僕は急降下してきた斧を、魔力模擬剣で弾き飛ばした。
あれだけ巨大な斧だ。どんなに急速で落下しようが、魔力模擬剣で、簡単に狙い落とせる!
「な、あっ……バ、バカな」
魔獣ドルガーが目を丸くして、一歩後退した。
僕は素早く彼に近づき、飛び上がり──。
ズバッ
ドルガーの右腕を斬撃した。
ドルガーは苦痛の表情を見せたが──しかし、右腕は垂れ下がらない。攻撃に備え、構えている。
魔力模擬剣で斬撃すれば、強烈に痺れるはずなのに、効いていないのか?
「バカが! 魔力模擬剣の魔力など、今の俺にはたいして効かん!」
ドルガーは豪快に笑った。
「俺は魔王と会い、闇のスキルを授かったからな。魔力模擬剣の痺れ効果など、たいした致命傷にはならんのだ!」
な、なんだと? 魔王と会った? ほ、本当なのか。
ガッ
魔獣ドルガーは巨大な左手で、僕の首をわし掴みにした。
「これで貴様もおしまいだ~! ダナン!」
すごい力で、首を絞められる。
「ダナン! ドルガーには必ず弱点があるはず」
アイリーンは舞台外に立ち、声を上げた。
「そう、属性よ! 昔から魔獣系の魔物は、火に弱い、と聞いたことがあるわ!」
そうか、属性か! それならば!
「魔法剣──炎!」
僕は首の痛みをこらえ、集中し、魔力模擬剣に魔力を込めた。
ブワアアアアッ
ザクッ
魔獣ドルガーの脇腹に、炎属性の魔力を帯びた、魔力模擬剣を突き刺した。
「ギャッ!」
ドルガーはあわてて、僕の首から手を離した。
彼の脇腹からは、煙が立ち上っている。
僕は攻撃を続ける!
「魔法剣──炎連撃!」
ズバッ ズバッ
僕はドルガーの右腕、左腕を素早く斬撃した。
ドルガーの両腕が、炎に包まれる。
「ギャアアアアアアッ!」
魔獣ドルガーは声を上げる。
「き、き、貴様ぁ!」
ドルガーは炎に包まれながらも、僕の体目がけて、拳を振り上げた。
(ここだっ!)
ズバアアアアアッ
「魔法剣──焔一閃!」
ドルガーの胴を、真横に斬撃した。
「ギョオオオエエエエッ」
ドルガーは断末魔のような叫び声をあげた。彼の胴からは火が立ち昇る。
「あ、ぎゃ」
ドルガーはそんな声とともに、体を震わせた。
そして左手、右手にそれぞれ持った斧を、地面に落とした。
「こ、この野郎がああああ……」
ドルガーは両腕と腹を火に包まれながら、両手を前にして立ちすくんでいる。
「こ、こんなところで、負けるわけにはいかないのだあああ……」
僕が彼の攻撃に備えて構えると、すぐに魔獣ドルガーの全身に炎が覆った。
「ごああああああ……!」
ドルガーの目が、カッと見開いた。
「ぬおおおおおおおーっ!」
ドルガーは全身が火に包まれた状態で、僕に向かって走り込んできた。
「魔獣反動撃!」
ドルガーが叫ぶ。決死の技なのだろう。
ドルガーの全身は、火と闇の魔力で覆われていた。あんな巨体がぶつかってきたら、僕は全身がバラバラになってしまう。
「うおおおおっ!」
するとドルガーは飛び上がり、僕を全身で潰そうとしてきた。
上からその巨体で、僕を潰す気だ!
(ドルガー、終わりにしよう)
僕は横に飛び、彼の魔獣反動撃なる技をかわした。
ドーン
ドルガーは当然、地面に叩きつけられた。そして──。
グサアッ
僕は、ドルガーの背中に、魔力模擬剣を突き刺した。
「ギョオオアアアアアッ……ウウウッ……」
彼は大きくうめき、うつ伏せのまま炎に包まれ、ピクピクと痙攣していた。
ドーン ドーン ドーン
試合終了の太鼓の音が鳴った。
急いで、白魔法医師たちが舞台に上がり込んで、氷結魔法で、ドルガーの全身の炎を消火した。
彼らの一人は、僕の魔力模擬剣をドルガーの背中から抜き、僕に返してきた。
「彼は……ドルガーはどうなりましたか?」
僕はあわてて白魔法医師たちに聞くと、白魔法医師たちは、「ドルガーは命に別状はない」と言った。
「彼を覆っている闇の魔力のおかげで、火傷は最小限で済んだようだ。やはり君の斬撃の威力で、この怪物──いや、ドルガーが倒れたのだ」
勝敗はどうなるんだ? スタジアム全体がシーンと静まり返っていた。
その時!
審判長が仕方なさそうに、舞台に上がってきた。
そして、苦虫を噛み潰したような顔で、僕の手を上げた。
すると!
『24分50秒、斬撃により、ダナン・アンテルドの勝利です!』
魔導拡声器により、コロシアム全体に、僕の勝利が告げられた。その途端──。
ウオオオオオオオッ
「ダナンが勝った! ダナンが勝った!」
「とんでもない魔法剣だった! 強い!」
「おいおい、そもそもドルガーが斧でダナンを攻撃したんだろ。その時点で反則負けだろ」
「なんにしても、完全決着だぜ!」
観客たちは声を上げている。
か、勝ったのか? 僕が倒れたドルガーを見て戸惑っていると……。
「ダナン! すごいっ! すごいよおっ」
アイリーンは飛びついてきて、僕を抱きしめた。
「勝った、勝った! 良かったね!」
「ああ……ううっ?」
僕はよろけそうになった。【大天使の治癒】の効果が切れたらしく、右足がまたマヒ状態になってしまった。
「だ、大丈夫?」
アイリーンは松葉杖を僕に持たせてくれて、僕が倒れないように支えてくれた。
「大丈夫だ、問題ないよ」
僕が言うと、アイリーンはホッとしたように、笑った。
「良かった……」
ドルガーはいつの間にか、魔獣の姿からいつもの人間の姿に戻っていた。
元に戻った彼は、全身に包帯を巻かれている。
(ドルガー……)
僕はつぶやいた。
そして、ジョルジュや黒服たちの肩を借りて、舞台を降りていった。
そのとき、ドルガーは僕のほうを振り返ったのだ。
ものすごい鋭い目! 僕をにらみつけた!
ドルガー……!
まだ続きがある。
あいつは何かを企んでいる。そんな気がしてならなかった。
ドルガー戦から三日経った。
その日の午後、僕──ダナン・アンテルドはマルスタ・ギルドで指導を終えた。
ちょうど、僕宛てに茶色い封筒が郵送されていたようだ。
僕はその封筒の差出人を見て、目を丸くした。
「ラ、ライリンクス国王からだ!」
僕は声を上げた。
封筒の中には、緑色のインクで書かれた、手紙が入っていた。
『魔法剣士ダナン・アンテルド殿
誠にぶしつけな手紙、失礼いたします。
デルガ歴2024年、1月10日、午後2時に、ライリンクス城、三階大ホールにいらしてください。
この手紙で詳細は申し上げられないが、あなたにお頼み申し上げたいことがあります。
この手紙のことは、内密によろしくお願いいたします。
ライリンクス城 ライリンクス国王
代筆 執事 ルゼリッカ・マイケルダール』
手紙の文章は、たったこれだけ?
手紙はライリンクス王国の旗印の封蝋──シーリング・ワックスで、封がしてあった。
本物の国王の手紙だろう。
し、しかし、一体どういうことだ?
なぜ僕が、城に行かなければならないんだ?
◇ ◇ ◇
1月10日、僕やパトリシア、ランダース、アイリーンは、馬車でガーランディア地区のライリンクス城に行くことになった。
パトリシアやランダースにも、同様の文面の手紙が郵送されていた。
アイリーンは魔法剣士を辞めているせいか、彼女には手紙が来なかった。
しかし、僕の付き添いということで、城に入ることをゆるされた。
城の三階大ホールには、たくさんの人々が集まっている。
百人以上はいる!
「す、すごいぞ!」
パトリシアは目を丸くしている。
「ライリンクス王国の強豪剣術家たちと、その関係者ばかりじゃないか!」
「新聞や雑誌で見る、有名な剣術家……勇者、剣士、魔法剣士、戦士ばかりね」
アイリーンも、感心しながら言った。
僕も驚いた。
世界剣術大会に入賞経験のある、ジョーダン・ベスタイルやベスター・マイクスの姿も見える。
他には、戦士のピネータ・スワンソン。魔法剣士のブルックリン兄弟。
その師匠や、本人が所属しているギルド長も来ているようだ。
そして、あの勇者ランキング二位の、ヨハンネス・ルーベンスも来ている!
「どういうことなんだ? ライリンクス王は。こんなに剣術家を集めて」
「多分、今年の四月に行われる、『世界剣術大会』に関することだろう?」
「そうだったら、手紙にきちんとそのことを書かないか?」
ホールに集められた人々は、そう噂し、首を傾げている。
世界剣術大会?
僕は無名なのに、招待されるはずはないだろう。
──するとその時、誰かがホールの檀上に上がった。
国王! ……ではない?
ライリンクス城の使用人が着用する、青いタキシードを着ている青年だ。
「ライリンクス王国にお住まいの、剣術家と関係者の皆様。お集りいただき、ありがとうございます。私は、ライリンクス国王の執事、ルゼリッカ・マイケルダールと申します」
執事のマイケルダール氏は、真剣な顔をして言った。
彼が、国王の手紙の代筆者か。
そして、やはり剣術家とその関係者ばかりを、城に呼んだことがはっきりした。
「皆さんは我々、ライリンクス城からの手紙を受け取って、この城まで来られたと思います。意味の分からない手紙を郵送することになってしまい、大変申し訳ありませんでした」
「どういうことなのだ! 意味の分からない、本当に失礼な手紙だっ!」
剣術家の一人が怒声を上げたので、マイケルダール氏は深く、頭を下げた。
「申し訳なかった。できるだけ、皆さんがここに集まることを、噂にしたくなかった。だから、情報をそぎ落した、あのような奇妙な手紙になってしまったのです」
剣術家たちは、眉をひそめたり、顔をしかめて、マイケルダール氏の言葉を聞いている。
マイケルダール氏は続けた。
「ここにお集まりいただいた皆さんには、『世界剣術大会』に出場していただきたい」
ドヨッ……。周囲の人々はざわめいた。
「やはり」という声も上がった。
「恐らく今月中に、皆さんには『世界剣術大会委員会』から、正式な出場招待状が届くはずです」
マイケルダール氏は言った。
ええっ? じゃあ、僕にも招待状が届くのか?
僕が戸惑っていると、マイケルダール氏は口を開いた。
「そしてなぜ、剣術家の皆さんに、ライリンクス国王から手紙をお届したのか? その理由をこれからお話する」
彼は言った。
「簡単に言えば──今年の世界剣術大会には、魔王の手下が出場するらしいのです。──皆さんには、魔王の手下を倒していただきたい。それが、我々からのあなた方に対する依頼です」
な、なんだって……?
場内がざわついた。
「おいダナン。あの執事野郎、頭がパーになっちまったんじゃねえのか?」
ランダースがニヤニヤ笑いながら言った。
「魔王? そんなヤツの手下が、人間の大会にホイホイ出場するかよ」
「出場しますよ、ランダースさん。魔王の手下は必ず来る」
マイケルダール氏がランダースをジロリと見たので、ランダースは、「や、やべぇ」と言って頭をかいた。
「魔王の手下が世界剣術大会に出場する証拠を、皆さんにお見せしなければならない。──衛兵っ!」
マイケルダール氏が声を上げると、衛兵が周囲から五名やってきて、周囲をジロジロ見回し始めた。
(な、なんだ?)
僕が驚いていると、ホールの横の扉が開き……。
ガラガラガラ
衛兵によって、壇上の前に、移動式ベッドが運び込まれた。
誰かが移動式ベッドの上に寝ている……。
老人……?
マイケルダール氏が口を開いた。
「彼は国王です」
ドヨッ……。
ホール内の人々が大きくざわめく。
国王?
僕は今まで、実際に国王の姿を見たことがない。
法律で、国王を写真に撮ってはならないと、規制されている。
僕は移動式ベッドに寝ている、「国王」に近づいた。
(国王は病気なのか……? ん?)
あれ?
僕、この人を見たことがある!
「あっ!」
僕は思わず声を上げた。
このベッドの上の国王……!
僕がよく知っている人物だった!
移動式ベッドで運ばれてきた、「国王」は……!
僕の良く知る、マルスタ・ギルドのギルド長、ブーリン氏だった。
ど、どういうことなんだ? どうしてブーリン氏が、国王なんだ?
そしてなぜベッドに寝たきりになっている?
「ダ、ダナン君……!」
国王が小さくそう言った。
「ブーリンさん!」
僕が呼びかけると、執事のマイケルダール氏が僕の肩に手をやった。
「国王は今、体力がものすごく低下しているのです。二日前、国王が就寝中、城に忍び込んだ者が、国王の腹をナイフで刺したのです!」
な、何だって? ナ、ナイフで腹を?
ざわっ……。
剣術家たちが、ざわめく。
「犯人は逃げてそのままです」
マイケルダール氏がそう言ったとき、ブーリン氏……いや、国王は目をつぶってしまった。
そしてまた衛兵が移動ベッドを押し、外に移動させてしまった。
「剣術家たちに、衛兵が個別に、色々事情を説明いたします。ダナンさん、あなたは国王とつながりが深いようだ。個室に来て、特別にお話いたしましょう。──衛兵!」
マイケルダール氏が言うと、衛兵たちが、僕の腕をつかんだ。
え?
「あまり手荒なことはするな」
お、おいっ! なんだ? どういうことだ?
「来いっ! ダナン・アンテルド!」
僕は衛兵に無理矢理、腕をひっぱられた。
たくさんの剣術家が、僕のほうを驚いた顔で見ている。
「ダナンに何をするのよっ!」
「おいっ、ふざけるな! ダナンが何をした?」
アイリーンとパトリシアが叫ぶ。
僕はどうしようもできなくて、三名の衛兵に、ホールの外に連れ出されてしまった。
い、意味が分からない……。
◇ ◇ ◇
ここは国王衛兵隊の会議室。
僕はそこに連れ込まれ、強引に椅子に座らされた。
「ダナン・アンテルド、お前は何か知っておろう! 国王がナイフで刺された原因を! 知っておるなら、言え!」
衛兵副隊長──ヒゲのズオーブリー・ドンチョスが声を上げた。
な、何で僕が疑われているんだ?
すると彼は、僕に写真を見せた。
う、うわああああっ!
ベッドに寝ている国王が、布団の上から、ナイフを突き立てられている写真だ!
布団が赤く血で染まっている!
「これが犯行当日──二日前の夜の二時の写真だ。国王は寝室で、誰かに腹部を深く、ナイフで刺されてしまわれた。我々は証拠として、国王の痛ましい姿を、写真で残さねばならなかった」
「うーん……まさか」
僕は衝撃の写真に、驚いて言った。
「国王は今現在までずっと容態が悪い。食べ物も受け付けず、やせ細ってしまわれた」
ドンチョス副隊長がそう言うので、僕はあわてて聞いた。
「僕を疑っているから、僕を城に呼んだのですか?」
「お前に関してはそうだ! 国王と深いつながりがあったようだらな。もちろん、他の剣術家にも、色々話を聞く予定だが!」
ちょ、ちょっと……ブーリンさんとつながりがあるからって、僕を疑うのか?
僕がブーリンさんが国王だって知ったのは、今日なんだぞ?
僕は聞いた。
「そもそも、国王のブーリン氏がマルスタ・ギルドを経営していたのは、なぜなんですか?」
「国王はギルド経営に、興味をお持ちだった。若い剣術家が、強くなっていく様を間近で見たいとおっしゃられていたのだ」
僕はもう一度、写真を見た。ブーリンさんの痛ましい姿だ。
「その腹部のナイフには、『呪い』がかけられているそうだ」
ドンチョス氏が言った。
「王国専属の白魔導師、治癒師たちが視て、国王の腹部から異様な『瘴気』が立ち昇っておられるのだ。我々は、この瘴気の正体を探っている」
そしてドンチョス氏は、僕をジロッとにらんだ。
「しかし、お前は一体何者なんだ? 右足が不自由なのに、試合までしている。ドルガーとの試合を観たが、異様な強さだった」
ドンチョス氏の顔は、いっそう険しくなった。
衛兵も身構えている。
──確かに、僕は強くなったようだ。
スキルのおかげでもある。
しかしそれはマリーさんが、僕の能力を引き出してくれたおかげだ。
それでも怪しまれるのは、仕方がないのか?
「お前、怪しげな妖術でも使っておるのか?」
ドンチョス副隊長は、疑いの目を僕に向けている。
「まあ、化け物に変身した相手のドルガーとやらも、怪しいが。──お前が国王に近づき、国王の命を狙い、ナイフで刺したと考えることもできるのだ!」
ばかなっ!
完全に疑われている。僕だってブーリン氏……つまり国王を心配しているのに!
「こ、国王様は、マルスタ・ギルドのギルド長で、僕の恩人ともいえる人です!」
僕は、抗弁した。
「それに、ブーリン氏が国王様だったということを知ったのは、今日が初めてだったんですよ!」
僕がそう言ったとき、会議室の扉が勢いよく開いた。
「こりゃあっ! ダナン・アンテルドは何も怪しくはないっ。怪しい者は私が全て熟知しておる!」
ん?
この、子どもみたいなかわいい声は?
聞き覚えがある……!
衛兵の会議室に入ってきたのは、三角帽を被った、かわいい女の子だ。
十歳くらいか?
あ!
僕は女の子を見て、声を上げた。
「パ、パメラ・エステランさん?」
「そうじゃあ~!」
その女の子は、パメラ・エステランさんだった。
マリーさんの姉で、探偵だ。
パメラさんは、椅子に座っている僕に抱きついた。
「ダナン! かわいそうにのう~。こんなに疑われて。おお~、よちよち」
パメラさんは、僕の頭をなでてくれた。
……あんまりうれしくないが。
「こりゃあっ! 衛兵どもっ!」
パメラさんは呆然としている衛兵たちに、怒鳴った。
「ダナンは無実じゃ! 敬礼して、謝らんかいっ!」
パメラさんが怒鳴ると、衛兵たちはあわてて敬礼した。
「ま、まさか? パメラ探偵と、お知り合いだとは!」
ドンチョス副隊長が叫んだ。
「ダ、ダナン殿! も、申し訳ございませんでしたああっ」
「えーっと? パメラさんと国王様や衛兵さんたちとは、どんな関係が……?」
「パメラ探偵は、我がライリンクス城直属の探偵である。一年前、国王の妹君が誘拐されたとき、解決なされた大恩人なのだ」
ドンチョス副隊長は、敬礼しながら言った。
「そんな有能な探偵が、おぬしは信頼できると申しておるのだ。ダナン殿! 我々はもう、おぬしを疑うことができぬ。申し訳なかった」
ドンチョス副隊長と衛兵たちは、僕に向かって頭を下げた。
「改めて、申し訳ございませんでしたあっ!」
「わ、分かりました。頭を下げるのはやめてくださいよ」
僕はあわてて言った。
国王が大変な事態なのだ。
混乱しているのは分かる。
僕だって恩人が心配だ。すごく動揺している。
「──我々は、剣術家たちの様子を見てきます」
副隊長や衛兵たちは、外に出ていった。
会議室は、僕とパメラさんと、二人きりになった。
「……それで、国王様はどうして、誰にナイフで刺さされてしまったのですか?」
僕は聞いた。
「単刀直入に言おう!」
パメラさんは声を上げた。
「この国王襲撃事件の黒幕は、ヨハンネス・ルーベンスだと思われる!」
えっ? ヨハンネス? さっき、三階大ホールにいたっけ。
「勇者ランキング二位の、若手最高の勇者だ。知っておるな」
僕は思い出していた。
ドルガーとの試合前、確か、ヨハンネスと会話した。
ヨハンネスには、思い出しただけで、背筋も凍るような不気味な雰囲気があった。
彼の剣……まるで死体の血を吸い込んでいる不気味なイメージだったのだ!
僕は額の汗をぬぐいつつ、パメラさんに聞いてみた。
「ど、どうしてヨハンネスが、国王をナイフで刺した者と関わっている、と疑っているのですか?」
「彼には前から、奇妙な噂がある。魔族とかなり親しくしている……。そんなところを、草原で見たという証言がたくさん出てな」
「ま、魔族と親しくだって? それもたくさんの証言?」
そんなことが可能なのか?
い、いや、確かに、人語を理解する魔族はたくさんいるらしいが……。
僕はなぜかドキリとした。
ヨハンネスと話した時の──彼の不気味な姿と、魔族と親しくしているという噂……僕の中では一致してしまったからだ。
「そしてヨハンネスは、かなり危険な性格でな。勇者とあろう者が、しょっちゅう、周囲の者といざこざを起こしている。ナイフを振り回し、人を負傷させる事件も起こしているのだ」
「ええっ?」
ナ、ナイフを振り回して負傷!
そんなことがあったなら、確かにライリンクス王を刺した犯人と、関わり合いがあると疑われてもしょうがない。
しかし、その負傷事件が本当なら、王立警察に捕まるに決まっているが……。
ん?
僕の背中に、冷や汗が流れたような気がした。
さっき三階大ホールに、ヨハンネスがいたが……僕は気づいた。
「か、彼はそれでも、逮捕されないということ?」
パメラさんは大きくうなずき、言った。
「問題はそこなのだ。もし今回の犯行にヨハンネス・ルーベンスが関わっているのだとしたら、この事件はかなり、やっかいなことになるぞよ!」
「やっかい?」
「ヨハンネスの親、一族が大問題なのじゃ!」
パメラさんは、神妙な顔をして声を上げた。
「ルーベンス家は、世界最大の大貴族であり、王族をしのぐ権力を持つといわれる」
そしてパメラさんは、強く言った。
「だから逮捕されない! ──そして最近では、魔族と密約をして、闇の力を手に入れていると噂されているのじゃ!」
「えっ……」
僕は思い出していた。
昨日の試合中、ドルガーが魔獣に変身してしまったこと……。
まさか、そのことと関係があるのか?
ドルガーの試合前に、ヨハンネスと話した。
もしかしたら、ドルガーとヨハンネスは親交があるのか?
「だけど……考えれば考えるほど、国王が襲撃された理由、犯人が分からないです。すべて憶測ですから」
「その通り」
するとパメラさんは続けた。
「だが、ヒントはある。この事件の鍵を持つ人間がおるのじゃ」
「えっ? それは誰ですか?」
「ダナンよ!」
パメラさんは僕を見て言った。
「お前が身をていして救った少女……お前が足を大怪我した原因! ゲルダ・プリシッチ!」
えっ……どういうことだ?
「その少女が、今回の事件の解明の鍵を握っておる!」
な、なんだって?
僕は驚いて、呆然とパメラさんを見つめた。
僕は、国王がなぜナイフで刺されたのか、解明しなくてはならない。
国王は僕の恩人、ブーリン氏だったからだ。
パメラさんが言うには、この国王襲撃事件は……。
・ヨハンネスという少年が黒幕である。
・この事件の解明の鍵は、ゲルダ・プリシッチという少女が持っている。
ゲルダについては、僕が右足を大怪我した原因となった、事件を思い出さなければならない。
僕がまだドルガーの魔物討伐隊に加入しているときだ。
トードス草原で、魔物のジャイアント・オーガが、とある少女を襲った。
僕は少女を身をていして、守った。
そのジャイアント・オーガの棍棒が、僕の右足に当たり、棍棒の魔力が僕の骨に侵食してしまった。
そのときから、僕の右足が不自由になってしまったのだが……。
僕が守った少女の名は、パメラさんの情報によれば──。
ゲルダ・プリシッチという名前だった。
◇ ◇ ◇
城の会議室にて──。
「なぜゲルダが、国王襲撃事件の解明の鍵を握っているのですか?」
僕はパメラさんに聞いてみた。
するとパメラさんは答えた。
「ゲルダは、事件の黒幕、ヨハンネスのことをよく知っているからじゃ」
どういうことだ?
「ええっと……そのゲルダは、一体、どういう子なんですか?」
「私の調査では、今現在、車椅子に乗っている」
「ええっ?」
僕は驚いた。
僕は彼女を守ったはずだ。僕は大怪我してしまったが……。
「お前さんはゲルダを守ったはずだ。が、その後、彼女は別の魔物に襲われてしまったのだ」
「そ、そうだったんですか?」
な、なんてことだ……。
僕は首を横に振った。
僕は女の子を守れたと思っていた。
でも、それは違っていた、勘違いだったのだ……。
「しかしゲルダは、弱い少女ではないぞよ」
パメラさんは言った。
「彼女の『今』を知りたいか?」
「え? は、はい」
「ゲルダ・プリシッチは、勇者ランキング三位──。おそろしく強い『勇者』になっておる」
「え? ど、どういうことですか?」
僕は眉をひそめた。
ゲルダは車椅子に乗っていると聞いた。
しかし、勇者ランキング三位だって?
勇者ランキングの三位ならば、剣術の使い手、どころではない。
世界最強に近い称号だ。
あれ? しかも彼女は……一年前、十二歳くらいだったぞ?
パメラさんは神妙な顔で言った。
「彼女は十三歳で、勇者ランキング三位になったのじゃ」
「ええっ?」
僕は信じられない、という気持ちだった。
しかし、パメラさんはものすごく真剣な顔だ。
冗談を言っている顔ではなかった。
「い、一体、ゲルダとは、何者なんですか?」
「言葉では説明できんな。会ってみるかね? 住所は調査済みだ」
パメラさんがそう言うと、僕はうなずいた。
「では、西の県のバーデンロールという村に行くがよい。そこにゲルダがいる」
「彼女に会うと、どうなるんですか?」
「国王襲撃事件の黒幕、ヨハンネスのことが分かる。そしてダナン、お前さんもゲルダを見て、今後の剣術活動に影響を受けるだろう」
そしてパメラさんは言った。
「お前は、東方の国で、世界剣術大会に出場する予定なんだからな」
◇ ◇ ◇
そして三日後──。
僕らは馬車に乗り、バーデンロールという隣県に旅立った。
県境の林の道を突き抜ける。
「パメラさんに聞いても、ゲルダって子の謎は深まるばかりなんだ」
僕は馬車の客車に揺られ、いつもの仲間たちにゲルダのことを話した。
馬車の客車に乗っているのは、アイリーン、パトリシア、ランダースだ。
「おいおいおい~」
僕の目の前に座っている、ランダースが声を上げた。
「十三歳で勇者ランキング三位? しかも車椅子に乗っている? おい、そのパメラってばあさん、まともな情報を得ているのかよ?」
「こらっ!」
パトリシアは、ランダースの耳を思い切り引っ張った。
ランダースは叫び声を上げる。
「いててっ! いてえって、バカ!」
「パメラさんは、ダナンの協力者だぞ。無礼なことを言うなっ」
「だってよ、信じられねーじゃねえか。勇者って、剣術も魔法も、相当なレベルに達してなきゃ、『全国勇者協会』に選ばれないだろうがよ」
「私も色々調べてみたわ」
僕の右隣に座っている、アイリーンが言った。
馬車はゴトゴトと、ゆっくり農村地帯に入った。
もうバーデンロール地区に入っただろうか。
「ゲルダって子は、本当に勇者ランキング三位よ。勇者名鑑の名簿にも載っているし、間違いない。しかも一年前に背中を大怪我し、本当に車椅子に乗っているようよ。原因としては、魔族の魔力を背中に受け、両足が効かなくなってしまった」
「だから、それがおかしいっての」
ランダースは言った。
「車椅子に乗っているのは分かるぜ。だけど、そんな少女が、勇者ランキング三位? しかも十三歳。剣術の常識がくつがえっちまうぜ」
「確かに」
パトリシアは腕組をして、つぶやく。
「ゲルダは一体、何者なんだ? どういった剣術、戦術、魔法、魔法剣を使用する? 想像がつかない」
「分からない」
僕は答えた。
「実際に、彼女に会ってみるしかない」
◇ ◇ ◇
僕らは馬車を降り立った。
そこは農村地帯だったが、村の奥に、美しい白い建物がそびえている。
パメラさんに教えてもらった住所によれば、あの白い建物が、ゲルダの住む場所のようだ。
「礼拝堂……?」
僕は思わずつぶやいた。
白い建物は本当に美しく、神に祈るための礼拝堂のようだった。
玄関扉もすりガラスでできており、繊細な雰囲気だ。
玄関横に備えつけられている鐘を鳴らすと、やがて扉が開き、人が出てきた。
「どなたかな?」
痩せた中年男性が、出てきた。
おや? 格好をみると……聖職者か。
なるほど、本当にここは礼拝堂なのか。
するとアイリーンが、僕の代わりに答えてくれた。
「一年ほど前、このダナン・アンテルドがゲルダさんという女の子を、身をていして助けたことがあるのですが……。ご存知でしょうか?」
「え?」
中年男性は僕を見て、目を丸くした。
「き、君は! ダナン君……ダナン君じゃないか!」
「はい、僕はダナンですが……あっ」
僕は思い出した。
この中年男性は、僕が助けようとしたゲルダのお父さんだ。確か、当時は、商人の格好をしていた。
「よくぞ、来てくれた! 私はゲルダの父──ラッセル・プリシッチです」
ラッセルさんは、僕らと握手をしてくれた。
「娘を助けようとしてくれた、ダナン君に会えるとは……さあ、どうぞ。他の三人は、お友達ですかね? ゲルダと会ってください。彼女は礼拝堂にいます」
僕らは顔を見合わせ、うなずきあった。
僕らは、ゲルダに興味があった。
ゲルダ……謎に包まれた女勇者……。
よし、会ってみよう!
「よくぞ、来てくれた! 私はゲルダの父──ラッセル・プリシッチです」
ラッセルさんは、僕らを礼拝堂の中に案内してくれた。
礼拝堂では少女が車椅子に乗って、祈っている。
「ゲルダ! お客さんが来てくださったぞ」
ラッセルさんが、少女に声をかけた。
すると少女は、器用に車椅子をその場で回転させた。
ラッセルさんは静かに言った。
「私は一年前、商人だった。しかし、娘のために聖職者になったんだよ」
すると少女──ゲルダが口を開いた。
「あなた方は……? 私はゲルダです」
「ダナンです。久しぶりだね」
ゲルダは前を向き、僕を見上げた。
ゲルダは、金髪の長い髪の毛の少女だ。とても美しい女の子だった。
父親と同様に、聖職者の服装をしている。
ラッセルさんは、ゲルダに僕らのことを色々、説明してくれた。
「ああ、なんてこと」
ゲルダは僕の左手の松葉杖を見て、言った。
「私をトードス草原で助けてくれようとした方が、ここに来てくださるなんて。神に感謝いたします」
ゲルダはそう言い、続けた。
「ジャイアント・オーガに襲われたときは、ダナンさんが助けてくださったので、逃げ切れたのです。しかしその後、急に出現した黒い魔導士の魔法を受けたのです。そして足が効かなくなってしまったの」
「黒い魔導士……? それは何者なんだ?」
僕が聞くと、ゲルダは答えた。
「後で聞いた話では、大魔導士グロードジャングスという男だそうです」
「……その人! 知ってるわ」
アイリーンが声を上げた。
「闇の魔導師といわれる、危険人物よ。その人に攻撃されたのね」
「はい。その話はあとでするとして……私はワクワクしているのです」
ゲルダは輝くような笑顔を見せた。
「皆さん剣士でしょう? お手合わせを願えますか?」
ええっ?
僕らは顔を見合わせた。
「嬢ちゃん、バカ言っちゃいけねえよ」
ランダースが、彼にとっては少しだけ丁寧な口調で言った。
「あんたは車椅子だ。手合わせ……練習試合だろ? そんなこと、やめておけ。危険だ」
「あら、私は結構強いんですのよ」
ゲルダは上品に、クスクス笑った。ラッセルさんもニコニコ笑っている。
「怪我防止のために、弱い魔力に設定した、魔力模擬剣を用意してあります」
ラッセルさんは言った。
「さっそく練習試合をしましょう。どなたか、娘と対戦したい方はいらっしゃいますか?」
パトリシアが前に進み出た。
「私がお相手しよう、お嬢さん」
「まあ、何とカッコいい殿方」
ゲルダはパトリシアを見て、笑って言った。僕らは吹き出しそうになった。
「私は女だが!」
パトリシアは顔を真っ赤にして、頬をふくらませて言った。
「あ、あら……パトリシア様、これは失礼いたしました」
ゲルダもちょっと顔を赤らめている。パトリシアは、まだむくれながら言った。
「いや、べ、別にいいが」
「で、では、こちらへ」
ゲルダは礼拝堂の横の扉のほうへ、車椅子を移動させた。
◇ ◇ ◇
そこは、礼拝堂の敷地内の、大きな草原となっていた。
ここなら、練習試合ができそうだが……。
パトリシアはラッセルさんの持ってきた魔力模擬剣を手にすると、車椅子のゲルダを見やった。
「ゲルダ、いいのか?」
「はい」
ん?
ゲルダは車椅子に座ったまま、念じ始めた。
すると、車椅子の後ろに備えつけられていた魔力模擬剣が浮かび上がり、空中で止まった。
「なんだありゃ? いや、魔力で武器を浮かび上がらせるのは、結構見るが……?」
ランダースが首を傾げた。
その時だ。
ビュン
そんな音とともに、ゲルダの魔力模擬剣が、縦回転しながらパトリシアのほうに飛びかかってきた。
「う、うおおっ」
ガキイッ
パトリシアは、ゲルダの魔力模擬剣を受ける。
「ゲルダは、念力で魔力模擬剣を操作しているのです」
ラッセルさんは説明した。
魔力模擬剣を念力で操作? そんなことが可能なのか?
ガスッ ガシッ ガシイッ
魔力模擬剣が、空中に浮かんだまま、パトリシアを攻撃し続ける。
「こ、こんな……! こんなバカな」
パトリシアがうめく。
まるで透明人間が、パトリシアと戦っているように見える!
シュ
ゲルダの魔力模擬剣が、パトリシアの頬をかすめたとき──。
「もらった!」
パトリシアは猛然と、ゲルダに向かって走り始めた。
ゲルダは無表情だ。
すると取り残されていた魔力模擬剣が、瞬間移動し──。
パトリシアの前に、一瞬で現れた。
「う、そだ」
ゲルダの魔力模擬剣が、ゲルダを攻撃する!
シュ
「だが! スキがあるぞ、ゲルダッ」
パトリシアは間一髪で、斬撃をかわし──。
ガキイッ
空中の魔力模擬剣を、自分の魔力模擬剣ではね飛ばした!
「何ですって? まさか!」
驚きの声を上げたのは、ゲルダだ。
タッ
パトリシアは大きくジャンプして、魔力模擬剣を振りかぶる!
こ、これはパトリシアの勝ちか?
カンッ
パトリシアの魔力模擬剣は、空しく地面に衝突。
ゲルダはその攻撃を見切ったように、車椅子を後ろに移動させて、かわしていた。
し、しかし、ゲルダの魔力模擬剣は、草原の向こうのほうにはね飛ばされているぞ。
念力は届きそうにないのでは?
ギュン
しかし! そんな音とともに、もう一つの魔力模擬剣が、空中に現われた。
「えっ?」
パトリシアがうめく。
そ、そんな? ゲルダはもう一つ、魔力模擬剣を隠し持っていた!
ルール上は、二刀流は反則ではない!
「う、うおおっ! こ、こんな攻撃は初めてだ!」
パトリシアは叫んで、それをかわそうと横に素早く移動しようとするが……!
バシュ
すでに、パトリシアの左肩が斬撃されていた。
「一本! それまで。ゲルダの勝ちだ!」
ラッセルさんが声を上げる。
僕たちはこの戦いを、呆然として見つめていた。
ゲルダは魔力模擬剣に、手を触れていない。
しかし、パトリシアに完全勝利した。
念力で、二つの魔力模擬剣を操作──。
そして瞬間移動。
見たことのない剣術に、僕らは声が出なかった。
パトリシアは顔を真っ青にして、左肩を押さえていた。
パトリシアとゲルダの練習試合後、僕ら五人は、村の小さいレストランに行った。
ゲルダの父親のラッセルさんは、僕らとゲルダの交流を邪魔したくないらしく、ついてこなかった。
僕らはレストランの個室に通され、バーデンロールの名物を堪能することにした。
「まったく、納得がいかないぞ」
パトリシアは、名物の子牛のバターソテーを頬張りながら、文句を言った。
「ゲルダ、お前の剣術は、まるで剣自体に知能が宿っているようなものではないか」
「そうです。私の剣術は、実力ではありません」
ゲルダは、少しさみしそうな表情を浮かべて言った。
僕は揚げジャガイモをパリパリ食べつつ、「どういうこと?」と聞いた。
「闇の魔導師グロードジャングスに魔法をかけられたときから、私は普通の女の子ではなくなったのです。私は、元々、単なる商人の娘でした」
そしてゲルダは意を決したように、泣きそうな表情で言った。
「あの魔法を受け、両足が動かなくなったとき──。周囲の物体が、念じるだけで動かせることに気づいたのです」
「じゃあ、あなたの剣術は、その闇の魔導師にかけられてから備わった、ということ?」
アイリーンが聞くと、ゲルダは大きくうなずいた。
「強くなったけど……足のことは、大変だったね……ゲルダ……」
アイリーンはハンカチで涙をぬぐっている。
「ありがとう、アイリーン……。恐らく、闇の魔導師に『呪い』をかけられたんだと思います。私は強さと引き換えに、両足が動かなくなってしまった」
ゲルダは悔しそうに、何かを噛みしめているようだった。
強さと両足と引き換えに、両足が動かなくなってしまったなんて……。僕も彼女の気持ちが分かって、胸が痛くなった。
「でも──そ、そんな? 呪いだって? その闇の魔導師は、一体何者なんだ?」
パトリシアがゲルダを見た。
ゲルダは、幾分落ち着きを取り戻し、口を開いた。
「闇の魔導師グロードジャングスは、勇者ヨハンネス・ルーベンスと一緒に行動していると聞いています。そして、ダナンさんと私を襲ったジャイアント・オーガは……」
ゲルダは静かに、それでいて力強く言った。
「大貴族、ルーベンス家が培養してつくり上げた、人工魔族です」
「え? な、なんだそれ?」
僕は聞き返した。
「あ、あのジャイアント・オーガは、そのルーベンス家っていう貴族がつくった、人工の魔族だっていうのか?」
「そうです」
ゲルダは深くうなずいた。
「十年前から、ドードス草原はルーベンス家の、人工魔族の実験場です。ダナンさんと私は、ルーベンス家の人工ジャイアント・オーガの実験の最中に、居合わせてしまったのですね……」
ゲルダは続けた。
ぼ、僕の右足は、ヨハンネスの一族、ルーベンス家のせいで大怪我したっていうのか?
「そして、そこに闇の魔導師グロードジャングスがいたのは、不思議でもなんでもありません。グロードジャングスは、人工魔族製造の総責任者ですからね」
そ、それが真実なのか……。
「ちょっと待てや」
ランダースがゲルダを見た。
「ってことはだぞ、ゲルダ。お前さんのその力ってのは……その、ヤバい力なんじゃ? 魔族そのものの力、じゃねえのか?」
「ランダース!」
パトリシアが声を上げた。
「ゲルダを侮辱することはゆるさんぞっ。私は、彼女の強さは認めているんだ」
パトリシアが叫んだとき、ゲルダは首を横に振った。
「ランダースさんの言っていることは、事実です。私の勇者としての実力は、闇の魔導師の魔法を受けたことによって生じた、『呪い』によって生まれたのです」
ゲルダは言った。
彼女は背筋を伸ばし、意識してしっかり話そうと努めているように思えた。
「そういえば、君はこの間、ライリンクス城に来なかったな」
僕が聞くと、ゲルダはうなずいた。
「封筒は来ましたが、私はその日、治療があり、行かれませんでした」
「ライリンクス王がナイフで刺された、という話は聞いている?」
「ええ。後日、雑誌で王が寝室で刺された写真を見ました。王に突き刺さったナイフから感じるのは、闇の魔導師グロードジャングスと同様の闇の魔力です。もしかしたら、グロードジャングスに洗脳を受けた者が、王の寝室に忍び込んだのかも」
「しゃ、写真で分かるのか?」
「はい。私の霊感は、写真を通しても見通せます」
「こ、国王は……ブーリン氏はどうなるんだ?」
僕がゲルダに聞くと、ゲルダは答えた。
「ヨハンネスや、彼の背後にいるルーベンス家、そして闇の魔導師グロードジャングスを倒さなければ、国王は回復しないと思われます」
「なぜ?」
「国王を刺したナイフには、私やダナンさんが受けた闇の魔力が宿っているように見えました。その呪いを解かなければ、国王は回復しません。呪いがかけられて、ガッチリと鍵がかけられたような状態なのです」
「待って! 逆に言えば」
アイリーンが声を上げた。
「ルーベンス家の問題を解決すれば、ダナンやゲルダさん、国王は呪いから解放されるということ?」
「そうだと思います」
「では、するべきことはもう決まっているな」
パトリシアははっきりとした声で言った。
え? どういうことだ?
「私たちは、世界剣術大会に出場するしかない。ヨハンネスが勇者ランキング二位ならば、恐らく、世界剣術大会に出場するはずだ。そこでヨハンネスを打ち倒せば、問題は解決に向かうんじゃないか」
「で……そのヨハンネスって野郎は」
ランダースはゲルダに聞いた。
「どれくらい強いんだ? 勇者ランキング二位ってえと……」
「そうですね……」
ゲルダは静かに口を開いた。
「私の十倍は強いです」
「じゅ、十倍だって?」
僕は声を上げた。
「君はパトリシアを打ち負かした。しかしそんな君より、ヨハンネスは十倍強いというのか?」
「へっ、誇張だろ。話を大きくしてるのさ」
ランダースが軽口を叩くと、ゲルダはぴしゃりと言った。
「誇張でもなんでもありませんよ、ランダースさん。ヨハンネスの強さは悪魔的……それはなぜか? 彼は魔族と契約し、魔王とも密約を結んでいるからです!」
な、なんだって?
僕は耳を疑った。
ゆ、勇者とあろう者が、魔族と契約? 魔王とも密約だって?
一体、何なんだ? そのヨハンネスという少年は?
ルーベンス家の大屋敷は、ライリンクス王国の中央都市の一角、デグロムにある。
ヨハンネスは、ルーベンス家の会議に出席していた。
彼は十六歳だが、最も上座に座っている。──それはなぜか?
ヨハンネスの父親のデグロム卿は、病気療養中なのだ。
今現在、ヨハンネスは、ルーベンス家の当主代行だった。
「人工魔族計画は、どうなっているのかな」
ヨハンネスは、会議に集まっている者たちに聞いた。
会議には、闇の魔導師グロードジャングス、ルーベンス家に仕える老魔導師たち十人、ルーベンス家に従う貴族たち十人が座っている。
「ヨハンネス坊っちゃん、計画は順調です」
赤いローブを羽織った、老魔導師の一人、ジェゴ・バルゲスがもみ手をしながら言った。
「ゴブリン三十匹、ジャイアント・オーガニ十匹、ダース・デーモン十匹、スケルトン・ナイト三十匹、アイアン・ナイト十匹……人工培養に成功しております」
バルゲスはルーベンス家が雇っている、最高の魔導師の一人だ。
「生ぬるい! 生ぬるいぞっ!」
ヨハンネスは怒鳴りつけた。
「人工魔族はまだ百体しか、生み出せていないのか? 我々が世界征服をするためには、二百体は必要だぞっ」
「し、しかし、もっと金がかかりますぞ。二百体生み出し、維持するとなると、五千億ルピーはかかります」
バルゲスはハンカチで汗をふきながら、言った。
闇の魔導師グロードジャングスは、クスクス笑っている。
そして口を開いた。
「世界を征服すればそんな金など、すぐに回収できる。そうであろう、ヨハンネス」
「ヨハンネス『様』だろうがっ! グロードジャングス!」
老魔導師たちは怒り狂うように、闇の魔導師をにらみつけて叫んだ。
どうやら、グロードジャングスと老魔導師たちは仲が悪いらしい。
「そんなことはどうでも良い! ──それでは、世界征服を実現するために……」
ヨハンネスはニヤリと笑った。
「魔王と、より深い契約を結ばなければならない!」
それを聞いたとき、老魔導師たちは一斉に顔をしかめた。
「もっと強力な魔族を生み出し、魔王や魔族に協力すればいい。そうすれば、魔族の知識が、もっと手に入る!」
「前にも注意しましたが、あまりにも危険ですぞ!」
バルゲスは声を荒げた。
「ヨハンネス坊っちゃん! 魔王と交流するのはやめてください」
「なんでだ?」
「あ、相手は魔王ですぞ。古代の大魔法を知っている可能性もある。ヤツらはそれを利用し、我々に脅迫してくる可能性もある。魔族は、平気で我々を裏切りますぞ!」
「裏切るだって?」
ヨハンネスはハッハッハと笑った。
「僕はこれまでに、魔王と三十二回の会食、二十五回の会談をしてきたんだぞ。もう彼とは友人さ。魔王が裏切ることはないよ」
「し、しかし……」
老魔導師たちは眉をひそめて、何かコソコソ話している。
すると闇の魔導師グロードジャングスは、ヨハンネスに進言した。
「今、ヨハンネスのやり方に、反発の意を示した者がいたようだぞ」
「……なんだと」
老魔導師たちはギョッとした顔で、ヨハンネスを見た。
ヨハンネスはつぶやくように、闇の魔導師に言った。
「やれ」
「分かった」
グロードジャングスは両手を突き出し、老魔導師のバルゲスに向かって、魔法を飛ばした。
するとバルゲスの首筋に、薄黒い二つの透明な手が現れた。
ヒュッ
バルゲスはその薄黒い手に吊り下げられるように、宙に浮かび──。
「ひ、ひい! やめてくれ。お、降ろしてくれ!」
声を上げた。
すると、そのまま床に──。
ベキッ
落とされた。
バルゲスは強く腰を打った。
これは、確実に腰を骨折しただろう。
バルゲスは他の老魔導師につきそわれ、外の医務室に直行した。
「次は思い切り、頭から床に叩きつけちゃったりして」
ヨハンネスは笑顔で言った。
老魔導士たちは、真っ青な顔でヨハンネスとグロードジャングスを見た。
「みょ、妙な噂を聞いたぞ、ヨハンネスよ!」
今まで黙っていた最長老の老魔導師、ズバンネラ・レーゼンが声を上げた。
彼は、ルーベンス家に仕える老魔導師の中でも、最古参の老人だ。
もう百五十七歳らしい。
「ライリンクス王がナイフで刺されただろう? しかし、刺した犯人が闇の魔導師に洗脳されていたのではないか、という噂がある! 霊能力者たちが、ナイフと国王の腹部を視て、『闇の呪い』がかけられていると言っている」
「それで?」
ヨハンネスは頬杖をついて、レーゼン老を見た。
「グロードジャングス! 王を刺した犯人は、お前が洗脳したのではないか? 呪いを可視化する霊能力者たちが、犯人を追っているぞ!」
「まったく分からない、知らない話だ」
グロードジャングスは笑った。
「私が洗脳したという証拠写真を、ここに持ってこい。私は知らんよ、じいさん」
「……お、お前たち!」
レーゼンは顔を真っ青にしている。
「まさか本当に、ライリンクス王を? お前たちが計画したのか? もしそれが世間にバレたら、大変なことに……ルーベンス家は崩壊するぞ」
「僕らが、ライリンクス王襲撃事件の黒幕だと言いたいの? そんなわけないでしょうが」
ヨハンネスは笑って首を横に振りながら言った。目は笑っていなかったが。
「ヨハンネス様」
その時、ノックする音が響き、会議室に若いメイドが入ってきた。
「お手紙がきております」
「お~、やっときたか」
ヨハンネスはその手紙を受け取りながら、言った。
「『世界剣術大会』の招待状だ」
老魔導師たちは、眉をひそめてヨハンネスを見ていた。
「僕がこの大会に出場し、優勝すれば、我がルーベンス家はもっと発展するぞ! ハハハ」
老魔導師たちは、ヨハンネスとグロードジャングスを、疑いの目で見ていた。
ライリンクス王襲撃事件の黒幕は、ルーベンス家の長男、このヨハンネスと、その助言者であるグロードジャングスだ──。
老魔導師たちは、直感していた。
だが、当のヨハンネスと闇の魔導師は、ただただ、とぼけているのだった。
ギルド長のいないマルスタ・ギルドでは、僕──ダナン・アンテルドが魔法剣術の指導を行っていた。
国王──つまりギルド長のブーリン氏は、腹部をナイフで刺され、王立白魔法病院に入院中だ。
看護師のアイリーンの情報では、ナイフに特殊な「呪い」がかかっていて、腹部に浸透しているらしい。
……まるで、僕の右足の状況ではないか?
「今日は、応用から始めるよ」
僕は左腕で松葉杖をつきながら、道場生に言った。今日は外の広場に出て、指導している。
今日は小・中等部の合同指導だ。五十名ほどいるだろう。もう十分すぎるほど、生徒がいる。
ランゼルフ・ギルドからマルスタ・ギルドに移籍してくれたモニカ、マチュア、マイラなどもきちんと出席している。
そもそもランゼルフ・ギルドのギルド長は、ドルガーだからな。
あのギルドから、逃げ出したくなるのも分かる。
そもそも、ドルガーは今、何をやっているんだろう。
「魔力の練り方を説明します。肉体には『七つの門』があるとイメージしてください。門が開くと、魔力が発動するからね」
この魔力の出し方は、マリーさんから学んだことだ。
僕は愛用の剣、「グラディウス」を皆に見せた。
「一つ目の門、二つ目の門、そして三つ目の門を開いたところをイメージすると……」
ビキビキビキッ
グラディウスの剣が、氷の魔力を帯びて音を立てた。
「ハアアアッ」
ザンッ
僕は練習用人形に向かい、剣で斬撃した。
すると粘土でできた練習用人形は、たちまち凍ってしまい──。
バキインッ
粉々に、練習用人形が砕け散った!
「うわああっ! 氷の魔法剣だ」
「威力、エグい……」
「カッコいい!」
生徒たちが驚きの声を上げる。
僕は説明した。
「三つ目の門が開くイメージをしたとき、魔法剣が発動する。三つ目の門は、だいたい胃の辺りにあると想像してください」
「正確には、『みぞおち』の辺りだな」
補助師範役のパトリシアに注意されると、僕は頭をかいて、「あー……そう、みぞおちだ」と言った。
「パトリシア先生のほうが、詳しいや。皆、僕じゃなくて、パトリシア先生から学んでください」
道場生から、失笑がもれる。
さて、基本練習が終わり、小休止時間のとき──。
「ダナン! ちょっといい?」
アイリーンが道場に入ってきた。看護師のアルバイトが休みのときは、ギルドの事務の仕事を手伝ってくれている。
「あなたに重要な手紙がきていて……指導が終わったら、あとで中を見て」
◇ ◇ ◇
指導が終わり、僕は近くの喫茶室「エストランダ」に急いだ。
ソファ席に、パトリシアとランダース、アイリーンが座っていた。
「ダナン、『世界剣術大会』の招待状だ。あのライリンクス国王の執事、マイケルダール氏の言う通り、届いたな」
パトリシアは嬉しそうに、青色の封筒を僕に見せながら言った。
「世界剣術大会! あっ、僕にも来たのか?」
アイリーンが、僕宛ての封筒を差し出してくれた。
ランダースも、彼宛ての封筒を持っている。
「私は魔法剣士を辞めているから、招待状はこなかったけど、皆のお手伝いをさせてもらうわ。一緒に、世界剣術大会に行くからね」
アイリーンはそう言ったが、少しさみしそうだ。
やっぱり、少しは剣を振りたいという気持ちがあるんだろう。
僕が封筒を開けて中を見ると、招待状が入っていて、こう書かれていた。
『マルスタ・ギルド所属 ダナン・アンテルド殿
貴殿は、デルガ歴2024年世界剣術大会の出場者に選ばれました。
この世界剣術大会招待状は、世界各地にあるギルド所属者の、
勇者
魔法剣士
剣士
戦士
など、剣術の使い手であり、世界剣術大会委員会に選ばれた者に発送されました。
【開催日】
デルガ歴2024年 4月8日
【開催場所】
東方ジャパルジア トキヨ地区
【ライリンクス王国にお住みの出場者様へ 世界剣術大会出発の集合場所のお知らせ】
集合場所 ライリンクス王国 ライルコース港大桟橋 第5地区
出発日 デルガ歴2024年 4月1日 午後2時30分
出場者は、豪華客船ベルクマーク号に乗船し、ジャパルジアへ出発します』
「お、おい……本当に、東方ジャパルジアに行けるのか……」
パトリシアは感激したように、首を横に振って、言った。
「夢みたいだ……。私の長年の夢がかなうのだ」
「お、おう。マジらしいな、こりゃ」
ランダースは、ヒューッと口笛を吹いた。
ジャパルジアは「剣術の里」と呼ばれる、世界の剣術家のあこがれの国だ。
ものすごい剣の達人が、ゴロゴロいるらしい。
勇者、魔法剣士、剣士、戦士のランキング一位の者は、すべてこのジャパルジアにいる。
僕も、このジャパルジアにあこがれている。
ちなみに僕の魔法剣士ランキングは、最近、832位になった。
微妙だ……。
そんな僕が世界剣術大会に出場できる理由は、入院中のライリンクス国王……ブーリン氏が大会出場に推薦してくれたんだろう。
「噂では、ヨハンネス・ルーベンスも出場することが確実らしい。私の剣術の知り合いが、そう言っていた」
パトリシアが言った。
「ヨハンネスか……」
パメラさんが言うには、あいつが、国王襲撃の黒幕ということだ。
でも、世界剣術大会に呼ばれるってことは、まだ証拠がないってことなのか?
集合場所は、ライルコース港大桟橋 第5地区と書いてある。
そこから、船でジャパルジアへ出発するのか。
他に、我がライリンクス王国からは、誰が出場するんだろう?
ゲルダは? ドルガーは?
いや、僕はこの二人は必ず選ばれて、出場してくると考えている。
「ま、待って」
アイリーンが声を上げた。
「招待状の下に、注意書きがあるわ!」
ん……?
『【重要な注意事項】選ばれた選手は、所属するギルド長と、【必ず】ジャパルジアに入国してください。そうしないと、出場許可が下りません。ギルド長は選手と引率し、選手の怪我、健康を管理していただく必要があります』
え?
「こ、これは……! マズいんじゃない? マルスタ・ギルドには、今、ギルド長はいないわ!」
アイリーンは声を上げた。
「こ、国王様は……ブーリンさんは今、入院しているし……」
「ど、どうするんだ? これじゃあ、ジャ、ジャパルジアに行けないぞ!」
パトリシアはいつになく泣き声を上げた。
ど、どうするったって?
か、解決方法はないのか……?
そうか! 代わりにギルド長に就任してくれる人がいれば……。
で、でも、そんな人がいるのか?
い、いや、いる!
適任者がいる! 僕はすぐに思い出した。