僕がパトリシア・ワードナスに勝ったあとの一週間は、少し異様だった。
昨日、魔法剣術の指導後の帰り道、奇妙な視線を感じた。
「誰だ?」
僕が振り返ると、大柄の黒服の男が2人いたのだ。そして僕と目が合うと、サッと逃げてしまった。
「な、なんなんだよ、一体」
まさか……。ドルガーの手下たちか? あいつ、まだ何か企んでいるんだろうか。
黒服につけ狙われることが、今週は3回もあった。
◇ ◇ ◇
その月末。
ランゼルフ中央公園では、青空の下、「地区ギルド祭」が開かれていた。僕も道場生を連れて、お祭りに参加した。
ランゼルフ、ルードロック、マルスタ、ラインゾート、プラッカ地区のギルド連盟が催したお祭りだ。
ギルド長たちが集まっているが、我がランゼルフ・ギルドのギルド長、ドルガーだけは欠席だ。代わりに、事務員のポルーナさんが開会式に出席している。
ポルーナさんに迷惑かけて、なにやってんだよ、ドルガー!
「ドルガーのやつ、今、どうしてるんだ?」
僕は一緒にお祭りにきた道場生のモニカに聞くと、彼女は答えた。
「魔物討伐がいそがしい、と言っていたそうですよ。そもそも、ギルド長の仕事を、全然やってないらしいです。最悪ですよね!」
ドルガーのやつ……!
どうもポルーナさんは、ギルド長の仕事も代わりにしているらしい。
「ドルガーは仕事を放っておいて、どういうつもりなんだ?」
「さあ? 何も考えてないんじゃないですか?」
モニカも怒りながら言った。
ちなみに、パトリシア・ワードナスもお祭りに来ている。
「直弟子にしてくれ」
彼女は最近までそう言っていたが、やがて僕の道場の道場生になることで落ち着いた。
「おっと、話し込んでいる場合じゃない」
僕はお祭りの総責任者、マルスタ・ギルドのブーリン氏から、公開魔法剣術指導を依頼されていたのだ。
大勢の観客の前で、道場生相手に公開指導する。うわ~……大役だぞ……。
◇ ◇ ◇
「さて、これから皆さんに、僕の剣術を見ていただきます」
僕は公開指導を始めた。200人以上の人が、僕を見ている。こ、これは緊張する……。
僕が片松葉……つまり、一本の松葉杖をつきながら剣術を披露するので、皆、珍しそうに見ている。
僕はモニカを相手に、演武を見せることにした。
「相手のスキをついて、胴を狙う技です」
僕は上段斬りを軽く打ち、モニカの木剣を上に上げさせた。
そこで素早く──。
ヒュオッ
モニカの左わき腹に、素早く木剣を入れた。もちろん、当たる寸前で止めたが。
観客が、「うおおっ」と騒ぐ。
「はやい!」
「み、見えなかった」
これは東洋の剣術の、「逆胴」に似た技だ。
今度は木剣を左に上げた。
シュ
そのまま、木剣を右から胴に入れる。
おおおっ……。
「これまた速い!」
「太刀筋がスムーズだ!」
観客がまたも声を上げる。
それを途中で止め、ひらりと木剣を回転させた。
木剣を逆手に持ち……。
モニカの足の甲に突きつけた。
ピタアッ
突き刺す寸前で、止めた。ふうっ……。
「は、はやすぎる!」
「胴二連発と、足への攻撃か!」
「た、達人だぞ、あの少年?」
観客は目を丸くして、拍手してくれた。
まだまだあるぞ。
僕は構え、空中から魔力を体に取り込んだ。
「では、次は魔法剣です」
すると僕の愛用の剣、グラディウスは火をまとった。
そして用意してあった、練習用人形を──。
ズバアッ
斬り裂いた。すると練習用人形の断面から出火した。
「うわあっ」
「魔法剣だ!」
「初めて見た! カッコイイ」
観客から歓声が上がる。
だが、早く消火しないと。
「パトリシア!」
「任せよ」
すぐに、パトリシアが氷結魔法を放ち、消火してくれた。
観客のほとんどは、一般市民や農民だ。魔法剣を見ることは、一般生活ではないだろう。そもそも、魔法そのものを見た人がほとんどだ。
だから、こんなに驚いているのだ。
10歳の道場生、マイラ・ルバルアナが、焼け焦げた練習用人形を片付けてくれた。
「あの子、かわいい!」
観客からそんな声が上がった。公開指導は、雰囲気よく締めることができた。良かった……。
◇ ◇ ◇
お昼になった。これから、ギルド関係者に向けての授賞式があるらしい。
だけど、僕には関係ない話だろう。
「マイラ、パトリシア、モニカ。協力、ご苦労様。お昼をご馳走するよ」
3人に、出店の食事をおごることにした。
出店の前にたくさんのテーブルが出ていて、皆、そこでお昼を食べている。
僕らが頼んだのは、ベーコンとカブの塩味のスープ、ハーブ類とチーズを練り込んだ柔らかいパンだ。
普段は酸っぱくて硬い黒パン、粥、安いハムなどを食べているので、とても豪勢な昼食となった。
「うむ……美味だ」
パトリシアが、上品にパンをちぎりながら言った。
「パンに練り込んでいるハーブは、バジルだな。チーズとあわさって、程よい塩味のパンとなっている」
「このベーコン……! 甘味があって、塩味も程よくて、美味しいです!」
モニカも納得の食事だ。さて、マイラが叫んだ。
「甘いデザートが食べたーい!」
食後のデザートはアイスクリームとウエハース。甘いのが好きな女子3人は、笑顔になっていた。
◇ ◇ ◇
『ギルド長連盟より、授賞式を行います!』
デザートを食べていると、舞台から魔導拡声器によって、祭りの責任者、ブーリン氏の声が聞こえた。どうやら、今年活躍したギルド関係者の、功績をたたえようというわけだ。
『最初は、ギルド併設道場師範賞です。この賞の受賞者は、今日、公開指導をしてくれた……』
ん?
『ランゼルフ・ギルドのダナン・アンテルド!』
おおおっ
僕に向かって、拍手と歓声がわき起こる。
え? 僕?
パトリシアはうなずいた。
「うむ。君の指導は実に分かりやすいからな。賞をもらってもおかしくないだろう。さあ、舞台に上がって」
「い、いや、しかし……」
僕は困惑しながら、舞台に上がり、ブーリン氏から表彰状を受け取った。
ブーリン氏は言った。
「おめでとう、ダナン君。松葉杖のことといい、色々、大変だったね。だが、君の指導のおかげで、ランゼルフ・ギルドもいまや、70名の道場生がいると聞いている」
「は、はい」
「君が賞をもらえるように推薦したのは、私だ」
「ええ? ありがとうございます」
おや? ブーリン氏の後ろに、2名の兵士がついている。
その兵士たちは、ブーリン氏に小声で言った。
「ブーリン殿、そろそろ業務の時間です」
「本業に戻りませんと」
ん? 何だ? ブーリン氏は偉い貴族なのだろうか?
◇ ◇ ◇
お祭りが終わり、僕はモニカたちと別れて、家に帰ることにした。表彰状を持って、胸を張って歩いた。
僕の両親はすでに死んでいる。だから、家に帰っても一人ぼっちだ。
僕は交差点を渡ろうとした。左腕で松葉杖をついているし、ゆっくりとしか渡れない。いつものことだ。
「ん? なんだ?」
そのとき、道からすごい勢いで、馬車が走ってきた。
御者がものすごい顔をしている。……まるで、僕をにらみつけるような顔だ。……御者は……く、黒服の男だ!
(え?)
ドシャッ
そんな音がした。
僕は……ふっとばされた。
◇ ◇ ◇
そして、僕は……とある女の子に、命を救われることになるのだった。その女の子は、僕がよく知っている女の子だった……。
ここは……どこだ?
僕は目を開けた。
真っ白い天井が見える。重い体を起こし、周囲を見回した。
「薬の……においがする?」
僕はつぶやいた。
ここは小さい部屋だ。少し薬品のにおいがする。壁には、病院で見られるような、健康診断のポスターが貼りつけてある。
病院の一室で、間違いないだろう。僕以外、誰もいない。
大きな窓もある。僕はベッドの上で寝ていたようだ。
「一体、何がどうなって……るんだ?」
よく思い出せない。何があって、こんなところにいるんだっけ?
「あ、いてて!」
腕や胸が痛む。
その時、コツコツとノックの音がして、ドアが開き、誰かが部屋に入ってきた。
……女の子だ。僕と同じくらいの年齢か。看護師さんだ。
白い看護服を着ている。とても美しい女の子だ。
「ダナン、熱を測るよ」
「えっ?」
僕は驚いた。
この看護師さんは、何で僕の名前を知っているんだ? い、いや、この状況だと、僕は入院しているに違いない。
だとしたら、看護師さんは僕の名前を知っていて当然か……。
「はい、そのままじっとして」
看護師さんは、棒状魔法体温計を出して、僕の額に当てた。するとすぐに中の水銀が動き、「36」と「37」の間をさした。
「36・7℃。一応、平熱ね」
「ええっと……君は……」
「ダナンったら、まだ分からないの? しょうがないなあ」
看護師さんは、ニコッと笑った。
輝くような笑顔だ。
彼女は看護師帽を取って、いたずらっぽい笑顔を僕に向けてきた。
「あれ?」
僕は、この子を知っている! いや、知り合いどころか、幼なじみの……!
「アイリーン……! アイリーン・フェリクス……」
「もう~! やっと気づいたの」
看護師さん……アイリーンは笑った。何で、あの魔法剣士のアイリーンが、看護師をして、僕の目の前にいるんだ? わけがわからない。
「昨日、君は道で馬車にはねられて、道で失神していたんだよ」
「あっ……」
僕はやっと思い出した。
「あ、そうか。大ギルド祭の帰り……馬車に吹っ飛ばされたんだ……。そこから後は、記憶がなくて……」
「ダナンは頭を強く打っちゃったからね。道では大騒ぎだったんだよ、白魔法救急医療隊が来てさ。君が失神してから、1日経ったよ」
アイリーンは静かに言った。
「ト、トイレに行く」
僕はとにかく、トイレに行って落ち着きたかった。
あいたた……体が痛い。アイリーンは僕を支えてくれた。
松葉杖を取り、もちろん一人でトイレに行き、洗面所で口をゆすいで、落ち着いてからベッドの上に戻った。
アイリーンはまた説明してくれた。
「その後ダナンは、私が看護師のアルバイトをしている、ここ、ランゼルフ白魔法病院に運び込まれたの」
「君は……今、看護師をしているのか」
「そうだよ、アルバイトだけど」
アイリーンはまた、魅力的な笑顔でニコッと笑った。
「魔法剣士は今は休止。ドルガーの元も離れて……っていうか、逃げたんだけど」
「そ、そうなのか」
「それでね! 君に言いたいんだけど!」
アイリーンは怒ったように、ぷうと頬を膨らませて言った。
「この間、君、私のこと、気付かなかったでしょ!」
「え? 何のことだよ」
「私、この間の夜、赤いドレスを着て、キャバレークラブで働いていたんだよ。それで、ドワーフ族のバークレイに襲われて」
「えっ? あ!」
思い出した。ランゼルフ・ギルドを出たとき、ドワーフ族にからまれている女の子がいた! あ、あの子って……。
「あれは、き、君だったのか?」
「そうだよ!」
「全然気が付かなかった。だって、夜だったし、赤いドレスを着ていたし、君は化粧もしていたから……。っていうか、じゃあ、その仕事もやめちゃったのか?」
「まあね……。もっと人の役に立つ仕事をしようと思ってさ。……でも、あの時、私を助けてくれたんだよね、君は」
「あ、そ、そうだね……」
「で、どうしてそんなに強くなったの?」
「え? それは……」
マリーさんという元ギルド長が、僕からスキルをたくさん引き出してくれた……と、僕はそう説明した。
「ふうん、マリーさん……」
アイリーンがそうつぶやいたとき、また部屋の扉がノックされた。そして、ドヤドヤと女の子たちが入ってきた。
う、うわっ! き、君たちは!
「ダナン先生! 体調、どうですか?」
「心配したぞ! ダナン君!」
モニカとパトリシアだ! そして……。
「ダナン先生~。無事だったんだね……良かった~」
マイラもいる。マイラは涙ぐんでいる。こんな小さい子に、心配かけちゃったなあ……。
僕はマイラの頭をなでた。
「あの、あなたたちは?」
アイリーンは驚いたように、モニカとパトリシアに聞いた。
「私はダナン先生の一番弟子です!」
モニカが語尾を強くして答えると、パトリシアも胸を張って言った。
「私はパトリシアだ。ダナン君の直弟子だよ。そのうちダナン君の食事など、世話をする予定だ!」
「あっ、そー……そうなんだー……へえ~」
アイリーンはジロリと僕を見た。
やめて? ちょっと引いたような目で僕を見るのは。
「良かったね、ダナン。こんなにかわいい女の子たちが周囲にいて!」
アイリーンは腕を組んだ。……何か、怖いっつーの……。
マイラ、助けてくれ。
「ダナン先生……」
マイラはじっと僕を見て、言った。
「スケベ」
いやいやいや、僕、スケベなこと、何もしてないから!
◇ ◇ ◇
さて、これからこの白魔法病院で、入院生活が始まった。
頭の精密検査を、「魔導透析機」で受けた。また、骨折した腕や胸を、白魔法医師たちの魔法で、治療してもらうことになった。
全部で、三週間の入院治療が必要だった。腕が痛かったので、アイリーンが食事を食べさせてくれた。
「はい、あーん」
アイリーンはスプーンで、僕の口に麦と塩のお粥を運んでくれた。
……恥ずかしいんですけど。
すると、アイリーンはニコニコ笑って聞いた。
「トイレは手伝う?」
いや、自分でする。
相変わらず、右足はマヒして動かない。しかし、アイリーンのおかげで、三週間の入院生活が結構、快適だった。
しかし入院費用について、困ったことがあった。ランゼルフ・ギルドは一切、出してくれないらしい。怪我をした場合、ギルドに加入していれば、いくらか払ってくれる規則なのに。
パトリシアの話では、ドルガーとジョルジュが手を回して、お金が出ないようにしているそうだ。僕に意地悪をしているのだろう。
◇ ◇ ◇
馬車にはねられてから、三週間が経った。明日は退院の日だ。
「先生、お話したいことが……」
その日、モニカが病室に来てくれた。
モニカが神妙な顔をしているので、僕は思わず聞いた。
「どうした?」
「えーっと……。ランゼルフ・ギルドの魔法剣術道場生が、どんどん減っているんです。四十九名いたのに、今では三十五名になってしまいました」
「えっ……、ど、どういうこと?」
「そ、それは……ドルガーギルド長が……」
モニカが口ごもっている。
……何かあったのか?
僕の頭の中には、ドルガーの意地悪そうな顔が浮かんだ。
あいつ……! また何か企んでいるのか?
退院した僕は、午後四時半、急いでランゼルフ・ギルドの魔法剣術道場に向かった。
医師からは、家でまだ休んでいるように、と言われたが、そうもいかない。
(どうなってんだ……?)
道場生の人数が、四十九名から三十五名に減ったらしい。そうモニカが言っていた。
このことを、急いで確かめなくてはいけない。
僕の入院中は、モニカとポルーナさんが師範代をしてくれたそうだ。
見舞いに来てくれたマイラたち小学部の子たちは、モニカは真面目だし、ポルーナさんは優しいし、教え方も分かりやすい、と言っていた。
二人とも、子どもたちにも大人の道場生たちにも、人気があるようだ。
(二、三人、増減するなら分かる。だけど、三週間のうちに、いっぺんに十四人も減るとは? 何かがあったんだ!)
今、魔法剣術道場は、ちょうど指導時間だ。何があったのか、調べるぞ!
◇ ◇ ◇
僕がランゼルフ・ギルドの魔法剣術道場に入ると──。
おや?
師範代であるはずの、モニカとポルーナさんは、壁際にいた。道場生は一応、来ている。今日は三十名くらいか?
そして、道場にはドルガーがいたのだ。
(あいつ……。道場で何やってんだ?)
「おいっ、俺の言う通りにやれよ。まずは整列だ」
ドルガーは木剣を持ちながら、整列している道場生をジロジロ見た。
「動くんじゃねえぞ。集中力を鍛える訓練だ」
な、なんだ? ドルガーが師範役? 聞いてないぞ!
「お前っ! 動くんじゃねえと言っただろうが!」
バシイッ
ドルガーは、木剣で男子を叩いた。叩かれたのは、中学部の男子、ラーティス・マッツだ
僕は声を上げそうになった。
(な、何なんだ? これは)
「てめぇらに、戦場の現実を教えてやってんだよ。俺のような勇者様がよ!」
ドルガーはニヤニヤ笑いながら、木剣を床にガツガツ打ちつけ、叫んだ。
「これが戦場ならな、血が吹き飛び、全身が砕けるぜ」
すると中学部の男子──エルドラン・ボイドが、叩かれたラーティスを助け起こそうとした。
ドルガーは、エルドランに聞いた。
「お前……何やってんだ?」
「ラーティスは血が出ています。早く治療しないと……」
「てめぇ! 戦場でのんびり治療なんかできるか! 魔物が待ってくれるか? 現実みろや」
ドルガーは、今度はエルドランに木剣を振り下ろそうとした。
パシッ
僕はすぐに、剣を持ったドルガーの手首をつかんだ。何とか、彼の暴力を阻止した……。
「……ああ? なんだてめぇ」
「おい、やめろ。ドルガー、何やってんだよ」
「おお、ダナンじゃねーか。てめぇは今、師範じゃねーんだよ。すっこんでろ。……おい! 入ってこい!」
すると、道場に大柄な黒服の男たちが三人、入ってきて、僕の肩をつかんだ。
そして黒服の一人が言った。
「ドルガー坊っちゃんの指導の邪魔ですよ。ダナンさんは退出してください」
「お、おい! 何をするんだ。何なんだ、あなたたちは?」
「邪魔です」
黒服の男たちは、僕の肩と腕をつかみ──。
ドシャッ
僕を道場の外の廊下へ、放り出した。僕はすぐに、松葉杖を拾い、立ち上がった。
ドルガーの声が道場の中から聞こえてくる。
「お前ら、俺の言うことを聞けよ! 逆らったら、承知しねえぞ」
バシイッ
「ギャッ!」
また悲鳴が聞こえた。
ドルガーが道場生を、木剣でなぐっている。
……あの野郎!
すると、モニカやポルーナさん、マイラが道場から出てきた。
その時、ピシャッと扉が閉まってしまった。黒服のヤツらが、閉めてしまったんだろう。カギも掛かっている!
「くそ、何なんだよ!」
「ダナン先生、私、こんな暴力を見ていられません!」
モニカは僕に抱きついて泣き出した。マイラも泣いている。
「あんなに楽しい道場だったのに、怖いとこになっちゃたよう」
「うーん……」
僕はとにかく、何が起こったのか知りたかった。
「後で、僕がドルガーと話をするよ」
「ええっ?」
モニカが驚いたように言った。
「大丈夫ですか? あのドルガーって人、ちょっとおかしいですよ。道場生に、一方的な暴力をふるって」
「うん。僕が、そんな暴力はやめさせる」
僕はそう言った。しかし、ドルガーに話し合いが通用するのか?
しかもさっきの黒服たち……。どこかで見たことがあるんだよな。
ドルガーの手下らしいけど。
……ん?
あれ? ちょっと思い出した。
僕は馬車にはねられた。
その時の御者が、黒服の男ではなかったか?
ゾクリ
僕は嫌な予感がして仕方なかった。
……まさかドルガーが……。あいつが指示して、馬車を僕に向かって突っ込ませたのか?
ランゼルフ・ギルドの魔法剣術道場に、なぜかドルガーがいた。
しかも彼が師範をしていて、道場生に指導をしていたのだ。
指導時間終了後、ドルガーがギルド長室に戻ってきた。
同時に僕は、ギルド長室に飛び込んだ。
「ドルガー、どういうことだ? なんで君が、道場の師範をやっているんだ?」
「なんだよ、うるせえ野郎だな」
ドルガーは偉そうに、胸を張ってギルド長室の椅子に腰かけた。
すぐに黒服の男たち三人が、ギルド長室に入ってきて、僕をにらみつけた。
「まあ、お前をここに呼ぶつもりだったから、手間が省けたけどな!」
「ドルガー……僕が入院していた三週間、師範代をやっていたのか?」
「そうだよ? お前が入院したからな。非常に迷惑だったんだよ、こっちは!」
ドガッ
ドルガーは机を蹴っ飛ばした。
「馬車にはねられた程度で、いちいち入院なんかしてんじゃねーぞ!」
……色々言い返したいが、僕が聞きたいことは、今日の指導のことだ。
「ドルガー、今日の指導はなんだっていうんだ。あれは、道場生に対するいじめじゃないか!」
「いじめ?」
ドルガーは、「ワハハハ」と笑った。
「おいおい、入院してさぼっていた誰かさんのおかげで、俺が師範代をする羽目になったんだぞ。いじめだなんて、ひどいこと言うなよ、ダナン君よぉ」
「ひどいのは自分だろ! 木剣で、道場生をなぐりつけていたじゃないか!」
「あれが指導だ!」
ドルガーは当たり前のように叫んだ。
「道場でも言ったが、剣術は戦場で使うもんだぜ。血が吹き飛ぶ場所だ。甘ぇこと言ってんじゃねえ!」
「いや、もっと技術的な指導をしろよ! あれじゃ道場生が嫌がって、どんどん減るぞ!」
「はあ? 俺の指導のやり方に文句があるのか? てめーは俺の部下みたいなもんだろうが」
ぶ、部下? 確かにそう言われれば、そうだが……。
「部下が、上司の俺に、意見して良いのかぁ?」
「意見とか、どうでもいい。道場生をなぐるなんて、ゆるせない!」
「ほお、そうかいそうかい。そういやお前、入院中に俺の女に手を出したんだって? アイリーンによ」
「……手なんか出していない。アイリーンから聞いたよ。お前は彼女から、無法な金を請求していたってな」
「うるせえ! ごちゃごちゃと!」
「もう一度言う。今のままでは、魔法剣術道場は誰もいなくなってしまうぞ」
「はあ? いなくならねーよ。一時的なもんだろ。デリックにも指導を任せるつもりだ。俺の指導方針、そのままでやらせる。俺の考え方は絶対正しいからなあ!」
こいつ、何も分かっていない。僕はあわてて言った。
「とにかく、僕を師範代に戻せ」
「いや、てめーはクビだ!」
え? 僕は頭がぼうっとなった。
「クビだと言ったんだ。二度とこのランゼルフ・ギルドに顔を見せに来るんじゃねえ」
「……な、なんだと」
まさか、クビ! 給料がもらえないと生活ができない。だが、そんなことはどうでもいい。
クビにされたら、今まで道場生と過ごしてきた時間が、ムダになってしまいそうだ。
「ほ、本当に僕をクビにするのか?」
「ああ、クビだよ。さっさと出ていけ」
ドルガーは手で、ハエでも追っ払う仕草を見せた。
「まさか自分の力で、道場生が増やせたと思ってんのか? 生意気言ってねえで、出ていけや!」
僕はドルガーの周囲にいた黒服の男たちにつかまれ、ギルド長室を追い出された。
◇ ◇ ◇
「ええーっ?」
モニカ、マイラ、ポルーナさんたちは廊下で、目を丸くして僕を見た。
声を上げたのは、モニカだった。
「ダナン先生がクビ?」
「そうなんだ」
僕はため息をつきながらも、スッキリした表情で言った。
「ギルド長に楯突いたからね。クビになってしまった。僕自身の力不足だ」
「ううっ……そ、そんな。ダナン先生のおかげで、魔法剣術のことが分かってきたっていうのに」
モニカは目をうるませている。マイラも、僕の手を握って言った。
「行っちゃ、イヤ。ダナン先生がいい。優しいもん」
僕は涙をこらえて、マイラの頭をなでた。
「ありがとう。それだけ言ってくれれば、十分さ。別の仕事先を見つけるよ……」
僕は三人にお別れを言って、ランゼルフ・ギルドを出た。
◇ ◇ ◇
僕はクビと言われたとき、別のギルドに所属することを考えついていた。
それは、隣町のマルスタにある、マルスタ・ギルドだ。
僕は馬車に乗り、マルスタに移動した。
マルスタ・ギルドに着くと、すぐにギルド長のブーリン氏が出迎えてくれた。
「ほほう? ランゼルフ・ギルドをクビにねえ……。そんなことがあったのか」
ブーリン氏はうんうん、とうなずきながら、僕がクビになった経緯を聞いてくれた。
「それで、このマルスタ・ギルドに所属したいのです。自分勝手なことを言って申し訳ありませんが、雑用でもいいので、雇ってくれませんか」
まさしく自分勝手なお願いだ。勝手に連絡もなしに、マルスタ・ギルドにきて、ここに所属させてくれ、だなんて。
虫のいい話だ。
僕は恥ずかしくて、赤面していただろう。
「雑用だって? 何を言うんだ!」
ブーリン氏が声を上げた。
お、怒らせたか?
「ダナン君のような有能な魔法剣術の指導者を、雑用に使うなんてもったいない!」
「えっ?」
「実は、うちの魔法剣術の師範は、もう辞めたがっているんだよ」
「そ、そうなんですか?」
「だから、マルスタ・ギルドの師範をしてくれないか。師範代じゃない。正式な師範だ」
えええ? 僕が正式な師範だって?
「こちらからも頼むよ。正式に、マルスタ・ギルドに所属してくれたまえ」
ブーリン氏はこころよく、そう言ってくれた。
幸運とはこのこと。人と人とのつながりが、幸運を呼び寄せるのだ……。
僕は、何とか居場所を見つけた。
だが──ドルガーはまだ、何かを企んでいる、と感じていた。
僕はランゼルフ・ギルドを追放され、マルスタ・ギルドに所属した。
翌日、すぐに魔法剣術道場で指導を始めることにした。
今日は、少年少女部。10歳から15歳の男女20名の指導だ。
「基本から始めよう」
僕は言った。
「姿勢、すり足、魔法のイメージの仕方から学んでいこう」
女の子の道場生たちが、僕を見てクスクス笑っている。
「ね、あのダナンって先生、優しそうだよね」
「松葉杖をついているんだね」
「顔、かわいくない?」
「そうそう! ほら、歌劇のジョージ・ペリア君に似てない?」
「似てる~!」
何か噂されているな……。
ちなみにジョージ・ペリアとは、歌劇の男性俳優だ。若い女の子に人気がある。実は最近、行きつけの美容室で、ジョージ・ペリアと同じ髪型にしてもらった。
だから似ていると言われたのだろう。人前に立つ仕事だから、ちょっとは見た目に気をつかわないと……。
「じゃあ、始めよう」
僕が赤面しながら道場生にそう言ったとき、バン! という音が響いた。
道場の扉が、勢いよく開く音だ。
「おいおいおい~。何、知らないヤツが指導しちゃってんの~?」
何だ? 金髪のヘラヘラした男が入ってきたぞ。
その男は、僕をにらみつけてこう言った。
「お前、なんなん? 俺がこの道場の師範なんだけど」
ん? あっ、まさか、この人か? マルスタ・ギルドの前任の師範っていうのは。
年齢は……18歳から19歳くらい? 背が高い……。
「俺の仕事奪わないでくれる~? お前、ダナンっていうらしいじゃん?」
「そうだけど、あなたは……」
「俺の名はランダース・ロベルタ。ちなみに年齢は18歳だ。俺、昨日、酒をしこたま飲んでたんだわ。酔っぱらったまま、ブーリンさんに、ここを辞めるって言っちゃったみたいでさ~」
道場生たちは、ランダースのことを白い目で見ている。
ランダースは構わず、ポリポリ頭をかいて言った。
「やっぱ悪ぃけど、俺、辞めるつもりねえんだわ」
この態度と喋り方。武人とは思えないな。
ブーリンさんは、この男のことを愚痴っていたっけ。だけどこんな人間なら、ブーリンさんが辞めさせようとした気持ちは理解できる。
僕はきっぱり言った。
「僕が師範に任命されているんだから、僕がやります」
「お~? 何だお前、俺にケンカ売ってんのね?」
「そうじゃない。ブーリンさんに頼まれたことをやっているだけだよ」
「しょうがねえなあ~」
ランダースは酔っぱらっているようだ。
「じゃあ、どっちが強いか勝負しようじゃねえの」
「なにぃ?」
「あ、俺は魔法剣術世界ランキング41位だから、ナメないほうがいいよ~」
世界ランキング41位!
これは学生魔法剣術大会入賞とか、そんなレベルではない。
大人……つまり一般部も含めてのランキングだから、……世界で41番目に強いということになる。
強敵だ! ちなみにパトリシアは全世界ランキング77位らしいが。
「では、どっちが強いか試してみよう」
僕は勝負を受けることにした。
「う、む?」
ランダースは意外そうな顔で、僕を見た。
「ふ、ふん? 松葉杖ついて、どこまでやれんの? じゃ。外でやろうか~」
ランダースと僕は、道場の備品の木剣を手に取り、縁側から外の運動場へ出た。
道場生たちはざわざわと騒いでいたが、やがて「面白そうじゃん」とか、「どっちが強いか分かるし、良いんじゃない」と言い出し、外に出てきた。
「さあてと……試合はいつ始めっかな~」
ランダースはそう言いつつ──。
ズバアアッ
木剣を横になぎ払ってきた。しかし僕は上体を数ミリ動かし、それを避けた。
──戦闘開始だ!
「よっこらせ~っと!」
ランダースは下から斜めに、斬り上げる!
ガキイッ
僕はそれを、木剣で受けた。
ガリイイッ
僕はランダースの木剣に、自分の木剣をすべらし──。
ランダースの木剣を打ち払いながら、彼の胴を斬り払った。
「ひょおおっ!」
ランダースは腹部をうまくひっこめ、僕の太刀筋を避けた。
「……なるほど、バインドね」
バインドは、剣術の高等技術のことだ。
「こいつは、ヤベぇヤツが相手になっちまったみてぇだな~」
ランダースはニヤニヤしながら言った。
「だが、こいつは避けられるか?」
ズドドドドッ
ランダースは木剣を連発で、高速で突いてきた。
ガガガガガッ
僕は木剣の表面で、それを受ける。
そしてスキを見てランダースの木剣を打ち払い──。
ヒュオッ
僕は木剣で、真上から斬り下げた。ランダースの顔の前──数ミリ前を、僕の木剣の太刀筋が通過した。
「は、はひ!」
ランダースは驚いたのか、いったん尻もちをつき、すぐに立ち上がった。
これは彼が、僕の太刀筋を避けたのではない。
ランダースが危機を察して、本能的に後ろに後退したのだ。──つまりあわてて逃げた。
だから、ランダースの心理状態は、焦りで一杯のはずだ。
「ふ、ふふふっ。や、やるじゃん。お前、何モンだ? すげえ……」
ランダースは冷や汗をかきながら言った。
「だが、お前の弱点は──ほとんど移動できないってことだ!」
ランダースは僕の横に回り込み、ものすごい至近距離──。
木剣の柄ごと、僕の上から振り下ろしてきた。
木剣の柄で、僕の頭を叩き割るつもりか!
ビュオッ
僕は上体をそらし、それを避けた。そして!
(秘剣──刃砕《やいばくだ》き!)
バキイッ
僕はランダースの木剣を、自分の木剣で横に払った。
すると、ランダースの木剣は二つに折れ曲がってしまった。
「うおおおおっ……」
「すげえ!」
「どうなってんだ? ダナン先生の太刀筋が、速すぎて見えなかった」
道場生は声を上げた。
僕の木剣はそのままだ。
「な、なんだと……」
ランダースは目を丸くして、自分の二つに折れた木剣を見た。
「お、俺の木剣が折れただと? な、何をした!」
「あんたの木剣の中央──つまり最も折れやすい部分を狙い、僕の木剣の刃先で叩き折ったんだ」
「バ、バカな……。そ、そんなことで折れるもんなのか?」
「それに加えて、僕は剣を超高速で振ったから、へし折れる。これが刃砕きだ!」
僕は自分の木剣を、構えながら言った。試合は終わっていない。
ランダースはギリギリと歯を鳴らし、そして言った。
「ち、ちきしょう。木剣の折れやすい位置を狙い、速度でへし折っただと? そんなことが可能なのか?」
ベシイッ
ランダースは自分のあわれな木剣を、地面に叩きつけた。
「く、くくっ……。剣は剣士の魂。それを破壊されちゃあ……」
ランダースは静かに言った。
「ま、参りました……」
おおおおっ……。
道場生たちが声を上げる。
「ダナン先生、強い!」
「かっこいい~!」
「すごすぎる!」
道場生たちが声を挙げている。
ふう……。
僕は無事、前任の師範にも、道場生にも、ちゃんと師範として認められたようだ。
僕は旧師範のランダースとの勝負に勝ち、マルスタ・ギルドの魔法剣術師範の立場を手に入れた。
気を取り直し、勝負の翌日、ようやく指導に入ることができた。
「えーっと……いろいろあったけど、基本からいきましょう」
僕は道場生に言った。
一つ気になるのは、ランダースが道場の後ろで、僕の指導を見学していることだ。
……やりにくいんですが!
道場生たちは10歳から15歳の男女。皆、基本的にマジメだけど、態度の悪い男子道場生が何人かいる。
これはランゼルフ・ギルドでもそうだった。
だけど──。
「君のこの部分は良いね。ここは直したほうが良いよ」
そうしっかり伝えると、態度の悪い男子道場生たちも納得してくれた。
結局、皆、魔法剣術を学びたくて道場に来ているわけだ。強くなりたいのだ。
時間と体力をムダにしたくないはずだ。
態度が悪い子も、しっかり教えれば、次第に心を開いてくれた。
◇ ◇ ◇
「ダナン先生、教えてください!」
休憩時間も、女の子たちが僕を取り囲んで、教わりに来た。ランダースは道場の後ろで、いびきをかいて寝ている。
「ずいぶん、やる気があるんだね」
僕が言うと、女の子たち三人……エスカ・ピラー、ルル・ストースアン、ジェニー・アイザックは小声でこう言った。
「……後ろにいる前任の先生って、道場でお酒を飲んでいて、やる気がなくて困ってました」
「お手本を見せてくれないんですよ」
「なんかだらしなくってヤダ」
まあ、言いたいことは分かる。
「その点、ダナン先生は優しそうだし」
「丁寧だし……強いし」
「顔は結構、かわいいし……」
女の子たちは、顔を赤らめながらそう言っている。
かわいい、というのは恥ずかしかったが、どうやら嫌われてはいないらしい。僕はホッとした。
「おいっ、俺の噂話かぁ?」
僕の後ろで声がした。振り向くとランダースが立っていた。い、いつの間に!
「きゃああああ~!」
女の子たちは逃げていってしまった。
「ちぇっ、俺は化け物かよ~」
ランダースはため息をついた。
「俺はお前に負けたわけじゃないからな~。剣を叩き折られただけだ。だが……」
ランダースは腹をボリボリかきつつ、言った。
「お前の力は認めるぜ。何か協力できることがあるなら、言ってくれ。魔物討伐とかさ」
負けん気は強い人だが、結構、良い人かもしれない。
◇ ◇ ◇
だが、二週間も経つと、道場生の間で、変な噂が立ち始めた。
今日の指導後、トイレのほうから道場生の噂話が聞こえてきた。
「あのダナンって先生、前の道場で道場生をなぐってたんだってさ」
「ええっ? 信じられないよ」
「噂が出てるんだ」
「道場生を怒鳴りつけて、蹴ることもあるって」
「ええ~、ひでえ」
な、何のことだ?
すると、ブーリン氏が僕のほうに歩いてきた。
「ダナン君……見損なったよ!」
「え? どういうことですか?」
「君は前の道場で、道場生たちに、ひどい暴力をしていたそうじゃないか!」
「そ、そんなわけないじゃないですか」
「……私もウソだと思いたい。だが、これを見てくれ」
それは、僕は道場生を木剣で、男子道場生をなぐっている写真だった。な、なんだこれ?
場所は……確かにランゼルフ・ギルドの道場だ。男子道場生の顔は、……知らない道場生だな。
デリックたちやパトリシア、ランダースに勝負を挑まれ、仕方なく戦ったことはある。でも、写真に写っているのは、その勝負の場面でもないみたいだ。
僕が道場生の体を、一方的になぐっているように見える。
こんなこと、したことないぞ?
「これは何かの間違いです」
「……写真に写ってしまっている。君はしばらく謹慎だ。休みたまえ」
「ちょ、ちょっと待ってください。僕はこんなことはしていません!」
「暴力をふるっていない、という証明ができなければならん。それまで謹慎だ」
クビにはならなかったが……。な、なんなんだ、この写真は?
◇ ◇ ◇
その日、僕がマルスタ・ギルドの師範になった噂を聞きつけた、アイリーンがギルドに来てくれた。
僕らはアモール川の土手にある、遊歩道のベンチに座って話した。
アイリーンは、まだ看護師のアルバイトを続けているらしい。
「治癒魔法も学べるから、良い勉強になるよ」
アイリーンはそう言った。
僕はアイリーンに、道場での嫌な噂話を話すか迷った。
アイリーンの今の生活は充実している。余計な心配をかけてしまうかもしれない。
だが、結局話すことにした。
アイリーンは目を丸くして言った。
「ダナンが暴力? ランゼルフ・ギルドで?」
「そうなんだ。写真まであるんだ。身に覚えがないのにさ。指導は謹慎状態になっちゃったんだ」
「私がパトリシアやモニカから聞いた話だと──。ランゼルフ・ギルドで道場生に暴力をふるったのは、ドルガーでしょ。あなたじゃない」
「そうなんだよなあ……。間違って伝わっているのかな。だけどさ、なぜか写真まであるんだ」
「その写真、私に見せてよ」
僕はため息をつきながら、アイリーンに例の写真を見せた。
僕が道場生に、木剣でなぐっている写真だ。悔しいことに、自然なカラー写真だ。
「本当に、身に覚えがないのね?」
「確かにデリックたちやパトリシア、ランダースとは、道場で試合をしたよ? だけど、あれはあっちが挑んできたんだからさ」
「この写真は、試合の風景には見えない。……これ、あなたが一方的になぐっているように見える。上手く撮れてるわね」
「へ、変なこと言うなよ」
「この写真、分析してみなければダメね。こういったものに詳しい、私の知り合いの探偵がいるんだけど……会いに行く?」
「君の知り合いに探偵? 初耳だな、そりゃ」
「パメラ・エステランという人よ。でも、現在、居場所が分からなくって……」
「パメラ・エステラ……ン? どこかで聞いたような名前だな」
「私の魔法全般の先生、マリー・エステラン先生の、お姉さんよ」
ええっ? アイリーンの先生がマリーさん? そのお姉さんが探偵?
マリー・エステランといったら、ランゼルフ・ギルドの元ギルド長じゃないか? しかも、僕のスキルをひきだしてくれた、恩人だ!
アイリーンは言った。
「パメラ・エステランという人は、妹のマリーさんといつも一緒に住んでいるはずよ」
「そ、そうなのか?」
僕はあわてて、マリーさんの居場所が書かれた地図を取り出した。ポルーナさんが書いてくれた、地図だ。
「多分、マリーさんとパメラさんは、ここにいるんじゃないか?」
「……え? グバルー魔霊街? た、大変な場所よ!」
聞いたとこがある。ランゼルフ地区にある、スラム街だ。
悪人がうろうろしているし、魔物も棲みついているという噂もある。
とにかく、大変危険な場所だ。
「ここに行くんだったら、パーティーを組んだほうが良いわ! そうね、私も行くから、あと二人くらい?」
アイリーンは提案した。
(パーティー……!)
僕は久しぶりに、この言葉を聞いた、と思った。魔物討伐パーティーを追放されて以来だ。
グバルー魔霊街に、あと二人、誰を連れていこうか?
ここは勇者ドルガー・マックスの実家の大屋敷。
ドルガーは、バーデン・マックスという商人の息子である。
バーデン・マックスはランゼルフ・ギルドを創設し、本業は食料品を売る商人だ。
貴族ではないが、金は持っており、大屋敷を建てた。
一方、息子のドルガーは、父のバーデンの金で勇者の称号を買った、という噂が絶えない。
──そのマックス家の応接室では──。
「ぎゃははは! ダナンの野郎、馬車にぶつかって、三メートルも吹っ飛んだんだよな?」
ソファに座っているドルガーは、パシパシ手を叩いて笑った。
応接室には、「ウルスの盾」のメンバー……リーダーの勇者ドルガー、武闘家のバルドン、魔法使いのジョルジュが座っていた。
その周囲には、黒服の男たちが立っていた。
「あれから日が経ったが、バルドン、お前の報酬の三百万ルピーだ。確かめてくれ」
ドルガーは、バルドンに分厚い札束を手渡した。
「おお……すげぇ。これで飲み屋の借金と、住んでいるアパートの家賃が全部払えるぜ。……助かったよ、ドルガー」
バルドンは分厚い札束を、手に持ってながめた。
「しかし……。ドルガー、お前から『ダナンを馬車ではね飛ばせ』と聞いたときは、びっくりしたぜ」
実は、ダナンを馬車ではね飛ばした時の御者は、武闘家のバルドンだった。
ドルガーはバルドンに命令し、『ダナンを馬車ではね飛ばせば、三百万ルピーの報酬をやる』という約束をした。
バルドンはその金に目がくらみ、ダナンを事故にあわせたのだ。
「お、俺だってバレねえかな?」
バルドンは心配そうな顔で言ったが、ドルガーは首を横に振った。
「絶対バレねえよ」
ドルガーはニヤついている。
「思い出せ、バルドン。準備にぬかりはなかったはずだ」
ドルガーは話を続ける。
「お前が御者として馬車に乗る前に、お前を黒服に変装させた。黒服はマフィアにたくさんいる。ま、俺の部下にもいるがな。黒服というのは、この世界では『裏の人間』を意味する。人数が多すぎて、誰が御者だったのか、特定するのは不可能だろう」
「そ、そうか」
「それに、あの時のあなたには、つけヒゲをつけてもらいました」
ジョルジュが横から言った。
「サングラスで顔を隠す、という手も考えましたが、これは見た目にも怪しすぎる。目立ってしまう。だから口ヒゲをつけるのが、単純で一番良い」
「そ、それで大丈夫なのか?」
「あの辺りは繁華街ですが、昼は人通りが少ないですからね。目撃者はほとんどいないはずです」
「ま、まあ、ドルガーとジョルジュがそう言うなら、大丈夫か。で、でも、ダナンを馬車でふっ飛ばすのは、やりすぎじゃなかったか?」
バルドンは札束を自分のカバンに入れながら、ドルガーたちに聞いた。
「計画を実行する前にも言ったろ。あの野郎……ダナンは生意気だ。痛い目に合わせてやりたかったのさ」
ドルガーはクスクス笑いながら言った。
「結局、あいつは死にゃしなかったが、入院した。それを口実に、ランゼルフ・ギルドから追放させることができた。あの野郎、弱虫のくせに頑固だからな。色々難癖つけねえと、出て行かねえだろう。まあ、せいせいしたぜ」
「まったくですな……ドルガーさんに逆らって……」
ジョルジュはうなずいた。
「ダナンは、今はマルスタ・ギルドに所属しているのです。しかし、そこも追い出させる手はずはできています」
「どういうことだ? 確か、マルスタ・ギルドのブーリンは、ダナンを気に入っているんじゃなかったか?」
バルドンはドルガーたちに聞いた。
ドルガーは笑って言った。
「マルスタ・ギルドに合成写真を送りつけた。プロの捏造写真家のドッツ・ボードマートに依頼して、ウソの写真を作り上げたんだ。ダナンが、道場生を木剣でなぐっている写真だ」
「ど、どうやってそんな写真を作るんだ?」
「そいつは秘密だ。だが、ボードマートの合成写真はすげえぞ。本物にしか見えない。まあ、素人じゃ見抜けねえだろうな」
「で……ダナンはどうなるんだ?」
「さあ?」
ドルガーはひょいと肩をすくめた。
「マルスタ・ギルドを追い出されて、仕事がなくなる。金もかせげなくなって、野垂れ死ぬんじゃねえの? 知らんけど。ワハハハ!」
勇者ドルガーは、腹を抱えて笑った。
だが、ダナンをはね飛ばしたバルドンは、嫌な予感がして仕方なかった。
(俺たち……やり過ぎてねえか?)
僕、ダナン・アンテルドは仲間三人と馬車に乗り、ランゼルフ地区を南西に移動していた。
新しく結成したパーティーメンバーを引き連れて、グバルー魔霊街に行く。
パメラ探偵と、僕の恩人、マリーさんに会いにいくためだ。二人は姉妹らしい。
パメラさんたちには、僕の馬車の事故について、濡れ衣をきせられた奇妙な写真について、アドバイスをもらおうと思っている。
「いや~、昼間からグバルー魔霊街に行けるとはな~。遠足みたいで、楽しいぜ~」
マルスタ・ギルドの元師範、ランダース・ロベルタは笑いながら言った。酒はちょっと控えているらしい。
「そ、そうだな。う、う、う、腕が鳴るな。ハハハ」
パトリシア・ワードナスも真っ青な顔で言った。
どうやらパトリシアは、お化けの類がすごく苦手らしいのだ。
「パトリシア、無理して来なくて良かったのに。体が震えてるわよ」
アイリーンが心配しながら言うと、パトリシアはキッとアイリーンを見た。
「な、なんのっ!」
パトリシアは声を上げた。
「わ、わ、わ、私はお化けが怖いわけではない。わけのわからない、透明な化け物が苦手なだけだ!」
「それ、お化けだろーが」
ランダースが突っ込んだ。
というわけで、新しい魔物討伐メンバーは、僕──ダナン、そしてアイリーン、パトリシア、ランダースだ。
全員魔法剣士というのが新鮮だ……。アイリーンは回復魔法を使えるし、まあ大丈夫か。
◇ ◇ ◇
僕らを乗せた馬車はルイベール工業地区の南西を通り、だんだんと薄暗い地域へと入っていった。
ここはもうすでに、グバルー魔霊街と呼ばれる地域だ。
周囲の民家は、ツタや伸びきった木の枝で覆われていて、誰も住んでなさそうだ。ガラスも割れている。
ほ、本当にこんな場所に、パメラさんとマリーさん姉妹が住んでいるのか?
僕たちは馬車を降りた。御者はさっさと馬車を走らせて、逃げるように去ってしまった。
「しょ、商店街に、き、来たぞ」
パトリシアも震えながら言った。
商店街の店のほとんどは半壊している。人通りも少ない。
商店街には墓地が隣接し、いっそう不気味だ。
ガサッ
「きゃあああ~ひえええ~!」
パトリシアは半泣きで剣を取り出した。
ネズミが、壊れた金物屋から出てきただけだ。金物屋に店主はいない。ただ商品が、床やそこらに散らばっている。廃屋だ。
「お前なぁ、いちいちビビって震えてんじゃねえぞ~」
ランダースがパトリシアに注意すると、彼女はぷうと頬を膨らませて怒った。
「な、何を! いい今のは剣士に対して屈辱的な発言だぞ私はビビってなんかいないこれはむむむ武者震いだ!」
パトリシア……すごい早口だ……。
すると……!
「お前たち!」
急に後ろから低い声がした。
(人語を話せる魔物か?)
僕はそう思い、後ろを振り返ると、そこには目つきの悪い中年の男が立っていた。
う、うおおっ……。手にはナタを持っている。
周囲にはいつの間にか、住人たちがいた。か、囲まれている? 人数は6名……。全員、農具を武器に見立てて持っている。
「敵か?」
パトリシアは構えたが、僕は、「やめろ」と剣をおさめるように言った。
武器──農具を持った姿勢、雰囲気などを見たところ、とても戦闘に慣れている者たちとは思えない。
普通の民間人だ。
「あなたたちは?」
アイリーンが聞くと、ナタを持った男が口を開いた。
「俺らは、このグバルー街の住人だ。俺は……副町長のギルバス・ルバール」
「どうしてその住人たちが、俺らを襲おうとしてるんだ?」
ランダースが今にも剣を抜こうとしながら言ったが、ルバール氏は声を荒げた。
「よそ者は、この街に入ってきてほしくねぇ! 邪魔だ、出ていけ。それに、ここいらは魔物が出る。大怪我しても助けねえぞ」
「我々は、その魔物を討伐しようとしている!」
パトリシアが声を上げた。
「あんたたちはここに住んでいるんだろう? いつも危険な状態にさらされているんじゃないのか?」
「余計なお世話だ」
ルバール氏が声を荒げた。
「魔物を討伐? できるわけがない。あんな恐ろしい魔物……。お前たちには絶対に倒せないね。とにかく邪魔なんだよ、出ていけ!」
僕たちは顔を見合わせた。
なぜだか分からないが、僕らは、この魔霊街の住人たちに嫌われているらしい。
僕ら、魔物討伐隊は、探偵のパメラさんと占い師のマリーさん姉妹に会うために、グバルー魔霊街に侵入した。
しかしさびれた商店街で、魔物ではなく住人──人間に取り囲まれたのだ。
「魔物討伐など、余計なことをするなって言ってるんだ。出ていけ!」
副町長のルバール氏は、ナタを構えて言った。素人の構えだ。
僕はルバール氏に言った。
「僕らはパメラさんと、マリーさんという人に会いにきただけです」
「……パメラ……マリー……」
「でも、パメラさんとマリーさんを探している最中、魔物に遭遇したら、討伐するしかありません」
「その魔物は恐ろしいヤツらだ。俺らは魔物に上納金を払って、この街で生きているんだ!」
じょ、上納金だって? この人たち、魔物に金を払って生きているのか?
ルバール氏は、チッと舌打ちをして言った。
「そういうことだ。魔物に上納金を払って、俺らは一応、安全に生活できてんだよ。だから、余計な騒ぎを立てるなってんだ」
「どれくらい払っているんですか?」
「……まあ、隠す必要もないから、堂々と言ってやろう。……毎月百万ルピーだ」
するとランダースが、「お、おいおい! 百万だと?」と声を上げた。
「魔物に、そんな大金を払ってんのか? バカか? あんたたちは」
「うるせえっ」
ルバール氏は声を荒げた。
「俺たちの生き方を否定するな。これは三十年以上、続いているんだ。今さらやめるわけにいかねえだろ」
「……なるほど。この魔霊街を見ると、とても商売をやっていけるような街には見えないね。その金はどこから出てくる?」
今度はパトリシアが聞いたが、ルバール氏は首を横に振った。
「それは言えない」
「では、当ててやろう。あんたたちがどうやって、金を手に入れているのか」
パトリシアがそう言ったので、僕やアイリーンは驚いた。ルバール氏たちも眉をひそめた。
「別の街に行き、スリか強盗をしているんだろう?」
「うっ……」
ルバール氏は一歩後ずさりをした。パトリシアはため息をついた。
「金を作ることができないのなら、どこからか金を盗むか、別の悪事を働く。それなら、手っ取り早く金を作れるからな。そもそも、別の街で、グバルー魔霊街の住人たちが、強盗をしていると噂になっているんだよ」
「……黙れっ……とにかくだ!」
ルバール氏は叫んだ。
「魔物……特に、アイアンナイトには手を出すんじゃないぞ! 絶対に殺される。とくにお前らのような弱そうな魔物討伐家たちはな。今までそんなヤツらを、たくさん見てきたんだ。おい、もう行こう」
ルバール氏はそう言うと、他の住人とともに、商店街の奥に去っていった。
「……なんなんだよ、あいつら」
ランダースは腕組みした。
「自分から、不幸になりにいっているようなもんじゃねえか」
「そうね」
アイリーンがうなずいた。
「人間は、心の表層部分では幸せを求めている。だけどあの人たちは、心の奥底では自ら悪の道や不幸を求めてしまっているわ」
◇ ◇ ◇
僕らは、商店街に隣接した墓地に進むことにした。
「この墓地を突っ切りましょう。地図を信じれば、この墓地の奥に、マリー先生たちの住む大屋敷があるはず」
アイリーンが言った。
墓石は倒れ、コケが生えている。この墓地は廃墟といって良いだろう。
しかし、本当にこの墓地の奥に、パメラさんとマリーさんが住んでいるのか? にわかには信じがたいが……。
「魔物の気配がするわ」
アイリーンがつぶやいた。彼女は、魔物の気配を察知する能力があるようだ。
「魔物か。じ、実体があるならば、勝負になる。行くぞ」
パトリシアは少し顔を上げた。
僕らが墓地を歩いていくと、周囲の森からガサゴソと音がした。
そして──。
バキバキバキッ
森から枝をかきわけて出てきたのは──。
骸骨剣士──スケルトンナイト、鬼系の魔物──レッドオーガ、触手系魔物──ビッグローパー! そして鉄の鎧、鉄の兜、鉄の剣を装備した魔物の剣士──アイアンナイトだ!
アイアンナイトは、体長3メートルはありそうだ。で、でかい!
すると、スケルトンナイトはナイフを投げつけてきた。
ガイン
パトリシアはそれを愛剣ムラマサで受け──。
「たああっ」
バキイッ
スケルトンナイトを斜めから斬り下ろした。
スケルトンナイトは骨ごと斬り裂かれ、パトリシアの剣によって破壊された。
するとスケルトンナイトは、その瞬間、青色の宝石に変化した。
魔物は宝石からできており、絶命すると宝石に変化してしまう。噂では、魔王が特殊な術で、宝石から魔物を作り上げているらしい。
「あらよっ」
ランダースは、レッドオーガの棍棒攻撃を避け──。
ズバアッ
鋼の剣で、魔物の胴を横払いで斬った。レッドオーガの死体は、赤い宝石に変化した。
ちなみにランダースには、愛用の剣というものはない。武器屋で売っている気にいった剣を、ただ装備する。刃が欠けたら、さっさと新しいのを買うらしい。
一方、アイリーンは愛用の剣──ジュレ・ブランシュを構えた。異国の言葉で、「霜」の意味らしい。
青白く波打った、珍しい形状の剣だ。
シャッ
氷の魔法剣で、ビッグローパーを斜めから斬り裂いた。
ビッグローパーは氷属性に弱い魔物だ。
ビッグローパーは断面が氷結し、絶命すると、そのまま宝石に変化してしまった。
「さあてと」
ランダースはニヤリと笑って、今まで微動だにしなかったアイアンナイトをにらみつけた。
アイリーンもパトリシアも構えている。
「手合わせといこうぜ、デカブツ」
すると──。
「クオオオオオッ」
アイアンナイトはそんな声とともに、全身から衝撃波を放った。
アイリーン、ランダース、パトリシアたちは5メートル以上もふっ飛ばされ、墓石や地面に体を打ちつけてしまった。
しかし、僕は吹き飛ばされなかった。松葉杖をついていたが、気を高め、とっさに魔法の結界を瞬時につくり出していた。
──自分で、「結界を作る? こんなことができたのか」と驚いたが。
「ぬう……?」
アイアンナイトは声を上げた。
「俺の衝撃波を受けて、ふっ飛ばされなかった人間は……初めてだ」
アイアンナイトの目が光った。人語をしゃべった! 知的レベルが高い魔物のようだ。
「少年……お前、何者だ? いや、その前に……」
アイアンナイトはそう言いつつ、右手を出した。
「上納金をもらいうける。いまなら150万ルピーでどうだ? 宝石や金塊でも良いぞ」
「残念だな」
僕はアイアンナイトに言った。
「お前を倒し、逆に宝石になってもらう」
「ぬうう……! こしゃくな」
アイアンナイトは一歩前に進み出た。
戦闘開始だ!