衛兵の会議室に入ってきたのは、三角帽を被った、かわいい女の子だ。
十歳くらいか?
あ!
僕は女の子を見て、声を上げた。
「パ、パメラ・エステランさん?」
「そうじゃあ~!」
その女の子は、パメラ・エステランさんだった。
マリーさんの姉で、探偵だ。
パメラさんは、椅子に座っている僕に抱きついた。
「ダナン! かわいそうにのう~。こんなに疑われて。おお~、よちよち」
パメラさんは、僕の頭をなでてくれた。
……あんまりうれしくないが。
「こりゃあっ! 衛兵どもっ!」
パメラさんは呆然としている衛兵たちに、怒鳴った。
「ダナンは無実じゃ! 敬礼して、謝らんかいっ!」
パメラさんが怒鳴ると、衛兵たちはあわてて敬礼した。
「ま、まさか? パメラ探偵と、お知り合いだとは!」
ドンチョス副隊長が叫んだ。
「ダ、ダナン殿! も、申し訳ございませんでしたああっ」
「えーっと? パメラさんと国王様や衛兵さんたちとは、どんな関係が……?」
「パメラ探偵は、我がライリンクス城直属の探偵である。一年前、国王の妹君が誘拐されたとき、解決なされた大恩人なのだ」
ドンチョス副隊長は、敬礼しながら言った。
「そんな有能な探偵が、おぬしは信頼できると申しておるのだ。ダナン殿! 我々はもう、おぬしを疑うことができぬ。申し訳なかった」
ドンチョス副隊長と衛兵たちは、僕に向かって頭を下げた。
「改めて、申し訳ございませんでしたあっ!」
「わ、分かりました。頭を下げるのはやめてくださいよ」
僕はあわてて言った。
国王が大変な事態なのだ。
混乱しているのは分かる。
僕だって恩人が心配だ。すごく動揺している。
「──我々は、剣術家たちの様子を見てきます」
副隊長や衛兵たちは、外に出ていった。
会議室は、僕とパメラさんと、二人きりになった。
「……それで、国王様はどうして、誰にナイフで刺さされてしまったのですか?」
僕は聞いた。
「単刀直入に言おう!」
パメラさんは声を上げた。
「この国王襲撃事件の黒幕は、ヨハンネス・ルーベンスだと思われる!」
えっ? ヨハンネス? さっき、三階大ホールにいたっけ。
「勇者ランキング二位の、若手最高の勇者だ。知っておるな」
僕は思い出していた。
ドルガーとの試合前、確か、ヨハンネスと会話した。
ヨハンネスには、思い出しただけで、背筋も凍るような不気味な雰囲気があった。
彼の剣……まるで死体の血を吸い込んでいる不気味なイメージだったのだ!
僕は額の汗をぬぐいつつ、パメラさんに聞いてみた。
「ど、どうしてヨハンネスが、国王をナイフで刺した者と関わっている、と疑っているのですか?」
「彼には前から、奇妙な噂がある。魔族とかなり親しくしている……。そんなところを、草原で見たという証言がたくさん出てな」
「ま、魔族と親しくだって? それもたくさんの証言?」
そんなことが可能なのか?
い、いや、確かに、人語を理解する魔族はたくさんいるらしいが……。
僕はなぜかドキリとした。
ヨハンネスと話した時の──彼の不気味な姿と、魔族と親しくしているという噂……僕の中では一致してしまったからだ。
「そしてヨハンネスは、かなり危険な性格でな。勇者とあろう者が、しょっちゅう、周囲の者といざこざを起こしている。ナイフを振り回し、人を負傷させる事件も起こしているのだ」
「ええっ?」
ナ、ナイフを振り回して負傷!
そんなことがあったなら、確かにライリンクス王を刺した犯人と、関わり合いがあると疑われてもしょうがない。
しかし、その負傷事件が本当なら、王立警察に捕まるに決まっているが……。
ん?
僕の背中に、冷や汗が流れたような気がした。
さっき三階大ホールに、ヨハンネスがいたが……僕は気づいた。
「か、彼はそれでも、逮捕されないということ?」
パメラさんは大きくうなずき、言った。
「問題はそこなのだ。もし今回の犯行にヨハンネス・ルーベンスが関わっているのだとしたら、この事件はかなり、やっかいなことになるぞよ!」
「やっかい?」
「ヨハンネスの親、一族が大問題なのじゃ!」
パメラさんは、神妙な顔をして声を上げた。
「ルーベンス家は、世界最大の大貴族であり、王族をしのぐ権力を持つといわれる」
そしてパメラさんは、強く言った。
「だから逮捕されない! ──そして最近では、魔族と密約をして、闇の力を手に入れていると噂されているのじゃ!」
「えっ……」
僕は思い出していた。
昨日の試合中、ドルガーが魔獣に変身してしまったこと……。
まさか、そのことと関係があるのか?
ドルガーの試合前に、ヨハンネスと話した。
もしかしたら、ドルガーとヨハンネスは親交があるのか?
「だけど……考えれば考えるほど、国王が襲撃された理由、犯人が分からないです。すべて憶測ですから」
「その通り」
するとパメラさんは続けた。
「だが、ヒントはある。この事件の鍵を持つ人間がおるのじゃ」
「えっ? それは誰ですか?」
「ダナンよ!」
パメラさんは僕を見て言った。
「お前が身をていして救った少女……お前が足を大怪我した原因! ゲルダ・プリシッチ!」
えっ……どういうことだ?
「その少女が、今回の事件の解明の鍵を握っておる!」
な、なんだって?
僕は驚いて、呆然とパメラさんを見つめた。
僕は、国王がなぜナイフで刺されたのか、解明しなくてはならない。
国王は僕の恩人、ブーリン氏だったからだ。
パメラさんが言うには、この国王襲撃事件は……。
・ヨハンネスという少年が黒幕である。
・この事件の解明の鍵は、ゲルダ・プリシッチという少女が持っている。
ゲルダについては、僕が右足を大怪我した原因となった、事件を思い出さなければならない。
僕がまだドルガーの魔物討伐隊に加入しているときだ。
トードス草原で、魔物のジャイアント・オーガが、とある少女を襲った。
僕は少女を身をていして、守った。
そのジャイアント・オーガの棍棒が、僕の右足に当たり、棍棒の魔力が僕の骨に侵食してしまった。
そのときから、僕の右足が不自由になってしまったのだが……。
僕が守った少女の名は、パメラさんの情報によれば──。
ゲルダ・プリシッチという名前だった。
◇ ◇ ◇
城の会議室にて──。
「なぜゲルダが、国王襲撃事件の解明の鍵を握っているのですか?」
僕はパメラさんに聞いてみた。
するとパメラさんは答えた。
「ゲルダは、事件の黒幕、ヨハンネスのことをよく知っているからじゃ」
どういうことだ?
「ええっと……そのゲルダは、一体、どういう子なんですか?」
「私の調査では、今現在、車椅子に乗っている」
「ええっ?」
僕は驚いた。
僕は彼女を守ったはずだ。僕は大怪我してしまったが……。
「お前さんはゲルダを守ったはずだ。が、その後、彼女は別の魔物に襲われてしまったのだ」
「そ、そうだったんですか?」
な、なんてことだ……。
僕は首を横に振った。
僕は女の子を守れたと思っていた。
でも、それは違っていた、勘違いだったのだ……。
「しかしゲルダは、弱い少女ではないぞよ」
パメラさんは言った。
「彼女の『今』を知りたいか?」
「え? は、はい」
「ゲルダ・プリシッチは、勇者ランキング三位──。おそろしく強い『勇者』になっておる」
「え? ど、どういうことですか?」
僕は眉をひそめた。
ゲルダは車椅子に乗っていると聞いた。
しかし、勇者ランキング三位だって?
勇者ランキングの三位ならば、剣術の使い手、どころではない。
世界最強に近い称号だ。
あれ? しかも彼女は……一年前、十二歳くらいだったぞ?
パメラさんは神妙な顔で言った。
「彼女は十三歳で、勇者ランキング三位になったのじゃ」
「ええっ?」
僕は信じられない、という気持ちだった。
しかし、パメラさんはものすごく真剣な顔だ。
冗談を言っている顔ではなかった。
「い、一体、ゲルダとは、何者なんですか?」
「言葉では説明できんな。会ってみるかね? 住所は調査済みだ」
パメラさんがそう言うと、僕はうなずいた。
「では、西の県のバーデンロールという村に行くがよい。そこにゲルダがいる」
「彼女に会うと、どうなるんですか?」
「国王襲撃事件の黒幕、ヨハンネスのことが分かる。そしてダナン、お前さんもゲルダを見て、今後の剣術活動に影響を受けるだろう」
そしてパメラさんは言った。
「お前は、東方の国で、世界剣術大会に出場する予定なんだからな」
◇ ◇ ◇
そして三日後──。
僕らは馬車に乗り、バーデンロールという隣県に旅立った。
県境の林の道を突き抜ける。
「パメラさんに聞いても、ゲルダって子の謎は深まるばかりなんだ」
僕は馬車の客車に揺られ、いつもの仲間たちにゲルダのことを話した。
馬車の客車に乗っているのは、アイリーン、パトリシア、ランダースだ。
「おいおいおい~」
僕の目の前に座っている、ランダースが声を上げた。
「十三歳で勇者ランキング三位? しかも車椅子に乗っている? おい、そのパメラってばあさん、まともな情報を得ているのかよ?」
「こらっ!」
パトリシアは、ランダースの耳を思い切り引っ張った。
ランダースは叫び声を上げる。
「いててっ! いてえって、バカ!」
「パメラさんは、ダナンの協力者だぞ。無礼なことを言うなっ」
「だってよ、信じられねーじゃねえか。勇者って、剣術も魔法も、相当なレベルに達してなきゃ、『全国勇者協会』に選ばれないだろうがよ」
「私も色々調べてみたわ」
僕の右隣に座っている、アイリーンが言った。
馬車はゴトゴトと、ゆっくり農村地帯に入った。
もうバーデンロール地区に入っただろうか。
「ゲルダって子は、本当に勇者ランキング三位よ。勇者名鑑の名簿にも載っているし、間違いない。しかも一年前に背中を大怪我し、本当に車椅子に乗っているようよ。原因としては、魔族の魔力を背中に受け、両足が効かなくなってしまった」
「だから、それがおかしいっての」
ランダースは言った。
「車椅子に乗っているのは分かるぜ。だけど、そんな少女が、勇者ランキング三位? しかも十三歳。剣術の常識がくつがえっちまうぜ」
「確かに」
パトリシアは腕組をして、つぶやく。
「ゲルダは一体、何者なんだ? どういった剣術、戦術、魔法、魔法剣を使用する? 想像がつかない」
「分からない」
僕は答えた。
「実際に、彼女に会ってみるしかない」
◇ ◇ ◇
僕らは馬車を降り立った。
そこは農村地帯だったが、村の奥に、美しい白い建物がそびえている。
パメラさんに教えてもらった住所によれば、あの白い建物が、ゲルダの住む場所のようだ。
「礼拝堂……?」
僕は思わずつぶやいた。
白い建物は本当に美しく、神に祈るための礼拝堂のようだった。
玄関扉もすりガラスでできており、繊細な雰囲気だ。
玄関横に備えつけられている鐘を鳴らすと、やがて扉が開き、人が出てきた。
「どなたかな?」
痩せた中年男性が、出てきた。
おや? 格好をみると……聖職者か。
なるほど、本当にここは礼拝堂なのか。
するとアイリーンが、僕の代わりに答えてくれた。
「一年ほど前、このダナン・アンテルドがゲルダさんという女の子を、身をていして助けたことがあるのですが……。ご存知でしょうか?」
「え?」
中年男性は僕を見て、目を丸くした。
「き、君は! ダナン君……ダナン君じゃないか!」
「はい、僕はダナンですが……あっ」
僕は思い出した。
この中年男性は、僕が助けようとしたゲルダのお父さんだ。確か、当時は、商人の格好をしていた。
「よくぞ、来てくれた! 私はゲルダの父──ラッセル・プリシッチです」
ラッセルさんは、僕らと握手をしてくれた。
「娘を助けようとしてくれた、ダナン君に会えるとは……さあ、どうぞ。他の三人は、お友達ですかね? ゲルダと会ってください。彼女は礼拝堂にいます」
僕らは顔を見合わせ、うなずきあった。
僕らは、ゲルダに興味があった。
ゲルダ……謎に包まれた女勇者……。
よし、会ってみよう!
「よくぞ、来てくれた! 私はゲルダの父──ラッセル・プリシッチです」
ラッセルさんは、僕らを礼拝堂の中に案内してくれた。
礼拝堂では少女が車椅子に乗って、祈っている。
「ゲルダ! お客さんが来てくださったぞ」
ラッセルさんが、少女に声をかけた。
すると少女は、器用に車椅子をその場で回転させた。
ラッセルさんは静かに言った。
「私は一年前、商人だった。しかし、娘のために聖職者になったんだよ」
すると少女──ゲルダが口を開いた。
「あなた方は……? 私はゲルダです」
「ダナンです。久しぶりだね」
ゲルダは前を向き、僕を見上げた。
ゲルダは、金髪の長い髪の毛の少女だ。とても美しい女の子だった。
父親と同様に、聖職者の服装をしている。
ラッセルさんは、ゲルダに僕らのことを色々、説明してくれた。
「ああ、なんてこと」
ゲルダは僕の左手の松葉杖を見て、言った。
「私をトードス草原で助けてくれようとした方が、ここに来てくださるなんて。神に感謝いたします」
ゲルダはそう言い、続けた。
「ジャイアント・オーガに襲われたときは、ダナンさんが助けてくださったので、逃げ切れたのです。しかしその後、急に出現した黒い魔導士の魔法を受けたのです。そして足が効かなくなってしまったの」
「黒い魔導士……? それは何者なんだ?」
僕が聞くと、ゲルダは答えた。
「後で聞いた話では、大魔導士グロードジャングスという男だそうです」
「……その人! 知ってるわ」
アイリーンが声を上げた。
「闇の魔導師といわれる、危険人物よ。その人に攻撃されたのね」
「はい。その話はあとでするとして……私はワクワクしているのです」
ゲルダは輝くような笑顔を見せた。
「皆さん剣士でしょう? お手合わせを願えますか?」
ええっ?
僕らは顔を見合わせた。
「嬢ちゃん、バカ言っちゃいけねえよ」
ランダースが、彼にとっては少しだけ丁寧な口調で言った。
「あんたは車椅子だ。手合わせ……練習試合だろ? そんなこと、やめておけ。危険だ」
「あら、私は結構強いんですのよ」
ゲルダは上品に、クスクス笑った。ラッセルさんもニコニコ笑っている。
「怪我防止のために、弱い魔力に設定した、魔力模擬剣を用意してあります」
ラッセルさんは言った。
「さっそく練習試合をしましょう。どなたか、娘と対戦したい方はいらっしゃいますか?」
パトリシアが前に進み出た。
「私がお相手しよう、お嬢さん」
「まあ、何とカッコいい殿方」
ゲルダはパトリシアを見て、笑って言った。僕らは吹き出しそうになった。
「私は女だが!」
パトリシアは顔を真っ赤にして、頬をふくらませて言った。
「あ、あら……パトリシア様、これは失礼いたしました」
ゲルダもちょっと顔を赤らめている。パトリシアは、まだむくれながら言った。
「いや、べ、別にいいが」
「で、では、こちらへ」
ゲルダは礼拝堂の横の扉のほうへ、車椅子を移動させた。
◇ ◇ ◇
そこは、礼拝堂の敷地内の、大きな草原となっていた。
ここなら、練習試合ができそうだが……。
パトリシアはラッセルさんの持ってきた魔力模擬剣を手にすると、車椅子のゲルダを見やった。
「ゲルダ、いいのか?」
「はい」
ん?
ゲルダは車椅子に座ったまま、念じ始めた。
すると、車椅子の後ろに備えつけられていた魔力模擬剣が浮かび上がり、空中で止まった。
「なんだありゃ? いや、魔力で武器を浮かび上がらせるのは、結構見るが……?」
ランダースが首を傾げた。
その時だ。
ビュン
そんな音とともに、ゲルダの魔力模擬剣が、縦回転しながらパトリシアのほうに飛びかかってきた。
「う、うおおっ」
ガキイッ
パトリシアは、ゲルダの魔力模擬剣を受ける。
「ゲルダは、念力で魔力模擬剣を操作しているのです」
ラッセルさんは説明した。
魔力模擬剣を念力で操作? そんなことが可能なのか?
ガスッ ガシッ ガシイッ
魔力模擬剣が、空中に浮かんだまま、パトリシアを攻撃し続ける。
「こ、こんな……! こんなバカな」
パトリシアがうめく。
まるで透明人間が、パトリシアと戦っているように見える!
シュ
ゲルダの魔力模擬剣が、パトリシアの頬をかすめたとき──。
「もらった!」
パトリシアは猛然と、ゲルダに向かって走り始めた。
ゲルダは無表情だ。
すると取り残されていた魔力模擬剣が、瞬間移動し──。
パトリシアの前に、一瞬で現れた。
「う、そだ」
ゲルダの魔力模擬剣が、ゲルダを攻撃する!
シュ
「だが! スキがあるぞ、ゲルダッ」
パトリシアは間一髪で、斬撃をかわし──。
ガキイッ
空中の魔力模擬剣を、自分の魔力模擬剣ではね飛ばした!
「何ですって? まさか!」
驚きの声を上げたのは、ゲルダだ。
タッ
パトリシアは大きくジャンプして、魔力模擬剣を振りかぶる!
こ、これはパトリシアの勝ちか?
カンッ
パトリシアの魔力模擬剣は、空しく地面に衝突。
ゲルダはその攻撃を見切ったように、車椅子を後ろに移動させて、かわしていた。
し、しかし、ゲルダの魔力模擬剣は、草原の向こうのほうにはね飛ばされているぞ。
念力は届きそうにないのでは?
ギュン
しかし! そんな音とともに、もう一つの魔力模擬剣が、空中に現われた。
「えっ?」
パトリシアがうめく。
そ、そんな? ゲルダはもう一つ、魔力模擬剣を隠し持っていた!
ルール上は、二刀流は反則ではない!
「う、うおおっ! こ、こんな攻撃は初めてだ!」
パトリシアは叫んで、それをかわそうと横に素早く移動しようとするが……!
バシュ
すでに、パトリシアの左肩が斬撃されていた。
「一本! それまで。ゲルダの勝ちだ!」
ラッセルさんが声を上げる。
僕たちはこの戦いを、呆然として見つめていた。
ゲルダは魔力模擬剣に、手を触れていない。
しかし、パトリシアに完全勝利した。
念力で、二つの魔力模擬剣を操作──。
そして瞬間移動。
見たことのない剣術に、僕らは声が出なかった。
パトリシアは顔を真っ青にして、左肩を押さえていた。
パトリシアとゲルダの練習試合後、僕ら五人は、村の小さいレストランに行った。
ゲルダの父親のラッセルさんは、僕らとゲルダの交流を邪魔したくないらしく、ついてこなかった。
僕らはレストランの個室に通され、バーデンロールの名物を堪能することにした。
「まったく、納得がいかないぞ」
パトリシアは、名物の子牛のバターソテーを頬張りながら、文句を言った。
「ゲルダ、お前の剣術は、まるで剣自体に知能が宿っているようなものではないか」
「そうです。私の剣術は、実力ではありません」
ゲルダは、少しさみしそうな表情を浮かべて言った。
僕は揚げジャガイモをパリパリ食べつつ、「どういうこと?」と聞いた。
「闇の魔導師グロードジャングスに魔法をかけられたときから、私は普通の女の子ではなくなったのです。私は、元々、単なる商人の娘でした」
そしてゲルダは意を決したように、泣きそうな表情で言った。
「あの魔法を受け、両足が動かなくなったとき──。周囲の物体が、念じるだけで動かせることに気づいたのです」
「じゃあ、あなたの剣術は、その闇の魔導師にかけられてから備わった、ということ?」
アイリーンが聞くと、ゲルダは大きくうなずいた。
「強くなったけど……足のことは、大変だったね……ゲルダ……」
アイリーンはハンカチで涙をぬぐっている。
「ありがとう、アイリーン……。恐らく、闇の魔導師に『呪い』をかけられたんだと思います。私は強さと引き換えに、両足が動かなくなってしまった」
ゲルダは悔しそうに、何かを噛みしめているようだった。
強さと両足と引き換えに、両足が動かなくなってしまったなんて……。僕も彼女の気持ちが分かって、胸が痛くなった。
「でも──そ、そんな? 呪いだって? その闇の魔導師は、一体何者なんだ?」
パトリシアがゲルダを見た。
ゲルダは、幾分落ち着きを取り戻し、口を開いた。
「闇の魔導師グロードジャングスは、勇者ヨハンネス・ルーベンスと一緒に行動していると聞いています。そして、ダナンさんと私を襲ったジャイアント・オーガは……」
ゲルダは静かに、それでいて力強く言った。
「大貴族、ルーベンス家が培養してつくり上げた、人工魔族です」
「え? な、なんだそれ?」
僕は聞き返した。
「あ、あのジャイアント・オーガは、そのルーベンス家っていう貴族がつくった、人工の魔族だっていうのか?」
「そうです」
ゲルダは深くうなずいた。
「十年前から、ドードス草原はルーベンス家の、人工魔族の実験場です。ダナンさんと私は、ルーベンス家の人工ジャイアント・オーガの実験の最中に、居合わせてしまったのですね……」
ゲルダは続けた。
ぼ、僕の右足は、ヨハンネスの一族、ルーベンス家のせいで大怪我したっていうのか?
「そして、そこに闇の魔導師グロードジャングスがいたのは、不思議でもなんでもありません。グロードジャングスは、人工魔族製造の総責任者ですからね」
そ、それが真実なのか……。
「ちょっと待てや」
ランダースがゲルダを見た。
「ってことはだぞ、ゲルダ。お前さんのその力ってのは……その、ヤバい力なんじゃ? 魔族そのものの力、じゃねえのか?」
「ランダース!」
パトリシアが声を上げた。
「ゲルダを侮辱することはゆるさんぞっ。私は、彼女の強さは認めているんだ」
パトリシアが叫んだとき、ゲルダは首を横に振った。
「ランダースさんの言っていることは、事実です。私の勇者としての実力は、闇の魔導師の魔法を受けたことによって生じた、『呪い』によって生まれたのです」
ゲルダは言った。
彼女は背筋を伸ばし、意識してしっかり話そうと努めているように思えた。
「そういえば、君はこの間、ライリンクス城に来なかったな」
僕が聞くと、ゲルダはうなずいた。
「封筒は来ましたが、私はその日、治療があり、行かれませんでした」
「ライリンクス王がナイフで刺された、という話は聞いている?」
「ええ。後日、雑誌で王が寝室で刺された写真を見ました。王に突き刺さったナイフから感じるのは、闇の魔導師グロードジャングスと同様の闇の魔力です。もしかしたら、グロードジャングスに洗脳を受けた者が、王の寝室に忍び込んだのかも」
「しゃ、写真で分かるのか?」
「はい。私の霊感は、写真を通しても見通せます」
「こ、国王は……ブーリン氏はどうなるんだ?」
僕がゲルダに聞くと、ゲルダは答えた。
「ヨハンネスや、彼の背後にいるルーベンス家、そして闇の魔導師グロードジャングスを倒さなければ、国王は回復しないと思われます」
「なぜ?」
「国王を刺したナイフには、私やダナンさんが受けた闇の魔力が宿っているように見えました。その呪いを解かなければ、国王は回復しません。呪いがかけられて、ガッチリと鍵がかけられたような状態なのです」
「待って! 逆に言えば」
アイリーンが声を上げた。
「ルーベンス家の問題を解決すれば、ダナンやゲルダさん、国王は呪いから解放されるということ?」
「そうだと思います」
「では、するべきことはもう決まっているな」
パトリシアははっきりとした声で言った。
え? どういうことだ?
「私たちは、世界剣術大会に出場するしかない。ヨハンネスが勇者ランキング二位ならば、恐らく、世界剣術大会に出場するはずだ。そこでヨハンネスを打ち倒せば、問題は解決に向かうんじゃないか」
「で……そのヨハンネスって野郎は」
ランダースはゲルダに聞いた。
「どれくらい強いんだ? 勇者ランキング二位ってえと……」
「そうですね……」
ゲルダは静かに口を開いた。
「私の十倍は強いです」
「じゅ、十倍だって?」
僕は声を上げた。
「君はパトリシアを打ち負かした。しかしそんな君より、ヨハンネスは十倍強いというのか?」
「へっ、誇張だろ。話を大きくしてるのさ」
ランダースが軽口を叩くと、ゲルダはぴしゃりと言った。
「誇張でもなんでもありませんよ、ランダースさん。ヨハンネスの強さは悪魔的……それはなぜか? 彼は魔族と契約し、魔王とも密約を結んでいるからです!」
な、なんだって?
僕は耳を疑った。
ゆ、勇者とあろう者が、魔族と契約? 魔王とも密約だって?
一体、何なんだ? そのヨハンネスという少年は?
ルーベンス家の大屋敷は、ライリンクス王国の中央都市の一角、デグロムにある。
ヨハンネスは、ルーベンス家の会議に出席していた。
彼は十六歳だが、最も上座に座っている。──それはなぜか?
ヨハンネスの父親のデグロム卿は、病気療養中なのだ。
今現在、ヨハンネスは、ルーベンス家の当主代行だった。
「人工魔族計画は、どうなっているのかな」
ヨハンネスは、会議に集まっている者たちに聞いた。
会議には、闇の魔導師グロードジャングス、ルーベンス家に仕える老魔導師たち十人、ルーベンス家に従う貴族たち十人が座っている。
「ヨハンネス坊っちゃん、計画は順調です」
赤いローブを羽織った、老魔導師の一人、ジェゴ・バルゲスがもみ手をしながら言った。
「ゴブリン三十匹、ジャイアント・オーガニ十匹、ダース・デーモン十匹、スケルトン・ナイト三十匹、アイアン・ナイト十匹……人工培養に成功しております」
バルゲスはルーベンス家が雇っている、最高の魔導師の一人だ。
「生ぬるい! 生ぬるいぞっ!」
ヨハンネスは怒鳴りつけた。
「人工魔族はまだ百体しか、生み出せていないのか? 我々が世界征服をするためには、二百体は必要だぞっ」
「し、しかし、もっと金がかかりますぞ。二百体生み出し、維持するとなると、五千億ルピーはかかります」
バルゲスはハンカチで汗をふきながら、言った。
闇の魔導師グロードジャングスは、クスクス笑っている。
そして口を開いた。
「世界を征服すればそんな金など、すぐに回収できる。そうであろう、ヨハンネス」
「ヨハンネス『様』だろうがっ! グロードジャングス!」
老魔導師たちは怒り狂うように、闇の魔導師をにらみつけて叫んだ。
どうやら、グロードジャングスと老魔導師たちは仲が悪いらしい。
「そんなことはどうでも良い! ──それでは、世界征服を実現するために……」
ヨハンネスはニヤリと笑った。
「魔王と、より深い契約を結ばなければならない!」
それを聞いたとき、老魔導師たちは一斉に顔をしかめた。
「もっと強力な魔族を生み出し、魔王や魔族に協力すればいい。そうすれば、魔族の知識が、もっと手に入る!」
「前にも注意しましたが、あまりにも危険ですぞ!」
バルゲスは声を荒げた。
「ヨハンネス坊っちゃん! 魔王と交流するのはやめてください」
「なんでだ?」
「あ、相手は魔王ですぞ。古代の大魔法を知っている可能性もある。ヤツらはそれを利用し、我々に脅迫してくる可能性もある。魔族は、平気で我々を裏切りますぞ!」
「裏切るだって?」
ヨハンネスはハッハッハと笑った。
「僕はこれまでに、魔王と三十二回の会食、二十五回の会談をしてきたんだぞ。もう彼とは友人さ。魔王が裏切ることはないよ」
「し、しかし……」
老魔導師たちは眉をひそめて、何かコソコソ話している。
すると闇の魔導師グロードジャングスは、ヨハンネスに進言した。
「今、ヨハンネスのやり方に、反発の意を示した者がいたようだぞ」
「……なんだと」
老魔導師たちはギョッとした顔で、ヨハンネスを見た。
ヨハンネスはつぶやくように、闇の魔導師に言った。
「やれ」
「分かった」
グロードジャングスは両手を突き出し、老魔導師のバルゲスに向かって、魔法を飛ばした。
するとバルゲスの首筋に、薄黒い二つの透明な手が現れた。
ヒュッ
バルゲスはその薄黒い手に吊り下げられるように、宙に浮かび──。
「ひ、ひい! やめてくれ。お、降ろしてくれ!」
声を上げた。
すると、そのまま床に──。
ベキッ
落とされた。
バルゲスは強く腰を打った。
これは、確実に腰を骨折しただろう。
バルゲスは他の老魔導師につきそわれ、外の医務室に直行した。
「次は思い切り、頭から床に叩きつけちゃったりして」
ヨハンネスは笑顔で言った。
老魔導士たちは、真っ青な顔でヨハンネスとグロードジャングスを見た。
「みょ、妙な噂を聞いたぞ、ヨハンネスよ!」
今まで黙っていた最長老の老魔導師、ズバンネラ・レーゼンが声を上げた。
彼は、ルーベンス家に仕える老魔導師の中でも、最古参の老人だ。
もう百五十七歳らしい。
「ライリンクス王がナイフで刺されただろう? しかし、刺した犯人が闇の魔導師に洗脳されていたのではないか、という噂がある! 霊能力者たちが、ナイフと国王の腹部を視て、『闇の呪い』がかけられていると言っている」
「それで?」
ヨハンネスは頬杖をついて、レーゼン老を見た。
「グロードジャングス! 王を刺した犯人は、お前が洗脳したのではないか? 呪いを可視化する霊能力者たちが、犯人を追っているぞ!」
「まったく分からない、知らない話だ」
グロードジャングスは笑った。
「私が洗脳したという証拠写真を、ここに持ってこい。私は知らんよ、じいさん」
「……お、お前たち!」
レーゼンは顔を真っ青にしている。
「まさか本当に、ライリンクス王を? お前たちが計画したのか? もしそれが世間にバレたら、大変なことに……ルーベンス家は崩壊するぞ」
「僕らが、ライリンクス王襲撃事件の黒幕だと言いたいの? そんなわけないでしょうが」
ヨハンネスは笑って首を横に振りながら言った。目は笑っていなかったが。
「ヨハンネス様」
その時、ノックする音が響き、会議室に若いメイドが入ってきた。
「お手紙がきております」
「お~、やっときたか」
ヨハンネスはその手紙を受け取りながら、言った。
「『世界剣術大会』の招待状だ」
老魔導師たちは、眉をひそめてヨハンネスを見ていた。
「僕がこの大会に出場し、優勝すれば、我がルーベンス家はもっと発展するぞ! ハハハ」
老魔導師たちは、ヨハンネスとグロードジャングスを、疑いの目で見ていた。
ライリンクス王襲撃事件の黒幕は、ルーベンス家の長男、このヨハンネスと、その助言者であるグロードジャングスだ──。
老魔導師たちは、直感していた。
だが、当のヨハンネスと闇の魔導師は、ただただ、とぼけているのだった。
ギルド長のいないマルスタ・ギルドでは、僕──ダナン・アンテルドが魔法剣術の指導を行っていた。
国王──つまりギルド長のブーリン氏は、腹部をナイフで刺され、王立白魔法病院に入院中だ。
看護師のアイリーンの情報では、ナイフに特殊な「呪い」がかかっていて、腹部に浸透しているらしい。
……まるで、僕の右足の状況ではないか?
「今日は、応用から始めるよ」
僕は左腕で松葉杖をつきながら、道場生に言った。今日は外の広場に出て、指導している。
今日は小・中等部の合同指導だ。五十名ほどいるだろう。もう十分すぎるほど、生徒がいる。
ランゼルフ・ギルドからマルスタ・ギルドに移籍してくれたモニカ、マチュア、マイラなどもきちんと出席している。
そもそもランゼルフ・ギルドのギルド長は、ドルガーだからな。
あのギルドから、逃げ出したくなるのも分かる。
そもそも、ドルガーは今、何をやっているんだろう。
「魔力の練り方を説明します。肉体には『七つの門』があるとイメージしてください。門が開くと、魔力が発動するからね」
この魔力の出し方は、マリーさんから学んだことだ。
僕は愛用の剣、「グラディウス」を皆に見せた。
「一つ目の門、二つ目の門、そして三つ目の門を開いたところをイメージすると……」
ビキビキビキッ
グラディウスの剣が、氷の魔力を帯びて音を立てた。
「ハアアアッ」
ザンッ
僕は練習用人形に向かい、剣で斬撃した。
すると粘土でできた練習用人形は、たちまち凍ってしまい──。
バキインッ
粉々に、練習用人形が砕け散った!
「うわああっ! 氷の魔法剣だ」
「威力、エグい……」
「カッコいい!」
生徒たちが驚きの声を上げる。
僕は説明した。
「三つ目の門が開くイメージをしたとき、魔法剣が発動する。三つ目の門は、だいたい胃の辺りにあると想像してください」
「正確には、『みぞおち』の辺りだな」
補助師範役のパトリシアに注意されると、僕は頭をかいて、「あー……そう、みぞおちだ」と言った。
「パトリシア先生のほうが、詳しいや。皆、僕じゃなくて、パトリシア先生から学んでください」
道場生から、失笑がもれる。
さて、基本練習が終わり、小休止時間のとき──。
「ダナン! ちょっといい?」
アイリーンが道場に入ってきた。看護師のアルバイトが休みのときは、ギルドの事務の仕事を手伝ってくれている。
「あなたに重要な手紙がきていて……指導が終わったら、あとで中を見て」
◇ ◇ ◇
指導が終わり、僕は近くの喫茶室「エストランダ」に急いだ。
ソファ席に、パトリシアとランダース、アイリーンが座っていた。
「ダナン、『世界剣術大会』の招待状だ。あのライリンクス国王の執事、マイケルダール氏の言う通り、届いたな」
パトリシアは嬉しそうに、青色の封筒を僕に見せながら言った。
「世界剣術大会! あっ、僕にも来たのか?」
アイリーンが、僕宛ての封筒を差し出してくれた。
ランダースも、彼宛ての封筒を持っている。
「私は魔法剣士を辞めているから、招待状はこなかったけど、皆のお手伝いをさせてもらうわ。一緒に、世界剣術大会に行くからね」
アイリーンはそう言ったが、少しさみしそうだ。
やっぱり、少しは剣を振りたいという気持ちがあるんだろう。
僕が封筒を開けて中を見ると、招待状が入っていて、こう書かれていた。
『マルスタ・ギルド所属 ダナン・アンテルド殿
貴殿は、デルガ歴2024年世界剣術大会の出場者に選ばれました。
この世界剣術大会招待状は、世界各地にあるギルド所属者の、
勇者
魔法剣士
剣士
戦士
など、剣術の使い手であり、世界剣術大会委員会に選ばれた者に発送されました。
【開催日】
デルガ歴2024年 4月8日
【開催場所】
東方ジャパルジア トキヨ地区
【ライリンクス王国にお住みの出場者様へ 世界剣術大会出発の集合場所のお知らせ】
集合場所 ライリンクス王国 ライルコース港大桟橋 第5地区
出発日 デルガ歴2024年 4月1日 午後2時30分
出場者は、豪華客船ベルクマーク号に乗船し、ジャパルジアへ出発します』
「お、おい……本当に、東方ジャパルジアに行けるのか……」
パトリシアは感激したように、首を横に振って、言った。
「夢みたいだ……。私の長年の夢がかなうのだ」
「お、おう。マジらしいな、こりゃ」
ランダースは、ヒューッと口笛を吹いた。
ジャパルジアは「剣術の里」と呼ばれる、世界の剣術家のあこがれの国だ。
ものすごい剣の達人が、ゴロゴロいるらしい。
勇者、魔法剣士、剣士、戦士のランキング一位の者は、すべてこのジャパルジアにいる。
僕も、このジャパルジアにあこがれている。
ちなみに僕の魔法剣士ランキングは、最近、832位になった。
微妙だ……。
そんな僕が世界剣術大会に出場できる理由は、入院中のライリンクス国王……ブーリン氏が大会出場に推薦してくれたんだろう。
「噂では、ヨハンネス・ルーベンスも出場することが確実らしい。私の剣術の知り合いが、そう言っていた」
パトリシアが言った。
「ヨハンネスか……」
パメラさんが言うには、あいつが、国王襲撃の黒幕ということだ。
でも、世界剣術大会に呼ばれるってことは、まだ証拠がないってことなのか?
集合場所は、ライルコース港大桟橋 第5地区と書いてある。
そこから、船でジャパルジアへ出発するのか。
他に、我がライリンクス王国からは、誰が出場するんだろう?
ゲルダは? ドルガーは?
いや、僕はこの二人は必ず選ばれて、出場してくると考えている。
「ま、待って」
アイリーンが声を上げた。
「招待状の下に、注意書きがあるわ!」
ん……?
『【重要な注意事項】選ばれた選手は、所属するギルド長と、【必ず】ジャパルジアに入国してください。そうしないと、出場許可が下りません。ギルド長は選手と引率し、選手の怪我、健康を管理していただく必要があります』
え?
「こ、これは……! マズいんじゃない? マルスタ・ギルドには、今、ギルド長はいないわ!」
アイリーンは声を上げた。
「こ、国王様は……ブーリンさんは今、入院しているし……」
「ど、どうするんだ? これじゃあ、ジャ、ジャパルジアに行けないぞ!」
パトリシアはいつになく泣き声を上げた。
ど、どうするったって?
か、解決方法はないのか……?
そうか! 代わりにギルド長に就任してくれる人がいれば……。
で、でも、そんな人がいるのか?
い、いや、いる!
適任者がいる! 僕はすぐに思い出した。
4月1日、午後2時──。
僕──ダナン・アンテルドは、今、アイリーン、パトリシア、ランダース、そしてもう一人──マリー・エステランさんと一緒に、ライリンクス王国の南にいる。
そこはライルコース港大桟橋という場所。
世界剣術大会が開催されるジャパルジアへ、豪華客船に乗って出発するためだ。
出場選手の剣術家も、ちらほら見える。
報道陣もたくさんいる。
だが、それどころじゃない!
大桟橋には来たが、ジャパルジアに行けるかどうか、分からないのだ。
問題が発生している。
僕が所属しているマルスタ・ギルドのギルド長も、一緒に世界剣術大会に行かなければならない。
しかし、肝心のギルド長の国王……いや、ブーリン氏は入院中だ!
そこで、僕はマリー・エステランさんに、臨時のギルド長代理を頼んだ。
「だから! 私がマルスタ・ギルドの、臨時のギルド長になるって言ってるじゃないの!」
一緒に来てくれたマリーさんは、テント小屋の世界剣術大会の役員に詰め寄った。
「マリーさんねえ、一度、ランゼルフ・ギルドのギルド長の資格を失われていますよねぇ、あなた」
驚いたことに、その大会役員はドルガーの腰ぎんちゃく、ジョルジュだった。
コネでも使って、役員になったのか? ど、どういうことだ?
「一度、ギルド長の資格を失っている方は、臨時でもギルド長と認められないんで」
ジョルジュはにんまり笑って、マリーさんに言った。
あいつ! 僕らを世界剣術大会に出場させない気だな!
多分ドルガーに、僕らの出場を阻止するように言われたのだ。
「ギルドに、そんな規則はなかったはずよ!」
マリーさんは声を上げたが、ジョルジュはクスクス笑っている。
「さあ? 僕は規則通りに申し上げているだけですよ~。残念」
そのとき丸々太った、メガネをかけたヒゲの男が歩いてきた。
大会役員長の腕章を、腕にはめている。
「さわがしいですなあ。私はバーデン・マックスという者だ。世界剣術大会、ライリンクス王国選手団の役員長を務めておる」
おや? 見たことがあるぞ、この男!
「あなたは! バーデン・マックスさん?」
マリーさんは声を上げた。
バ、バーデン・マックス?
ドルガーの父親だ! そして、ランゼルフ・ギルドの創業者だ。
マリーさんはランゼルフ・ギルドの元ギルド長なので、マックス氏と面識があるはず。
僕といえば、マックス氏と小さい頃、何度も会ったことがある。
「久しぶりだな、マリーさん」
マックス氏は、ポケットに手を突っ込みながら言った。
「ジョルジュ君が言うような、その~……規則があってね。一度ギルド長をやめた者は、再びギルド長には就任できないんだよ」
「ウソです! ギルドの規則では、一度ギルド長をやめた者でも、ギルド所属者の支持があれば、ギルド長に復職できるはず!」
「私は大商人だ。この世界剣術大会のスポンサーでもあるんだよ? 大金を出しているんだ」
マックス氏は当然、口調が強くなった。
まるで威嚇するような口調だ。
「マルスタ・ギルドは今後二度と、大会に出場できなくしてやろうか?」
「へえ、息子のドルガーに何か言われたの? 『パパ、ダナンを出場させないでよ』とか」
マリーさんは言葉を返した。
しかし、マックス氏はイライラをしながら、「知らんな」と言いつつ腕時計を見ている。
「あなたの息子……ドルガーは、ダナンとの試合で魔獣に変身した!」
マリーさんは声を上げた。
「息子が、試合であんな恐ろしい反則行為をしたくせに、よく言えたものね」
「フン。私は魔法についてはよく分からん。息子から、あれも技術の一つだと聞いている。……まあ、私も最初は驚いたがな」
マックス氏はそんなことはどうでもよい、という顔だ。
「息子は、すでに豪華客船に乗り込んでいるんだ。もういいかね? さ、帰ってくれ」
マックス氏は舌打ちしつつ、マリーさんをにらみつけた。
肝心のドルガーも、やはりここに来ている!
つまり、世界剣術大会に出場するわけだ。
こないだの試合の魔獣変身は、おとがめなしか。
すると、ジョルジュは得意気になって、口を開いた。
「とにかく、マリーさんは現在、ギルド長じゃないですよね? 今回は、マルスタ・ギルドの選手は、出場をあきらめるしかないですねぇ?」
ドルガーが出場するなら、僕も出場して、ドルガーをもう一度倒さなくてはいけない。
長年、アイリーンの心を傷つけ、手下を使って僕を事故に合わせたんだからな。
しかし、このままでは、僕は出場できないぞ? どうする?
するとその時……!
「話は、すべて聞いていたぞ……」
かすれているが、芯の強そうな男の声が、僕の後ろでした。
どよっ……。
報道陣が驚きの声を上げる。
アイリーンが叫んだ。
「ダナン! 国王様よ!」
えっ?
僕が振り返ると、そこにはライリンクス国王が車椅子に座っていた!
ブーリンさんだ!
執事のマイケルダール氏が、車椅子を押している。
な、何で、大桟橋にいるんだ?
「ダナン君……私にまかせろ。君は世界剣術大会に、出場できる……」
国王は、痩せこけた顔をしていたが、僕にそう言った。
「お前の言葉はすべてウソ──欺瞞に満ちておる…! ダナンは世界剣術大会に出場できる……」
痩せた国王が静かに、それでいて怒気を込めて、ドルガーの父親、バーデン・マックス氏に言った。
「……マルスタ・ギルドのギルド長は、マリー・エステラン氏だ。早く世界剣術大会に──ジャパルジアに、マルスタ・ギルドの選手たちを渡航させよ……」
「い、いえ。しかし規則上は……」
マックス氏はたじろぎながらも、小さい声で抗弁した。
さすがに国王を前にすると、さっきの尊大な態度が消え去っていた。
するとジョルジュが、あわてたように言った。
「こ、こ、国王様の御前といえども、規則は規則ですからね」
すると国王の執事、マイケルダール氏はジョルジュをジロリと見た。
「君はジョルジュ君でしたかな? 君は大会役員をクビだ」
「ふ、ふん? いくら国王様といっても、世界剣術大会に何の権限ももたないハズですよ」
ジョルジュは声を震わせて言ったが、国王は痩せこけた顔を、引き締めながら言った。
「……私は衰ているが、今年の世界剣術大会の副会長だよ」
「え?」
マックス氏とジョルジュは目を丸くして、声を上げた。
国王は毅然として続けた。
「……マックス君、ジョルジュ君、君は大会の組織委員会を知らないのかね?」
ちなみに副会長は、マックス氏が務める大会役員長より、権威が五段階も上だ。
し、しかし、あの国王の容態で、世界剣術大会の副会長に任命されるものなのか?
「……今年の世界剣術大会の会長は、ジャパルジア国王だ。彼から私に、『副会長になってくれ』と直々に頼まれたのだよ。……彼とは長年の友人だ。二十年前、世界剣術大会で私が優勝し、彼が準優勝したときからの友情だ……」
えええっ? 国王……つまりブーリン氏が、世界剣術大会の優勝者?
国王は顔は青白いが、しっかりと話をしている。
「……副会長の実質的な仕事は、|執事のマイケルダールにやってもらう。今の私が唯一できることは、選手の気持ちを逆なでする輩に、目を光らせるだけだ……。まず私が取り締まる一人目は、バーデン・マックス君、お前さんというわけかね……?」
「ひ、ひいいっ!」
バーデン・マックス氏が、直立不動で、声を上げた。
「い、いいえっ! 国王様に……副会長に従いますっ。お、おい、このジョルジュというヤツをつまみだせっ!」
マックス氏は態度を百八十度変えて、ジョルジュに向かって怒鳴った。
「ちょっ……何を……」
ジョルジュが口答えするか早いか、衛兵たちがジョルジュに近寄ってきた。
「お前は役員をクビだ」
衛兵はそう言い、ジョルジュをつまみ出した。
「ち、ちきしょう~!」
ジョルジュは僕をにらみつけて叫んだ。
「ダナン! ドルガーさんも、ジャパルジアに来るからな! お前をギタギタに叩きのめすはずだ!」
ジョルジュは衛兵に抱えられ、港の外に連れ去られてしまった。
「国王様!」
僕はあわてて、国王の前に跪いた。
「お体は大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ……。ダナン君、私は君たちの前では、国王でもなんでもない……。単なる元マルスタ・ギルドのギルド長のおっさんだよ……うう」
すると、マイケルダール氏が国王に進言した。
「国王、もう声を出されるのはおやめください。お体にさわります。城に戻ってください。副会長の仕事は、私にお任せを」
マイケルダール氏の言葉に、国王はうなずいた。
「う、うむ……。久々に声を張り上げたので、かなり疲れた……。では、最後に……」
国王は僕のほうを見て、言った。
「ダナン君……大会、全力を尽くしたまえ。君や君の仲間は、世界剣術大会に出場できる。安心しなさい……」
僕は国王……いや、ブーリンさんの手をにぎり、頭を下げた。
「このお礼は、必ずお返しいたします!」
「わ、私も、元気が戻ったら、すぐにジャパルジアに駆けつけるからな……。君の試合を……生で観たいのう。では……」
車椅子に乗った国王は衛兵に押され、大桟橋の外に行ってしまった。
「なかなか泣けたよ、ダナン君」
──その時、後ろの方から、声が聞こえた。
後ろを振り向くと、そこには、ヨハンネス・ルーベンスが立っていた。
「危なかったね。フッフッフ……出場不可の危機を脱することができたな。僕は信じていたよ」
「ヨハンネス! 君はドルガーと親交があるんじゃないのか? 僕らが出場できなくなるように仕組んだのは、君も関係あるんじゃないのか?」
僕は疑うように言った。
「ハハハ、君らが困ることになるのは知っていたけど、僕は何にもしていないよ」
ヨハンネスは笑って答えた。
僕はぐっ、と唇を噛み締めた。
パメラさんが言うには、こいつが、国王襲撃事件の黒幕……ということだが……!
「何か言いたそうだねえ?」
ヨハンネスは、何もかも知っていそうな顔で言った。
「確かに、ドルガーは父親のバーデン・マックスに頼んで、君を出場停止に追い込もうとした。僕はドルガーと親交があるから、よく知っている」
「や、やっぱり」
「だけど、僕はドルガーとは違うよ。僕は、君が世界剣術大会に出場することを、歓迎する」
僕は黙ってきいていたが、ヨハンネスは続ける。
「なぜなら、戦いに飢えているからだ! ギリギリの殺し合い……つまり『死合《しあい》』にね!」
殺し合い……死合《しあい》……だと!
「ヨハンネス……! お前」
「ダナン・アンテルド! ジャパルジアで、最高の死合をしよう!」
そのとき、ヨハンネスの体から、無気味な瘴気が立ち昇ったような気がした。
闇の力……まさにそれだった。
「ハハハ! 僕は先に豪華客船に乗るぞ。君もすぐに来い!」
ヨハンネスは高笑いしながら、港に停泊している、豪華客船のほうに行ってしまった。
そして彼は、豪華客船の階段──ギャングウェイを上がってしまった。
「ダナン! 大丈夫?」
アイリーンが、僕のほうにかけつける。
「でも、ジャパルジアに行けるんだな。良かった!」
パトリシアはホッとしたようだし、ランダースもため息をついている。
「一時は、どうなることかと思ったぜ~、まったく」
「さあ、気を引き締めましょう!」
マリーさんは、僕ら四人の前に立って、こう声を上げた。
「私がマルスタ・ギルドのギルド長として、あなたたち四人を引率します! 世界剣術大会に向けて、船に乗り込むわよ!」
「はい!」
僕らは声を上げ、豪華客船のほうに向かった。
「おいっ、ダナン!」
そのとき、豪華客船の甲板のほうから、聞き覚えのある声が聞こえた。
……ドルガー!
ドルガーが甲板から、僕を見下ろしていた。そこにいたのか、ドルガー!
「ふん、結局出場可能になっちまったのか? くそ、運のいい野郎だぜ! こうなりゃ、ジャパルジアで叩きのめすしかねえな!」
僕は世界剣術大会に出場する……!
相手はヨハンネスにドルガーだ。
僕は彼らと戦わなければならない。
そして、見たこともない、新しい敵も待っていることだろう。
「ようし、行くぞ!」
僕は声を上げ、豪華客船に乗り込んだ。
【第一部──完結】