中央都市ガーランディア大公園で開かれる、「全国ギルド大霊祭」の日がやってきた。

 午後一時までには、舞台上での演奏会、ギルド長たちの挨拶(あいさつ)が終わった。

 各ギルドの職人の物品販売、各道場師範(しはん)の公開指導演武も終わり、午後四時──。

 メインイベントである、僕──ダナン・アンテルドとドルガー・マックスの試合が予定通り、開かれることとなった。

 場所は、大公園の東にある中央大コロシアム。

 僕はアイリーンと一緒に、(ひか)え室の通路から、観客席をのぞいた。

「うっわ……すげえ」

 三万人収容できるコロシアムは、ほぼ()まっている。どうやらブーリン氏が宣伝したらしいが……。

「こんな日が来ると、信じてたわ」

 僕に付き()ってくれたアイリーンは、つぶやくように言った。

「ダナンが皆に知れわたる日が」
「お、おい、アイリーン。こんなに満員になるなんて、何かの間違いじゃないのか。僕は魔法剣士の先生の、真似事(まねごと)をやっているだけなんだぞ」
 
 するとアイリーンは、僕の手をそっと握った。

「間違いなんかじゃないよ。皆、応援してる。もちろん私も……」

 アイリーンは涙ぐんでいた。

「あ、ごめん……私、控え室に戻ってるね!」

 アイリーンは、控え室のほうに走っていってしまった。

(ん?)

 その時、アイリーンが走り去って行く通路の壁に、少年が寄りかかっているのが見えた。僕のほうを見ている?

(う、おっ……!)

 今まで感じたことがない、無気味な圧力だ!

「女の子を泣かせるなんて、君も(すみ)に置けないなあ。ダナン君」

 少年はそう言った。な、何で名前を知っているんだ? あ、そ、そうか。僕はドルガーとの試合の出場者だから、知っててもおかしくないか。

 少年の年齢は僕と同じくらい……十六歳か17歳? 身長も同じくらいか。

「君がダナン君だね。初めまして。僕はヨハンネス」

 誰だ?

「全世界勇者ランキング二位のヨハンネス・ルーベンスです。よろしく」
「ゆ、勇者の二位だって?」

 全世界の魔物討伐(とうばつ)家で、二番目に強い、ということじゃないか!

「松葉杖のダナン君」

 ヨハンネスなる少年は、僕の左脇の松葉杖を見て、ニコッと笑った。

「僕は世界を征服したい。魔王なんかよりも早くね」
「は?」
「簡単にいえば、世界最高の人間になりたいんだよ。だから、残念ながらダナン君。君という存在はね、僕にとって邪魔なんだよ──。君は、脅威(きょうい)だ」

 彼の、言っている意味が分からない。

 その時、ヨハンネスは左腰の(さや)から剣を抜いた!

 ううっ!

 こ、この剣は! 何という禍々(まがまが)しさだ。僕の頭の中に、この剣が死体の中に()もれており、その血を吸い込んでいるイメージが入ってきた。

「くっ」

 僕は思わず、試合で使う魔力模擬剣(まりょくもぎけん)(さや)から抜き出した。試合前なので、装備していた。

「僕と、やるのかい」

 ヨハンネスはにこやかに聞いた。

「い、いや」

 僕はこれから、ドルガーとの試合がある。こんな通路で、知らない少年とにらみあっているわけにいかない。

 僕は冷静になり、魔力模擬剣(まりょくもぎけん)(さや)におさめた。

「君がドルガー君を倒したら、次は僕と勝負だよ」

 ヨハンネスはそう言って、廊下の奥へさっさと歩いていってしまった。

 な、なんなんだ、あいつは? ドルガーの知り合いか?

 僕は彼の背中を、じっと見ているしかなかった。
 
 ◇ ◇ ◇

 僕は控え室に戻った。(ひか)え室には、僕とアイリーンの他に、パトリシア、ランダース、マリーさんがいる。

 パトリシアは左肩から左腕にかけて、ギプスで固められているが、笑顔だ。

「ハッハッハ! ダナン! 最高じゃないか。こんなに観客が観てくれるなんて」
「僕の身にもなってくれよ。緊張するよ、三万人も集まるなんてさ」

 僕は笑顔を作って答えた。しかし──。

「ん? ダナン君、なんだか浮かない顔ね? 試合前にどうしたの?」

 マリーさんが気づいたように、僕の顔を見た。さ、さすが占い師。見抜かれている!

 僕は、さっきのヨハンネスという少年のことが、少し気になっていた。

 だが、今はそれどころじゃない。

「いえ、大丈夫です」
「ダナン君、不穏(ふおん)な噂を聞いたわ。ドルガーがランゼルフ地区の自分の支援者(しえんしゃ)たちを、コロシアム舞台周辺席に座らせているようよ」

 マリーさんが言った。え? ど、どういうことだ?

「嫌な予感がするのよね。あなたに対する罵声(ばせい)が飛んでこないかしら」

 ええっ? まさか、ドルガーはそこまでやらないだろう?

「それから、あなたの足のことだけど……。【大天使の治癒(ちゆ)】は、必ず必要なときに、発動するはずよ。だから、それを信じて」

 マリーさんは静かに言った。

 うーん……。あのエクストラ・スキルはいつ発動してくれるか分からない。右足を治してくれる、すごいスキルなんだが……。

 でも、【大天使の治癒(ちゆ)】が必要なときが、必ずくるはずだ。

 ◇ ◇ ◇

 そして三十分後──ついに、試合開始時間だ。

 僕は控え室を出て、コロシアムの花道を通った。

 花道には観客が大勢いて、僕を見ている。こ、こんな大勢の前で試合をするなんて、初めてだ。

 すると……。

「帰れ!」
「ダナン! お前はドルガーに勝てないぜ!」

 えっ?

「この野郎! ランゼルフ・ギルドを()めた裏切者!」
「ドルガーさんの恩を、忘れやがって!」

 は、花道の周囲の観客が、僕に……罵声(ばせい)を浴びせてきた!

 マリーさんの予感が当たった!

 ボニョッ
 
 くそおっ! 売店で売ってる、ミカンが頭に当たった。

 他にも、クッキー、揚げパン、焼きとうもろこしの芯が、僕に対して投げ込まれる。

 ヒュッ

 間一髪(かんいっぱつ)、当たらなかったが、またミカンが頭の上を飛んでいった。

「ダナン、ドルガーにさっさと斬られろや!」
「てめーの、ブザマな姿を観に来たんだ」
「ドルガーさんに勝てるわけねーんだよ!」

 ドスの効いた罵声(ばせい)が飛ぶ。ずいぶん、手慣れたヤジを飛ばす連中だ。ランゼルフ地区のマフィアだな。

 ……今度は、(かた)そうなリンゴが飛んできた!

 これは、当たったら、まずい!

 パシイッ

 僕は右手で、リンゴをつかんだ。ふうっ……。

「あっ……!」
「う、す、すげえ」

 ドルガーの支援者(しえんしゃ)たちは、目を丸くした。罵声(ばせい)が少し収まったようだ……。

 僕は松葉杖を使って、早歩きするように、舞台に上がった。

 ◇ ◇ ◇

 ドルガーはすでに舞台の上で待っていた。

「声援が多くて、うらやましいねえ!」

 ドルガーは嫌味ったらしく言った。声援じゃなくて、罵声(ばせい)だろ……。

「てめーの勝利なんざ、誰も願ってねーんだよ。皆は勇者の俺を応援しているんだ!」

 くそ、姑息(こそく)なことを……。僕は言ってやった。

「ドルガー! お前がコロシアムに自分の支援者(しえんしゃ)を集めて、ヤジを飛ばすよう、指示したんだろう?」
「……な、何? なぜそれを」

 ドルガーは、ギクリとした表情をした。

 やはり、マリーさんの予想は当たりか。

「僕の心を(けず)るつもりだったんだろうが、余計、燃えてきたぜ」

 僕はそう言い、魔力模擬剣(まりょくもぎけん)を構えた。

「ちいいっ!」

 ドルガーは舌打ちすると、自分も腰の(さや)から、魔力模擬剣(まりょくもぎけん)を抜き出した。

 ドーン

 試合開始の太鼓(たいこ)が鳴った!