ドルガーとヨハンネスが、「全勇者大交流会」で会った三日後──。

 ドルガーはジョルジュと一緒に、ライリンクス王国の外れの草原地帯で、ヨハンネスを待った。

 ドルガーは、「闇のスキル」を植え付けてもらうため、魔王に会うために魔国ジャルガーダに旅立つのだ。ここから千キロ離れた場所にある、魔物の巣窟(そうくつ)だ。

(大変な旅になるぞ)

 ドルガーはつぶやいた。

(いや、そもそもヨハンネスの言っていることは本当なのか? 魔王たちに闇のスキルとやらを、俺に植え付けてもらえるだなんて。作り話じゃねえだろうなあ……)

 お(とも)のジョルジュは浮かない顔だ。

 昨日は勇者ヨハンネスと、旅の予定を話し合った。

 半日の旅になるという。……千キロという長距離なのに、馬車で半日の旅だと? 普通に考えれば、半日で行けるわけがないが。しかしヨハンネスは、「間違いではない」と言うのだ。

 ドルガーたちは、一応、三日分の食料を持ってきた。

 五分待つと、東から馬車がやってきた。二頭の真っ黒なバカでかい馬が、馬車を引っ張っている。

 その馬車の客車から、ヨハンネスが顔を出した。

「やあ、約束通り、来たね」

 ヨハンネスはニタリと笑って、ドルガーに言った。

「闇のスキルを植え付けられる、覚悟はできているかい?」
「あ、ああ。お、俺はどんな手を使っても、ダナンに勝ち、NO1の勇者になりてぇんだ」
「いい意気込みだ。さあドルガー君、ジョルジュ君、魔国ジャルガーダに出発だ」
「確認ですが、本当に魔国ジャルガーダに行くんですか?」

 ジョルジュは声を震わせえて言った。

「魔物が襲い掛かってくる。魔物の巣窟(そうくつ)ですよ。殺されます。それに、どうしてヨハンネスさんは我々を、魔国に案内してくれるというのですか? 何か目的がある?」
「ん? 僕の目的? 友人の魔王に会いに行くだけだよ。問題ないだろ」

 ヨハンネスはひょうひょうと言った。

 魔王と友人? な、なんなんだ、こいつは。本当に勇者なのか? 

 ドルガーとジョルジュは首を(かし)げながら、馬車の客車に乗り込んだ。

 客車の中には、顔に傷ができた、魔法使いが座っていた。

「あ、あんたは……。いや、し、知っているぞ」

 ドルガーは言った。

「大魔導士グロードジャングス!」
「俺のことを、よく知っているな」

 グロードジャングスは言った。この男は、有名な大魔導士だ。闇の魔法の研究者として有名で、危険人物とされている。

 ヨハンネスは、こんな男とも知り合いなのか?

「俺もヨハンネスも、魔物たちと知り合いだ。俺が結界を張るから、襲われることはない。ヨハンネスも魔物たちに信頼されているから、大丈夫だ」

 ドルガーは眉をひそめた。

「ま、魔物たちに信頼されているって? お、お前ら、魔物たちとどういう関係……?」

 馬車はもの凄いスピードで走り始めた。普通の馬車ではない。客車を引っ張っているのは、「魔黒馬(まこくば)」という巨大な魔族の馬で、とてつもない力を持つ。

 ちなみに御者(ぎょしゃ)はいない。勝手に魔黒馬(まこくば)二頭が、馬車を引っ張って走るのだ。

魔黒馬(まこくば)に任せておけば、半日で着くだろうね」

 ヨハンネスは伸びをしながら言った。

 ◇ ◇ ◇

 馬車は進んだ。やがて、人間界の風景とは、周囲の風景の雰囲気が変わってきた。

 大地の色は灰色になり、空は昼間だというのに、無気味な血の色になった。

 馬車は魔国ジャルガーダに入ったのだ。

 ズウウウウウン……。

 荒野(こうや)に、そんな地響(じひび)きのような音がしてくる。

「ストーンゴーレムだ」

 馬車の客車の中から、グロードジャングスは言った。

 荒野(こうや)に、体長5メートルはある石でできた魔物が歩いている。しかも五匹も、群れをなしているのだ。

 ()みつぶされたら、命はない。

「ストーンゴーレム! 名前は聞いたことがあったが、初めて見ました」

 ジョルジュは興奮しながら言った。

「どんな戦士でも、十秒でひねりつぶすという……」

 空には、赤い色をした巨大龍が飛行している。

「ひいいっ……。あ、あれはレッドドラゴンか? 伝説の魔物じゃないか」

 ドルガーは悲鳴を上げた。

「やっぱり、だ、大丈夫なのかよ。人間が、こんなところに来て」
「大丈夫だって。その証拠に、魔物は襲い掛かってこないだろう」

 ヨハンネスは言った。

「結界を張り、僕たちも魔物と同じ『気』を発しているから、向こうも警戒しない」

 どういうことなんだ? この勇者ヨハンネスという少年と、大魔導士グロードジャングスという男は? 魔物の気を発する? そんな魔法、技術は聞いたことがない。

「ハハハ、ここから歩いて帰るかい? 絶対死ぬけど」
「ひいいいい~っ」

 ドルガーとジョルジュは、抱き合って泣いた。

 ◇ ◇ ◇

 荒野を進むと、やがて、巨大な城の前に辿り着いた。

 まるで巨大な枯れ木のような、無気味な城だ。

「魔王の城だよ」

 ヨハンネスが言うと、ドルガーは「マジか」と言った。ジョルジュは真っ青な顔をして、黙っているだけだ。

 城の前には、これまた巨大な魔物が一匹立っている。その魔物は、ブラックデーモン! 太い尻尾が生えた、猿が巨大化したような真っ黒い魔物だ。

「う、うわあああっ。ブラックデーモンじゃないか。お、おとぎ話の絵で見たことがあるが、実在するとは」

 ジョルジュは言った。

 すると、ブラックデーモンは太い声を出して、ドルガーたちの乗った馬車を引き留めた。

「何だ、お前らは。ここは魔王様の城だぞ。俺は門番だ。誰も通させない……殺すぞ」
「僕だよ、ブラックデーモンのグダボロスさん」

 ヨハンネスは笑いながら、馬車を降りた。

「おお~っ、ヨハンネスか。グロードジャングスもいるじゃないいか。久しぶりだなあ」

 ブラックデーモンは笑いながら言った。

「調子はどうだ? 魔族の世界も景気が悪くってな。株でもやろうかと思っているんだが、どうもダメだぜ」

 ドルガーは目を丸くした。勇者ランキング2位の勇者が、魔王の城の門番と、世間話をしている!

 い、一体、ヨハンネスという男は、何者なんだ?

「おい……詮索(せんさく)するな。ヨハンネスについていけば問題ない。さあ、城の中に行くぞ」

 グロードジャングスは、静かにドルガーに言った。


 ドルガーたちは、魔王の城に入った。

 案内人は、城にすみつく、闇幽霊ダークゴーストだ。

「話は聞いていますよ。『闇のスキル』が欲しいとか。長旅、ご苦労様でした」

 闇幽霊が礼儀正しくドルガーたちにそう言うと……。

 城の玄関で、ガシャン、ガシャンという音が響いた。

 暗黒騎士が二十体、ホールを見回って歩いている。でかい。一体三メートルもある。

「ひいい……」

 ドルガーとジョルジュは、もう恐ろしくて逃げ出したくなった。

 しかし、ヨハンネスとグロードジャングスはひょうひょうとした表情で、案内役の闇幽霊についていく。

 迷路のような城の内部を歩きまわり、五階にやっとたどり着いた。

「魔王様はこちらにおられます。どうぞ」

 闇幽霊ダークゴーストは、鉄の巨大観音扉を指し示した。
 
 ギイイッ……。

 自動的に扉が開く。

(お、俺はどうなっちまうんだ? 殺されるのか? それとも……)

 ドルガーは、闇のスキルを手に入れることはできるのか、不安だった。

 しかし──ついに魔王に会うことになる!