僕は旧師範(しはん)のランダースとの勝負に勝ち、マルスタ・ギルドの魔法剣術師範(しはん)の立場を手に入れた。

 気を取り直し、勝負の翌日、ようやく指導に入ることができた。

「えーっと……いろいろあったけど、基本からいきましょう」

 僕は道場生に言った。

 一つ気になるのは、ランダースが道場の後ろで、僕の指導を見学していることだ。

 ……やりにくいんですが!
 
 道場生たちは10歳から15歳の男女。皆、基本的にマジメだけど、態度の悪い男子道場生が何人かいる。

 これはランゼルフ・ギルドでもそうだった。

 だけど──。

「君のこの部分は良いね。ここは直したほうが良いよ」

 そうしっかり伝えると、態度の悪い男子道場生たちも納得してくれた。
 
 結局、皆、魔法剣術を学びたくて道場に来ているわけだ。強くなりたいのだ。

 時間と体力をムダにしたくないはずだ。

 態度が悪い子も、しっかり教えれば、次第に心を開いてくれた。

 ◇ ◇ ◇

「ダナン先生、教えてください!」

 休憩(きゅうけい)時間も、女の子たちが僕を取り囲んで、教わりに来た。ランダースは道場の後ろで、いびきをかいて寝ている。

「ずいぶん、やる気があるんだね」

 僕が言うと、女の子たち三人……エスカ・ピラー、ルル・ストースアン、ジェニー・アイザックは小声でこう言った。

「……後ろにいる前任の先生って、道場でお酒を飲んでいて、やる気がなくて困ってました」
「お手本を見せてくれないんですよ」
「なんかだらしなくってヤダ」

 まあ、言いたいことは分かる。

「その点、ダナン先生は優しそうだし」
丁寧(ていねい)だし……強いし」
「顔は結構、かわいいし……」

 女の子たちは、顔を赤らめながらそう言っている。

 かわいい、というのは恥ずかしかったが、どうやら嫌われてはいないらしい。僕はホッとした。

「おいっ、俺の噂話かぁ?」
 
 僕の後ろで声がした。振り向くとランダースが立っていた。い、いつの間に!

「きゃああああ~!」

 女の子たちは逃げていってしまった。

「ちぇっ、俺は化け物かよ~」

 ランダースはため息をついた。

「俺はお前に負けたわけじゃないからな~。剣を叩き折られただけだ。だが……」

 ランダースは腹をボリボリかきつつ、言った。

「お前の力は認めるぜ。何か協力できることがあるなら、言ってくれ。魔物討伐(とうばつ)とかさ」

 負けん気は強い人だが、結構、良い人かもしれない。

 ◇ ◇ ◇

 だが、二週間も経つと、道場生の間で、変な噂が立ち始めた。

 今日の指導後、トイレのほうから道場生の噂話が聞こえてきた。

「あのダナンって先生、前の道場で道場生をなぐってたんだってさ」
「ええっ? 信じられないよ」
「噂が出てるんだ」
「道場生を怒鳴りつけて、蹴ることもあるって」
「ええ~、ひでえ」

 な、何のことだ?

 すると、ブーリン氏が僕のほうに歩いてきた。

「ダナン君……見損(みそこ)なったよ!」
「え? どういうことですか?」
「君は前の道場で、道場生たちに、ひどい暴力をしていたそうじゃないか!」
「そ、そんなわけないじゃないですか」
「……私もウソだと思いたい。だが、これを見てくれ」

 それは、僕は道場生を木剣(ぼっけん)で、男子道場生をなぐっている写真だった。な、なんだこれ?

 場所は……確かにランゼルフ・ギルドの道場だ。男子道場生の顔は、……知らない道場生だな。

 デリックたちやパトリシア、ランダースに勝負を(いど)まれ、仕方なく戦ったことはある。でも、写真に写っているのは、その勝負の場面でもないみたいだ。

 僕が道場生の体を、一方的になぐっているように見える。

 こんなこと、したことないぞ?

「これは何かの間違いです」
「……写真に写ってしまっている。君はしばらく謹慎(きんしん)だ。休みたまえ」
「ちょ、ちょっと待ってください。僕はこんなことはしていません!」
「暴力をふるっていない、という証明ができなければならん。それまで謹慎(きんしん)だ」

 クビにはならなかったが……。な、なんなんだ、この写真は? 

 ◇ ◇ ◇

 その日、僕がマルスタ・ギルドの師範(しはん)になった噂を聞きつけた、アイリーンがギルドに来てくれた。

 僕らはアモール川の土手にある、遊歩道のベンチに座って話した。

 アイリーンは、まだ看護師のアルバイトを続けているらしい。

治癒(ちゆ)魔法も学べるから、良い勉強になるよ」

 アイリーンはそう言った。

 僕はアイリーンに、道場での嫌な噂話を話すか迷った。

 アイリーンの今の生活は充実している。余計な心配をかけてしまうかもしれない。

 だが、結局話すことにした。

 アイリーンは目を丸くして言った。

「ダナンが暴力? ランゼルフ・ギルドで?」
「そうなんだ。写真まであるんだ。身に覚えがないのにさ。指導は謹慎(きんしん)状態になっちゃったんだ」
「私がパトリシアやモニカから聞いた話だと──。ランゼルフ・ギルドで道場生に暴力をふるったのは、ドルガーでしょ。あなたじゃない」
「そうなんだよなあ……。間違って伝わっているのかな。だけどさ、なぜか写真まであるんだ」
「その写真、私に見せてよ」

 僕はため息をつきながら、アイリーンに例の写真を見せた。

 僕が道場生に、木剣(ぼっけん)でなぐっている写真だ。(くや)しいことに、自然なカラー写真だ。

「本当に、身に覚えがないのね?」
「確かにデリックたちやパトリシア、ランダースとは、道場で試合をしたよ? だけど、あれはあっちが(いど)んできたんだからさ」
「この写真は、試合の風景には見えない。……これ、あなたが一方的になぐっているように見える。上手く撮れてるわね」
「へ、変なこと言うなよ」
「この写真、分析してみなければダメね。こういったものに詳しい、私の知り合いの探偵がいるんだけど……会いに行く?」
「君の知り合いに探偵? 初耳だな、そりゃ」
「パメラ・エステランという人よ。でも、現在、居場所が分からなくって……」
「パメラ・エステラ……ン? どこかで聞いたような名前だな」
「私の魔法全般の先生、マリー・エステラン先生の、お姉さんよ」

 ええっ? アイリーンの先生がマリーさん? そのお姉さんが探偵?

 マリー・エステランといったら、ランゼルフ・ギルドの元ギルド長じゃないか? しかも、僕のスキルをひきだしてくれた、恩人だ!

 アイリーンは言った。

「パメラ・エステランという人は、妹のマリーさんといつも一緒に住んでいるはずよ」
「そ、そうなのか?」

 僕はあわてて、マリーさんの居場所が書かれた地図を取り出した。ポルーナさんが書いてくれた、地図だ。

「多分、マリーさんとパメラさんは、ここにいるんじゃないか?」
「……え? グバルー魔霊街(まれいがい)? た、大変な場所よ!」

 聞いたとこがある。ランゼルフ地区にある、スラム街だ。

 悪人がうろうろしているし、魔物も()みついているという噂もある。

 とにかく、大変危険な場所だ。

「ここに行くんだったら、パーティーを組んだほうが良いわ! そうね、私も行くから、あと二人くらい?」

 アイリーンは提案した。

(パーティー……!)

 僕は久しぶりに、この言葉を聞いた、と思った。魔物討伐(とうばつ)パーティーを追放されて以来だ。

 グバルー魔霊街(まれいがい)に、あと二人、誰を連れていこうか?