ランゼルフ・ギルドの魔法剣術道場に、なぜかドルガーがいた。

 しかも彼が師範(しはん)をしていて、道場生に指導をしていたのだ。

 指導時間終了後、ドルガーがギルド長室に戻ってきた。

 同時に僕は、ギルド長室に飛び込んだ。

「ドルガー、どういうことだ? なんで君が、道場の師範(しはん)をやっているんだ?」
「なんだよ、うるせえ野郎だな」

 ドルガーは(えら)そうに、胸を張ってギルド長室の椅子に腰かけた。

 すぐに黒服の男たち三人が、ギルド長室に入ってきて、僕をにらみつけた。

「まあ、お前をここに呼ぶつもりだったから、手間が(はぶ)けたけどな!」
「ドルガー……僕が入院していた三週間、師範代(しはんだい)をやっていたのか?」
「そうだよ? お前が入院したからな。非常に迷惑だったんだよ、こっちは!」

 ドガッ

 ドルガーは机を蹴っ飛ばした。

「馬車にはねられた程度で、いちいち入院なんかしてんじゃねーぞ!」

 ……色々言い返したいが、僕が聞きたいことは、今日の指導のことだ。

「ドルガー、今日の指導はなんだっていうんだ。あれは、道場生に対するいじめじゃないか!」
「いじめ?」

 ドルガーは、「ワハハハ」と笑った。

「おいおい、入院してさぼっていた誰かさんのおかげで、俺が師範代(しはんだい)をする羽目になったんだぞ。いじめだなんて、ひどいこと言うなよ、ダナン君よぉ」
「ひどいのは自分だろ! 木剣(ぼっけん)で、道場生をなぐりつけていたじゃないか!」
「あれが指導だ!」

 ドルガーは当たり前のように叫んだ。

「道場でも言ったが、剣術は戦場で使うもんだぜ。血が吹き飛ぶ場所だ。甘ぇこと言ってんじゃねえ!」
「いや、もっと技術的な指導をしろよ! あれじゃ道場生が嫌がって、どんどん減るぞ!」
「はあ? 俺の指導のやり方に文句があるのか? てめーは俺の部下みたいなもんだろうが」

 ぶ、部下? 確かにそう言われれば、そうだが……。

「部下が、上司の俺に、意見して良いのかぁ?」
「意見とか、どうでもいい。道場生をなぐるなんて、ゆるせない!」
「ほお、そうかいそうかい。そういやお前、入院中に俺の女に手を出したんだって? アイリーンによ」
「……手なんか出していない。アイリーンから聞いたよ。お前は彼女から、無法な金を請求(せいきゅう)していたってな」
「うるせえ! ごちゃごちゃと!」
「もう一度言う。今のままでは、魔法剣術道場は誰もいなくなってしまうぞ」
「はあ? いなくならねーよ。一時的なもんだろ。デリックにも指導を任せるつもりだ。俺の指導方針、そのままでやらせる。俺の考え方は絶対正しいからなあ!」

 こいつ、何も分かっていない。僕はあわてて言った。

「とにかく、僕を師範代(しはんだい)に戻せ」
「いや、てめーはクビだ!」

 え? 僕は頭がぼうっとなった。

「クビだと言ったんだ。二度とこのランゼルフ・ギルドに顔を見せに来るんじゃねえ」
「……な、なんだと」

 まさか、クビ! 給料がもらえないと生活ができない。だが、そんなことはどうでもいい。

 クビにされたら、今まで道場生と過ごしてきた時間が、ムダになってしまいそうだ。

「ほ、本当に僕をクビにするのか?」
「ああ、クビだよ。さっさと出ていけ」

 ドルガーは手で、ハエでも追っ払う仕草を見せた。

「まさか自分の力で、道場生が増やせたと思ってんのか? 生意気言ってねえで、出ていけや!」

 僕はドルガーの周囲にいた黒服の男たちにつかまれ、ギルド長室を追い出された。

 ◇ ◇ ◇

「ええーっ?」

 モニカ、マイラ、ポルーナさんたちは廊下で、目を丸くして僕を見た。

 声を上げたのは、モニカだった。

「ダナン先生がクビ?」
「そうなんだ」

 僕はため息をつきながらも、スッキリした表情で言った。

「ギルド長に楯突(たてつ)いたからね。クビになってしまった。僕自身の力不足だ」
「ううっ……そ、そんな。ダナン先生のおかげで、魔法剣術のことが分かってきたっていうのに」

 モニカは目をうるませている。マイラも、僕の手を握って言った。

「行っちゃ、イヤ。ダナン先生がいい。優しいもん」

 僕は涙をこらえて、マイラの頭をなでた。

「ありがとう。それだけ言ってくれれば、十分さ。別の仕事先を見つけるよ……」

 僕は三人にお別れを言って、ランゼルフ・ギルドを出た。

 ◇ ◇ ◇

 僕はクビと言われたとき、別のギルドに所属することを考えついていた。

 それは、隣町のマルスタにある、マルスタ・ギルドだ。

 僕は馬車に乗り、マルスタに移動した。

 マルスタ・ギルドに着くと、すぐにギルド長のブーリン氏が出迎えてくれた。

「ほほう? ランゼルフ・ギルドをクビにねえ……。そんなことがあったのか」

 ブーリン氏はうんうん、とうなずきながら、僕がクビになった経緯(けいい)を聞いてくれた。

「それで、このマルスタ・ギルドに所属したいのです。自分勝手なことを言って申し訳ありませんが、雑用でもいいので、(やと)ってくれませんか」

 まさしく自分勝手なお願いだ。勝手に連絡もなしに、マルスタ・ギルドにきて、ここに所属させてくれ、だなんて。

 虫のいい話だ。

 僕は恥ずかしくて、赤面していただろう。

「雑用だって? 何を言うんだ!」

 ブーリン氏が声を上げた。

 お、怒らせたか?

「ダナン君のような有能な魔法剣術の指導者を、雑用に使うなんてもったいない!」
「えっ?」
「実は、うちの魔法剣術の師範(しはん)は、もう()めたがっているんだよ」
「そ、そうなんですか?」
「だから、マルスタ・ギルドの師範(しはん)をしてくれないか。師範代(しはんだい)じゃない。正式な師範(しはん)だ」

 えええ? 僕が正式な師範(しはん)だって?

「こちらからも頼むよ。正式に、マルスタ・ギルドに所属してくれたまえ」
 
 ブーリン氏はこころよく、そう言ってくれた。

 幸運とはこのこと。人と人とのつながりが、幸運を呼び寄せるのだ……。

 僕は、何とか居場所を見つけた。

 だが──ドルガーはまだ、何かを(たくら)んでいる、と感じていた。