衛兵の会議室に入ってきたのは、三角帽を被った、かわいい女の子だ。

 十歳くらいか?

 あ!

 僕は女の子を見て、声を上げた。

「パ、パメラ・エステランさん?」
「そうじゃあ~!」

 その女の子は、パメラ・エステランさんだった。

 マリーさんの姉で、探偵だ。

 パメラさんは、椅子に座っている僕に抱きついた。

「ダナン! かわいそうにのう~。こんなに疑われて。おお~、よちよち」
 
 パメラさんは、僕の頭をなでてくれた。

 ……あんまりうれしくないが。

「こりゃあっ! 衛兵どもっ!」

 パメラさんは呆然としている衛兵たちに、怒鳴った。

「ダナンは無実じゃ! 敬礼して、謝らんかいっ!」

 パメラさんが怒鳴ると、衛兵たちはあわてて敬礼した。

「ま、まさか? パメラ探偵と、お知り合いだとは!」

 ドンチョス副隊長が叫んだ。

「ダ、ダナン殿! も、申し訳ございませんでしたああっ」
「えーっと? パメラさんと国王様や衛兵さんたちとは、どんな関係が……?」
「パメラ探偵は、我がライリンクス城直属の探偵である。一年前、国王の妹君(いもうとぎみ)が誘拐されたとき、解決なされた大恩人なのだ」

 ドンチョス副隊長は、敬礼しながら言った。

「そんな有能な探偵が、おぬしは信頼できると申しておるのだ。ダナン殿(どの)! 我々はもう、おぬしを疑うことができぬ。申し訳なかった」

 ドンチョス副隊長と衛兵たちは、僕に向かって頭を下げた。

(あらた)めて、申し訳ございませんでしたあっ!」
「わ、分かりました。頭を下げるのはやめてくださいよ」

 僕はあわてて言った。

 国王が大変な事態なのだ。

 混乱しているのは分かる。

 僕だって恩人が心配だ。すごく動揺(どうよう)している。

「──我々は、剣術家たちの様子を見てきます」

 副隊長や衛兵たちは、外に出ていった。

 会議室は、僕とパメラさんと、二人きりになった。

「……それで、国王様はどうして、誰にナイフで刺さされてしまったのですか?」

 僕は聞いた。

「単刀直入に言おう!」
 
 パメラさんは声を上げた。

「この国王襲撃事件の黒幕は、ヨハンネス・ルーベンスだと思われる!」

 えっ? ヨハンネス? さっき、三階大ホールにいたっけ。

「勇者ランキング二位の、若手最高の勇者だ。知っておるな」

 僕は思い出していた。

 ドルガーとの試合前、確か、ヨハンネスと会話した。

 ヨハンネスには、思い出しただけで、背筋も(こお)るような不気味な雰囲気があった。
 
 彼の剣……まるで死体の血を吸い込んでいる不気味なイメージだったのだ!

 僕は額の汗をぬぐいつつ、パメラさんに聞いてみた。

「ど、どうしてヨハンネスが、国王をナイフで刺した者と関わっている、と疑っているのですか?」
「彼には前から、奇妙な噂がある。魔族とかなり親しくしている……。そんなところを、草原で見たという証言がたくさん出てな」
「ま、魔族と親しくだって? それもたくさんの証言?」

 そんなことが可能なのか?

 い、いや、確かに、人語(じんご)を理解する魔族はたくさんいるらしいが……。

 僕はなぜかドキリとした。

 ヨハンネスと話した時の──彼の不気味な姿と、魔族と親しくしているという噂……僕の中では一致(いっち)してしまったからだ。

「そしてヨハンネスは、かなり危険な性格でな。勇者とあろう者が、しょっちゅう、周囲の者といざこざを起こしている。ナイフを振り回し、人を負傷させる事件も起こしているのだ」
「ええっ?」

 ナ、ナイフを振り回して負傷!

 そんなことがあったなら、確かにライリンクス王を刺した犯人と、関わり合いがあると疑われてもしょうがない。

 しかし、その負傷事件が本当なら、王立警察に捕まるに決まっているが……。

 ん?

 僕の背中に、冷や汗が流れたような気がした。

 さっき三階大ホールに、ヨハンネスがいたが……僕は気づいた。

「か、彼はそれでも、逮捕されないということ?」

 パメラさんは大きくうなずき、言った。

「問題はそこなのだ。もし今回の犯行にヨハンネス・ルーベンスが関わっているのだとしたら、この事件はかなり、やっかいなことになるぞよ!」
「やっかい?」
「ヨハンネスの親、一族が大問題なのじゃ!」
 
 パメラさんは、神妙な顔をして声を上げた。

「ルーベンス家は、世界最大の大貴族であり、王族をしのぐ権力を持つといわれる」

 そしてパメラさんは、強く言った。

「だから逮捕されない! ──そして最近では、魔族と密約をして、闇の力を手に入れていると(うわさ)されているのじゃ!」
「えっ……」

 僕は思い出していた。

 昨日の試合中、ドルガーが魔獣に変身してしまったこと……。

 まさか、そのことと関係があるのか? 

 ドルガーの試合前に、ヨハンネスと話した。

 もしかしたら、ドルガーとヨハンネスは親交があるのか?

「だけど……考えれば考えるほど、国王が襲撃された理由、犯人が分からないです。すべて憶測(おくそく)ですから」
「その通り」

 するとパメラさんは続けた。

「だが、ヒントはある。この事件の(かぎ)を持つ人間がおるのじゃ」
「えっ? それは誰ですか?」
「ダナンよ!」

 パメラさんは僕を見て言った。

「お前が身をていして救った少女……お前が足を大怪我した原因! ゲルダ・プリシッチ!」

 えっ……どういうことだ?

「その少女が、今回の事件の解明の(かぎ)を握っておる!」

 な、なんだって?
 
 僕は驚いて、呆然とパメラさんを見つめた。