎながらも、小さい声で抗弁した。
さすがに国王を前にすると、さっきの尊大な態度が消え去っていた。
するとジョルジュが、あわてたように言った。
「こ、こ、国王様の御前といえども、規則は規則ですからね」
すると国王の執事、マイケルダール氏はジョルジュをジロリと見た。
「君はジョルジュ君でしたかな? 君は大会役員をクビだ」
「ふ、ふん? いくら国王様といっても、世界剣術大会に何の権限ももたないハズですよ」
ジョルジュは声を震わせて言ったが、国王は痩せこけた顔を、引き締めながら言った。
「……私は衰ているが、今年の世界剣術大会の副会長だよ」
「え?」
マックス氏とジョルジュは目を丸くして、声を上げた。
国王は毅然として続けた。
「……マックス君、ジョルジュ君、君は大会の組織委員会を知らないのかね?」
ちなみに副会長は、マックス氏が務める大会役員長より、権威が五段階も上だ。
し、しかし、あの国王の容態で、世界剣術大会の副会長に任命されるものなのか?
「……今年の世界剣術大会の会長は、ジャパルジア国王だ。彼から私に、『副会長になってくれ』と直々に頼まれたのだよ。……彼とは長年の友人だ。二十年前、世界剣術大会で私が優勝し、彼が準優勝したときからの友情だ……」
えええっ? 国王……つまりブーリン氏が、世界剣術大会の優勝者?
国王は顔は青白いが、しっかりと話をしている。
「……副会長の実質的な仕事は、|執事のマイケルダールにやってもらう。今の私が唯一できることは、選手の気持ちを逆なでする輩に、目を光らせるだけだ……。まず私が取り締まる一人目は、バーデン・マックス君、お前さんというわけかね……?」
「ひ、ひいいっ!」
バーデン・マックス氏が、直立不動で、声を上げた。
「い、いいえっ! 国王様に……副会長に従いますっ。お、おい、このジョルジュというヤツをつまみだせっ!」
マックス氏は態度を百八十度変えて、ジョルジュに向かって怒鳴った。
「ちょっ……何を……」
ジョルジュが口答えするか早いか、衛兵たちがジョルジュに近寄ってきた。
「お前は役員をクビだ」
衛兵はそう言い、ジョルジュをつまみ出した。
「ち、ちきしょう~!」
ジョルジュは僕をにらみつけて叫んだ。
「ダナン! ドルガーさんも、ジャパルジアに来るからな! お前をギタギタに叩きのめすはずだ!」
ジョルジュは衛兵に抱えられ、港の外に連れ去られてしまった。
「国王様!」
僕はあわてて、国王の前に跪いた。
「お体は大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ……。ダナン君、私は君たちの前では、国王でもなんでもない……。単なる元マルスタ・ギルドのギルド長のおっさんだよ……うう」
すると、マイケルダール氏が国王に進言した。
「国王、もう声を出されるのはおやめください。お体にさわります。城に戻ってください。副会長の仕事は、私にお任せを」
マイケルダール氏の言葉に、国王はうなずいた。
「う、うむ……。久々に声を張り上げたので、かなり疲れた……。では、最後に……」
国王は僕のほうを見て、言った。
「ダナン君……大会、全力を尽くしたまえ。君や君の仲間は、世界剣術大会に出場できる。安心しなさい……」
僕は国王……いや、ブーリンさんの手をにぎり、頭を下げた。
「このお礼は、必ずお返しいたします!」
「わ、私も、元気が戻ったら、すぐにジャパルジアに駆けつけるからな……。君の試合を……生で観たいのう。では……」
車椅子に乗った国王は衛兵に押され、大桟橋の外に行ってしまった。
「なかなか泣けたよ、ダナン君」
──その時、後ろの方から、声が聞こえた。
後ろを振り向くと、そこには、ヨハンネス・ルーベンスが立っていた。
「危なかったね。フッフッフ……出場不可の危機を脱することができたな。僕は信じていたよ」
「ヨハンネス! 君はドルガーと親交があるんじゃないのか? 僕らが出場できなくなるように仕組んだのは、君も関係あるんじゃないのか?」
僕は疑うように言った。
「ハハハ、君らが困ることになるのは知っていたけど、僕は何にもしていないよ」
ヨハンネスは笑って答えた。
僕はぐっ、と唇を噛み締めた。
パメラさんが言うには、こいつが、国王襲撃事件の黒幕……ということだが……!
「何か言いたそうだねえ?」
ヨハンネスは、何もかも知っていそうな顔で言った。
「確かに、ドルガーは父親のバーデン・マックスに頼んで、君を出場停止に追い込もうとした。僕はドルガーと親交があるから、よく知っている」
「や、やっぱり」
「だけど、僕はドルガーとは違うよ。僕は、君が世界剣術大会に出場することを、歓迎する」
僕は黙ってきいていたが、ヨハンネスは続ける。
「なぜなら、戦いに飢えているからだ! ギリギリの殺し合い……つまり『死合《しあい》』にね!」
殺し合い……死合《しあい》……だと!
「ヨハンネス……! お前」
「ダナン・アンテルド! ジャパルジアで、最高の死合をしよう!」
そのとき、ヨハンネスの体から、無気味な瘴気が立ち昇ったような気がした。
闇の力……まさにそれだった。
「ハハハ! 僕は先に豪華客船に乗るぞ。君もすぐに来い!」
ヨハンネスは高笑いしながら、港に停泊している、豪華客船のほうに行ってしまった。
そして彼は、豪華客船の階段──ギャングウェイを上がってしまった。
「ダナン! 大丈夫?」
アイリーンが、僕のほうにかけつける。
「でも、ジャパルジアに行けるんだな。良かった!」
パトリシアはホッとしたようだし、ランダースもため息をついている。
「一時は、どうなることかと思ったぜ~、まったく」
「さあ、気を引き締めましょう!」
マリーさんは、僕ら四人の前に立って、こう声を上げた。
「私がマルスタ・ギルドのギルド長として、あなたたち四人を引率します! 世界剣術大会に向けて、船に乗り込むわよ!」
「はい!」
僕らは声を上げ、豪華客船のほうに向かった。
「おいっ、ダナン!」
そのとき、豪華客船の甲板のほうから、聞き覚えのある声が聞こえた。
……ドルガー!
ドルガーが甲板から、僕を見下ろしていた。そこにいたのか、ドルガー!
「ふん、結局出場可能になっちまったのか? くそ、運のいい野郎だぜ! こうなりゃ、ジャパルジアで叩きのめすしかねえな!」
僕は世界剣術大会に出場する……!
相手はヨハンネスにドルガーだ。
僕は彼らと戦わなければならない。
そして、見たこともない、新しい敵も待っていることだろう。
「ようし、行くぞ!」
僕は声を上げ、豪華客船に乗り込んだ。
【第一部──完結】