ここは勇者ドルガー・マックスの実家の大屋敷。

 ドルガーは、バーデン・マックスという商人の息子である。

 バーデン・マックスはランゼルフ・ギルドを創設し、本業は食料品を売る商人だ。

 貴族ではないが、金は持っており、大屋敷を建てた。

 一方、息子のドルガーは、父のバーデンの金で勇者の称号を買った、という噂が絶えない。

 ──そのマックス家の応接室では──。

「ぎゃははは! ダナンの野郎、馬車にぶつかって、三メートルも吹っ飛んだんだよな?」

 ソファに座っているドルガーは、パシパシ手を叩いて笑った。

 応接室には、「ウルスの盾」のメンバー……リーダーの勇者ドルガー、武闘家のバルドン、魔法使いのジョルジュが座っていた。

 その周囲には、黒服の男たちが立っていた。

「あれから日が経ったが、バルドン、お前の報酬の三百万ルピーだ。確かめてくれ」

 ドルガーは、バルドンに分厚い札束を手渡した。

「おお……すげぇ。これで飲み屋の借金と、住んでいるアパートの家賃が全部払えるぜ。……助かったよ、ドルガー」

 バルドンは分厚い札束を、手に持ってながめた。

「しかし……。ドルガー、お前から『ダナンを馬車ではね飛ばせ』と聞いたときは、びっくりしたぜ」

 実は、ダナンを馬車ではね飛ばした時の御者(ぎょしゃ)は、武闘家のバルドンだった。

 ドルガーはバルドンに命令し、『ダナンを馬車ではね飛ばせば、三百万ルピーの報酬(ほうしゅう)をやる』という約束をした。

 バルドンはその金に目がくらみ、ダナンを事故にあわせたのだ。

「お、俺だってバレねえかな?」

 バルドンは心配そうな顔で言ったが、ドルガーは首を横に振った。

「絶対バレねえよ」

 ドルガーはニヤついている。

「思い出せ、バルドン。準備にぬかりはなかったはずだ」

 ドルガーは話を続ける。

「お前が御者(ぎょしゃ)として馬車に乗る前に、お前を黒服に変装させた。黒服はマフィアにたくさんいる。ま、俺の部下にもいるがな。黒服というのは、この世界では『裏の人間』を意味する。人数が多すぎて、誰が御者(ぎょしゃ)だったのか、特定するのは不可能だろう」
「そ、そうか」
「それに、あの時のあなたには、つけヒゲをつけてもらいました」

 ジョルジュが横から言った。

「サングラスで顔を隠す、という手も考えましたが、これは見た目にも怪しすぎる。目立ってしまう。だから口ヒゲをつけるのが、単純で一番良い」
「そ、それで大丈夫なのか?」
「あの辺りは繁華街ですが、昼は人通りが少ないですからね。目撃者はほとんどいないはずです」
「ま、まあ、ドルガーとジョルジュがそう言うなら、大丈夫か。で、でも、ダナンを馬車でふっ飛ばすのは、やりすぎじゃなかったか?」

 バルドンは札束を自分のカバンに入れながら、ドルガーたちに聞いた。

「計画を実行する前にも言ったろ。あの野郎……ダナンは生意気だ。痛い目に合わせてやりたかったのさ」

 ドルガーはクスクス笑いながら言った。

「結局、あいつは死にゃしなかったが、入院した。それを口実に、ランゼルフ・ギルドから追放させることができた。あの野郎、弱虫のくせに頑固(がんこ)だからな。色々難癖(なんくせ)つけねえと、出て行かねえだろう。まあ、せいせいしたぜ」
「まったくですな……ドルガーさんに逆らって……」

 ジョルジュはうなずいた。

「ダナンは、今はマルスタ・ギルドに所属しているのです。しかし、そこも追い出させる手はずはできています」
「どういうことだ? 確か、マルスタ・ギルドのブーリンは、ダナンを気に入っているんじゃなかったか?」

 バルドンはドルガーたちに聞いた。

 ドルガーは笑って言った。

「マルスタ・ギルドに合成写真を送りつけた。プロの捏造(ねつぞう)写真家のドッツ・ボードマートに依頼して、ウソの写真を作り上げたんだ。ダナンが、道場生を木剣(ぼっけん)でなぐっている写真だ」
「ど、どうやってそんな写真を作るんだ?」
「そいつは秘密だ。だが、ボードマートの合成写真はすげえぞ。本物にしか見えない。まあ、素人じゃ見抜けねえだろうな」
「で……ダナンはどうなるんだ?」
「さあ?」

 ドルガーはひょいと肩をすくめた。

「マルスタ・ギルドを追い出されて、仕事がなくなる。金もかせげなくなって、野垂(のた)れ死ぬんじゃねえの? 知らんけど。ワハハハ!」

 勇者ドルガーは、腹を抱えて笑った。

 だが、ダナンをはね飛ばしたバルドンは、嫌な予感がして仕方なかった。

(俺たち……やり過ぎてねえか?)