ここは……どこだ?

 僕は目を開けた。

 真っ白い天井が見える。重い体を起こし、周囲を見回した。

「薬の……においがする?」

 僕はつぶやいた。

 ここは小さい部屋だ。少し薬品のにおいがする。壁には、病院で見られるような、健康診断のポスターが貼りつけてある。

 病院の一室で、間違いないだろう。僕以外、誰もいない。

 大きな窓もある。僕はベッドの上で寝ていたようだ。

「一体、何がどうなって……るんだ?」

 よく思い出せない。何があって、こんなところにいるんだっけ?

「あ、いてて!」

 腕や胸が痛む。

 その時、コツコツとノックの音がして、ドアが開き、誰かが部屋に入ってきた。

 ……女の子だ。僕と同じくらいの年齢か。看護師さんだ。

 白い看護服を着ている。とても美しい女の子だ。

「ダナン、熱を測るよ」
「えっ?」

 僕は驚いた。

 この看護師さんは、何で僕の名前を知っているんだ? い、いや、この状況だと、僕は入院しているに違いない。

 だとしたら、看護師さんは僕の名前を知っていて当然か……。

「はい、そのままじっとして」

 看護師さんは、棒状魔法体温計を出して、僕の額に当てた。するとすぐに中の水銀が動き、「36」と「37」の間をさした。

「36・7℃。一応、平熱ね」
「ええっと……君は……」
「ダナンったら、まだ分からないの? しょうがないなあ」

 看護師さんは、ニコッと笑った。

 輝くような笑顔だ。

 彼女は看護師帽を取って、いたずらっぽい笑顔を僕に向けてきた。

「あれ?」

 僕は、この子を知っている! いや、知り合いどころか、幼なじみの……!

「アイリーン……! アイリーン・フェリクス……」
「もう~! やっと気づいたの」

 看護師さん……アイリーンは笑った。何で、あの魔法剣士のアイリーンが、看護師をして、僕の目の前にいるんだ? わけがわからない。

「昨日、君は道で馬車にはねられて、道で失神していたんだよ」
「あっ……」
 
 僕はやっと思い出した。

「あ、そうか。大ギルド祭の帰り……馬車に吹っ飛ばされたんだ……。そこから後は、記憶がなくて……」
「ダナンは頭を強く打っちゃったからね。道では大騒ぎだったんだよ、白魔法救急医療(いりょう)隊が来てさ。君が失神してから、1日経ったよ」

 アイリーンは静かに言った。

「ト、トイレに行く」

 僕はとにかく、トイレに行って落ち着きたかった。

 あいたた……体が痛い。アイリーンは僕を支えてくれた。

 松葉杖を取り、もちろん一人でトイレに行き、洗面所で口をゆすいで、落ち着いてからベッドの上に戻った。

 アイリーンはまた説明してくれた。

「その後ダナンは、私が看護師のアルバイトをしている、ここ、ランゼルフ白魔法病院に運び込まれたの」
「君は……今、看護師をしているのか」
「そうだよ、アルバイトだけど」

 アイリーンはまた、魅力的な笑顔でニコッと笑った。

「魔法剣士は今は休止。ドルガーの元も離れて……っていうか、逃げたんだけど」
「そ、そうなのか」
「それでね! 君に言いたいんだけど!」

 アイリーンは怒ったように、ぷうと(ほお)(ふく)らませて言った。

「この間、君、私のこと、気付かなかったでしょ!」
「え? 何のことだよ」
「私、この間の夜、赤いドレスを着て、キャバレークラブで働いていたんだよ。それで、ドワーフ族のバークレイに襲われて」
「えっ? あ!」

 思い出した。ランゼルフ・ギルドを出たとき、ドワーフ族にからまれている女の子がいた! あ、あの子って……。

「あれは、き、君だったのか?」
「そうだよ!」
「全然気が付かなかった。だって、夜だったし、赤いドレスを着ていたし、君は化粧もしていたから……。っていうか、じゃあ、その仕事もやめちゃったのか?」
「まあね……。もっと人の役に立つ仕事をしようと思ってさ。……でも、あの時、私を助けてくれたんだよね、君は」
「あ、そ、そうだね……」
「で、どうしてそんなに強くなったの?」
「え? それは……」

 マリーさんという元ギルド長が、僕からスキルをたくさん引き出してくれた……と、僕はそう説明した。

「ふうん、マリーさん……」

 アイリーンがそうつぶやいたとき、また部屋の扉がノックされた。そして、ドヤドヤと女の子たちが入ってきた。

 う、うわっ! き、君たちは!

「ダナン先生! 体調、どうですか?」
「心配したぞ! ダナン君!」

 モニカとパトリシアだ! そして……。

「ダナン先生~。無事だったんだね……良かった~」

 マイラもいる。マイラは涙ぐんでいる。こんな小さい子に、心配かけちゃったなあ……。

 僕はマイラの頭をなでた。

「あの、あなたたちは?」

 アイリーンは驚いたように、モニカとパトリシアに聞いた。

「私はダナン先生の一番弟子です!」

 モニカが語尾を強くして答えると、パトリシアも胸を張って言った。

「私はパトリシアだ。ダナン君の直弟子だよ。そのうちダナン君の食事など、世話をする予定だ!」
「あっ、そー……そうなんだー……へえ~」

 アイリーンはジロリと僕を見た。

 やめて? ちょっと引いたような目で僕を見るのは。

「良かったね、ダナン。こんなにかわいい女の子たちが周囲にいて!」

 アイリーンは腕を組んだ。……何か、怖いっつーの……。

 マイラ、助けてくれ。

「ダナン先生……」

 マイラはじっと僕を見て、言った。

「スケベ」

 いやいやいや、僕、スケベなこと、何もしてないから!

 ◇ ◇ ◇

 さて、これからこの白魔法病院で、入院生活が始まった。

 頭の精密(せいみつ)検査を、「魔導透析機(まどうとうせきき)」で受けた。また、骨折した腕や胸を、白魔法医師たちの魔法で、治療(ちりょう)してもらうことになった。

 全部で、三週間の入院治療(ちりょう)が必要だった。腕が痛かったので、アイリーンが食事を食べさせてくれた。

「はい、あーん」

 アイリーンはスプーンで、僕の口に麦と塩のお(かゆ)を運んでくれた。
 
 ……恥ずかしいんですけど。

 すると、アイリーンはニコニコ笑って聞いた。

「トイレは手伝う?」

 いや、自分でする。

 相変わらず、右足はマヒして動かない。しかし、アイリーンのおかげで、三週間の入院生活が結構、快適だった。

 しかし入院費用について、困ったことがあった。ランゼルフ・ギルドは一切、出してくれないらしい。怪我をした場合、ギルドに加入していれば、いくらか払ってくれる規則なのに。

 パトリシアの話では、ドルガーとジョルジュが手を回して、お金が出ないようにしているそうだ。僕に意地悪をしているのだろう。

 ◇ ◇ ◇

 馬車にはねられてから、三週間が経った。明日は退院の日だ。

「先生、お話したいことが……」

 その日、モニカが病室に来てくれた。

 モニカが神妙(しんみょう)な顔をしているので、僕は思わず聞いた。

「どうした?」
「えーっと……。ランゼルフ・ギルドの魔法剣術道場生が、どんどん減っているんです。四十九名いたのに、今では三十五名になってしまいました」
「えっ……、ど、どういうこと?」
「そ、それは……ドルガーギルド長が……」

 モニカが口ごもっている。

 ……何かあったのか?

 僕の頭の中には、ドルガーの意地悪そうな顔が浮かんだ。

 あいつ……! また何か(たくら)んでいるのか?