今日も雨が降っている。

 僕はダナン、十六歳。ダナン・アンデルドだ。

 昨日、魔物討伐(とうばつ)隊、「ウルスの盾」から追放された、見習い魔法剣士だ……。

 右足に、魔力の攻撃を受け大怪我し、魔力が侵食(しんしょく)し、マヒしてしまった。左脇に、一本の木製の松葉杖を抱えて歩いている。

 松葉杖を片腕で一本、持つときは、痛めた足の逆の腕で支えるのが正しいやり方だ。僕の場合は、右足を怪我しているので、左脇で抱えて支える。

(松葉杖をついている僕がお金を(かせ)ぐには、十歳くらいの子どもに魔法剣術でも教えるしかないか)

 僕はため息をつきつつ、小都市ランゼルフのランゼルフ・ギルドに行ってみた。

 ギルドとは、魔物討伐(とうばつ)の依頼、職業の紹介──斡旋(あっせん)をしてくれる場所だ。

 ◇ ◇ ◇

「あら、かわいい男の子だこと。何かご用?」

 ギルドに行くと、美しい女性が応接室に案内してくれた。年齢は三十代前半くらいか。

 彼女の名前は、マリー・エステラン。このギルドのギルド長らしい。

 まるで、占い師のようなフード付きローブを羽織っている。

「僕は右足が不自由で、仲間から追放されました。お金がないので、仕事探そうかと思いまして。でも僕は魔法剣術がクソ弱」
「あなた!」
 
 いや、まだ僕の話終わってないよ?

 マリーさんは、僕を鋭い目で見て言った。

「……とんでもない魔法剣術の能力を秘めているわね。す、すごい潜在(せんざい)能力よ。こんな人、初めて」

 マリーさんは驚いたような表情で、僕を見ている。
 
 アイリーンと同じようなことを言ってるぞ?

 でも、僕は即座に否定した。

「あのー、僕は単なる激弱(げきよわ)見習い魔法剣士ですけど」

 僕が言うと、マリーさんは首を横に振った。

「今の状態ではそうかもね。だけど私は、『門を開く』ことができるの」
「も、門って何ですか?」
「人間は普段、秘めている力、能力がある。それが体内の『七つの門』によって閉じられているの。能力をもっている人は、『門が開いて』いるのよ。普通の人にはやらないけど、あなたはお役目があるから、すぐに『門を開け』ないと」

 高いツボを買わされるパターンかな?

「動かないで」

 マリーさんは指を動かして、何か空中に図形を描き出し、奇妙な文言を言った。

「『主よ命令せよ』『光よ照らせ』」

 すると……。

(【スキル・獅子王(ししおう)剛力(ごうりき)】を解凍中……【スキル・鳳凰(ほうおう)の神速】を解凍中……【スキル・獅子王(ししおう)剛力(ごうりき)】を解凍し終わりました。【スキル・鳳凰(ほうおう)の神速】を解凍中……。【スキル・英雄王の戦術眼】を解凍中……。【スキル・大魔法剣士の秘剣術(ひけんじゅつ)】を解凍中……)

 ん? 僕の頭の中に、何か声が(ひび)いてるぞ?

「さて……仕事を探しているって言ってたけど」

 マリーさんは何食わぬ顔で、書類を見始めた。

「あ、あのー、一連の謎の儀式は一体なん」
「ちょうど、このランゼルフ・ギルドの魔法剣術道場のBクラス師範(しはん)が指導をあきらめて、やめてしまってね」

 いや、聞いて?

「あなたを師範代(しはんだい)として、任命します!」

 マリーさんは、鋭い目で僕を見た。すんげえ(あつ)

 い、いや、とにかく仕事にありついたんだ。チャンス!

 Bクラスとは、十歳から十五歳の、まだ魔物討伐(とうばつ)家になっていない少年少女魔法剣士のことだ。

 ん? 師範(しはん)が指導をあきらめた? どういうことだ?

「フフッ」

 マリーさんは美しく笑った。

「あなたの能力……『彼ら』に見せてやって」
「は?」

 ◇ ◇ ◇

 僕はマリーさんとともに、ギルド横に併設(へいせつ)されている、魔法剣術道場に行った。

 ……何だ、これは。

「ギャハハハ!」
「あいつら、おかしいったらねーんだよ」
「だから、俺は言ってやったんだよ!『さっさとナンパしとけ』ってよ」
 
 道場生と思われる少年たちが、道場の床に寝転んで、くっちゃべっている。

 年齢は多分、十四歳か十五歳くらいか? 僕より少し下くらい? だが……。

 ぼ、僕の苦手な不良君たちじゃないかああっ! 怖ぇえええ!

 そ、それにしても……。

 普通、魔法剣術道場で、寝転んでしゃべっていたら、師範(しはん)木剣(ぼっけん)でバキバキになぐられるはずだ。

 士官学校中等部時代、それだけ道場は神聖なものだと習った。

「皆! 新しい先生が来ましたよ!」

 マリーさんが声を上げた。

 先生って……やっぱり、それ……ボクノコト?

 不良たちは、僕のほうを一斉に見る。

「金髪の子がデリック・ワット。太った男子がマーカス・ロイ。背の高い子はジョニー・ライパルト。全員十五歳よ」

 マリーさんは、僕に言った。

「新しい先生……師範代(しはんだい)ってわけか? いらねーな」

 金髪の、イキッた少年が立ち上がった。

 ひいいっ! やっぱ怖い! カツアゲ必至じゃん?
 
 僕はその場を逃げ出したかった。

「デリック、よく聞いて。ダナンは一歳年上。あなたたちに魔法剣術を教えてくれるのよ」

 マリーさんはそう言ったが……。

「何だ、こいつ。松葉杖ついてんじゃん。しかも、俺らと1歳しか歳が違わないって? 俺らの先生として、使い物になんのぉ?」
「ギャハハハ! こいつ、いじめちゃおうぜー!」

 太ったマーカスも、背の高いジョニーも、ナメきったことを言って僕を笑っている。

「じゃあさ、俺の剣を受けてみてくれよ」

 デリックが、道場に常備されている木剣(ぼっけん)を取り出しながら言った。

木剣(ぼっけん)だから、属性(ぞくせい)魔法剣は使えねえけどよ」

 属性(ぞくせい)魔法剣とは、剣に火や氷の魔法をかけて、魔法攻撃をする技だ。木剣(ぼっけん)だと、魔法の通りが悪いから、属性(ぞくせい)魔法剣は使えない。

「剣術でボコボコにすんぜ? この新しいセンセイ様をよぉ」

 なるほど、前任の師範(しはん)がやめた理由は、こいつらのこの態度か。こりゃあ、やめたくなるわな。

「ちなみに俺、子どもの頃から十年、魔法剣術やってからさー」

 あ、そうなんだ。ボク士官学校と魔物討伐(とうばつ)で四年間しかやってないんで、こりゃ負けるわ。どうやって、ここから逃げようかなー。

(【スキル・鳳凰(ほうおう)の神速】を解凍し終わりました。【スキル・英雄王の戦術眼】を解凍中……。【スキル・大魔法剣士の秘剣術(ひけんじゅつ)】を解凍中……)
 
 あーもう! また頭の中の声か! 

 し、しかし僕にはお金がない。とにかくここで働かないと、生活できないじゃないか。

 僕は怖々(こわごわ)、マリーさんから木剣(ぼっけん)を受け取る。

 右手に木剣(ぼっけん)、左脇に松葉杖の状態だ。

「では、練習試合開始!」

 マリーさんが勝手に掛け声をかけた! ひいっ!

 すると!

「でりゃああああっ! 死ねやああ!」

 デリックがいきなり、木剣(ぼっけん)を振りかざしてきた。

 しかし──。

 ガキイッ

 ガキッ
 
 ガスッ

「はあ、はあっ……な、なんだ?」

 デリックは目を丸くして、つぶやいた。

 デリックの右斜め、左斜め、真上からの上段斬りを、僕は自分の木剣(ぼっけん)で、すべて受けることができた。

「ぜ、全部、受けられた? 俺の剣が?」

 デリックは舌打ちし──。

「ど、どうせまぐれだ、この野郎っ!」

 デリックは驚きを隠せぬまま、強引に、左斜めに斬り下げてきた。

(ここだっ!)

 ガキイイッ

 僕は、素早く自分の木剣(ぼっけん)で、デリックの木剣(ぼっけん)を弾き飛ばしていた。

「え? お、俺の木剣(ぼっけん)が……」

 デリックは目を丸くする。

 て、手が勝手に動いた? い、いや違う。僕は彼の太刀筋(たちすじ)を、完璧に見切っていたんだ!

 そして僕は動揺(どうよう)しているデリックの首筋に、木剣(ぼっけん)を突き付けた──。

 勝負あった。僕の勝ちだ!

「な、なんだこいつ……。つ、強ぇ……」

 デリックはおびえた表情で、僕を見ていた。

 だがその時──マーカスとジョニーが、木剣(ぼっけん)を手にしていた……。

 まだ終わっていない!