中央都市ガーランディア大公園で開かれる、「全国ギルド大霊祭」の日がやってきた。
午後一時までには、舞台上での演奏会、ギルド長たちの挨拶が終わった。
各ギルドの職人の物品販売、各道場師範の公開指導演武も終わり、午後四時──。
メインイベントである、僕──ダナン・アンテルドとドルガー・マックスの試合が予定通り、開かれることとなった。
場所は、大公園の東にある中央大コロシアム。
僕はアイリーンと一緒に、控え室の通路から、観客席をのぞいた。
「うっわ……すげえ」
三万人収容できるコロシアムは、ほぼ埋まっている。どうやらブーリン氏が宣伝したらしいが……。
「こんな日が来ると、信じてたわ」
僕に付き添ってくれたアイリーンは、つぶやくように言った。
「ダナンが皆に知れわたる日が」
「お、おい、アイリーン。こんなに満員になるなんて、何かの間違いじゃないのか。僕は魔法剣士の先生の、真似事をやっているだけなんだぞ」
するとアイリーンは、僕の手をそっと握った。
「間違いなんかじゃないよ。皆、応援してる。もちろん私も……」
アイリーンは涙ぐんでいた。
「あ、ごめん……私、控え室に戻ってるね!」
アイリーンは、控え室のほうに走っていってしまった。
(ん?)
その時、アイリーンが走り去って行く通路の壁に、少年が寄りかかっているのが見えた。僕のほうを見ている?
(う、おっ……!)
今まで感じたことがない、無気味な圧力だ!
「女の子を泣かせるなんて、君も隅に置けないなあ。ダナン君」
少年はそう言った。な、何で名前を知っているんだ? あ、そ、そうか。僕はドルガーとの試合の出場者だから、知っててもおかしくないか。
少年の年齢は僕と同じくらい……十六歳か17歳? 身長も同じくらいか。
「君がダナン君だね。初めまして。僕はヨハンネス」
誰だ?
「全世界勇者ランキング二位のヨハンネス・ルーベンスです。よろしく」
「ゆ、勇者の二位だって?」
全世界の魔物討伐家で、二番目に強い、ということじゃないか!
「松葉杖のダナン君」
ヨハンネスなる少年は、僕の左脇の松葉杖を見て、ニコッと笑った。
「僕は世界を征服したい。魔王なんかよりも早くね」
「は?」
「簡単にいえば、世界最高の人間になりたいんだよ。だから、残念ながらダナン君。君という存在はね、僕にとって邪魔なんだよ──。君は、脅威だ」
彼の、言っている意味が分からない。
その時、ヨハンネスは左腰の鞘から剣を抜いた!
ううっ!
こ、この剣は! 何という禍々しさだ。僕の頭の中に、この剣が死体の中に埋もれており、その血を吸い込んでいるイメージが入ってきた。
「くっ」
僕は思わず、試合で使う魔力模擬剣を鞘から抜き出した。試合前なので、装備していた。
「僕と、やるのかい」
ヨハンネスはにこやかに聞いた。
「い、いや」
僕はこれから、ドルガーとの試合がある。こんな通路で、知らない少年とにらみあっているわけにいかない。
僕は冷静になり、魔力模擬剣を鞘におさめた。
「君がドルガー君を倒したら、次は僕と勝負だよ」
ヨハンネスはそう言って、廊下の奥へさっさと歩いていってしまった。
な、なんなんだ、あいつは? ドルガーの知り合いか?
僕は彼の背中を、じっと見ているしかなかった。
◇ ◇ ◇
僕は控え室に戻った。控え室には、僕とアイリーンの他に、パトリシア、ランダース、マリーさんがいる。
パトリシアは左肩から左腕にかけて、ギプスで固められているが、笑顔だ。
「ハッハッハ! ダナン! 最高じゃないか。こんなに観客が観てくれるなんて」
「僕の身にもなってくれよ。緊張するよ、三万人も集まるなんてさ」
僕は笑顔を作って答えた。しかし──。
「ん? ダナン君、なんだか浮かない顔ね? 試合前にどうしたの?」
マリーさんが気づいたように、僕の顔を見た。さ、さすが占い師。見抜かれている!
僕は、さっきのヨハンネスという少年のことが、少し気になっていた。
だが、今はそれどころじゃない。
「いえ、大丈夫です」
「ダナン君、不穏な噂を聞いたわ。ドルガーがランゼルフ地区の自分の支援者たちを、コロシアム舞台周辺席に座らせているようよ」
マリーさんが言った。え? ど、どういうことだ?
「嫌な予感がするのよね。あなたに対する罵声が飛んでこないかしら」
ええっ? まさか、ドルガーはそこまでやらないだろう?
「それから、あなたの足のことだけど……。【大天使の治癒】は、必ず必要なときに、発動するはずよ。だから、それを信じて」
マリーさんは静かに言った。
うーん……。あのエクストラ・スキルはいつ発動してくれるか分からない。右足を治してくれる、すごいスキルなんだが……。
でも、【大天使の治癒】が必要なときが、必ずくるはずだ。
◇ ◇ ◇
そして三十分後──ついに、試合開始時間だ。
僕は控え室を出て、コロシアムの花道を通った。
花道には観客が大勢いて、僕を見ている。こ、こんな大勢の前で試合をするなんて、初めてだ。
すると……。
「帰れ!」
「ダナン! お前はドルガーに勝てないぜ!」
えっ?
「この野郎! ランゼルフ・ギルドを辞めた裏切者!」
「ドルガーさんの恩を、忘れやがって!」
は、花道の周囲の観客が、僕に……罵声を浴びせてきた!
マリーさんの予感が当たった!
ボニョッ
くそおっ! 売店で売ってる、ミカンが頭に当たった。
他にも、クッキー、揚げパン、焼きとうもろこしの芯が、僕に対して投げ込まれる。
ヒュッ
間一髪、当たらなかったが、またミカンが頭の上を飛んでいった。
「ダナン、ドルガーにさっさと斬られろや!」
「てめーの、ブザマな姿を観に来たんだ」
「ドルガーさんに勝てるわけねーんだよ!」
ドスの効いた罵声が飛ぶ。ずいぶん、手慣れたヤジを飛ばす連中だ。ランゼルフ地区のマフィアだな。
……今度は、硬そうなリンゴが飛んできた!
これは、当たったら、まずい!
パシイッ
僕は右手で、リンゴをつかんだ。ふうっ……。
「あっ……!」
「う、す、すげえ」
ドルガーの支援者たちは、目を丸くした。罵声が少し収まったようだ……。
僕は松葉杖を使って、早歩きするように、舞台に上がった。
◇ ◇ ◇
ドルガーはすでに舞台の上で待っていた。
「声援が多くて、うらやましいねえ!」
ドルガーは嫌味ったらしく言った。声援じゃなくて、罵声だろ……。
「てめーの勝利なんざ、誰も願ってねーんだよ。皆は勇者の俺を応援しているんだ!」
くそ、姑息なことを……。僕は言ってやった。
「ドルガー! お前がコロシアムに自分の支援者を集めて、ヤジを飛ばすよう、指示したんだろう?」
「……な、何? なぜそれを」
ドルガーは、ギクリとした表情をした。
やはり、マリーさんの予想は当たりか。
「僕の心を削るつもりだったんだろうが、余計、燃えてきたぜ」
僕はそう言い、魔力模擬剣を構えた。
「ちいいっ!」
ドルガーは舌打ちすると、自分も腰の鞘から、魔力模擬剣を抜き出した。
ドーン
試合開始の太鼓が鳴った!
僕とドルガーの試合が、開始された。
ドルガーはニヤリと笑って言った。
「俺の『闇』の力を見せてやる」
こいつ……! 何を言っているんだ? 悪魔に、魂でも売ったわけじゃあるまいし?
この試合は、魔力模擬剣という、人対人試合用魔法武具を使用する。刃の部分が、魔法でできているのだ。
相手も斬っても、電撃が走るだけで、致命傷にはならない。ただ、電撃は強烈だ。完全に急所を斬られると、一~二日、寝込まなければならない。
ドルガーは、魔力模擬剣を振りかぶり、何度も上から斬り落としてきた。
ガキッ
ガキイイッ
ガシイッ
僕は右腕に持った、自分の魔力模擬剣で、それを受けた。
(なるほど)
ものすごい力だ。まるでハンマーを落とされているような感覚だ。しかも連撃!
左手の松葉杖でしっかり支えないと、バランスを崩し、倒れそうだ。
ドルガーのこの力は……人間の力なのか?
ヒュッ
ドルガーの四撃目、僕は上体をそらして彼の剣を避けた。
(よし、隙あり!)
僕は右から、ドルガーの右脇を斬り上げようとした。しかし、それはあまりにも大振りのため、避けられたが──。
角度を変え、剣の軌道を──真上から落とした!
「う、うおおっ」
ドルガーはうめいて後退した。
ビッ
そんな音とともに、僕の魔力模擬剣が、ドルガーの右頬をかすった。
「き、貴様~!」
ドルガーは頬を気にしつつ、大きく突進してくる!
「突進剣技《とっしんけんぎ》!」
ドルガーは声を上げ、思い切り剣を突いてきた。
ここだっ!
僕は突きをかわし、彼の魔力模擬剣を振り払った。
「もらったぞ、ドルガー!」
僕は距離を縮めつつ、剣を回転させ、逆手に持ち替えた。そして!
──下段剣技《げだんけんぎ》! 逆手足甲突《さかてそっこうとつ》!
ドルガーの右足の甲目がけて、魔力模擬剣を突き刺そうとした。
「あ、足の甲だと!」
ドルガーがわめく。
ガキイイイッ
「くううっ」
ドルガーはあわてて横に飛び、それとともに自分の剣を拾い、また構えた。僕が放った右足の甲への攻撃を、何とか避けたか。
僕の剣は、舞台床を突き刺していた。
「な、なんなんだ、お前は?」
ドルガーは目を丸くして僕を見た。
「な、なんでそんな芸当ができるんだ? 試合中に、剣を逆手に持ち替えるだとぉお?」
ギリイイッ
ドルガーは歯噛みしつつ──思いきり、魔力模擬剣を──!
上段で横に振ってきた!
僕の側頭部を狙っている!
ガイイイイン
僕はまたしても、魔力模擬剣で受けた。
(なるほど、やはりすごい力だな)
僕は三メートルは後退させられた。あまりの力で、僕の右手が痺れている。
しかし僕は松葉杖を使い、徐々にドルガーに近づいた。
ブワッ
ドルガーは今度は横に、魔力模擬剣を振ってきた。
僕にとって後方にかわすのは造作ない。
しかし、僕は思い切って前に進み出た。
「ま、前に出るだとっ!」
ドルガーは声を上げた。
松葉杖と動く左足、動かない右足を支えにして効率よく動けば、最短距離で接近できる!
ここなら死角! ドルガーの攻撃は当たらない。
「はああっ!」
僕は魔力模擬剣で、彼の右肩を斬ろうとした。
「うっ、うおおおおっ」
ドルガーはうめき、飛んで後退し、その場を離れた。
ガキイッ
僕の剣は、地面に当たった。かわしたか……。
ドルガーは声を上げた。
「や、やるじゃねえか。松葉杖をついているくせに、速すぎる。俺は『闇のスキル』を植え付けてもらったっていうのに──」
「闇のスキル?」
何だそれは? 普通のスキルとは違うのか?
その時!
ヒュ
「うっ!」
何かが僕の腕をかすめた。
その瞬間、僕の右腕がビリリと痺れた。
手前の舞台床を見ると、光る矢が突き刺さっている。
(魔法の矢だ! まさか!)
後ろを振り返ると、東側の最前列席に座っていたジョルジュが、あわてて弓矢をカバンにしまいこんでいた。
あれは魔力模擬弓だ!
あの弓と矢は、人対人で使われる、試合用魔法武具だ。矢は魔法で作られており、当たると致命傷にはならないが、体が痺れてしまう。
「もらったあああ!」
ドルガーの僕の足狙いの下段斬り! 僕の弱点の右足をついてきたか!
ガキイイイッ
僕は咄嗟に、彼の攻撃を魔力模擬剣で防いだ。
しかし、腕が痺れる。
原因はさっきの矢だ。
矢はかすった程度だが、僕の斬撃の正確性に、狂いが生じるか?
「じょ、冗談じゃないわっ!」
西の最前列席に座っていたアイリーンが、審判団席に詰め寄って声を上げた。
「ドルガーの完全な反則です! 1対1の剣術勝負のはずなのに、部外者がダナンを矢で攻撃した!」
しかし、審判長は首を横に振るだけだ。
「矢が飛んできたのは見た。だが、矢を放ったのは、ドルガー君の仲間とは限らない。さあ、試合続行!」
ドルガーは審判長の言葉を聞いて、ニヤア~ッと薄気味わるく笑った。
「ガハハ! ま、察しろよ」
ドルガーはそう言った。なるほど、審判長を買収しているのか?
僕は再び、剣を構えた。
僕は魔力模擬剣を、しっかり構えた。
「覚悟しろ、ダナン!」
ドルガーは横に飛び、それとともに上から剣を落としてきた。
「跳ね斬り!」
ドルガーが叫ぶ。意外だ、こんな技ができたのか?
ガキイイッ
しかしながら、力任せの攻撃だ。僕は腕が痺れたまま、魔力模擬剣で受ける。
「ギャハハハハハッ! 逝けや!」
ドルガーは着地するなり、僕の背後に回り──。
ヒュ
僕の首を狙った!
ガキン!
僕はその剣を受け、横に滑らし、受け流した。腕は痺れているが、たいしたことはない。
よしっ!
「な、なに?」
ドルガーは危険を感じたようで、声を上げた。
ここっ!
僕は回り込みながら、片手でドルガーの胸部を突き刺そうとした。
「は、ひっ」
ドルガーは後退して避ける。
しかし、僕のこの突きはワナだ。
僕は心の中で、叫んでいた。
(斬!)
──僕は、ドルガーの右腕に、魔力模擬剣を振り下ろした。
ズバアアアアッ
「あっぎゃ!」
ドルガーは叫び声を上げる。
ドルガーの右腕に斬撃!
うおおおおっ
観客が声を上げる。
「き、決まった!」
「完璧! す、素早い」
「ダナンの腕狙いの斬撃だ!」
完全に決まった。
ドルガーの右腕に、僕の魔力模擬剣が振り下ろされていた。
魔力模擬剣なので、腕が切断されることはないが、これは見事に斬ることができた。
ドルガーの右腕は強く痺れ、今日一日、使いものにならないだろう。
「う、ぎ、ぎいいいっ」
ドルガーは片膝をつき、自分の魔力模擬剣を床に落とし、左腕で右腕を押さえている。
「き、貴様~! ダナン! やりやがったな」
「『まいった』をしろ、ドルガー」
しかしドルガーは、動く左手で、ズボンのポケットから何かを取り出した。
小瓶? 液体が入っている。
真っ赤だ……。な、なんだ?
「お、おい?」
僕がドルガーに声をかけると、ドルガーは歯で小瓶の木のコルクを抜いた。
そして!
グビイイイッ
真っ赤な液体を飲んだ!
「ぷっはああああ~」
ドルガーは小瓶の液体を飲んで、口を手の甲でぬぐった。
「こいつは効くぜ~。やっぱり、魔族のエキスを、体に入れねえとよぉおおおお~」
お、おい……ドルガー? お前、何を飲んだんだ? 闇のスキル? エキス? 何のことだ?
そして──いつの間にか彼の頭には角が生え、口には牙が生えていた。
「まさか本当に、この『魔獣変身』を使うときがくるなんてなあ」
ドルガーはどんどん変身していく……。
ドルガーの肌の色は真っ青になり、髪の毛はボサボサと長く生え始めた。
体もでかくなったようだ。筋肉は膨張するように発達し、まさに二足で立つ魔獣系の魔物のようだ。
ど、どうなっているんだ?
彼の手には、いつの間にか巨大な斧が握られている。
「異次元空間にこの斧──『魔界の斧』を隠し持っていて良かったぜ……」
斧は使用不可のはずだが、審判長や審判団は試合を止める気配はない。やはり彼らは、ドルガーに買収されている!
「潰れろや!」
ブオオオオオッ
魔獣──ドルガーは、斧を真上から振り下ろした。
ズウウウンッ
僕はそれを後退してかわした。斧の落下スピードが速いため、僕は左腕の松葉杖を、力強く、うまく使って後退しなければならなかった。
巨大な斧は、舞台床にめりこむ。
「ぬうううんっ」
ドルガーは今度は斧を、横に払った。
が、僕はそれも後ろに下がってかわした。近づかなければ、何ということもない。だが、これではこっちが攻撃できないか……。
ざわざわざわっ……。観客のほうから声がしている。
「おいおい……どうなってんだ? ドルガーは」
「あいつ、勇者じゃなかったっけ?」
「変身魔法か? 最近は、魔物にも変身できるんだな」
「それより、斧を持つのは反則じゃねえのか?」
観客も戸惑っているようだ。
しかし、またしてもドルガーの目が光った。
左斜め上から、斧が振り下ろされる。──速い!
ガキイイイイッ
僕は片腕で──魔力模擬剣で、その斧を受けた。
「な、なんだと」
ドルガーは声を上げた。
「お、俺の斧を受けるとは! しかも──片手で? あ、ありえん!」
僕は片腕で──魔力模擬剣で、その斧を受けた。
「お、俺の『魔界の斧』を受けるとは! しかも──片手で? あ、ありえん!」
ドルガーは声を上げ、また巨大斧を今度は右斜めに持ち上げた。
「ありえんのだああっ!」
ビュオ
ドルガーはまたしても高速で、全力で振り下ろしてきた。
しかし僕には、斧の軌道がすべて見えていた。
カッ
周囲に乾いた音が響く。
「え? お、おろ?」
魔獣ドルガーは動きを止めて、自分の巨大な斧を見た。
ガシャッ……
僕の手前に、斧の刃部分が、金属音を立ててむなしく落ちた。
「な、なんだ?」
「おい、何が起きた?」
「みろっ! ドルガーの斧が……」
観客がざわめいている。
ドルガーの魔界の斧の柄が斬られ、刃部分ごと、地面に落ちた。
僕は斧の柄を魔力模擬剣で斬撃し、斧の刃部分を切断したのだ。
「ばっ、ばかな!」
魔獣ドルガーは、一歩、二歩、後退した。
僕は松葉杖を使って、少しずつドルガーとの距離を縮めていく。
「ま、待てっ。少し休憩時間を入れよう。──そ、そうだ! ランゼルフ・ギルドに戻ってこないか? 楽しいぞー。元のギルドに戻って、皆と楽しくやろう」
ドルガーはニコニコ笑顔で言った。しかし、魔獣の顔で笑顔になっても、ちっともなごまない。
「『戻ってこい』と言われても、もう遅い」
僕は言った。
しかし──魔獣ドルガーは冷や汗をぬぐいながら、笑った。
「な~んてな!」
ドルガーの手には、さっきの魔界の斧が握られていた。魔力で再生した? いや、そうじゃない。
しかも、右手、左手にそれぞれ一本ずつ──! 斧の二刀流か!
「異次元空間に、魔界の斧を十本ストックしてある! ダナン! これでお前もおしまいだ!」
ドルガーが、わめいているその時……!
『エクストラ・ボーナス 【大天使の治癒】の発動を開始いたします。十五分間、ダナン・アンテルドの右足は完全回復します』
僕の頭の中で──声が響いた。そうか、【大天使の治癒】が発動したか。
この時がきた。
これですべてを──全力を出せる。
タッ
僕は飛んだ──。
「は、ひっ……! ま、待て!」
魔獣ドルガーは叫んだ。
僕はドルガーに向かい、空中で魔力模擬剣を振り下ろした。
ガッキイイイッ
魔獣ドルガーは、二本の巨大斧をクロスさせて、僕の攻撃を防いだ。
「くおのやろおおおっ!」
ドルガーはうめく。僕が着地した時!
ドガアアアッ
ドルガーの足蹴り! とてつもなく強烈な前蹴りが、僕の胸部に当たった。
僕は七メートルは吹っ飛んだ。確かに魔族の力だ、攻撃の威力はすごい。
だが!
スタッ
僕は一回転して、床に降り立った。
「なっ、なんだと? あの渾身の前蹴りを!」
ドルガーは声を震わせた。
さすが【大天使の治癒】の効果だ。右足は完全に動くぞ!
それに僕は、前蹴りの直撃の瞬間、後ろに飛び下がった。そうすることで、前蹴りの威力も半減させた。
僕は松葉杖を、舞台外にいたアイリーンに手渡した。
アイリーンは僕の松葉杖を抱えながら、声を上げた。
「ダナン! 【大天使の治癒】の効果は、十五分だけだよ! 今、試合時間が十分経過……。試合時間はあとニ十分もある」
ドルガーはずしゃりずしゃりと、一歩一歩近づいてくる。
「なるほど、魔力か何かで、右足が回復したのか? こざかしい!」
ブオッ、ブオオオオオッ
ドルガーは魔界の斧を、僕に向かって──。
二本いっぺんに投げつけてきた!
(まさか、斧を投げつけるとは!)
僕がそれを避けると、斧は頭上を越え、空の向こうにいってしまった。
……が、二本とも、また戻ってきた。
ブーメランのようだ! しかも、速度が増している!
ブオオオオン
僕はそれをまたしても避ける。
パシッ
ドルガーは斧を二本、手で受け止め、ニヤリと笑った。
「よくぞ避けた。だが、これで終わりだと思ったかああ!」
ドルガーは全速力で僕に近づいてきた。そして──。
右手の斧、左手の斧《おの》を、同時に僕めがけて、振り下ろしてきた。
僕はそれを簡単に避ける。
ガイイイイイインッ
二本の斧は、すさまじい金属音を立てて、床に当たった。
僕の足は軽い、まるで羽が生えたようだ。
しかし──。
ドルガーの頭上を見ると、巨大な斧が宙に浮いている。
「フフフッ」
ドルガーは笑った。
「これで──決着だ」
四本目の魔界の斧だ! 魔力で斧を宙に浮かせて、落下させるというのか!
「破壊する!」
ものすごい勢いで、斧が急降下してきた。
しかし! 僕には斧が落下してくる軌道が見える!
ガイイイイイン
僕は急降下してきた斧を、魔力模擬剣で弾き飛ばした。
「な、なにいいっ?」
魔獣ドルガーは目を丸くして、僕を見た。
僕は急降下してきた斧を、魔力模擬剣で弾き飛ばした。
あれだけ巨大な斧だ。どんなに急速で落下しようが、魔力模擬剣で、簡単に狙い落とせる!
「な、あっ……バ、バカな」
魔獣ドルガーが目を丸くして、一歩後退した。
僕は素早く彼に近づき、飛び上がり──。
ズバッ
ドルガーの右腕を斬撃した。
ドルガーは苦痛の表情を見せたが──しかし、右腕は垂れ下がらない。攻撃に備え、構えている。
魔力模擬剣で斬撃すれば、強烈に痺れるはずなのに、効いていないのか?
「バカが! 魔力模擬剣の魔力など、今の俺にはたいして効かん!」
ドルガーは豪快に笑った。
「俺は魔王と会い、闇のスキルを授かったからな。魔力模擬剣の痺れ効果など、たいした致命傷にはならんのだ!」
な、なんだと? 魔王と会った? ほ、本当なのか。
ガッ
魔獣ドルガーは巨大な左手で、僕の首をわし掴みにした。
「これで貴様もおしまいだ~! ダナン!」
すごい力で、首を絞められる。
「ダナン! ドルガーには必ず弱点があるはず」
アイリーンは舞台外に立ち、声を上げた。
「そう、属性よ! 昔から魔獣系の魔物は、火に弱い、と聞いたことがあるわ!」
そうか、属性か! それならば!
「魔法剣──炎!」
僕は首の痛みをこらえ、集中し、魔力模擬剣に魔力を込めた。
ブワアアアアッ
ザクッ
魔獣ドルガーの脇腹に、炎属性の魔力を帯びた、魔力模擬剣を突き刺した。
「ギャッ!」
ドルガーはあわてて、僕の首から手を離した。
彼の脇腹からは、煙が立ち上っている。
僕は攻撃を続ける!
「魔法剣──炎連撃!」
ズバッ ズバッ
僕はドルガーの右腕、左腕を素早く斬撃した。
ドルガーの両腕が、炎に包まれる。
「ギャアアアアアアッ!」
魔獣ドルガーは声を上げる。
「き、き、貴様ぁ!」
ドルガーは炎に包まれながらも、僕の体目がけて、拳を振り上げた。
(ここだっ!)
ズバアアアアアッ
「魔法剣──焔一閃!」
ドルガーの胴を、真横に斬撃した。
「ギョオオオエエエエッ」
ドルガーは断末魔のような叫び声をあげた。彼の胴からは火が立ち昇る。
「あ、ぎゃ」
ドルガーはそんな声とともに、体を震わせた。
そして左手、右手にそれぞれ持った斧を、地面に落とした。
「こ、この野郎がああああ……」
ドルガーは両腕と腹を火に包まれながら、両手を前にして立ちすくんでいる。
「こ、こんなところで、負けるわけにはいかないのだあああ……」
僕が彼の攻撃に備えて構えると、すぐに魔獣ドルガーの全身に炎が覆った。
「ごああああああ……!」
ドルガーの目が、カッと見開いた。
「ぬおおおおおおおーっ!」
ドルガーは全身が火に包まれた状態で、僕に向かって走り込んできた。
「魔獣反動撃!」
ドルガーが叫ぶ。決死の技なのだろう。
ドルガーの全身は、火と闇の魔力で覆われていた。あんな巨体がぶつかってきたら、僕は全身がバラバラになってしまう。
「うおおおおっ!」
するとドルガーは飛び上がり、僕を全身で潰そうとしてきた。
上からその巨体で、僕を潰す気だ!
(ドルガー、終わりにしよう)
僕は横に飛び、彼の魔獣反動撃なる技をかわした。
ドーン
ドルガーは当然、地面に叩きつけられた。そして──。
グサアッ
僕は、ドルガーの背中に、魔力模擬剣を突き刺した。
「ギョオオアアアアアッ……ウウウッ……」
彼は大きくうめき、うつ伏せのまま炎に包まれ、ピクピクと痙攣していた。
ドーン ドーン ドーン
試合終了の太鼓の音が鳴った。
急いで、白魔法医師たちが舞台に上がり込んで、氷結魔法で、ドルガーの全身の炎を消火した。
彼らの一人は、僕の魔力模擬剣をドルガーの背中から抜き、僕に返してきた。
「彼は……ドルガーはどうなりましたか?」
僕はあわてて白魔法医師たちに聞くと、白魔法医師たちは、「ドルガーは命に別状はない」と言った。
「彼を覆っている闇の魔力のおかげで、火傷は最小限で済んだようだ。やはり君の斬撃の威力で、この怪物──いや、ドルガーが倒れたのだ」
勝敗はどうなるんだ? スタジアム全体がシーンと静まり返っていた。
その時!
審判長が仕方なさそうに、舞台に上がってきた。
そして、苦虫を噛み潰したような顔で、僕の手を上げた。
すると!
『24分50秒、斬撃により、ダナン・アンテルドの勝利です!』
魔導拡声器により、コロシアム全体に、僕の勝利が告げられた。その途端──。
ウオオオオオオオッ
「ダナンが勝った! ダナンが勝った!」
「とんでもない魔法剣だった! 強い!」
「おいおい、そもそもドルガーが斧でダナンを攻撃したんだろ。その時点で反則負けだろ」
「なんにしても、完全決着だぜ!」
観客たちは声を上げている。
か、勝ったのか? 僕が倒れたドルガーを見て戸惑っていると……。
「ダナン! すごいっ! すごいよおっ」
アイリーンは飛びついてきて、僕を抱きしめた。
「勝った、勝った! 良かったね!」
「ああ……ううっ?」
僕はよろけそうになった。【大天使の治癒】の効果が切れたらしく、右足がまたマヒ状態になってしまった。
「だ、大丈夫?」
アイリーンは松葉杖を僕に持たせてくれて、僕が倒れないように支えてくれた。
「大丈夫だ、問題ないよ」
僕が言うと、アイリーンはホッとしたように、笑った。
「良かった……」
ドルガーはいつの間にか、魔獣の姿からいつもの人間の姿に戻っていた。
元に戻った彼は、全身に包帯を巻かれている。
(ドルガー……)
僕はつぶやいた。
そして、ジョルジュや黒服たちの肩を借りて、舞台を降りていった。
そのとき、ドルガーは僕のほうを振り返ったのだ。
ものすごい鋭い目! 僕をにらみつけた!
ドルガー……!
まだ続きがある。
あいつは何かを企んでいる。そんな気がしてならなかった。
ドルガー戦から三日経った。
その日の午後、僕──ダナン・アンテルドはマルスタ・ギルドで指導を終えた。
ちょうど、僕宛てに茶色い封筒が郵送されていたようだ。
僕はその封筒の差出人を見て、目を丸くした。
「ラ、ライリンクス国王からだ!」
僕は声を上げた。
封筒の中には、緑色のインクで書かれた、手紙が入っていた。
『魔法剣士ダナン・アンテルド殿
誠にぶしつけな手紙、失礼いたします。
デルガ歴2024年、1月10日、午後2時に、ライリンクス城、三階大ホールにいらしてください。
この手紙で詳細は申し上げられないが、あなたにお頼み申し上げたいことがあります。
この手紙のことは、内密によろしくお願いいたします。
ライリンクス城 ライリンクス国王
代筆 執事 ルゼリッカ・マイケルダール』
手紙の文章は、たったこれだけ?
手紙はライリンクス王国の旗印の封蝋──シーリング・ワックスで、封がしてあった。
本物の国王の手紙だろう。
し、しかし、一体どういうことだ?
なぜ僕が、城に行かなければならないんだ?
◇ ◇ ◇
1月10日、僕やパトリシア、ランダース、アイリーンは、馬車でガーランディア地区のライリンクス城に行くことになった。
パトリシアやランダースにも、同様の文面の手紙が郵送されていた。
アイリーンは魔法剣士を辞めているせいか、彼女には手紙が来なかった。
しかし、僕の付き添いということで、城に入ることをゆるされた。
城の三階大ホールには、たくさんの人々が集まっている。
百人以上はいる!
「す、すごいぞ!」
パトリシアは目を丸くしている。
「ライリンクス王国の強豪剣術家たちと、その関係者ばかりじゃないか!」
「新聞や雑誌で見る、有名な剣術家……勇者、剣士、魔法剣士、戦士ばかりね」
アイリーンも、感心しながら言った。
僕も驚いた。
世界剣術大会に入賞経験のある、ジョーダン・ベスタイルやベスター・マイクスの姿も見える。
他には、戦士のピネータ・スワンソン。魔法剣士のブルックリン兄弟。
その師匠や、本人が所属しているギルド長も来ているようだ。
そして、あの勇者ランキング二位の、ヨハンネス・ルーベンスも来ている!
「どういうことなんだ? ライリンクス王は。こんなに剣術家を集めて」
「多分、今年の四月に行われる、『世界剣術大会』に関することだろう?」
「そうだったら、手紙にきちんとそのことを書かないか?」
ホールに集められた人々は、そう噂し、首を傾げている。
世界剣術大会?
僕は無名なのに、招待されるはずはないだろう。
──するとその時、誰かがホールの檀上に上がった。
国王! ……ではない?
ライリンクス城の使用人が着用する、青いタキシードを着ている青年だ。
「ライリンクス王国にお住まいの、剣術家と関係者の皆様。お集りいただき、ありがとうございます。私は、ライリンクス国王の執事、ルゼリッカ・マイケルダールと申します」
執事のマイケルダール氏は、真剣な顔をして言った。
彼が、国王の手紙の代筆者か。
そして、やはり剣術家とその関係者ばかりを、城に呼んだことがはっきりした。
「皆さんは我々、ライリンクス城からの手紙を受け取って、この城まで来られたと思います。意味の分からない手紙を郵送することになってしまい、大変申し訳ありませんでした」
「どういうことなのだ! 意味の分からない、本当に失礼な手紙だっ!」
剣術家の一人が怒声を上げたので、マイケルダール氏は深く、頭を下げた。
「申し訳なかった。できるだけ、皆さんがここに集まることを、噂にしたくなかった。だから、情報をそぎ落した、あのような奇妙な手紙になってしまったのです」
剣術家たちは、眉をひそめたり、顔をしかめて、マイケルダール氏の言葉を聞いている。
マイケルダール氏は続けた。
「ここにお集まりいただいた皆さんには、『世界剣術大会』に出場していただきたい」
ドヨッ……。周囲の人々はざわめいた。
「やはり」という声も上がった。
「恐らく今月中に、皆さんには『世界剣術大会委員会』から、正式な出場招待状が届くはずです」
マイケルダール氏は言った。
ええっ? じゃあ、僕にも招待状が届くのか?
僕が戸惑っていると、マイケルダール氏は口を開いた。
「そしてなぜ、剣術家の皆さんに、ライリンクス国王から手紙をお届したのか? その理由をこれからお話する」
彼は言った。
「簡単に言えば──今年の世界剣術大会には、魔王の手下が出場するらしいのです。──皆さんには、魔王の手下を倒していただきたい。それが、我々からのあなた方に対する依頼です」
な、なんだって……?
場内がざわついた。
「おいダナン。あの執事野郎、頭がパーになっちまったんじゃねえのか?」
ランダースがニヤニヤ笑いながら言った。
「魔王? そんなヤツの手下が、人間の大会にホイホイ出場するかよ」
「出場しますよ、ランダースさん。魔王の手下は必ず来る」
マイケルダール氏がランダースをジロリと見たので、ランダースは、「や、やべぇ」と言って頭をかいた。
「魔王の手下が世界剣術大会に出場する証拠を、皆さんにお見せしなければならない。──衛兵っ!」
マイケルダール氏が声を上げると、衛兵が周囲から五名やってきて、周囲をジロジロ見回し始めた。
(な、なんだ?)
僕が驚いていると、ホールの横の扉が開き……。
ガラガラガラ
衛兵によって、壇上の前に、移動式ベッドが運び込まれた。
誰かが移動式ベッドの上に寝ている……。
老人……?
マイケルダール氏が口を開いた。
「彼は国王です」
ドヨッ……。
ホール内の人々が大きくざわめく。
国王?
僕は今まで、実際に国王の姿を見たことがない。
法律で、国王を写真に撮ってはならないと、規制されている。
僕は移動式ベッドに寝ている、「国王」に近づいた。
(国王は病気なのか……? ん?)
あれ?
僕、この人を見たことがある!
「あっ!」
僕は思わず声を上げた。
このベッドの上の国王……!
僕がよく知っている人物だった!
移動式ベッドで運ばれてきた、「国王」は……!
僕の良く知る、マルスタ・ギルドのギルド長、ブーリン氏だった。
ど、どういうことなんだ? どうしてブーリン氏が、国王なんだ?
そしてなぜベッドに寝たきりになっている?
「ダ、ダナン君……!」
国王が小さくそう言った。
「ブーリンさん!」
僕が呼びかけると、執事のマイケルダール氏が僕の肩に手をやった。
「国王は今、体力がものすごく低下しているのです。二日前、国王が就寝中、城に忍び込んだ者が、国王の腹をナイフで刺したのです!」
な、何だって? ナ、ナイフで腹を?
ざわっ……。
剣術家たちが、ざわめく。
「犯人は逃げてそのままです」
マイケルダール氏がそう言ったとき、ブーリン氏……いや、国王は目をつぶってしまった。
そしてまた衛兵が移動ベッドを押し、外に移動させてしまった。
「剣術家たちに、衛兵が個別に、色々事情を説明いたします。ダナンさん、あなたは国王とつながりが深いようだ。個室に来て、特別にお話いたしましょう。──衛兵!」
マイケルダール氏が言うと、衛兵たちが、僕の腕をつかんだ。
え?
「あまり手荒なことはするな」
お、おいっ! なんだ? どういうことだ?
「来いっ! ダナン・アンテルド!」
僕は衛兵に無理矢理、腕をひっぱられた。
たくさんの剣術家が、僕のほうを驚いた顔で見ている。
「ダナンに何をするのよっ!」
「おいっ、ふざけるな! ダナンが何をした?」
アイリーンとパトリシアが叫ぶ。
僕はどうしようもできなくて、三名の衛兵に、ホールの外に連れ出されてしまった。
い、意味が分からない……。
◇ ◇ ◇
ここは国王衛兵隊の会議室。
僕はそこに連れ込まれ、強引に椅子に座らされた。
「ダナン・アンテルド、お前は何か知っておろう! 国王がナイフで刺された原因を! 知っておるなら、言え!」
衛兵副隊長──ヒゲのズオーブリー・ドンチョスが声を上げた。
な、何で僕が疑われているんだ?
すると彼は、僕に写真を見せた。
う、うわああああっ!
ベッドに寝ている国王が、布団の上から、ナイフを突き立てられている写真だ!
布団が赤く血で染まっている!
「これが犯行当日──二日前の夜の二時の写真だ。国王は寝室で、誰かに腹部を深く、ナイフで刺されてしまわれた。我々は証拠として、国王の痛ましい姿を、写真で残さねばならなかった」
「うーん……まさか」
僕は衝撃の写真に、驚いて言った。
「国王は今現在までずっと容態が悪い。食べ物も受け付けず、やせ細ってしまわれた」
ドンチョス副隊長がそう言うので、僕はあわてて聞いた。
「僕を疑っているから、僕を城に呼んだのですか?」
「お前に関してはそうだ! 国王と深いつながりがあったようだらな。もちろん、他の剣術家にも、色々話を聞く予定だが!」
ちょ、ちょっと……ブーリンさんとつながりがあるからって、僕を疑うのか?
僕がブーリンさんが国王だって知ったのは、今日なんだぞ?
僕は聞いた。
「そもそも、国王のブーリン氏がマルスタ・ギルドを経営していたのは、なぜなんですか?」
「国王はギルド経営に、興味をお持ちだった。若い剣術家が、強くなっていく様を間近で見たいとおっしゃられていたのだ」
僕はもう一度、写真を見た。ブーリンさんの痛ましい姿だ。
「その腹部のナイフには、『呪い』がかけられているそうだ」
ドンチョス氏が言った。
「王国専属の白魔導師、治癒師たちが視て、国王の腹部から異様な『瘴気』が立ち昇っておられるのだ。我々は、この瘴気の正体を探っている」
そしてドンチョス氏は、僕をジロッとにらんだ。
「しかし、お前は一体何者なんだ? 右足が不自由なのに、試合までしている。ドルガーとの試合を観たが、異様な強さだった」
ドンチョス氏の顔は、いっそう険しくなった。
衛兵も身構えている。
──確かに、僕は強くなったようだ。
スキルのおかげでもある。
しかしそれはマリーさんが、僕の能力を引き出してくれたおかげだ。
それでも怪しまれるのは、仕方がないのか?
「お前、怪しげな妖術でも使っておるのか?」
ドンチョス副隊長は、疑いの目を僕に向けている。
「まあ、化け物に変身した相手のドルガーとやらも、怪しいが。──お前が国王に近づき、国王の命を狙い、ナイフで刺したと考えることもできるのだ!」
ばかなっ!
完全に疑われている。僕だってブーリン氏……つまり国王を心配しているのに!
「こ、国王様は、マルスタ・ギルドのギルド長で、僕の恩人ともいえる人です!」
僕は、抗弁した。
「それに、ブーリン氏が国王様だったということを知ったのは、今日が初めてだったんですよ!」
僕がそう言ったとき、会議室の扉が勢いよく開いた。
「こりゃあっ! ダナン・アンテルドは何も怪しくはないっ。怪しい者は私が全て熟知しておる!」
ん?
この、子どもみたいなかわいい声は?
聞き覚えがある……!
衛兵の会議室に入ってきたのは、三角帽を被った、かわいい女の子だ。
十歳くらいか?
あ!
僕は女の子を見て、声を上げた。
「パ、パメラ・エステランさん?」
「そうじゃあ~!」
その女の子は、パメラ・エステランさんだった。
マリーさんの姉で、探偵だ。
パメラさんは、椅子に座っている僕に抱きついた。
「ダナン! かわいそうにのう~。こんなに疑われて。おお~、よちよち」
パメラさんは、僕の頭をなでてくれた。
……あんまりうれしくないが。
「こりゃあっ! 衛兵どもっ!」
パメラさんは呆然としている衛兵たちに、怒鳴った。
「ダナンは無実じゃ! 敬礼して、謝らんかいっ!」
パメラさんが怒鳴ると、衛兵たちはあわてて敬礼した。
「ま、まさか? パメラ探偵と、お知り合いだとは!」
ドンチョス副隊長が叫んだ。
「ダ、ダナン殿! も、申し訳ございませんでしたああっ」
「えーっと? パメラさんと国王様や衛兵さんたちとは、どんな関係が……?」
「パメラ探偵は、我がライリンクス城直属の探偵である。一年前、国王の妹君が誘拐されたとき、解決なされた大恩人なのだ」
ドンチョス副隊長は、敬礼しながら言った。
「そんな有能な探偵が、おぬしは信頼できると申しておるのだ。ダナン殿! 我々はもう、おぬしを疑うことができぬ。申し訳なかった」
ドンチョス副隊長と衛兵たちは、僕に向かって頭を下げた。
「改めて、申し訳ございませんでしたあっ!」
「わ、分かりました。頭を下げるのはやめてくださいよ」
僕はあわてて言った。
国王が大変な事態なのだ。
混乱しているのは分かる。
僕だって恩人が心配だ。すごく動揺している。
「──我々は、剣術家たちの様子を見てきます」
副隊長や衛兵たちは、外に出ていった。
会議室は、僕とパメラさんと、二人きりになった。
「……それで、国王様はどうして、誰にナイフで刺さされてしまったのですか?」
僕は聞いた。
「単刀直入に言おう!」
パメラさんは声を上げた。
「この国王襲撃事件の黒幕は、ヨハンネス・ルーベンスだと思われる!」
えっ? ヨハンネス? さっき、三階大ホールにいたっけ。
「勇者ランキング二位の、若手最高の勇者だ。知っておるな」
僕は思い出していた。
ドルガーとの試合前、確か、ヨハンネスと会話した。
ヨハンネスには、思い出しただけで、背筋も凍るような不気味な雰囲気があった。
彼の剣……まるで死体の血を吸い込んでいる不気味なイメージだったのだ!
僕は額の汗をぬぐいつつ、パメラさんに聞いてみた。
「ど、どうしてヨハンネスが、国王をナイフで刺した者と関わっている、と疑っているのですか?」
「彼には前から、奇妙な噂がある。魔族とかなり親しくしている……。そんなところを、草原で見たという証言がたくさん出てな」
「ま、魔族と親しくだって? それもたくさんの証言?」
そんなことが可能なのか?
い、いや、確かに、人語を理解する魔族はたくさんいるらしいが……。
僕はなぜかドキリとした。
ヨハンネスと話した時の──彼の不気味な姿と、魔族と親しくしているという噂……僕の中では一致してしまったからだ。
「そしてヨハンネスは、かなり危険な性格でな。勇者とあろう者が、しょっちゅう、周囲の者といざこざを起こしている。ナイフを振り回し、人を負傷させる事件も起こしているのだ」
「ええっ?」
ナ、ナイフを振り回して負傷!
そんなことがあったなら、確かにライリンクス王を刺した犯人と、関わり合いがあると疑われてもしょうがない。
しかし、その負傷事件が本当なら、王立警察に捕まるに決まっているが……。
ん?
僕の背中に、冷や汗が流れたような気がした。
さっき三階大ホールに、ヨハンネスがいたが……僕は気づいた。
「か、彼はそれでも、逮捕されないということ?」
パメラさんは大きくうなずき、言った。
「問題はそこなのだ。もし今回の犯行にヨハンネス・ルーベンスが関わっているのだとしたら、この事件はかなり、やっかいなことになるぞよ!」
「やっかい?」
「ヨハンネスの親、一族が大問題なのじゃ!」
パメラさんは、神妙な顔をして声を上げた。
「ルーベンス家は、世界最大の大貴族であり、王族をしのぐ権力を持つといわれる」
そしてパメラさんは、強く言った。
「だから逮捕されない! ──そして最近では、魔族と密約をして、闇の力を手に入れていると噂されているのじゃ!」
「えっ……」
僕は思い出していた。
昨日の試合中、ドルガーが魔獣に変身してしまったこと……。
まさか、そのことと関係があるのか?
ドルガーの試合前に、ヨハンネスと話した。
もしかしたら、ドルガーとヨハンネスは親交があるのか?
「だけど……考えれば考えるほど、国王が襲撃された理由、犯人が分からないです。すべて憶測ですから」
「その通り」
するとパメラさんは続けた。
「だが、ヒントはある。この事件の鍵を持つ人間がおるのじゃ」
「えっ? それは誰ですか?」
「ダナンよ!」
パメラさんは僕を見て言った。
「お前が身をていして救った少女……お前が足を大怪我した原因! ゲルダ・プリシッチ!」
えっ……どういうことだ?
「その少女が、今回の事件の解明の鍵を握っておる!」
な、なんだって?
僕は驚いて、呆然とパメラさんを見つめた。
僕は、国王がなぜナイフで刺されたのか、解明しなくてはならない。
国王は僕の恩人、ブーリン氏だったからだ。
パメラさんが言うには、この国王襲撃事件は……。
・ヨハンネスという少年が黒幕である。
・この事件の解明の鍵は、ゲルダ・プリシッチという少女が持っている。
ゲルダについては、僕が右足を大怪我した原因となった、事件を思い出さなければならない。
僕がまだドルガーの魔物討伐隊に加入しているときだ。
トードス草原で、魔物のジャイアント・オーガが、とある少女を襲った。
僕は少女を身をていして、守った。
そのジャイアント・オーガの棍棒が、僕の右足に当たり、棍棒の魔力が僕の骨に侵食してしまった。
そのときから、僕の右足が不自由になってしまったのだが……。
僕が守った少女の名は、パメラさんの情報によれば──。
ゲルダ・プリシッチという名前だった。
◇ ◇ ◇
城の会議室にて──。
「なぜゲルダが、国王襲撃事件の解明の鍵を握っているのですか?」
僕はパメラさんに聞いてみた。
するとパメラさんは答えた。
「ゲルダは、事件の黒幕、ヨハンネスのことをよく知っているからじゃ」
どういうことだ?
「ええっと……そのゲルダは、一体、どういう子なんですか?」
「私の調査では、今現在、車椅子に乗っている」
「ええっ?」
僕は驚いた。
僕は彼女を守ったはずだ。僕は大怪我してしまったが……。
「お前さんはゲルダを守ったはずだ。が、その後、彼女は別の魔物に襲われてしまったのだ」
「そ、そうだったんですか?」
な、なんてことだ……。
僕は首を横に振った。
僕は女の子を守れたと思っていた。
でも、それは違っていた、勘違いだったのだ……。
「しかしゲルダは、弱い少女ではないぞよ」
パメラさんは言った。
「彼女の『今』を知りたいか?」
「え? は、はい」
「ゲルダ・プリシッチは、勇者ランキング三位──。おそろしく強い『勇者』になっておる」
「え? ど、どういうことですか?」
僕は眉をひそめた。
ゲルダは車椅子に乗っていると聞いた。
しかし、勇者ランキング三位だって?
勇者ランキングの三位ならば、剣術の使い手、どころではない。
世界最強に近い称号だ。
あれ? しかも彼女は……一年前、十二歳くらいだったぞ?
パメラさんは神妙な顔で言った。
「彼女は十三歳で、勇者ランキング三位になったのじゃ」
「ええっ?」
僕は信じられない、という気持ちだった。
しかし、パメラさんはものすごく真剣な顔だ。
冗談を言っている顔ではなかった。
「い、一体、ゲルダとは、何者なんですか?」
「言葉では説明できんな。会ってみるかね? 住所は調査済みだ」
パメラさんがそう言うと、僕はうなずいた。
「では、西の県のバーデンロールという村に行くがよい。そこにゲルダがいる」
「彼女に会うと、どうなるんですか?」
「国王襲撃事件の黒幕、ヨハンネスのことが分かる。そしてダナン、お前さんもゲルダを見て、今後の剣術活動に影響を受けるだろう」
そしてパメラさんは言った。
「お前は、東方の国で、世界剣術大会に出場する予定なんだからな」
◇ ◇ ◇
そして三日後──。
僕らは馬車に乗り、バーデンロールという隣県に旅立った。
県境の林の道を突き抜ける。
「パメラさんに聞いても、ゲルダって子の謎は深まるばかりなんだ」
僕は馬車の客車に揺られ、いつもの仲間たちにゲルダのことを話した。
馬車の客車に乗っているのは、アイリーン、パトリシア、ランダースだ。
「おいおいおい~」
僕の目の前に座っている、ランダースが声を上げた。
「十三歳で勇者ランキング三位? しかも車椅子に乗っている? おい、そのパメラってばあさん、まともな情報を得ているのかよ?」
「こらっ!」
パトリシアは、ランダースの耳を思い切り引っ張った。
ランダースは叫び声を上げる。
「いててっ! いてえって、バカ!」
「パメラさんは、ダナンの協力者だぞ。無礼なことを言うなっ」
「だってよ、信じられねーじゃねえか。勇者って、剣術も魔法も、相当なレベルに達してなきゃ、『全国勇者協会』に選ばれないだろうがよ」
「私も色々調べてみたわ」
僕の右隣に座っている、アイリーンが言った。
馬車はゴトゴトと、ゆっくり農村地帯に入った。
もうバーデンロール地区に入っただろうか。
「ゲルダって子は、本当に勇者ランキング三位よ。勇者名鑑の名簿にも載っているし、間違いない。しかも一年前に背中を大怪我し、本当に車椅子に乗っているようよ。原因としては、魔族の魔力を背中に受け、両足が効かなくなってしまった」
「だから、それがおかしいっての」
ランダースは言った。
「車椅子に乗っているのは分かるぜ。だけど、そんな少女が、勇者ランキング三位? しかも十三歳。剣術の常識がくつがえっちまうぜ」
「確かに」
パトリシアは腕組をして、つぶやく。
「ゲルダは一体、何者なんだ? どういった剣術、戦術、魔法、魔法剣を使用する? 想像がつかない」
「分からない」
僕は答えた。
「実際に、彼女に会ってみるしかない」
◇ ◇ ◇
僕らは馬車を降り立った。
そこは農村地帯だったが、村の奥に、美しい白い建物がそびえている。
パメラさんに教えてもらった住所によれば、あの白い建物が、ゲルダの住む場所のようだ。
「礼拝堂……?」
僕は思わずつぶやいた。
白い建物は本当に美しく、神に祈るための礼拝堂のようだった。
玄関扉もすりガラスでできており、繊細な雰囲気だ。
玄関横に備えつけられている鐘を鳴らすと、やがて扉が開き、人が出てきた。
「どなたかな?」
痩せた中年男性が、出てきた。
おや? 格好をみると……聖職者か。
なるほど、本当にここは礼拝堂なのか。
するとアイリーンが、僕の代わりに答えてくれた。
「一年ほど前、このダナン・アンテルドがゲルダさんという女の子を、身をていして助けたことがあるのですが……。ご存知でしょうか?」
「え?」
中年男性は僕を見て、目を丸くした。
「き、君は! ダナン君……ダナン君じゃないか!」
「はい、僕はダナンですが……あっ」
僕は思い出した。
この中年男性は、僕が助けようとしたゲルダのお父さんだ。確か、当時は、商人の格好をしていた。
「よくぞ、来てくれた! 私はゲルダの父──ラッセル・プリシッチです」
ラッセルさんは、僕らと握手をしてくれた。
「娘を助けようとしてくれた、ダナン君に会えるとは……さあ、どうぞ。他の三人は、お友達ですかね? ゲルダと会ってください。彼女は礼拝堂にいます」
僕らは顔を見合わせ、うなずきあった。
僕らは、ゲルダに興味があった。
ゲルダ……謎に包まれた女勇者……。
よし、会ってみよう!