僕の目の前には、巨大な魔物が立っている。
アイアンナイト──鉄の装備で身を固めた、戦士型の魔物だ!
「人間よ! 切り刻んでくれるわ!」
アイアンナイトはそう声を上げつつ──。
ゴウッ
鉄塊のような、巨大な剣を振り下ろしてきた。
僕は剣の軌道を読み、松葉杖と左足を上手く使って後ろに後退し、避けることに成功した。
すると!
グワシイイッ
アイアンナイトの剣で、墓石が真っ二つに割れてしまった。
僕はそれを見たが、宣言した。
「次は──避けない」
「何!」
アイアンナイトは驚いたように声を出した。
「貴様!」
ブオン
またしても巨大な剣が振り下ろされた。
ガイイイイインッ
僕は巨大な剣の太刀筋を、自分の剣「グラディウス」で受けた。
「何だと? しかも片手で?」
かなり右手がしびれたが、そのまま巨大な剣を、愛剣グラディウスで横に払う。
アイアンナイトは体勢を崩した。
(ここだっ)
そのまま剣をすべらし──僕は、アイアンナイトの左肩口を狙った。
ガッ──ガッシャアアアアン
そんな金属音がした。
僕は、アイアンナイトの左腕を斬り落とした。
「な、何だと!」
アイアンナイトはうめく。アイアンナイトの鎧──体から、左腕が外れた。
アイアンナイトの左腕は落としたが、肩口からは血は出ず、闇色の瘴気が出ている。
鎧の内部はどうなっているのか……。
「人間の少年……お、お前……何者だ?」
アイアンナイトは、右手の巨大な剣を握りしめ、言った。
「こんなことは初めてだ。私の腕を斬り落とすなど! しかもお前は──右足を使えないのだぞ──むうううんっ」
今度は巨大な剣を横に払ってきた!」
僕はそれを見切り、またしても彼の剣を避けた。そして──。
ガッシャアアン
アイアンナイトの右腕も、斬り落としていたのだ。
「う、うごおおっ」
両腕がないアイアンナイトはうめく。
「な、なぜ、俺の両腕を斬り落とせたのだ?」
「お前には力はあるが、剣の軌道が読みやすい。動作が遅いからだ」
「よ、鎧や手甲、肩当てで、身を守っているのだぞ」
「その継ぎ目をよく見れば、防具に身を守られていない部分がある。そこを狙って斬った」
両腕を斬られたアイアンナイトは、両肩口から、瘴気をもうもうと出している。
「んっ?」
僕はアイアンナイトの頭上を見上げ、思わず声を上げた。
あの鉄塊のような巨大な剣が、アイアンナイトの頭上に浮いている。
魔力で宙に持ち上げたか!
「ワハハハッ、少年よ! 我が両腕を斬り落とした程度で、何を誇らしげに? 私は魔力も使えるのだぞ? くらえ!」
ビュオッ
ドッガアアアッ
もの凄いスピードで、巨大な剣が振り下ろされ、地面に叩きつけられた。
僕は間一髪、松葉杖と左足を使った左横飛びで避けたが──腕がある時より、太刀筋が速い!
「もう一撃だ、少年よ!」
巨大な剣はまた、振り上げられた。そして空中で、闇色の雷をまとった。……魔法剣だ!
おや? その時!
『【大天使の治癒】を発動させます。右足が一時的に回復します』
ん? 久々の頭の中の声だ!
おおっ、右足が動く!
「ノワル・エクレール──黒き稲妻!」
アイアンナイトが声を上げたとき──。
ゴウッ
また、巨大な剣が落下してくる!
ここだっ!
神速!
僕は全力で前方に跳躍した。そして、アイアンナイトの首を、愛剣グラディウスで斬り落としていた。
「あ、が」
アイアンナイトはうめき──。
ドズン
巨大な剣は力なく落下し、アイアンナイトの首も兜ごと地面に落ちた。
その途端、アイアンナイトは大量の宝石に変化した。
僕はアイアンナイトを退治したのだ。
「す、すごい! すごいよぉっ!」
アイリーンが駆け寄ってきて、僕に抱きついた。
「ダナン、すごいよ! どうして君は、そんなに強いの?」
「く、悔しいっ……。君の戦いを、ただ見ているしかなかった」
パトリシアは悔しそうに、僕に言った。
「ったく、たいしたヤツだぜ~」
ランダースも、腰の鞘に剣をしまいながらつぶやく。
まあ、何とか魔物全員、倒せたようだな。皆のおかげだ。
「お、お前たち……!」
副町長のルバール氏が、墓場にやってきた。他の住人も一緒だ。
「お、おい……すごいぞ。アイアンナイトを倒しちまった……」
「も、もしかしてもう、上納金を払わなくて良いってことか?」
「ろ、牢獄のような生活から、逃れられるのか?」
住人たちが、口々にさわいでいる。
ルバール氏が冷や汗をふきながら、言った。
「あのアイアンナイトを倒しちまったのか?」
「あ、はい。まずかったですか?」
僕は頭をかいた。ルバール氏は、ブルブル震えている。お、怒り出すか?
「あ、あんたはすごい!」
ガシッ
ルバール氏は僕の両手をつかみ、叫んだ。
「あんたは……いや、あなた様は……。一体、どなた様なのでしょう? 我々は、本当は魔物に上納金を払いたくなかった。しかし、あなたたちが私たちを救ってくださいましたっ。さっきは失礼を言って、申し訳ございませんでした!」
ルバール氏は、僕らに頭を下げた。うーん、頭を下げられるのは、ちょっと苦手だ。
「さあ、マリー様の……魔霊街の町長のお屋敷はこちらです。姉のパメラ様も一緒に住んでらっしゃいますよ。ご案内します」
ルバール氏は、墓地を歩き始めた。アイリーンはあわてて聞いた。
「え? マリー先生って、この魔霊街の町長なんですか?」
「はい。しかしあの方は不思議な術で、屋敷に結界を張り、魔物の侵入を防いでいます。マリー様たちは、他の街でスリや強盗などはしておりません。誤解なさらぬよう……」
「あ、そのスリや強盗のことだけどさ」
パトリシアは静かに言った。
「魔物におどされていたとはいえ、あんたたちは他の街で悪事を働いていたんだろ? スリや強盗とかな。あとで、王立警察に、自首するべきだ。分かったな」
「その通りです……」
ルバール氏は大きくうなずいた。
「それならば、北東にあるルイベール工業地区の王宮警察支部に、出向かなければならないと思います」
「あんたたち、……もう自首をしていいのか?」
「ええ。我々も、本当は悪いことをしていると苦しんできてましたからね……。しかし、街には我々の顔を知り、憎んでいる者がいる。我々は、『黒服』といわれるマフィアからも金を盗りました。我々は、自首する前に、殺されるかもしれない」
「それならば、私とランダースがついて行こう。ボディーガードというわけだ」
パトリシアは、ランダースの肩に手をやって言った。ランダースは、「お、俺?」と声を上げた。
ランダースは嫌そうな顔だ。
「パトリシア、お前な~。怖いから、さっさと魔霊街を出たいだけだろ」
「黙れ」
ドガッ
「いて!」
パトリシアは、ランダースの尻を蹴っ飛ばした。
「そういうわけでだな」
パトリシアは僕とアイリーンに言った。
「私とランダースは、ここの住民たちと王宮警察に行く。お前たちはパメラ探偵とマリー氏の屋敷に向かってくれ」
「なんで他人の自首を手伝わなきゃいけないんだよ、めんどくせーなー」
ランダースはブツブツ言った。
パトリシアや魔霊街の住人たちは、すぐに墓地の北の、さびれた商店街のほうに去っていってしまった。
僕とアイリーンは、地図の通り、パメラさんとマリーさん姉妹が住むという、屋敷に向かうことになった。
僕とアイリーンは、周囲に気を付けながら墓地をまっすぐ歩いた。
歩いていくと墓地の奥に、大屋敷が建っているのが見えた。
まるで城のような大屋敷だ。
しかし、大屋敷の大きな鉄の扉は閉まっている。
「お、おっと」
そのとき、僕は体のバランスを崩して転びそうになった。
右足が動かない! そ、そうか。僕のユニークスキル、【大天使の治癒】が切れたんだ。
「大丈夫?」
アイリーンは僕の異変に気付き、すぐ僕を支えてくれた。そして、彼女は顔を赤らめながら言った。
「いつでも、私が君を支えるから……」
「あ、ありがとう」
ふう、アイアンナイトとの戦闘で、愛用の松葉杖を無くさないで良かった。
僕は松葉杖をついて、体勢を立て直した。
さて、僕らが周囲を見回していると……。
『認識……ダナン・アンテルド。アイリーン・フェリクス……。門が開きます。お入りください』
抑揚のない声がした。
そしてグワン、という重々しい金属音とともに、扉が自動的に開かれた。
「ダナン・アンテルド様、アイリーン・フェリクス様ですね」
大屋敷の中から、若いスーツ姿の男性が出てきてこう言った。
「私はパメラ・エステラン様、マリー・エステラン様、ご姉妹の秘書、セバスチャンです。お二人があなたたちをお待ちですよ」
「パメラさんとマリーさんは、僕らが来ることを知っていたんですか?」
「ええ、ご存知ですよ。パメラ様は名探偵、マリー様は占い師ですからね。──さあ、どうぞ」
セバスチャン氏に、大屋敷の中にある、一階の一室に案内された。
その部屋には薬品、古い本の棚が所せましとある。
中央には机があり、その奥に女性が座っていた。
「久しぶりね」
女性が言った。マリーさんだ!
僕がランゼルフ・ギルドにやってきてから、何ヶ月経っただろう? あれから色々なことがあった。
「マリー先生! なんでこんな屋敷にいるんですか?」
アイリーンがマリーさんに、大声で聞いた。アイリーンはマリーさんお魔法の弟子だったそうだ。
「こんな恐ろしい街に住むなんて!」
「結界を張れば、静かで良い街なのよね。……アイリーンは相変わらず元気がいいわね。ダナン君も……あら、あなた、すごく強くなったわね。雰囲気で分かるわ。──さて……と、ご用件は色々と分かっているけど、一応、話したいことを話してごらんなさい」
「はい!」
僕は口を開いた。
「僕を馬車で事故にあわせた者の、正体を知りたいんです。そして、僕に濡れ衣を着せた、とある写真がウソだということを、証明したいんです」
『では、私が証明してやるぞよ~!』
その時! 部屋の中に、子どもの声が響いた?
『隣の部屋に来い! 私が名探偵のパメラ・エステランじゃ~! マリーよ、私の部屋に連れてこいっ!」
な、何で、部屋中に子どもの声が響き渡っているんだ? どんな仕掛けだ? そもそも、パメラって人は、マリーさんの「姉」だったはずだ。
まるで子どものような、幼い声だけど。それにしては高飛車な話し方だな。
「ウフフッ」
マリーさんはふき出しそうになりながら、言った。
「じゃあ、姉に会いにいきましょう。ついてきて」
◇ ◇ ◇
マリーさんは、僕らを隣の部屋に連れていった。
「う、うわあ~……」
アイリーンは声を上げた。な、何だ? この部屋は。
それはとても大きな部屋だった。周囲は巨大水槽になっており、魚がたくさん泳いでいる。
その部屋の中央に机があり、誰かが座っていた。
「ほうれ! 早くこっちゃこい! 待ちくたびれたわい」
その誰かが声を張り上げた。子どもの声なのに、老婆のようなしゃべり方だ。
その机の上には、巨大な透明な球体──水晶球があり、その水晶球から導線がたくさん出ていた。
その導線は、壁に設置された、本棚のような鉄の装置と繋がっている。
「ダナン・アンテルド! お前の事故の真実を、完全解明してやるわい」
椅子には、三角帽を被った、幼いかわいい女の子がちょこんと座っていた。
「私はパメラ・エステラン。マリーの姉じゃ。ほりゃ、こっちゃこい!」
女の子は僕の腕にがっしと組み付き、自分の机の前に僕を引っ張った。
「ほほう、おぬしがダナンか! かわいい男子が来たのぉ~!」
「ちょっと、パメラ姉さん! ダナンとアイリーンが困惑しているじゃないの」
マリーさんはパメラさんに注意し、僕を見た。
「パメラ姉さんは、前世では百八十八歳まで生きたらしいのよ。だけど、神様にお願いして、記憶を保ちつつ、赤ちゃんに生まれ変わったの。転生ってヤツね」
「は、はあ? 前世? 転生?」
僕は首を傾げたが、マリーさんの説明は続く。
「百八十八歳の知識、記憶を保ちつつ、十歳になったわけ。で、錬金術で錬成した薬を飲んで、十歳の体を保っているわ。正式な年齢としては、三十八歳だけど」
「よ、よけいなことを言うなっ、マリー! 化け物あつかいされるじゃろが~! 転生の話は秘密じゃ~」
パメラさんは顔を真っ赤にして、座りつつ足をバタバタさせながら言った。
マリーさんとパメラさんの言っている意味は、さっぱり分からん。
「そんなことより、ダナンよ! お主の馬車の事故の話だ」
パメラさんは巨大水晶球とつながった、文字板を操作し始めた。
「お前が事故にあった場所と、日時を教えてくれ。検索するからのう」
「えーっと、確か……。マルスタ地区の有名レストランがある交差点で……。レストランの名前は忘れちゃったなあ。……今年の四月……何日に事故があったんだっけ」
僕は本当に忘れていた。しかし、アイリーンが助け舟を出してくれた。
「ダナンが事故にあったのは、マルスタ地区の有名レストラン、『スライバス』がある交差点よ。日時は今年の四月十九日。その日、ダナンは私の勤めていた病院に運び込まれました。だけど、それで何か分かるんですか?」
「この国は極秘で、『魔導監視装置』というものを街中に取り付けておる。その数、1967個!」
ま、魔導監視……装置?
パメラさんは文字板を打ち込み、巨大水晶球の横の装置から、写真を取り出した。写真が印刷できるらしい。
「これを見よ」
「え……? あっ……」
僕は思わず声を上げた。
誰かが馬車にはねられた瞬間が、右斜め上から撮影されている! つまり、事故の瞬間だ。
その誰かとは……! この写真の中で、馬車にはねられているのは……!
僕だ!
「この国は極秘で、『魔導監視装置』というものを街中に取り付けておる。その数、1967個!」
パメラさんは、写真を見せてくれた。
するとそこには、馬車にはねられた瞬間の、僕の写真がはっきり写っていた。
「こ、これは……」
「どの地区でも、交差点には魔導街灯用の鉄柱が立っている。その鉄柱に、ひそかに魔導監視装置が取り付けられているのだ。王立警察主導で、国民には一切極秘でな」
「じゃあ、この写真は、その魔導監視装置の写真?」
「その通り。私の巨大水晶球は、様々な地区の魔導監視装置の記録を、ものの数秒で取り出せるのじゃ~! すごいじゃろ」
「こ、この写真の馬車の御者を、拡大して見ることができますか?」
「できるとも」
パメラさんは、また文字板を操作して、今度は馬車の御者の拡大写真を見せてくれた。
ううっ……! こ、これは! 黒服を着た御者が、くっきりと拡大されて写っている。しかも、しっかりと顔まで分かる鮮明さだ!
「見て! ダナン」
アイリーンが声を上げた。
「この御者、口ヒゲがあるわ。でも……どこかで見たことがあるような気がする」
「僕もだ……」
僕がつぶやくように言うと、マリーさんが提案した。
「その御者《ぎょしゃ》の口ヒゲを無くしてみたら? ツケヒゲで変装しているのかも。写真から、ヒゲだけ消去はできる?」
マリーさんの直感だ。さすが占い師。
パメラさんはニヤリと笑った。
「では、写真を加工して、この御者の口ヒゲをなくしてみよう」
パメラさんは色々操作して、また写真を見せてくれた。
あ……っ! な、なんてことだ!
「この人……。いえ、この男!」
アイリーンが声を上げた。
「バルドン! バルドン・ロードス!」
「バ、バルドンか……」
僕もつぶやくように言った。
このちょっといかつい、大柄な男……。まさに幼なじみのバルドンだ。
頭の中が整理できない。
幼なじみで、魔物討伐隊「ウルスの盾」のパーティーメンバーだったバルドンが、御者だった。
な、何でだ?
「答えは一つじゃない?」
アイリーンは怒りを堪えるように言った。
「バルドンに誰かが命令したのよ。そんなことをする人間といえば、『ウルスの盾』のリーダー、ドルガーしかいない! ドルガーがバルドンに、馬車の御者になり、ダナンを怪我させろと命令したのよ」
「そ、そんなバカな……」
「確か、バルドンはお金に相当困っていたはずよ。飲み屋のツケ、家賃も相当、滞納していたと聞いたわ」
「……分かった。事故のことで今の時点で分かる事実は、バルドンが御者だった、ということだ。──では、僕がランゼルフ・ギルドで道場生に暴力をふるっている写真は、なんなんだ?」
「その写真をお見せ」
パメラさんも乗り気だ。
僕は、ブーリン氏から渡された僕の暴力写真を、パメラさんに手渡した。僕がランゼルフ・ギルドで、道場生を木剣でなぐっている写真だ。
僕自身は、こんな暴力、身に覚えはないけれど……。
「怪しい写真だね」
パメラさんはその写真を装置で読み取らせて、何か操作している。
「できた。この解析写真を見よ。ダナン、お前の顔部分を拡大してある」
パメラさんは僕の暴力写真の、拡大写真を見せてきた。僕の顔部分が、拡大されている。
よく見ると、僕の顔の周囲に黒いスジがあり、首にも黒いスジがある。
「よくできとるのぉ~。これはプロの捏造写真家、ドッツ・ボードマートがよくやる合成手法じゃわい」
パメラさんは説明した。
「元の誰かの暴力写真に、お前さんの顔写真を切り抜いて貼り付け、その写真を再撮影しただけじゃ」
「え? そ、そんな簡単な……」
「ただし、その貼り付けた部分には、独特の線がでる。ボードマートはその線を薬剤で消去するのが得意でな。巧妙な捏造写真を新聞社に売りつけて、大儲けしとるわ。しかし、ワシの分析装置にかかれば、その線の存在はバレてしまう!」
「一つの仮説だけど」
アイリーンは言った。
「元々、ドルガーか誰かが、ランゼルフ・ギルドで暴力写真を撮影した。それは演技でもやらせでも、何でもいい。その顔部分に、ダナンの顔写真を切り抜いて、貼り付けたのね」
「単純だな……でも、分かって一安心だ」
僕は言った。
「甘いっ! 一安心ではない」
しかし、パメラさんは怒鳴った。
「写真というものはな、『焼き増し』『複製』ができるんじゃ。お前さんの、この捏造写真が様々なギルドにバラまかれると、ダナン──! お前さんの信用は、完全に地に落ちてしまうぞ」
「で、でも、僕はこんな暴力はやっていないんですよ」
「やっていなかろうが、関係ない。人はゴシップを好むからな。お前の暴力写真が、人々によって拡散してしまえば、大変なことになる。早急に手を打て!」
「そうね。解決方法としては──」
マリーさんが口を開いた。
「あなたが所属する、マルスタ・ギルドのギルド長、ブーリン氏にランゼルフ・ギルドでの暴力が事実無根であることを話す。写真を見せれば、何とかなりそうね。──それから、馬車の事故の犯人を、きっちりドルガーに問い詰める」
「御者はバルドン。指示役は……多分、ドルガーだと思います」
僕が言うと、アイリーンはうなずいた。
「そうね。すぐに行動しましょう。ドルガーも何か手をうってくるかもしれないわ。意地でも、自分の指示であなたを事故にあわせたなんて、バレたくないはずだもの」
僕とアイリーンはパメラさんから、たくさんの証拠写真をもらい、マルスタへ帰ることにした。
僕はアイリーンと共に、グバルー魔霊街からマルスタ地区に急いで帰った。
翌日、マルスタ・ギルドに行き、ギルド長室をたずねた。
そこにはギルド長のブーリン氏がいた。
◇ ◇ ◇
「こ、これは!」
ブーリン氏は、僕がランゼルフ・ギルドで起こしたとされる暴力事件の写真の拡大写真を見て、目を丸くした。
パメラさんからもらった、解析写真だ。
僕の顔の周囲に、僕の顔を貼り付けたような黒いスジが写っている。
「この写真はインチキ、合成です」
僕がブーリン氏に説明すると、ブーリン氏は深くうなずいた。
「た、確かに! これは合成写真に違いない」
「この拡大解析写真を作った人は、パメラ・エステランという探偵さんです」
「パメラ・エステラン探偵だって? 名前はよく聞くよ。会ったことはないが、有名な探偵じゃないか。その人の作成した、解析写真なのか! 信頼はできそうだな、うーむ……」
ブーリン氏は首を横に振って、本当に驚いているようだった。
「なんてこった。写真にダナン君の顔写真を貼って、その写真を写真機で撮る。こんな簡単なトリックに引っかかるとは! ダナン君が、暴力などふるうわけがない、とは思っていたんだがね」
ブーリン氏は、深く頭を下げた。
「す、すまなかった、ダナン君。君を疑ったりして……」
「いえ、そんな!」
僕はあわてた。もともとブーリン氏は、僕に協力的な人だ。証拠を見せれば、必ず分かってくれるはずだと信じていた。
「良いんです。僕が暴力をふるっていないことが、分かっていただけたなら」
「ほ、本当にすまん。ゆるしてくれるのか。……だが、ちょっと困ったことがある」
ブーリン氏は、眉にしわを寄せた。
「周囲の各地区ギルドの道場生に、『ダナン・アンテルドにかかわるな』という話が広まっているようなんだ。私はこの件に関しては口をつぐんでいたんだ。しかし、誰かがこの合成写真とともに、君の噂を広めているようでね……」
ドルガーか……? そんなことをするヤツは、あいつしかいないではないか。
それにしても、これは困った。この合成写真が出回ると、僕は魔法剣術の世界では生きていけなくなる。
道場生に暴力をふるう魔法剣術師範など、誰も信用しない。
一方、ドルガーが道場で暴力をふるっているのを見た。
ドルガーの父親は大金持ちで、そういう噂は、金でもみけすことができるらしい。
だから、ドルガーはやりたい放題できるのだ。
「とにかく、ギルドを一軒一軒回って、君の誤解を解いていくしかない」
ブーリン氏は言った。
「まずはランゼルフ・ギルドに行こう。私も一緒に、誤解を解きにいくよ。私に、この写真を信じてしまったつぐないをさせてくれ」
ランゼルフ・ギルドにはモニカとパトリシアが所属している。あと、マイラか。
モニカやパトリシア、マイラは僕の味方だろう。
しかし、ギルド長がドルガーだからな。僕を事故にあわせた、馬車の御者であるバルドンも、ドルガーの側近のはずだ。
ランゼルフ・ギルドに行くのは気が引けるが……。
いつかドルガーとは、話をつけなければならないと思っていたんだ。
──行こう!
◇ ◇ ◇
僕とブーリン氏は、馬車でランゼルフ地区に行き、ランゼルフ・ギルドに近づいた。
玄関から入ることは避け、ギルド敷地内にある、広場の入り口から入ってみることにした。
「ダ、ダナン君、見ろ。ドルガーがいるぞ」
ブーリン氏はあわてたように言った。
広場の噴水の前には、ドルガーとジョルジュ、バルドンがいて、何やら話し合っている。
僕とブーリン氏は木陰に隠れて、何を話しているか、聞き耳をたてることにした。
「てめぇら! 何だ、この売り上げは!」
ドルガーは書類を持って、ジョルジュやバルドンに向かって怒鳴っている。
「ギルドの道場生たちが、先月に比べて半分以上辞めていっているじゃねえか!」
「いえ、それは……」
ジョルジュは言いにくそうだ。どうやら、ランゼルフ・ギルドの経営状態について話し合っているらしい。
ドルガーは重ねて声を上げた。
「剣士道場、拳闘士道場、魔法剣士道場、魔法道場……ランゼルフ・ギルド併設の道場は四つあるが、どんどん道場生が減っているぞ! 合計約百名はいたのに、今や五十名だ。併設道場は、ギルドの大事な収入源なんだぞ。何とかしろ!」
ギルドは冒険者の、魔物討伐の依頼斡旋が主な仕事である。また、併設道場での若手冒険者の育成も、大事な仕事だ。彼らが強くなれば、ギルドの宣伝にもなるからだ。
「お、恐れながら、ドルガーさん」
ジョルジュは言った。
「ドルガーさんが各道場の師範に、『もっと厳しくしろ』と命じているからでは」
「ふん、それの何が悪い? 今、俺はここの魔法剣術道場の師範もたまにしているが、厳しくしねえと道場生にナメられる。各道場の師範にも、『ナメた口を利いてきた道場生は、ぶんなぐれ』と伝えてある!」
「き、厳しくするにも、限度があります。木剣でなぐりつけるなど、あまりにもやりすぎでは」
「それがオレのやり方だ。それに、その指導法をやり始めたのは、ダナンだということになっている。俺はそれに従っているだけ──ということにしているんだ」
な、何だって? 僕とブーリン氏は顔を見合わせた。
僕は一度も、そんな指導を推奨したことはないし、やったことはない。
「そもそも、道場稽古ってのは、厳しくしてナンボだろーがよ」
「しかし、このままでは、このギルドが大赤字を出してしまいます」
「うーむ……。今日、社長の親父がこのギルドを視察に来る。売り上げも確認するそうだ。親父はメチャクチャ、金に厳しいからな……。ジョルジュ、お前が親父に説明しろよ」
「そ、そんな! ドルガーさんのお父様は、その……こ、怖くて」
ジョルジュは顔を真っ青にした。バルドンはずっと黙っている。
「そうだ、良い方法がある」
すると、ふとドルガーは思いついたように言った。
「隣町にマルスタ・ギルドがあるだろう。このギルドより小さいし、たいした経営状態じゃないはずだ。ダナンも所属していたな。……確か、ギルド長はブーリン。単なる小商いだろ」
「そ、それで?」
「マルスタ・ギルドを、金で買い取っちまえばいいんだ!」
またドルガーがメチャクチャなことを言い始めた。僕は呆れて仕方なかった。
「親父に相談して金をだしてもらい、マルスタ・ギルドを手に入れる。そうすりゃ、マルスタ・ギルドの道場生の人数は、俺らのランゼルフ・ギルドの人数に合算できる。ギルド間で、道場生の行き来を自由にすりゃいい」
「しかし! そんなことをマルスタ・ギルドのブールンが許可しますかね?」
ジョルジュがそう言ったとき──。
ブーリン氏が木陰から、彼らの前に飛び出していた。
「お前ら──勝手なことを言いやがって!」
「な、なんだ? あっ、あんた……」
ドルガーはブーリン氏を見て、目を丸くした。
しかしこの後、ブーリン氏は大変なことになる!
僕はブーリン氏と一緒にランゼルフ・ギルドに行き、ドルガーたちの話し合いに聞き耳を立てていた。
我慢できなくなったのは、ブーリン氏だ。
「ドルガー! ──勝手なことを言いやがって!」
ブーリン氏が木陰から、ドルガーたちの前に飛び出した。
ドルガーはブーリン氏を見て、目を丸くした。
「な、なんだ? あっ、あんた──ブ、ブーリン?」
「私が大切に経営してきた、マルスタ・ギルドを何だと思っている! お前らなんかに、売るわけがないだろう!」
「ブ、ブーリンさん、あんた、そんなところで隠れて聞いていたのか?」
ドルガーはちょっとたじろいだようだ。
ブーリン氏は、ドルガーよりもギルド長経験が長い。
ギルド長は別名「親方」といって、経験が長いほど、尊敬される傾向にある。
「ダ、ダナンもそこにいたのか?」
ドルガーは木陰にいた僕を見て、ひきつった顔をしながら言った。
僕は仕方なく、松葉杖をつきながらドルガーの前に進み出た。
しかし、ドルガーはブーリン氏を見て、やがてクスクス笑いだした。
「なあ、ブーリンさんよぉ。あんたのマルスタ・ギルド、俺らに売れよ。まあ、小さいギルドだから、300万ルピーでどうだ?」
「バカにするな!」
ブーリン氏は、ドルガーを一喝した。
「だがその話の前に、ドルガー! あんたはダナン君に謝罪しなければならん。王立警察に逮捕されてもおかしくはない!」
ブーリン氏は、僕がパメラさんに解析してもらった五枚の写真を、ドルガーたちに見せつけた。
「あっ……」
バルドンは顔を真っ青にして、声を上げた。
その写真は、僕が馬車に轢かれている瞬間の写真だ。御者が拡大して写っている写真もあるし、加工して御者のヒゲをなくした、バルドンそのものの顔が写っている解析写真もある。
「これは、ドルガー! 君がバルドン君に命令してやったことだろう?」
「な、な、な、何を言っているんだ? なあ? こいつがバルドン? 他人の空似だろ」
ドルガーは冷や汗をかきながら、ジョルジュやバルドンに言った。
「それに、も、も、もしこれがバルドンだとしても、俺に何の関係がある?」
すると! バルドンが口を開いた。
「い、いえ……。これは俺だよ。ドルガーに『ダナン』を馬車で怪我をさせろ、と指示された」
「なっ? て、てめええ~っ! バルドンっ!」
「ド、ドルガー、これは逃げられないよ。お、俺の顔がしっかり写っちまってる」
「バ、バカ野郎が! 黙れっ」
ドガッ
ドルガーはバルドンの頬をなぐりつけた。
「ドルガー、やはり、君の命令だったんだな。今、バルドン君本人の、証言がとれた」
ブーリン氏はため息をつきながら言った。
「うっ、うるせえんだよっ! この小デブオヤジがよおっ!」
ガスウウッ
ドルガーは、今度はブーリン氏の腹を蹴り上げた。
し、しまった! 僕は松葉杖をついているから、ブーリン氏を守る反応が遅れてしまった。
「う、ぐっ……」
ブーリン氏は顔を真っ青にして、その場に倒れ込んだ。
「お、お前っ! ドルガー!」
僕は我慢しきれなくなって、ドルガーの胸ぐらをつかみ上げた。
松葉杖を放り出すような勢いだったので、体のバランスが崩れそうになった。
「どういうつもりだ、ドルガー! ブーリン氏になんてことをする? そもそも、何で、僕を馬車で事故にあわそうとした?」
「は? 気に喰わねえからだよ」
「な、なに?」
「ダナン、お前がムカついてるだけだ。目ざわりなんだよ。消え失せろや」
「お前……!」
すると、ブーリン氏が腹をおさえながら、「ま、待ちたまえ」と顔を上げて言った。
「ブ、ブーリンさん、大丈夫ですか?」
僕があわてて聞くと、ブーリン氏は手で、「大丈夫だ」という合図をした。
「こ、これでは意見がまとまりそうにないな。ダナン君、ドルガー」
ブーリン氏は、よろよろと立ち上がった。
ドルガーは舌打ちをし、近くの木をガシッと蹴っ飛ばしている。まるで反省している様子がない。
「まあ聞け、ドルガー。1ヶ月後、この国全土の地区のギルドが集結する、『全国ギルド大霊祭』がある」
ブーリン氏は、冷静に言った。
「この間の祭りは周辺地区ギルドのみの、小さい祭りだった。しかし、今回はこの国全土、すべてのギルドが集まる祭りだ」
「そ、それで?」
僕があわてて聞くと、ブーリン氏が答えた。
「ダナン君、ドルガー。君たちは魔法剣士と勇者として、全国ギルド大霊祭で、剣術対決をすれば良い。剣術で勝ったほうがこの世界では偉いし、勝者だ。武器は『魔力模擬剣』──文句はあるまい」
魔力模擬剣とは、人対人の対人試合用の、剣型武器である。
形は剣そのもので、刃の部分があるが、人体を斬ることはできない。刃の部分は、魔法で形作られている。
相手を斬っても殺傷はできないが、斬った箇所は痺れてしまう。
その痺 れは1~2日続く。安全と威力を考慮した、対人戦公式の剣型魔法武具なのだ。
「ダナンと俺が対決だと?」
ドルガーはクスクス笑いだした。
「なるほど、面白い。では俺が勝ったら──。ダナン! 俺の手下となって、一生、俺の下で働け!」
な、なんだと? 僕を事故にあわせたことの償いのほうが先だろうが!
しかし、ブーリン氏は僕の肩に手をやった。
「ダナン君、魔法剣士として、この勝負を受けるか、考えてみるべきだ」
う、うーん……。
ドルガーはさっきの証拠写真を見せても、自分の罪を認めないだろう。
だが、僕が剣術勝負でドルガーに勝てば、すべては決着する!
お互い、剣士のプライドを持っているからだ!
「分かりました」
僕はドルガーをにらみつけた。
「ドルガー! この勝負、受けるぞ! いいんだな?」
「いい度胸だ。お前のような弱虫野郎が、勇者の俺に勝てるわけがない。しかも、お前は松葉杖をついている。勝負はすでについているぜ」
ドルガーはニヤニヤ笑って言った。
「俺が勝つのは簡単だ! てめえをギタギタに、斬り裂いてやる!」
急転直下!
僕とドルガーの、1対1の試合が決定した!
ここは中央都市ガーランディア。
ライリンクス王国で、最も大きな都市である。
その大通りに、「全国勇者協会」という大きな建物があった。
その大ホールでは、「全勇者大交流会」が開かれていた。
全国からたくさんの勇者が集まり、交流するのである。
今年は百名以上の勇者が集まった。
彼ら勇者は、最新の魔物の情報や剣術、世界情勢などの情報交換をする。
「やあ、ドルガー君。久しぶりだね」
目の鋭い美男子が、ドルガーの座っているソファの前に腰掛けた。
ドルガーも一応、勇者なので、全勇者大交流会に出席していた。
「調子はどうだい」
「へっ、勇者ランキング2位の、ヨハンネス・ルーベンスか」
ドルガーは眉をひそめ、このヨハンネスという少年勇者を見やり、舌打ちした。
ちなみに勇者とは、将来、「魔王」を倒す可能性を持つ、才能ある魔物討伐者のことを指す。
この世界の救世主なのだ。
世界に百五十三名しかいない。
では、勇者になるにはどうしたら良いのか?
「全国勇者協会」が、才能のある剣士、魔法剣士、拳闘士、戦士に勇者の称号を与える。
そうすると、その者はその日から勇者を名乗ることができるのだ。
……ただし、勇者の称号は、十億ルピーで買うこともできると言われている。
「調子は最悪だ!」
ドルガーは叫んだ。
「今度、ダナンって野郎と試合をやる。だから、そいつをぶっ倒さなくちゃならねえ」
「ふーん?」
このヨハンネスという少年は、十六歳。
将来、「魔王バルジェフ・グダラ・バルモー」を打倒するのではないかと噂される、天才勇者であった。
この少年の結成した魔物討伐隊──「エクースの剣」は、魔物討伐ランク「SS」だ。
「ドルガー君が最悪というのなら、本当に最悪なんだろうね!」
ヨハンネスは手を叩きながら、笑った。
「で、そのダナンって人は、強いのかい?」
ヨハンネスが聞くと、ドルガーは面白くなさそうに、ソファに寄りかかった。
「ダナンはよく分からねえヤツなんだよ。松葉杖をついているんだが」
「松葉杖?」
ヨハンネスはピクリとドルガーを見た。
「どういうこと?」
「ああ? だからよぉ、右足を怪我してて、左腕で松葉杖をついてるんだよ。そいつが、学生魔法剣術大会の優勝者とかを倒しちまったんだから、わけがわからねえ。パトリシア・ワードナスがやられた」
ドルガーの言葉に、ヨハンネスは少し身を起こして、ソファを座り直した。
「今年、学生魔法剣術大会で優勝した、パトリシアかい?」
「ああ。ランダース・ロベルタも倒している」
「ランダース! 魔法剣術世界ランキング四十一位か? 二人とも優秀な魔法剣士だぞ。どういうことなんだ? そのダナンという少年は、どういう剣術、戦術を使う?」
「うるせえ野郎だなあ。さっきも言っただろ。左手で松葉杖をついていて、片手──右手で剣を振るうんだよ。でも、どういうわけか、どんなヤツでも、ダナンに倒されちまう」
「か、片手だけで……学生魔法剣術大会優勝者を倒す……。信じられないよ」
ヨハンネスは深く考えるように、眉間を指でこすった。
ドルガーは再び舌打ちする。
「ダナンの野郎……なんか卑怯な方法でも使ってんじゃねぇのか」
(ドルガー君……。勇者の称号を、親の金で買った、君ほどじゃないだろうけどね)
ヨハンネスはそう言おうとしたが、それは口をつぐんだ。
「しかしね。そのダナン君が片手で勝てるとしたら、まず、考えられるのは『スキル』が原因じゃないか?」
「スキル? 聞いたことはある。神に選ばれた者に備わった才能だろ、簡単にいえば。ダナンにそんなものがあるわけねえ」
「いや、本当は誰でも持っているのさ」
ヨハンネスは言った。
「自分がスキルを持っていることに、気付かない人が多いだけでね」
「……よくわからんな。とにかく俺は来月、ダナンの野郎と試合するんだ。色々策略を練らなければならねえ」
「フフッ……。それならばドルガー君。君は、スキルを人工的に植え付けてもらうという手段があることを、知っているかい?」
「ど、どういうこった?」
「人間にスキルを人工的に植え付けるのは、魔法協会、錬金術師協会で『違法』とされている。しかし魔族が施術するならば、法の外でスキルを植え付けられる。『闇のスキル』というものだがね」
「お、おい、あ、危ねぇだろ、それ……」
「ドルガー君。ダナン君に勝ちたいなら、魔族に会い、『闇のスキル』を植え付けてもらうべきだ。ダナン君に確実に勝てるし、もしかしたら最強の勇者にだってなれるかもしれないよ」
最強の勇者! ドルガーはその言葉を聞き、ソファを座り直した。ヨハンネスの言っていることに興味が出てきたのだ。
しかし、不安がある。
「だが、ま、魔族に会うって……。そんなことができるのか?」
「フフフッ」
ヨハンネスは周囲を見回し、小声で言った。
「僕にまかせてくれれば、魔族に会えるよ。しかも魔王にね」
「えっ、お、お前? ま、ま、魔王と知り合いなのか? じょ、冗談だろ」
ドルガーは目を丸くして、ヨハンネスを見た。
ヨハンネスはクスクス笑った。
「君に勇気があるなら、魔王たちに『闇のスキル』を植え付けてもらうに行こうじゃないか。僕が案内するよ、ドルガー君」
こいつ……正気か?
ドルガーはヨハンネスという少年を見て、冷や汗をかいていた。
ドルガーとヨハンネスが、「全勇者大交流会」で会った三日後──。
ドルガーはジョルジュと一緒に、ライリンクス王国の外れの草原地帯で、ヨハンネスを待った。
ドルガーは、「闇のスキル」を植え付けてもらうため、魔王に会うために魔国ジャルガーダに旅立つのだ。ここから千キロ離れた場所にある、魔物の巣窟だ。
(大変な旅になるぞ)
ドルガーはつぶやいた。
(いや、そもそもヨハンネスの言っていることは本当なのか? 魔王たちに闇のスキルとやらを、俺に植え付けてもらえるだなんて。作り話じゃねえだろうなあ……)
お供のジョルジュは浮かない顔だ。
昨日は勇者ヨハンネスと、旅の予定を話し合った。
半日の旅になるという。……千キロという長距離なのに、馬車で半日の旅だと? 普通に考えれば、半日で行けるわけがないが。しかしヨハンネスは、「間違いではない」と言うのだ。
ドルガーたちは、一応、三日分の食料を持ってきた。
五分待つと、東から馬車がやってきた。二頭の真っ黒なバカでかい馬が、馬車を引っ張っている。
その馬車の客車から、ヨハンネスが顔を出した。
「やあ、約束通り、来たね」
ヨハンネスはニタリと笑って、ドルガーに言った。
「闇のスキルを植え付けられる、覚悟はできているかい?」
「あ、ああ。お、俺はどんな手を使っても、ダナンに勝ち、NO1の勇者になりてぇんだ」
「いい意気込みだ。さあドルガー君、ジョルジュ君、魔国ジャルガーダに出発だ」
「確認ですが、本当に魔国ジャルガーダに行くんですか?」
ジョルジュは声を震わせえて言った。
「魔物が襲い掛かってくる。魔物の巣窟ですよ。殺されます。それに、どうしてヨハンネスさんは我々を、魔国に案内してくれるというのですか? 何か目的がある?」
「ん? 僕の目的? 友人の魔王に会いに行くだけだよ。問題ないだろ」
ヨハンネスはひょうひょうと言った。
魔王と友人? な、なんなんだ、こいつは。本当に勇者なのか?
ドルガーとジョルジュは首を傾げながら、馬車の客車に乗り込んだ。
客車の中には、顔に傷ができた、魔法使いが座っていた。
「あ、あんたは……。いや、し、知っているぞ」
ドルガーは言った。
「大魔導士グロードジャングス!」
「俺のことを、よく知っているな」
グロードジャングスは言った。この男は、有名な大魔導士だ。闇の魔法の研究者として有名で、危険人物とされている。
ヨハンネスは、こんな男とも知り合いなのか?
「俺もヨハンネスも、魔物たちと知り合いだ。俺が結界を張るから、襲われることはない。ヨハンネスも魔物たちに信頼されているから、大丈夫だ」
ドルガーは眉をひそめた。
「ま、魔物たちに信頼されているって? お、お前ら、魔物たちとどういう関係……?」
馬車はもの凄いスピードで走り始めた。普通の馬車ではない。客車を引っ張っているのは、「魔黒馬」という巨大な魔族の馬で、とてつもない力を持つ。
ちなみに御者はいない。勝手に魔黒馬二頭が、馬車を引っ張って走るのだ。
「魔黒馬に任せておけば、半日で着くだろうね」
ヨハンネスは伸びをしながら言った。
◇ ◇ ◇
馬車は進んだ。やがて、人間界の風景とは、周囲の風景の雰囲気が変わってきた。
大地の色は灰色になり、空は昼間だというのに、無気味な血の色になった。
馬車は魔国ジャルガーダに入ったのだ。
ズウウウウウン……。
荒野に、そんな地響きのような音がしてくる。
「ストーンゴーレムだ」
馬車の客車の中から、グロードジャングスは言った。
荒野に、体長5メートルはある石でできた魔物が歩いている。しかも五匹も、群れをなしているのだ。
踏みつぶされたら、命はない。
「ストーンゴーレム! 名前は聞いたことがあったが、初めて見ました」
ジョルジュは興奮しながら言った。
「どんな戦士でも、十秒でひねりつぶすという……」
空には、赤い色をした巨大龍が飛行している。
「ひいいっ……。あ、あれはレッドドラゴンか? 伝説の魔物じゃないか」
ドルガーは悲鳴を上げた。
「やっぱり、だ、大丈夫なのかよ。人間が、こんなところに来て」
「大丈夫だって。その証拠に、魔物は襲い掛かってこないだろう」
ヨハンネスは言った。
「結界を張り、僕たちも魔物と同じ『気』を発しているから、向こうも警戒しない」
どういうことなんだ? この勇者ヨハンネスという少年と、大魔導士グロードジャングスという男は? 魔物の気を発する? そんな魔法、技術は聞いたことがない。
「ハハハ、ここから歩いて帰るかい? 絶対死ぬけど」
「ひいいいい~っ」
ドルガーとジョルジュは、抱き合って泣いた。
◇ ◇ ◇
荒野を進むと、やがて、巨大な城の前に辿り着いた。
まるで巨大な枯れ木のような、無気味な城だ。
「魔王の城だよ」
ヨハンネスが言うと、ドルガーは「マジか」と言った。ジョルジュは真っ青な顔をして、黙っているだけだ。
城の前には、これまた巨大な魔物が一匹立っている。その魔物は、ブラックデーモン! 太い尻尾が生えた、猿が巨大化したような真っ黒い魔物だ。
「う、うわあああっ。ブラックデーモンじゃないか。お、おとぎ話の絵で見たことがあるが、実在するとは」
ジョルジュは言った。
すると、ブラックデーモンは太い声を出して、ドルガーたちの乗った馬車を引き留めた。
「何だ、お前らは。ここは魔王様の城だぞ。俺は門番だ。誰も通させない……殺すぞ」
「僕だよ、ブラックデーモンのグダボロスさん」
ヨハンネスは笑いながら、馬車を降りた。
「おお~っ、ヨハンネスか。グロードジャングスもいるじゃないいか。久しぶりだなあ」
ブラックデーモンは笑いながら言った。
「調子はどうだ? 魔族の世界も景気が悪くってな。株でもやろうかと思っているんだが、どうもダメだぜ」
ドルガーは目を丸くした。勇者ランキング2位の勇者が、魔王の城の門番と、世間話をしている!
い、一体、ヨハンネスという男は、何者なんだ?
「おい……詮索するな。ヨハンネスについていけば問題ない。さあ、城の中に行くぞ」
グロードジャングスは、静かにドルガーに言った。
ドルガーたちは、魔王の城に入った。
案内人は、城にすみつく、闇幽霊ダークゴーストだ。
「話は聞いていますよ。『闇のスキル』が欲しいとか。長旅、ご苦労様でした」
闇幽霊が礼儀正しくドルガーたちにそう言うと……。
城の玄関で、ガシャン、ガシャンという音が響いた。
暗黒騎士が二十体、ホールを見回って歩いている。でかい。一体三メートルもある。
「ひいい……」
ドルガーとジョルジュは、もう恐ろしくて逃げ出したくなった。
しかし、ヨハンネスとグロードジャングスはひょうひょうとした表情で、案内役の闇幽霊についていく。
迷路のような城の内部を歩きまわり、五階にやっとたどり着いた。
「魔王様はこちらにおられます。どうぞ」
闇幽霊ダークゴーストは、鉄の巨大観音扉を指し示した。
ギイイッ……。
自動的に扉が開く。
(お、俺はどうなっちまうんだ? 殺されるのか? それとも……)
ドルガーは、闇のスキルを手に入れることはできるのか、不安だった。
しかし──ついに魔王に会うことになる!
ドルガーとジョルジュ、ヨハンネス、グロードジャングスは魔王の城に入った。
ドルガーの目の前には、魔王がいる。
「お前が、勇者ドルガーか」
巨大な玉座に座った、魔王バルジェフ・グダラ・バルモーは、ドルガーたちをにらみつけた。
魔王バルジェフはバカでかい玉座に座っており、体もまるで見上げるようなでかさだ。
ギシイイッ
ミシイッ
魔王が座り直すと、玉座がきしんだ。
魔王は金色の鎧を着ており、肌の色は青かった。腕、胸、腿の筋肉は、恐ろしく鍛上げられていた。
顔はまさに──鬼神、邪神──。
「勇者ヨハンネス、久しぶりだな」
魔王バルジェフはヨハンネスを見た。
「魔王と友人になった勇者は、我が魔族一万年の歴史の中で、お前が初めてだぞ。改めて、我々は呆れているというか……。それで、今日は何の用だったかな?」
「バルジェフ、僕の友人、ドルガー君の力を、ちょいと引き上げてやってくれないかな」
ヨハンネスは軽い口調で言った。
「ドルガー君は、強くなりたいんだってさ」
「ほほう」
魔王バルジェフは、ジロリとドルガーを見た。
真っ赤な獰猛な目だ。見られただけで、喰い殺されてしまいそうだった。
ドルガーとジョルジュは、恐ろしさのあまり、体がブルブル震えた。
「勇者ドルガーとやら。お前……勇者の称号を金で買ったな?」
「ふ、ひっ」
ドルガーは震えながら叫んだ。み、見抜かれているっ!
「そ、そうでしゅ!」
魔王の圧力に負けて、正直に言った。緊張で、呂律がまわていなかった。
「お前からは、剣の実力がそれほど感じられぬ。まあ、我々魔族の闇の力をもってすれば、お前をたちどころに、凄まじい強さの剣士にしてやれるが」
魔王バルジェフは、再び、ドルガーをにらみつけた。
「お前は、我が魔族と契約するのだな? 魔族と契約を結び、一週間に一度、人間の詳細な情報を我々に伝える。それが契約条件だ」
「はっひ……」
ドルガーは変な声を上げたが、ヨハンネスはドルガーを腕でつついた。
「さっさと『はい』と言いなよ。せっかくバルジェフが、君を強くしてくれると言ってくれているんだからさ。ダナン・アンテルドに勝ちたいんだろ?」
「ダナン・アンテルド?」
魔王がそうつぶやき、ピクリと眉を上げたような気がしたが、ドルガーはそれどころではない。
「は、は、はい! お、おっしゃる通りにいたします!」
ドルガーはブンブン首を縦に振った。魔王バルジェフは、ニヤリと笑った。
「よかろう。では、闇の儀式の部屋に連れていけ!」
魔王の使い魔、体の小さいリトルデーモンが五匹も集まってきた。ドルガーをひょいと担ぎ上げる。
「ひゃああ! 殺される!」
「まったく、うるさい人間だなあ。さっさと連れていけ」
案内役の闇幽霊が、呆れて言った。
「待て。我が友、グロードジャングス」
魔王は、ドルガーたちと一緒に行こうとした、大魔導士グロードジャングスに言った。
彼もヨハンネス同様、魔王や魔族と契約を交わした人間である。
「さっき、ドルガーとやらは誰に勝ちたい、と言ったのだ? 少々気になる」
「ダナン・アンテルドという少年です。魔法剣士だそうで」
「……ダナン……アンテルド……。アンテルドだと? その者の持つ剣の名前は?」
「確か、ダナンの持つ剣は──。『グラディウス』という剣だと、ドルガーから聞いております」
「な、何と、グラディウス? 我が父──魔王ジャブラバン・ドスト・エルマスを斬り裂いた聖剣の名ではないか? おい! ……そのダナンという少年の情報を探れ」
「……はっ、御意」
グルードジャングスは深々とお辞儀をした。
◇ ◇ ◇
魔王の城の地下には、無気味な薄暗い祭壇があった。
その祭壇の手前に、真っ赤な液体が入った、池のようなものがある。
「この洗礼池に入っているのは、古代から伝わる、魔族の血のエキスだ」
闇幽霊は言った。
「このエキスに浸かって、念じるのだ」
「そ、そうなると、どうなる?」
ドルガーが聞くと──。
ボチャン
さっきの使い魔の一人に、足蹴りを喰らい、温泉につき落とされた。そしてその使い魔は声を上げた。
「さっさと洗礼を受けろ! ノロマめ! お前は、このエキスを全身に吸収し、強者となるのだ!」
「ぎゃああああああっ!」
ドルガーは叫んだ。す、すさまじい痛みだ。肌に突き刺さるように痛みが、全身に広がる。
「アハハハ!」
勇者ヨハンネスは笑いながら言った。
「これで君は強くなれるよ!」
「人間には、ちょっと強すぎるエキスだからな」
闇幽霊もケラケラ笑いながら言った。
「ふんぎゃあああああ!」
ドルガーは声を上げ続けた。
あわてて真っ赤な池から出ようとすると、使い魔に再び突き落とされる。
「うひいいい!」
そんなこんなで、三十分、ドルガーは魔族のエキスに浸かっていた。
僕はダナン・アンテルド。右足を大怪我し、いつも左脇に松葉杖を一本抱えている、魔法剣士だ。
二週間後、「全国ギルド大霊祭」があるが、そのメインイベントとして、僕と勇者ドルガーの試合がある。
一方、僕の周囲の人々にも、変化が起きた。
ランゼルフ・ギルドに所属していたパトリシアやモニカ、マチュア、マイラ、そしてポルーナさんがランゼルフ・ギルドを辞めた。そして、僕の所属するマルスタ・ギルドに所属してくれたのだ。
◇ ◇ ◇
今日はマルスタ・ギルドの魔法剣術道場で、試合に向けて、パトリシアと訓練をすることにした。
「ダナン! 今日は二人っきりで、練習できるな!」
パトリシアは広場で目を輝かせて、僕に言った。
「ま、まあね」
「一緒に汗を流し、愛の交流を深めようじゃないか!」
彼女の言っている意味はわからんが、練習パートナーができて助かった。
ちなみにアイリーンは、今日は看護師のアルバイト。ランダースは朝から、飲み屋で酒を飲みまくっているらしい。
◇ ◇ ◇
そんなわけで外の広場で、パトリシアと剣術の訓練をしていると、誰かが広場に入ってきた。
ん? 誰だ?
すると──黒服の男たち五名が、僕とパトリシアを取り囲んだ。
「何だ! お前たちは!」
パトリシアが声を上げる。
「俺だよ」
黒服の男たちの後ろから現れたのは、ドルガーだった。
「ドルガー? な、何しに来たんだ?」
僕は驚いて聞いた。ドルガーはニヤリと笑って答えた。
「ダナン、お前との試合前に、練習試合をしようじゃないか。ランゼルフ・ギルドでは、なかなか手が合う者がいなくなってな」
ドルガー? お前は何を言っているんだ? 僕との本番の試合の前に、僕と練習試合?
頭がおかしくなったのか?
僕は当然、きっぱり断ることにした。
「常識外れのことを言うなよ。試合は、試合当日、試合場でする。お前に、手の内をさらしたくないからな。さっさと帰ってくれ」
「そうか? お前の隣にいる、パトリシアなら、俺との勝負を受けると思うが」
「なに?」
パトリシアはピクリと眉を動かした。
ヤバい。パトリシアはプライドが高い。ドルガーの挑発にのっちゃダメだ!
ドルガーはクスクス笑っている。
ん? ドルガーのヤツ、なんだか前と雰囲気が違うぞ。やつれたような、体に不気味な薄暗い「気」をまとっているような……。
「ドルガー! お前は前に、私にダナンのことを悪く言ったな! そして道場破りまがいのことをさせた」
パトリシアはドルガーをにらみつけた。
「ダナンは良い人だ。ドルガー、お前は私をだまし、恥をかかせた……! お前の望み通り、今ここで、私と勝負をしようじゃないか」
僕は(しまった)と思った。やっぱりこうなったか……。
「いいねえ、その気の強さ……。さすが天才美少女剣士だ」
ドルガーは木剣を、黒服から手渡された。
「タアアアアアアーッ! 先手必勝!」
パトリシアの急襲だ! 自分の木剣で、ドルガーに襲い掛かった。
「ハハハ、やっぱり来たな、パトリシア!」
「新しい俺の力を、見せてやるぜえっ!」
ドルガーは笑った。
何? 新しい力──だと? どういうことだ?
ガッ、ガシッ、ガシッ
パトリシアの上、右横、左斜めからの三連斬りだ。
素早い!
僕との対戦のときよりも、鋭さが増している感じだ。
しかし……。
「なんだ、それは? 軽い、見せかけの剣技だな」
ドルガーはそう言った。
パトリシアの素早い三連撃を、すべて受けきったのだ。
ドルガーに、そんな技術があったとは? ドルガーは防御に関しては、あまり得意ではなかったと思うが……。
その時!
──ドンッ
ドルガーは一歩踏み出し、パトリシアの右肩に、自分の左手を突き出した。
ドガアアアッ
パ、パトリシアがっ……!
五メートルは吹っ飛んだ……?
「う、うぐっ」
パトリシアは背中を地面に打ちつけ、うめいた。そして目を丸くして、ドルガーを見た。
僕も驚いていた。ドルガーは、パトリシアの肩口を突き飛ばしただけだ。
男女の力の差、体重の差はある。
しかし、人間が突き押しただけで、五メートルも吹っ飛ぶものなのか?
「こ、このっ!」
パトリシアは立ち上がった。どうやら、肩の骨は外れていないようだ。
すぐに、ドルガーの胸部めがけて、木剣を突いた!
しかし、ドルガーはそれを避ける。
まただ!
ドルガーの、華麗な体捌き!
僕が「ウルスの盾」にいた時、ドルガーはこんな華麗な技術はもっていなかったと思う。いつの間に、こんな体捌きを身に着けたんだ?
「ここだっ」
パトリシアの目が、ギラリと光ったような気がした。
ヒュッ
パトリシアの得意な、下段斬り!
足狙いの剣技だ。
「ぬうううんっ!」
ガシイッ
しかしドルガーは、パトリシアの下段斬りを防いだ。
それだけではない。
パトリシアの木剣を弾き飛ばした!
そして!
ミシッ
自分の木剣を、パトリシアの左肩に、躊躇なく振り下ろしていた。
「う、ぐっ!」
パトリシアは左肩を押さえ、苦悶の表情で両膝を地面についた。
(まずい!)
僕はあわてて松葉杖を使い、ドルガーとパトリシアの間に入った。
「待て、ドルガー! 練習試合では、寸止めをするのが常識だろう!」
僕は木剣を構えて、ドルガーに向かい声を上げた。
しかしパトリシアは、「ダナン!」と叫んだ。
「私の負けだ! ダナン、君は今は勝負してはならない。君は後日、正式な試合があるだろう!」
うっ……。
ぼ、僕はドルガーに襲い掛かりそうになっていた。
僕は歯噛みしながらも、ドルガーをにらみつけた。
「おいおいおい、口ほどにもねぇな。パトリシア~」
ドルガーはニヤニヤ笑いながら言った。
「ダナン、そんな弱っちいヤツと、練習していたのか? まったくあきれるよ」
僕はまだパトリシアの前に立っている。パトリシアを、ドルガーの攻撃から守るためだ。
ドルガーはまだ、木剣を構えていた。
それにしてもドルガー……。
まさか、ここまで強いとは?
とくに、さっきパトリシアを手で突き飛ばしたが、すさまじい「力」だった。
僕はピンときた。
マリーさんに「スキル」を引き出してもらった、あの時の僕と似ていないか?
「お前……その強さ、その力……。まさか?」
ドルガーはピクリと僕を見た。
僕は聞いた。
「『スキル』……だな?」
「まあ、スキルっちゃスキルだな。当たり、ということにしとくか」
どういうことだ? スキルと似て非なるものを、身に着けたというのか?
とにかく、早くパトリシアを病院に連れていかないと。
多分……彼女は肩の骨が折れている。
「ドルガー、早く帰れ! パトリシアは怪我をしている!」
僕が叫ぶと、ドルガーはクスクスと笑った。
「ダナン、今日、俺がここに来た理由は、お前に俺の今の実力を前もって知らせておこうと思ってな」
「何だと?」
「これは心理戦だぜ? すでに勝負は始まっている」
そして叫んだ。
「ダナン! 試合当日は、てめぇを『魔力模擬剣』で八つ裂きにするから、覚えとけ」
「早く帰れっ」
僕が叫ぶと、ドルガーは「またな」と笑いながら、広場を出ていった。
「うう……」
パトリシアは左肩を押さえて、真っ青な顔で座り込んでいる。肩の骨が折れているはずだ。
「パトリシア、待ってろ!」
僕は急いで、ギルド長室に駆け込んだ。そして、ブーリン氏にパトリシアの怪我を話し、白魔法救急隊を呼ぶように頼んだ。
僕はドルガーに怒りを感じ、拳を握り締めた。