僕はランゼルフ・ギルドを追放され、マルスタ・ギルドに所属した。

 翌日、すぐに魔法剣術道場で指導を始めることにした。

 今日は、少年少女部。10歳から15歳の男女20名の指導だ。

「基本から始めよう」

 僕は言った。

「姿勢、すり足、魔法のイメージの仕方から学んでいこう」

 女の子の道場生たちが、僕を見てクスクス笑っている。

「ね、あのダナンって先生、優しそうだよね」
「松葉杖をついているんだね」
「顔、かわいくない?」
「そうそう! ほら、歌劇のジョージ・ペリア君に似てない?」
「似てる~!」

 何か噂されているな……。

 ちなみにジョージ・ペリアとは、歌劇の男性俳優だ。若い女の子に人気がある。実は最近、行きつけの美容室で、ジョージ・ペリアと同じ髪型にしてもらった。

 だから似ていると言われたのだろう。人前に立つ仕事だから、ちょっとは見た目に気をつかわないと……。

「じゃあ、始めよう」

 僕が赤面しながら道場生にそう言ったとき、バン! という音が響いた。

 道場の扉が、勢いよく開く音だ。

「おいおいおい~。何、知らないヤツが指導しちゃってんの~?」

 何だ? 金髪のヘラヘラした男が入ってきたぞ。

 その男は、僕をにらみつけてこう言った。

「お前、なんなん? 俺がこの道場の師範(しはん)なんだけど」

 ん? あっ、まさか、この人か? マルスタ・ギルドの前任の師範(しはん)っていうのは。

 年齢は……18歳から19歳くらい? 背が高い……。

「俺の仕事奪わないでくれる~? お前、ダナンっていうらしいじゃん?」
「そうだけど、あなたは……」
「俺の名はランダース・ロベルタ。ちなみに年齢は18歳だ。俺、昨日、酒をしこたま飲んでたんだわ。酔っぱらったまま、ブーリンさんに、ここを()めるって言っちゃったみたいでさ~」

 道場生たちは、ランダースのことを白い目で見ている。

 ランダースは構わず、ポリポリ頭をかいて言った。

「やっぱ悪ぃけど、俺、()めるつもりねえんだわ」

 この態度と喋り方。武人とは思えないな。

 ブーリンさんは、この男のことを愚痴(ぐち)っていたっけ。だけどこんな人間なら、ブーリンさんが()めさせようとした気持ちは理解できる。

 僕はきっぱり言った。

「僕が師範(しはん)に任命されているんだから、僕がやります」
「お~? 何だお前、俺にケンカ売ってんのね?」
「そうじゃない。ブーリンさんに頼まれたことをやっているだけだよ」
「しょうがねえなあ~」

 ランダースは酔っぱらっているようだ。

「じゃあ、どっちが強いか勝負しようじゃねえの」
「なにぃ?」
「あ、俺は魔法剣術世界ランキング41位だから、ナメないほうがいいよ~」

 世界ランキング41位!

 これは学生魔法剣術大会入賞とか、そんなレベルではない。

 大人……つまり一般部も含めてのランキングだから、……世界で41番目に強いということになる。

 強敵だ! ちなみにパトリシアは全世界ランキング77位らしいが。

「では、どっちが強いか試してみよう」

 僕は勝負を受けることにした。

「う、む?」

 ランダースは意外そうな顔で、僕を見た。

「ふ、ふん? 松葉杖ついて、どこまでやれんの? じゃ。外でやろうか~」

 ランダースと僕は、道場の備品の木剣(ぼっけん)を手に取り、縁側(えんがわ)から外の運動場へ出た。

 道場生たちはざわざわと騒いでいたが、やがて「面白そうじゃん」とか、「どっちが強いか分かるし、良いんじゃない」と言い出し、外に出てきた。


「さあてと……試合はいつ始めっかな~」

 ランダースはそう言いつつ──。

 ズバアアッ

 木剣(ぼっけん)を横になぎ払ってきた。しかし僕は上体を数ミリ動かし、それを()けた。

 ──戦闘開始だ!

「よっこらせ~っと!」

 ランダースは下から斜めに、斬り上げる!

 ガキイッ

 僕はそれを、木剣(ぼっけん)で受けた。

 ガリイイッ

 僕はランダースの木剣(ぼっけん)に、自分の木剣(ぼっけん)をすべらし──。

 ランダースの木剣(ぼっけん)を打ち払いながら、彼の胴を斬り払った。

「ひょおおっ!」

 ランダースは腹部をうまくひっこめ、僕の太刀筋(たちすじ)()けた。

「……なるほど、バインドね」

 バインドは、剣術の高等技術のことだ。

「こいつは、ヤベぇヤツが相手になっちまったみてぇだな~」
 
 ランダースはニヤニヤしながら言った。

「だが、こいつは()けられるか?」
 
 ズドドドドッ

 ランダースは木剣(ぼっけん)を連発で、高速で突いてきた。

 ガガガガガッ

 僕は木剣(ぼっけん)の表面で、それを受ける。

 そしてスキを見てランダースの木剣(ぼっけん)を打ち払い──。

 ヒュオッ

 僕は木剣(ぼっけん)で、真上から斬り下げた。ランダースの顔の前──数ミリ前を、僕の木剣(ぼっけん)太刀筋(たちすじ)が通過した。

「は、はひ!」

 ランダースは驚いたのか、いったん尻もちをつき、すぐに立ち上がった。

 これは彼が、僕の太刀筋(たちすじ)()けたのではない。

 ランダースが危機を察して、本能的に後ろに後退したのだ。──つまりあわてて逃げた。

 だから、ランダースの心理状態は、(あせ)りで一杯のはずだ。

「ふ、ふふふっ。や、やるじゃん。お前、何モンだ? すげえ……」

 ランダースは冷や汗をかきながら言った。

「だが、お前の弱点は──ほとんど移動できないってことだ!」

 ランダースは僕の横に回り込み、ものすごい至近距離──。

 木剣(ぼっけん)(つか)ごと、僕の上から振り下ろしてきた。

 木剣(ぼっけん)(つか)で、僕の頭を叩き割るつもりか!

 ビュオッ

 僕は上体をそらし、それを()けた。そして!

(秘剣──刃砕《やいばくだ》き!)

 バキイッ

 僕はランダースの木剣(ぼっけん)を、自分の木剣(ぼっけん)で横に払った。
 
 すると、ランダースの木剣(ぼっけん)は二つに折れ曲がってしまった。

「うおおおおっ……」
「すげえ!」
「どうなってんだ? ダナン先生の太刀筋(たちすじ)が、速すぎて見えなかった」

 道場生は声を上げた。
 
 僕の木剣(ぼっけん)はそのままだ。

「な、なんだと……」

 ランダースは目を丸くして、自分の二つに折れた木剣(ぼっけん)を見た。

「お、俺の木剣(ぼっけん)が折れただと? な、何をした!」
「あんたの木剣(ぼっけん)の中央──つまり最も折れやすい部分を狙い、僕の木剣(ぼっけん)の刃先で叩き折ったんだ」
「バ、バカな……。そ、そんなことで折れるもんなのか?」
「それに加えて、僕は剣を超高速で振ったから、へし折れる。これが刃砕(やいばくだ)きだ!」

 僕は自分の木剣(ぼっけん)を、構えながら言った。試合は終わっていない。

 ランダースはギリギリと歯を鳴らし、そして言った。

「ち、ちきしょう。木剣(ぼっけん)の折れやすい位置を狙い、速度でへし折っただと? そんなことが可能なのか?」

 ベシイッ

 ランダースは自分のあわれな木剣(ぼっけん)を、地面に叩きつけた。

「く、くくっ……。剣は剣士の魂。それを破壊されちゃあ……」

 ランダースは静かに言った。

「ま、参りました……」

 おおおおっ……。

 道場生たちが声を上げる。

「ダナン先生、強い!」
「かっこいい~!」
「すごすぎる!」

 道場生たちが声を挙げている。

 ふう……。

 僕は無事、前任の師範(しはん)にも、道場生にも、ちゃんと師範(しはん)として認められたようだ。