僕はアイリーンと共に、グバルー魔霊街(まれいがい)からマルスタ地区に急いで帰った。

 翌日、マルスタ・ギルドに行き、ギルド長室をたずねた。

 そこにはギルド長のブーリン氏がいた。

 ◇ ◇ ◇

 「こ、これは!」

 ブーリン氏は、僕がランゼルフ・ギルドで起こしたとされる暴力事件の写真の拡大写真を見て、目を丸くした。

 パメラさんからもらった、解析写真だ。

 僕の顔の周囲に、僕の顔を貼り付けたような黒いスジが写っている。

「この写真はインチキ、合成です」

 僕がブーリン氏に説明すると、ブーリン氏は深くうなずいた。

「た、確かに! これは合成写真に違いない」
「この拡大解析写真を作った人は、パメラ・エステランという探偵さんです」
「パメラ・エステラン探偵だって? 名前はよく聞くよ。会ったことはないが、有名な探偵じゃないか。その人の作成した、解析写真なのか! 信頼はできそうだな、うーむ……」

 ブーリン氏は首を横に振って、本当に驚いているようだった。

「なんてこった。写真にダナン君の顔写真を貼って、その写真を写真機で撮る。こんな簡単なトリックに引っかかるとは! ダナン君が、暴力などふるうわけがない、とは思っていたんだがね」

 ブーリン氏は、深く頭を下げた。

「す、すまなかった、ダナン君。君を疑ったりして……」
「いえ、そんな!」

 僕はあわてた。もともとブーリン氏は、僕に協力的な人だ。証拠を見せれば、必ず分かってくれるはずだと信じていた。

「良いんです。僕が暴力をふるっていないことが、分かっていただけたなら」
「ほ、本当にすまん。ゆるしてくれるのか。……だが、ちょっと困ったことがある」

 ブーリン氏は、眉にしわを寄せた。

「周囲の各地区ギルドの道場生に、『ダナン・アンテルドにかかわるな』という話が広まっているようなんだ。私はこの件に関しては口をつぐんでいたんだ。しかし、誰かがこの合成写真とともに、君の噂を広めているようでね……」

 ドルガーか……? そんなことをするヤツは、あいつしかいないではないか。

 それにしても、これは困った。この合成写真が出回ると、僕は魔法剣術の世界では生きていけなくなる。

 道場生に暴力をふるう魔法剣術師範(しはん)など、誰も信用しない。

 一方、ドルガーが道場で暴力をふるっているのを見た。

 ドルガーの父親は大金持ちで、そういう噂は、金でもみけすことができるらしい。

 だから、ドルガーはやりたい放題できるのだ。

「とにかく、ギルドを一軒一軒回って、君の誤解を解いていくしかない」

 ブーリン氏は言った。

「まずはランゼルフ・ギルドに行こう。私も一緒に、誤解を解きにいくよ。私に、この写真を信じてしまったつぐないをさせてくれ」

 ランゼルフ・ギルドにはモニカとパトリシアが所属している。あと、マイラか。

 モニカやパトリシア、マイラは僕の味方だろう。

 しかし、ギルド長がドルガーだからな。僕を事故にあわせた、馬車の御者(ぎょしゃ)であるバルドンも、ドルガーの側近(そっきん)のはずだ。

 ランゼルフ・ギルドに行くのは気が引けるが……。

 いつかドルガーとは、話をつけなければならないと思っていたんだ。

 ──行こう!

 ◇ ◇ ◇

 僕とブーリン氏は、馬車でランゼルフ地区に行き、ランゼルフ・ギルドに近づいた。

 玄関から入ることは()け、ギルド敷地内にある、広場の入り口から入ってみることにした。

「ダ、ダナン君、見ろ。ドルガーがいるぞ」

 ブーリン氏はあわてたように言った。

 広場の噴水の前には、ドルガーとジョルジュ、バルドンがいて、何やら話し合っている。

 僕とブーリン氏は木陰(こかげ)に隠れて、何を話しているか、聞き耳をたてることにした。

「てめぇら! 何だ、この売り上げは!」

 ドルガーは書類を持って、ジョルジュやバルドンに向かって怒鳴っている。

「ギルドの道場生たちが、先月に比べて半分以上()めていっているじゃねえか!」
「いえ、それは……」

 ジョルジュは言いにくそうだ。どうやら、ランゼルフ・ギルドの経営状態について話し合っているらしい。

 ドルガーは重ねて声を上げた。

「剣士道場、拳闘士道場、魔法剣士道場、魔法道場……ランゼルフ・ギルド併設(へいせつ)の道場は四つあるが、どんどん道場生が減っているぞ! 合計約百名はいたのに、今や五十名だ。併設(へいせつ)道場は、ギルドの大事な収入源なんだぞ。何とかしろ!」

 ギルドは冒険者の、魔物討伐の依頼斡旋(あっせん)が主な仕事である。また、併設(へいせつ)道場での若手冒険者の育成も、大事な仕事だ。彼らが強くなれば、ギルドの宣伝にもなるからだ。

「お、恐れながら、ドルガーさん」

 ジョルジュは言った。

「ドルガーさんが各道場の師範(しはん)に、『もっと厳しくしろ』と命じているからでは」
「ふん、それの何が悪い? 今、俺はここの魔法剣術道場の師範(しはん)もたまにしているが、厳しくしねえと道場生にナメられる。各道場の師範(しはん)にも、『ナメた口を利いてきた道場生は、ぶんなぐれ』と伝えてある!」
「き、厳しくするにも、限度があります。木剣(ぼっけん)でなぐりつけるなど、あまりにもやりすぎでは」
「それがオレのやり方だ。それに、その指導法をやり始めたのは、ダナンだということになっている。俺はそれに従っているだけ──ということにしているんだ」

 な、何だって? 僕とブーリン氏は顔を見合わせた。

 僕は一度も、そんな指導を推奨(すいしょう)したことはないし、やったことはない。

「そもそも、道場稽古(けいこ)ってのは、厳しくしてナンボだろーがよ」
「しかし、このままでは、このギルドが大赤字を出してしまいます」
「うーむ……。今日、社長の親父がこのギルドを視察に来る。売り上げも確認するそうだ。親父はメチャクチャ、金に厳しいからな……。ジョルジュ、お前が親父に説明しろよ」
「そ、そんな! ドルガーさんのお父様は、その……こ、怖くて」

 ジョルジュは顔を真っ青にした。バルドンはずっと黙っている。

「そうだ、良い方法がある」

 すると、ふとドルガーは思いついたように言った。

「隣町にマルスタ・ギルドがあるだろう。このギルドより小さいし、たいした経営状態じゃないはずだ。ダナンも所属していたな。……確か、ギルド長はブーリン。単なる小商(こあきな)いだろ」
「そ、それで?」
「マルスタ・ギルドを、金で買い取っちまえばいいんだ!」

 またドルガーがメチャクチャなことを言い始めた。僕は(あき)れて仕方なかった。

「親父に相談して金をだしてもらい、マルスタ・ギルドを手に入れる。そうすりゃ、マルスタ・ギルドの道場生の人数は、俺らのランゼルフ・ギルドの人数に合算(がっさん)できる。ギルド間で、道場生の()()を自由にすりゃいい」
「しかし! そんなことをマルスタ・ギルドのブールンが許可しますかね?」

 ジョルジュがそう言ったとき──。

 ブーリン氏が木陰(こかげ)から、彼らの前に飛び出していた。

「お前ら──勝手なことを言いやがって!」
「な、なんだ? あっ、あんた……」

 ドルガーはブーリン氏を見て、目を丸くした。

 しかしこの後、ブーリン氏は大変なことになる!