僕の目の前には、ドルガーの刺客(しかく)、パトリシア・ワードナスという美少女魔法剣士がいる。

 学生魔法剣術大会優勝者で、強敵だ。えらく顔が美しい。

「外に出よう」

 僕は仕方なく提案した。

「道場の中じゃ、道場生が巻き込まれて危険だ」
「いいけど、本当にやるのかい? まあ、ドルガー君に頼まれて来たけどさ」

 パトリシアはクスクス笑って言った。

「君のような弱そうな少年と戦うのは、何だか気が引けるなあ」

 僕らは道場の外の、芝生広場に出た。

 ついに試合が始まる。パトリシアのことは、道場破りと解釈して良いのだ。だから、僕は彼女を降参させなければならない!

「では、木剣(ぼっけん)で勝負!」

 パトリシアは僕と向かい合った途端、跳躍(ちょうやく)した。

 ──そしてすぐに、木剣(ぼっけん)を上から振り下ろす!

 ガシイッ

 僕は木剣(ぼっけん)を横にして受ける。

 ──右足は動かない。【大天使の治癒(ちゆ)】は発動していないようだ。僕は左脇に、松葉杖を抱えている。だから、右手で戦わなければならない。

「アハハハハッ」

 パトリシアは笑い続ける。そして、攻撃の手は止まらない。

 ガッ、ガシッ、ガスッ

「まるで木に打ち込み練習をしているようだよ、ダナン君!」

 だが、僕は彼女の木剣(ぼっけん)を、すべて自分の木剣(ぼっけん)で受けることができた。

 道場生たちは心配そうに、僕とパトリシアを遠くから見ている。笑っているのは、デリックたちだ。……ドルガーもいつの間にか来ている。……あいつ!

「でりゃあああっ」

 パトリシアは素早く、横に払う。

 ガッ

 僕はまたしても、それを受けた。

「ダナン君、君は松葉杖をついている」

 パトリシアは首を横に振って言った。

「少しは手加減しないと、と思うが。どうも手加減できない性分でね」
「パトリシア、余計なお世話だ」
「心配して言ってるんだよ? フフフッ」

 パトリシアはニヤつきつつ──。

「たああっ」

 今度は素早く、木剣(ぼっけん)を突いてきた。

(ここだ!)

 ガリイッ

 僕はパトリシアの木剣(ぼっけん)に、僕の木剣(ぼっけん)をすべらせた。そして、パトリシアの木剣(ぼっけん)を左に打ち払うことに成功した。

 そしてそのまま──。

 上体を左に移動し、片手上段斬りだ!

 ヒュッ

「うっ、あ」

 パトリシアがうなった。

 僕の木剣(ぼっけん)が、パトリシアの(ほお)をかすめたのだ。

「な、何だ、今の!」
「す、すげぇ! ダナン先生の技」
「見た? 木剣(ぼっけん)がヘビみたいな動きをしてた」

 道場生たちは歓声をあげる。

「な、なんだと」

 パトリシアは目を丸くして、僕を見た。

「『バインド』を使うとは!」
 
 そう──僕が放った技は、バインドと呼ばれる、高等技術だ。剣と剣が重なりあったとき、剣を(すべ)らせ、そのまま攻撃に転じる。

 拳闘でいうと、カウンター攻撃と同等レベルの、高度な攻撃方法だ。

「……少年で、ここまで(あざ)やかなバインドを使用するとは。は、初めて見たぞ」

 パトリシアの目が、ギラリと光ったような気がした。

 パトリシアが木剣(ぼっけん)を下段に払う! 足狙いか?

 ガシイッ

 僕は間一髪、左に持った松葉杖で左足を防いだ。

「な、何と? 松葉杖で防ぐとは? そんなバカな」

 パトリシアが声を上げたとき──。

「ひ、卑怯(ひきょう)です! パトリシアさん」

 モニカが声を上げた。

「ダナン先生は、右足がマヒしていて、動かないんですよ! 狙ったのは左足とはいえ、足を狙うなんて!」
卑怯(ひきょう)?」

 パトリシアの顔はひきつっていた。

卑怯(ひきょう)が何だと? 私は公爵《こうしゃく》家の娘──負けるわけには──」

 パトリシアは飛び込み、再び木剣(ぼっけん)を突き出してきた!

「いかないのだ!」
(もらった!)

 僕はパトリシアの木剣(ぼっけん)を右に払い──そして、ぐるりと巻きつけるようにした。

「なっ?」

 パトリシアは声を上げた。

 ガッ

 そんな音とともに、パトリシアの木剣(ぼっけん)が彼女の手から離れ、宙を舞い──。

 ドッ

 芝生の上に、落ちた。

 僕は呆然とするパトリシアの首に、自分の木剣(ぼっけん)を当てがっていた。

 勝負あったか? これは僕の勝ちだ!

「……すげえ」
「ダナン先生が、パトリシアの木剣(ぼっけん)を巻き取ったんだ!」
「神技だ……」

 道場生たちが声を上げる。僕はパトリシアの木剣(ぼっけん)を、自分の木剣(ぼっけん)で巻き取った。そして彼女の手から、木剣(ぼっけん)を離れさせた。

 彼女の手には、武器はもうない。

「な……んだと」

 パトリシアは地面にひざまずいた。

「わ、私の剣が、私の手から離れてしまっただと? な、なんてことだ。こんなことはありえない」
「負けを認めるか?」
「くっ……。同年代の者に、完全に負けた。こ、こんなバカな!」

 パトリシアは僕を見上げ、キッとにらみつけた。ま、まるで(おおかみ)のような鋭い目だ。

 そして叫んだ。

「ダナン君ッ!」
「う、うわっ!」

 怖っ! ん? 彼女の(ほお)は真っ赤だ。

「い、いえ。ダナン先生と……お呼びして、よ、よろしいですか?」
「へ?」

 ガシッ

 彼女は僕の両手をつかんだ。

「で、できれば、あなたのお家に住まわせていただき、直弟子(じきでし)にしていただきたい!」
「は、はあああ?」
「お願いです! 食事も風呂()きも私にお任せください!」
「ひええ! そんなお願いされても!」

 僕は松葉杖をつきながら逃げ出そうとしたが、パトリシアは僕の後ろから、ガッシと抱きつく!

「待て、逃げるか! それでも男か、ダナン先生! 私を弟子にしろ!」

 ど、どっちが勝者だか、わかりゃしないよ!

 道場生たちが、クスクス笑っている。

 僕は、この勝負に勝つことができた。

 だけど、ドルガーとデリックたちだけは、ワナワナ震えていたようだった。