僕がパトリシア・ワードナスに勝ったあとの一週間は、少し異様だった。

 昨日、魔法剣術の指導後の帰り道、奇妙な視線を感じた。

「誰だ?」

 僕が振り返ると、大柄の黒服の男が2人いたのだ。そして僕と目が合うと、サッと逃げてしまった。

「な、なんなんだよ、一体」

 まさか……。ドルガーの手下たちか? あいつ、まだ何か(たくら)んでいるんだろうか。

 黒服につけ狙われることが、今週は3回もあった。

 ◇ ◇ ◇

 その月末。
 
 ランゼルフ中央公園では、青空の下、「地区ギルド祭」が開かれていた。僕も道場生を連れて、お祭りに参加した。

 ランゼルフ、ルードロック、マルスタ、ラインゾート、プラッカ地区のギルド連盟が(もよお)したお祭りだ。

 ギルド長たちが集まっているが、我がランゼルフ・ギルドのギルド長、ドルガーだけは欠席だ。代わりに、事務員のポルーナさんが開会式に出席している。

 ポルーナさんに迷惑かけて、なにやってんだよ、ドルガー!

「ドルガーのやつ、今、どうしてるんだ?」

 僕は一緒にお祭りにきた道場生のモニカに聞くと、彼女は答えた。

「魔物討伐(とうばつ)がいそがしい、と言っていたそうですよ。そもそも、ギルド長の仕事を、全然やってないらしいです。最悪ですよね!」

 ドルガーのやつ……!

 どうもポルーナさんは、ギルド長の仕事も代わりにしているらしい。

「ドルガーは仕事を放っておいて、どういうつもりなんだ?」
「さあ? 何も考えてないんじゃないですか?」

 モニカも怒りながら言った。

 ちなみに、パトリシア・ワードナスもお祭りに来ている。

「直弟子にしてくれ」

 彼女は最近までそう言っていたが、やがて僕の道場の道場生になることで落ち着いた。

「おっと、話し込んでいる場合じゃない」

 僕はお祭りの総責任者、マルスタ・ギルドのブーリン氏から、公開魔法剣術指導を依頼されていたのだ。

 大勢の観客の前で、道場生相手に公開指導する。うわ~……大役(たいやく)だぞ……。

 ◇ ◇ ◇

「さて、これから皆さんに、僕の剣術を見ていただきます」

 僕は公開指導を始めた。200人以上の人が、僕を見ている。こ、これは緊張する……。

 僕が片松葉(かたまつば)……つまり、一本の松葉杖をつきながら剣術を披露(ひろう)するので、皆、珍しそうに見ている。

 僕はモニカを相手に、演武を見せることにした。

「相手のスキをついて、胴を狙う技です」

 僕は上段斬りを軽く打ち、モニカの木剣(ぼっけん)を上に上げさせた。

 そこで素早く──。
 
 ヒュオッ
 
 モニカの左わき腹に、素早く木剣(ぼっけん)を入れた。もちろん、当たる寸前で止めたが。

 観客が、「うおおっ」と騒ぐ。

「はやい!」
「み、見えなかった」

 これは東洋の剣術の、「逆胴(ぎゃくどう)」に似た技だ。

 今度は木剣(ぼっけん)を左に上げた。

 シュ

 そのまま、木剣(ぼっけん)を右から胴に入れる。

 おおおっ……。

「これまた速い!」
太刀筋(たちすじ)がスムーズだ!」

 観客がまたも声を上げる。

 それを途中で止め、ひらりと木剣(ぼっけん)を回転させた。

 木剣(ぼっけん)逆手(さかて)に持ち……。

 モニカの足の甲に突きつけた。

 ピタアッ

 突き刺す寸前で、止めた。ふうっ……。

「は、はやすぎる!」
「胴二連発と、足への攻撃か!」
「た、達人だぞ、あの少年?」

 観客は目を丸くして、拍手してくれた。

 まだまだあるぞ。

 僕は構え、空中から魔力を体に取り込んだ。

「では、次は魔法剣です」

 すると僕の愛用の剣、グラディウスは火をまとった。

 そして用意してあった、練習用人形を──。

 ズバアッ

 斬り裂いた。すると練習用人形の断面から出火した。

「うわあっ」
「魔法剣だ!」
「初めて見た! カッコイイ」

 観客から歓声が上がる。

 だが、早く消火しないと。

「パトリシア!」
「任せよ」

 すぐに、パトリシアが氷結魔法を放ち、消火してくれた。

 観客のほとんどは、一般市民や農民だ。魔法剣を見ることは、一般生活ではないだろう。そもそも、魔法そのものを見た人がほとんどだ。

 だから、こんなに驚いているのだ。
 
 10歳の道場生、マイラ・ルバルアナが、焼け焦げた練習用人形を片付けてくれた。

「あの子、かわいい!」

 観客からそんな声が上がった。公開指導は、雰囲気よく()めることができた。良かった……。

 ◇ ◇ ◇

 お昼になった。これから、ギルド関係者に向けての授賞式があるらしい。

 だけど、僕には関係ない話だろう。

「マイラ、パトリシア、モニカ。協力、ご苦労様。お昼をご馳走するよ」

 3人に、出店の食事をおごることにした。

 出店の前にたくさんのテーブルが出ていて、皆、そこでお昼を食べている。

 僕らが頼んだのは、ベーコンとカブの塩味のスープ、ハーブ類とチーズを練り込んだ柔らかいパンだ。

 普段は酸っぱくて硬い黒パン、(かゆ)、安いハムなどを食べているので、とても豪勢な昼食となった。

「うむ……美味だ」

 パトリシアが、上品にパンをちぎりながら言った。

「パンに練り込んでいるハーブは、バジルだな。チーズとあわさって、程よい塩味のパンとなっている」
「このベーコン……! 甘味があって、塩味も程よくて、美味しいです!」

 モニカも納得の食事だ。さて、マイラが叫んだ。

「甘いデザートが食べたーい!」

 食後のデザートはアイスクリームとウエハース。甘いのが好きな女子3人は、笑顔になっていた。

 ◇ ◇ ◇

『ギルド長連盟より、授賞式を行います!』
 
 デザートを食べていると、舞台から魔導(まどう)拡声器によって、祭りの責任者、ブーリン氏の声が聞こえた。どうやら、今年活躍したギルド関係者の、功績をたたえようというわけだ。

『最初は、ギルド併設(へいせつ)道場師範(しはん)賞です。この賞の受賞者は、今日、公開指導をしてくれた……』

 ん?

『ランゼルフ・ギルドのダナン・アンテルド!』
 
 おおおっ

 僕に向かって、拍手と歓声がわき起こる。

 え? 僕?

 パトリシアはうなずいた。

「うむ。君の指導は実に分かりやすいからな。賞をもらってもおかしくないだろう。さあ、舞台に上がって」
「い、いや、しかし……」

 僕は困惑しながら、舞台に上がり、ブーリン氏から表彰状を受け取った。

 ブーリン氏は言った。

「おめでとう、ダナン君。松葉杖のことといい、色々、大変だったね。だが、君の指導のおかげで、ランゼルフ・ギルドもいまや、70名の道場生がいると聞いている」
「は、はい」
「君が賞をもらえるように推薦(すいせん)したのは、私だ」
「ええ? ありがとうございます」

 おや? ブーリン氏の後ろに、2名の兵士がついている。

 その兵士たちは、ブーリン氏に小声で言った。

「ブーリン殿、そろそろ業務の時間です」
「本業に戻りませんと」

 ん? 何だ? ブーリン氏は偉い貴族なのだろうか?

 ◇ ◇ ◇

 お祭りが終わり、僕はモニカたちと別れて、家に帰ることにした。表彰状を持って、胸を張って歩いた。

 僕の両親はすでに死んでいる。だから、家に帰っても一人ぼっちだ。

 僕は交差点を渡ろうとした。左腕で松葉杖をついているし、ゆっくりとしか渡れない。いつものことだ。

「ん? なんだ?」
 
 そのとき、道からすごい勢いで、馬車が走ってきた。

 御者がものすごい顔をしている。……まるで、僕をにらみつけるような顔だ。……御者は……く、黒服の男だ!

(え?)

 ドシャッ

 そんな音がした。

 僕は……ふっとばされた。

 ◇ ◇ ◇

 そして、僕は……とある女の子に、命を救われることになるのだった。その女の子は、僕がよく知っている女の子だった……。