魔法剣士の片手剣術無双~松葉杖をついた魔法剣士ですが、女ギルド長に超スキルを引き出してもらいオリジナル片手剣術を編み出しました。道場師範ライフで毎日幸せ!~

 アイリーン・フェリクスは、虎夢亭(とらゆめてい)の前で自分の客と会った。

 そしてその客、バークレイに詰め寄られたのだ。しかし、バークレイの腕をつかんだのが、ダナン・アンテルドだった。

(ダ、ダナン!)

 アイリーンは目を丸くした。そういえばさっき、ランゼルフ・ギルドから出てきたのを見たっけ……。

 いや、そんなことよりも、ダナンが危険だ。ドワーフ族は気が荒く、なぐられたら骨折じゃすまない。ダナンが殺される!

「てめえ!」

 バークレイは思いきり腕を振りかぶり、ダナンの顔に向かってパンチを放った。

 パシイッ

(えっ?)

 アイリーンは目を丸くした。

 ダナンは松葉杖を持った逆の手──右手でバークレイのパンチを受け止めていた。

 アイリーンは声を上げそうになった。

(きゃあ……す、すごい!)
「う、ぎゃ!」

 バークレイは悲鳴をあげた。

 ダナンがバークレイの手首をひねると、バークレイは片膝(かたひざ)をついてしまった。

「こ、このっ!」

 バークレイが立とうとすると、ダナンが手に力を込める。

 グリッ

「い、いてて! や、やめてくれ。いてえよ!」
 
 顔が苦痛にゆがんだバークレイは、ダナンを見上げた。

「な、なんなんだお前は……。お、おい。分かったよ。も、もうゆるしてくれ」
「あ、ああ。分かった」

 ダナンがそう言って手を離すと、バークレイは急に立ち上がった。

 ニヤッ

 バークレイが笑った。危ない!

「このバカが! (だま)されおって!」

 ブウンッ

 そんな音とともに、バークレイの左パンチがダナンの顔を襲う!

 スッ

 ダナンが松葉杖をうまく使って上体をそらすと、バークレイのパンチは素通りし──。

 ドガシャアアッ

 バークレイは、虎夢亭(とらゆめてい)の看板に激突してしまった。

「ま、まだやる?」

 ダナンはバークレイの後ろから、声をかけた。

 バークレイは頭をおさえながら、おびえた顔でダナンを見た。血は出ていないようだが……。

「ひ、ひい!」
「こ、今度はこっちからいくぞ」
「何んだ、こいつは! 化け物だ!」

 バークレイはそう叫んで、その場を逃げ出した。

(わ、わあ~……カッコいい……)

 アイリーンはドキドキしながら、ダナンを見た。

「ふう、これがスキルの力か」

 ダナンはブツブツ、訳の分からないことを言っている。

 とにかく、アイリーンはお礼を言うことにした。

「あ、あの。助けてくれて、どうもありがとう」
「ど、どうも」

 ダナンは頭をかいている。

 周囲はちょっと薄暗い。そしてアイリーンが赤いドレスを着ているせいで、彼女が幼なじみとは気づかないようだ。

「……」
「……」

 ダナンとアイリーンの間に、沈黙のときが流れた。アイリーンは(ほお)を赤らめていた。

(でも一体どういうこと? 確かに私は、ダナンに魔法剣士の能力があるって、分かっていた。でもこんな短期間で……ここまで強くなるなんて?)

 アイリーンは首を(かし)げたが、ダナンも首を(かし)げてアイリーンを見た。

「えーっと、あの、どこかでお会いしましたっけ? 君のこと、どこかで見たことあるような……」
「えっと、あの……私」
「おい! 何をやっている!」

 その時、虎夢亭(とらゆめてい)のヒゲの支配人が店から出てきた。

「やばっ。じゃあね」

 ダナンは松葉杖をつきながら、さっさと行ってしまった。

「あっ! 何なんだこれは!」

 支配人は壊れた看板を見て、声を荒げた。あちゃ~……。アイリーンは額を押さえた。

「アイリーン! バークレイさんを帰しちまったのか! さっき、騒動があったと、店の子から聞いたぞ」

 支配人はアイリーンを怒鳴った。

「あんな上客(じょうきゃく)、滅多《めった》にとれるもんじゃない」
「も、申し訳ございません! またお客様をとれるように、頑張(がんば)りますから……」
「ダメだ! こういう騒ぎを起こされると、この業界はすぐ(うわさ)が広まるからな。アイリーン、お前はクビだ!」
(そ、そんな……)

 アイリーンはその場で、風俗店をクビになってしまった。

(……やっぱり、接客業なんて、向いてなかったんだな。私は魔法剣士だもんね)

 もっと、人の役に立てる仕事につこう。ダナンだって、頑張(がんば)っているみたいだし……。

 アイリーンは色々決心した。

 そして思った。ドルガーと縁を切って、もう一度、ダナンに会いたい……と。
 僕が魔法剣術道場の師範代(しはんだい)となり、二週間が経った。

 僕は自分らしく「人を()め」「丁寧(ていねい)に」「優しく」剣術を教えていたら、男子部が三名から七名、女子部が六名から十名に増えた。

 男子部のデリック、マーカス、ジョニーはたまにしか来ないが、相変わらず僕をにらみつけてくる。

 だが、他の道場生は(さいわ)い真面目だ。子どもから大人、ご老人まで幅広く来てくれるようになった。

「あなたの教え方が良かったみたいね」

 僕はギルド長室に呼び出され、ギルド長のマリーさんにこう言われた。

「あなたは教え方が丁寧(ていねい)で、男の人にも女の人にも好評よ」
「そ、それは良かったです」

 何だか信じられない気分だ。僕は、人にものを教えるのに向いているのかもしれない。

「ところで、このランゼルフ・ギルドの社長って、バーデン・マックスという人なんですよね?」
「あ、あら、良くご存知ね。んー……」

 マリーさんはちょっと顔をしかめた。

「でも、私とちょっと折り合いが悪い人なのよ。私、もしかしたら、いつかギルド長を()めさせられるかもしれないわ」
「えーっ? そんな」
「でも、どうして社長のことを聞くの?」

 僕はギルド社長の息子、ドルガー・マックスから受けたいじめのことを、マリーさんに話した。

「そんなことがあったの……」

 マリーさんはしばらく何か考えているようだったが、「その話は、また聞きたいわ」と言った。

「ところで、あなたの『ユニークスキル』が判明したから、報告します」
「な、何でしたっけ、それ?」
「あなたの魔法スキル表の最後の項目が、『解析(かいせき)中』だったでしょう。それが判明したの」

 マリーさんは魔法で、空中に光る文字で、僕のスキル表を作り上げた。

 最も下の項目には……。

☆重要 ユニークスキル
【ユニークスキル・幸運の伝播(でんぱ)
・ダナンに関わった者は、全員幸運を手に入れる。ただし、ダナンに危害を加えたものは、逆に大凶運(だいきょううん)になってしまう

「ユニークスキル、幸運の伝播(でんぱ)? なんのこっちゃ?」

 僕は首を(かし)げるしかなかった。

「ユニークスキルとは、その人が生まれ持っている、その人固有の特別な能力のこと」

 マリーさんは続ける。

「ドルガーが大貴族に依頼されるまでになったのは、おそらくあなたのおかげだと思うわ」
「ど、どういうことですか?」
「あなたの【ユニークスキル・幸運の伝播(でんぱ)】が、周囲の人間の運勢を高めていたのよ」
「えーっ? ということは」

 僕は眉をひそめた。

「僕がドルガーの運勢を、良くしちゃってたってこと?」
「そうよ。でも最近、あなたをいじめて魔物討伐(とうばつ)隊から追放した。この項目の説明を見なさい。『ダナンに危害を加えたものは、逆に大凶運(だいきょううん)になってしまう』」
「確かに、そう書いてありますね」
「となると、ドルガーの運勢は、今、最悪のはずよ」
「へ? そ、そうなんですか?」

 僕が驚いて聞くと、マリーさんはニッコリ微笑んだ。

「もしドルガーがあなたに関わってきても、あなたのユニークスキルが守ってくれるわ」

 ◇ ◇ ◇

 その日の昼、ドルガーたちの魔物討伐(とうばつ)隊「ウルスの盾」は、ランゼルフ地区のグレーザー墓地の近くを歩いていた。この辺の道はぬかるんでいて、なかなか歩きにくい。

 ドルガーが(ひき)いるのは、戦士のバルドン、魔法使いのジョルジュ。そして男性新聞記者のカーツ・ゲイリーとロジー・ベーカーだ。

 女魔法剣士のアイリーンは、最近、体調が悪く、宿屋で休んでおり、ついてこなかった。

「ドルガーさん、今日はカッコイイところ、見せてくださいよっ! バッチリ、写真に()りますからね」
「おおよ!」

 ドルガーは新聞記者のゲイリーの言葉に、歩きながら応えた。今日の魔物討伐(とうばつ)には、新聞記者がついてきている。ドルガーはこの大貴族依頼の魔物討伐(とうばつ)を、新聞に掲載《けいさい》させて、もっと自分たちの名声を高めようとしていた。

「オレらにかかれば、魔物なんて5分もかからずぶっ倒しちまうぜ!」

 ドルガーは胸を張って声を上げた。ちなみに今日の討伐(とうばつ)依頼は、最近、墓地に出現したポイズン・ビッグトードとスケルトン・ナイトの討伐(とうばつ)だ。グレーザー墓地はドルガレス家の墓がたくさんあり、彼らは魔物の出現に頭を悩ませていた。

「見とけや。今はAランクだが、すぐにSランクパーティーになって、大貴族どころか、王族直属の魔物討伐(とうばつ)隊になってやるぜ」
「す、すごい意気込みだ。さすが、若手ナンバー1の魔物討伐(とうばつ)隊のリーダーですね!」

 新聞記者のベーカーがはやし立てる。

 おや? そのとき……。

『ドルガー・マックスさんから、ダナン・アンテルドさんの【ユニークスキル・幸運の伝播(でんぱ)】の効果が外れます。十分、お気をつけください』

 ん……? 頭の中で、何か声がしたぞ。

 ドルガーは周囲を見回した。

「おい、なにか言ったか?」

 ドルガーはジョルジュに聞いた。

 ジョルジュは、「いえ」と首を横に振って言った。……なんだ、気のせいか。ドルガーはふん、と鼻で息をした。

「ドルガーさん」

 するとジョルジュが神妙な顔で、ドルガーに耳打ちした。

「ドルガーさんのお父様の経営する、ランゼルフ・ギルドに、ダナンがいるらしいじゃないですか?」
「あ? ああ」

 そうだ。

 ドルガーの親戚(しんせき)のデリック、そして友人たちのマーカス、ジョニーが、ダナンに道場で負けたらしい。デリック本人も言っていたことだ。

(どうなってやがる?)

 ドルガーは首を(かし)げるばかりだった。

 デリック、マーカス、ジョニーは、全員、学生魔法剣術大会の入賞者だぞ……! しかもデリックは四位だ。学生大会とはいえ、三人とも猛者(もさ)といっていい。

 あの松葉杖の弱虫ダナンが、デリックたちを負かした……? 何が起こっているんだ?

「どうしたんですか? もう魔物が現れたんですかい?」

 ゲイリーがドルガーの顔色をうかがって、聞いてきた。

「い、いや。まだだ」
「いてえっ!」

 その時! 急にバルドンが声を上げた。

 ドルガーが驚いて振り返ると、バルドンの右足に中型のヘビが喰いついている。

「ちきしょう!」
 
 バルドンはベビを左足で()み、道端に蹴り上げた。

 ジョルジュが駆けつけた。

「リッグ・スネークのようですね。牙に毒はないはずです」
「な、なにやってんだ! バルドン、注意しろ!」

 ドルガーはイライラして、バルドンを怒鳴りつけた。

 なんだ? ヘビがバルドンに()みついた? そんなことは今までの魔物討伐(とうばつ)でなかった出来事だ。

 ちっ、縁起(えんぎ)が悪いぜ。新聞記者が来てるってのによ!

 ドルガーは嫌な予感がして、仕方がなかった。

 やがて一行は、墓地にたどり着いた。

 その墓地から、ドルガー(ひき)いる魔物討伐(とうばつ)隊の没落(ぼつらく)が始まるのだった。
 ドルガーたち魔物討伐(とうばつ)隊がグレーザー墓地に着くと、さっそくポイズン・ビッグトードが二匹、出現した。大カエル型の魔物だ。

「あんたら、墓地の(すみ)で待ってろや。望遠でカッコいいとこ写せよ」

 ドルガーが自信満々で声を上げると、新聞記者たちは、「おまかせください!」と言い、魔導(まどう)写真機を構えた。

「バルドン、右に行け! ジョルジュ、氷属性魔法の準備をしておけ。爬虫類(はちゅうるい)系魔物は、氷に弱いと相場が決まっている」

 ドルガーはメンバーに指示する。

 ポイズン・ビッグトードは、牛三頭分の大きさの大カエルだ。

 ドガシャアッ

 ポイズン・ビッグトードは墓を壊し、ドルガーをにらみつけると、大きく跳躍(ちょうやく)した。

 巨体で、ドルガーを押し(つぶ)す気だ。

「へっ、力まかせで、オレらにかなうわけないぜ。このCランクモンスターが!」

 ズバアッ

 ポイズン・ビッグトードが飛び上がって体を浴びせてくる瞬間──。ドルガーは自慢(じまん)の剣「テンペスタ」でなぎ払った。

 ポイズン・ビッグトードの胴体は二つに切り裂かれ、そのまま宝石に変化してしまった。

 魔物は魔力を()びた宝石からできており、死ぬと宝石に変化してしまう。これは魔物が魔物を宝石から造り上げているから、といわれている。

「や、やったぜ」

 ドルガーが声を上げたその時──。

『警告します。ドルガー・マックスさんから、ダナン・アンテルドさんの【ユニークスキル・幸運の伝播(でんぱ)】の効果が外れています。十分、お気をつけください』

 また、ドルガーの頭の中で、奇妙な声が響いた。

 くそっ、何だってんだよ。うるせぇ声だ! 黙れ!

 しかし──。

 グニャアッ

 ドルガーの背後で、気味の悪い音がした。

 ジャイアント・ローパーだ! 触手(しょくしゅ)が全身に生えた、まるで光る木のような奇妙な魔物だ。これはかなりの強敵!

「な、なんだと。グレーザー墓地に、Aランクの魔物がいるのか? 聞いてねえぞ」

 バルドンが目を丸くして、声を上げた。

 触手(しょくしゅ)がドルガーの全身に(から)みついた。物凄(ものすご)い力だ。

「く、くそっ! 動けねえ!」

 それを見たもう一匹のポイズン・ビッグトードが、ドルガーに向かって口から毒液を吐いてきた。

 ビッシャアア!

「う、うぎゃあっ!」

 ドルガーが全身に毒液を浴び、叫び声を上げる。

「ドルガー! 大丈夫か」

 バルドンが駆けつける。

「ど、毒が! 毒が……。ジョルジュ、解毒魔法は!」
「い、今……やります!」

 しかし、ジョルジュが魔法を放とうとしたとき、後ろからもう一匹のジャイアント・ローパーが襲ってきた。

 ガシイイッ

 ジャイアント・ローパーは、ジョルジュを触手(しょくしゅ)羽交(はが)()めにした。

「こ、こいつ、僕の魔力を吸っている! 解毒魔法が放てない!」

 ジョルジュは叫んだが、ドルガーも声を荒げた。

「な、なんだとおおおっ! ジョルジュ、てめえ、早くしろ。オレが毒で死ぬだろうが!」
「む、無理です。魔力が枯渇(こかつ)してきました!」

 一方、バルドンは魔物討伐(とうばつ)の目的であるスケルトン・ナイトと、剣で応戦している最中だった。

 ジョルジュは何とか残った魔力で、火の魔法を放ち、ジャイアント・ローパーを焼き殺した。ジャイアント・ローパーも宝石に変化した。

「ジョルジュ! 解毒剤があるだろ、いつも持ってきてるヤツ」

 ドルガーが声を上げる。

「げ、解毒剤? あ、ありません」
「バカ言うな。いつも持ってきてるだろうが!」

 くそ、スケルトン・ナイトがまた向こうからやってくる。何匹いるんだ?

 ジョルジュは訴えるように言った。

「荷物持ちのダナンをクビにしたから、忘れちまいました! あいつなら解毒薬をいつも常備していたので……」
「な、く、くそおおおっ!」

 なんと! こんなところで、あのクソ弱い荷物持ちのダナンの重要性を、再認識するとは。
 
 ドルガーはなんとか、後ろに張りついていたジャイアント・ローパーを、剣で切り裂いた。

「はあっ、はあっ」

 ドルガーは満身創痍(まんしんそうい)だ。毒で頭がクラクラする。

「あ、あの~」

 新聞記者のゲイリーが、おずおずと小瓶(こびん)を取り出してドルガーに見せた。

「解毒薬なら、持ってきていますが。妻に魔物退治だから、と持たされて……」

 ドルガーはその解毒薬をひったくると、グイグイ飲んだ。

「くそ!」

 市販(しはん)の薬のせいか、効き目が弱い! 後で病院で解毒してもらわなきゃダメだ。だが、今の薬で少しは毒がひいたらしく、多少、体力は回復した。

 だが、なんで新聞記者なんかに助けられなきゃなんねーんだよ!

「ドルガーさん! 空を見てください!」

 う、うおおおっ!

 巨大な真っ黒い魔物が、空を飛んでいる。

「ダークドラゴンだ!」

 バルドンが声を上げた。

「え、SS級モンスターだぞおおっ!」
「ち、ちきしょう! な、何でこんなときに?」

 ドルガーがそう叫んだとき──。

『警告。ドルガー・マックスさんから、ダナン・アンテルドさんの【ユニークスキル・幸運の伝播(でんぱ)】の効果が外れています。お気をつけください』

 再度、ドルガーの頭の中で、例の奇妙な声が響いた。

「うっせえんだよ!」

 ドルガーは、自分の頭の中の声に怒鳴った。

「逃げるぞー! バルドン、ジョルジュ!」
「く、くそ、マジかよ。オレらAランクパーティーだぞ」

 バルドンは悔しそうに言った。

 グオオオオオオッ

 ダークドラゴンが大口を開けて、空から火を吐こうとしている。

「火にまきこまれるぞ! 墓地から逃げろっ!」

 ドルガーは新聞記者たちを突き飛ばして、墓地からさっさと逃げていった。バルドンやジョルジュも後に続く。

 新聞記者二人は顔を見合わせていたが、「なんだ? ひどい魔物討伐(とうばつ)隊だぜ……」と言いつつ、逃げ出した。
 僕はダナン。ダナン・アンテルド。

 僕がランゼルフ・ギルドで師範代(しはんだい)を始めてから、約一ヶ月が経った。

 ランゼルフ・ギルドの魔法剣術道場は、今や道場生が四十九名になっている。

 たった十名だった、一ヶ月前とはえらい違いだ……。

「さてと、やっと着いた」

 僕は馬車から松葉杖をついて降り立った。ここは、隣町のマルスタという港町だ。
 
 その町のマルスタ・ギルドで、急遽(きゅうきょ)、魔法剣術を教えることになった。

 マルスタ・ギルドの師範(しはん)が急病になったため、マリーさんの紹介で、臨時(りんじ)で助けにいくことになってしまったのだ。

 ◇ ◇ ◇

「今日は、魔法剣術の基礎(きそ)の一つ、魔法の発動の仕方について説明します」

 僕は、マルスタ・ギルドにある魔法剣術道場の、少年少女部の道場生たちにいった。

 ここは、マルスタ・ギルドの道場の庭。

 約二十名の道場生たちが、真剣に僕の指導を見ている。

「皆さんの体には、七つの『門』があると想像してください」

 僕は皆に説明した。

 あれから魔法剣術をかなり勉強した。このように説明できるのは、【スキル・英雄王の戦術眼】のおかげでもあったが。

「七つの門は、魔法剣術の達人だと、だいたい三つくらい開いています。それ以上の人は英雄、偉人レベルですね」
「門ってどこにあるの?」

 道場生から質問が飛んできた。僕は答えた。

「この門はね、見えないんだよ。お尻の下、お腹、へそ、胸、のど、眉と眉の間、頭の中にあると、想像してください」

 この門とは、想像上のものだ。しかし、魔法使いや賢者、霊能者など、「霊視(れいし)」ができる人には見えるという。開いている門が多ければ多いほど、剣術の能力が発達しているというわけだ。

「ないのに、あるの?」
「そう。一つ目の門が開いているイメージで、魔法を放つと──こうなります」

 僕の体に、空中から魔力が集まってきた。

「はあっ!」

 僕は氷の魔法を、松葉杖をついていない右手で、庭に設置された練習用人形に向かって放った。

 ビキイッ

 練習用人形は、一瞬にして、氷()けになった。
 
 道場生から、歓声があがる。

 魔法は、僕がマリーさんからスキルを開花させてもらって、放てるようになった。

「わあー」
「あれが魔法なんだね」
「人形が凍っちゃった!」

 道場生の子どもたちは、驚きの顔で僕と練習用人形を見た。

 僕はすぐに、持参してきた魔力模擬刀(まりょくもぎとう)を取り出した。

 この武器は主に対人試合で使用され、実際には人を斬ることはできない。魔法の刃で斬るわけだ。斬った人体の部分は(しび)れるだけで、無殺傷(むさっしょう)の魔法武具だ。

 そして、その魔力模擬刀(まりょくもぎとう)に雷の魔法を放出し──。

「魔法剣──雷龍斬(らいりゅうざん)!」

 バリイイッ

 片手で、さっき凍った練習用人形とは別の練習用人形に、叩き込む。

 すると練習用人形は帯電(たいでん)し、バリバリと音を立てて煙を発した。

 この魔法剣は対人試合で使えるかどうかは、ルール次第だ。だが、道場生には見せておいたほうが勉強になるだろう。

「わーっ」
「雷の魔法剣だ」
「カッコイイ!」

 道場生たちは目を輝かせて、僕を見た。

 僕はこの不自由な右足のおかげで、戦う力はないが、こうやって人に教えることができる。

 エクストラ・スキルの【大天使の治癒(ちゆ)】で一時的に右足を治すことはできるようだが、それは自分の意志ではできない。【大天使の治癒(ちゆ)】が勝手に、その「時」を選ぶ。残念だけど。

「ねえ、どうやるの?」
「先生、教えて」

 僕の実演は、子どもたちに良い影響を与えたようだ。

 さっきの魔法と魔法剣を見せた後、質問攻めにあった。

 ◇ ◇ ◇

「とても良い指導だったよ、ダナン君!」

 指導後、マルスタ・ギルドのギルド長、ブーリン氏が言った。ヒゲの太った中年男性で、気の良さそうなまん丸な顔をしている。

「君は指導がすごく丁寧(ていねい)だ。自分で道場生に、魔法剣術を実演して見せているし、分かりやすい。実は今、休んでいる魔法剣術の師範(しはん)のバンスリーさんは、大酒のみでさ」
「ああ……剣術の先生って、お酒を飲んでいる人が多いですよね」
「そうなんだ。まともに指導しないんだよ。口では道場生に、ああしろ、こうしろと言って、自分じゃ何もしない。『今日は調子が悪い』とか言っちゃってさ」
「うーん、そういう人、いますね」
「何しろ、魔物討伐(とうばつ)から引退した魔法剣士が多いだろ。気持ちもだらけちゃっているのさ。だが、今日の道場生は、目の輝きが違った。君の指導のおかげだよ」

 僕は照れくさかった。

 ブーリン氏は、僕に謝礼の封筒を手渡しながら言った。

「何回か、来てくれると嬉しいんだけどね」
「はい……あれっ? 五万ルピーも入っているじゃないですか。三万ルピーの約束でしたが……」
「感謝の気持ちだよ。受け取ってくれ。また来てよ、頼むよ」
「あ、ありがとうございます」

 僕は多めの謝礼を受け取り、馬車でランゼルフ・ギルドに帰った。

 ◇ ◇ ◇

 ところが、ランゼルフ・ギルドに到着すると、事務員になったポルーナさんが僕の方に走り寄ってきた。この間、マリーさんに無理矢理、魔法剣術の師範代(しはんだい)にされてしまった女性だ。

「た、大変なのよ、ダナン君! マリーさんが!」
「ど、どうしたんですか?」
「ギルド長をやめさせられちゃったのよ~!」
「えっ! そうなんですか?」

 驚いた。僕の恩人ともいえるマリーさんが、ギルド長をやめさせられるなんて? ん? となると、今のギルド長は……。

「でね、さっき新しいギルド長が就任したの。すぐにギルド長室に挨拶(あいさつ)に行って」
「え? あ、はい」

 僕は急いでギルド長室に駆けこんだ。

 そこには、見覚えのある少年が、椅子に偉そうに座っていた。

 勇者、ドルガー・マックス……!

 僕を魔物討伐(とうばつ)隊から追放した男だった!
「ずいぶん、挨拶(あいさつ)に来るのが、おせえじゃねえかよ、ダナン! ええ?」

 ドルガーは、僕をにらみつけながら言った。足を机の上に投げ出して、とんでもなく態度が悪い。

 一体、マリーさんはどこに行ったんだ? なぜドルガーがここにいる? 後ろには魔法使いのジョルジュも立っていた。こいつは、ドルガーの腰ぎんちゃくだった。

「ど、どうして、君がここにいる? マリーさんはどうしたんだ?」

 僕が聞くと、ドルガーはハエでも追っ払う仕草をしながら言った。

「あの占い師みてぇな女か? 俺の親父は、このランゼルフ・ギルドの社長だからよ。親父に命令してもらって、さっさとギルド長を()めてもらった」
「で、どうして、ドルガーがここにいるんだよ?」
「分かり切ったことを聞くんじゃねえよ! ボケナス!」

 ドガッ
 
 ドルガーは机から足を降ろし、机を蹴っ飛ばした。

「俺がランゼルフ・ギルドのギルド長になったからだ! 親父にやってくれと言われたからな」

 父親にやってくれ、と言われた? 本当は、僕の動向を探りにでも来たんじゃないのか……?

「ドルガー……君も十六歳のはずだ。ギルド長になるなんて、まだ早すぎないか」

 僕が聞くと、ジョルジュがケラケラ笑って言った。

「ダナン君、君は頭が悪いですねえ。この国では、若い経営者がたくさんいるのを知らないんですか? 十五歳で武具店を開き、一億ルピーを(かせ)ぎ出している人もいるんですよ」
「俺だって、流れにのらねぇとな! ワハハ」

 ドルガーがジョルジュの言葉に、大きくうなずいた。

「魔物討伐(とうばつ)業はどうしたんだ? 僕を追放しておいて」

 僕が聞くと、ドルガーは機嫌が悪そうに答えた。

「当然、平行して続けるぜ? 文句あるのか」

 そういえば、アイリーンはどうしたんだろう? 聞くべきか……? そう考えていると……。

「おい、ダナン。お前が魔法剣術の指導ができるなんて、まだ信じられねえなあ。話を聞くと、道場生が増えたらしい……じゃねえか」
「ああ、おかげさまで」

 確かに僕が師範代(しはんだい)になってから、魔法剣術道場の道場生は増加傾向にある。何だ、ドルガーはそんなことを気にしているのか。

 ドルガーは舌打ちした。そのことが気に喰わないらしい。

「な、何か汚い方法で、道場生を引きつけてんのかぁ?」
「そ、そんなわけないだろ」
「ギルド長、そろそろお時間のようですよ」

 ジョルジュがドルガーに静かに言った。僕の指導の時間だ。

「ちっ、しょうがねえな! おお──そういや……」

 ドルガーはニヤリと笑って言った。

「今日は、新しい『お友達』がくるから、楽しみにしてな」

 ん? どういうことだ? 新しい道場生か?
 
 いや……何かありそうだ。僕は気を引き締めた。

 ◇ ◇ ◇

 僕が魔法剣術の道場へ行くと、道場生たちがたくさん集まっていた。今日は男子、女子合同の指導だったな。

「やあ、待たせてごめん。今日は、中段構えからの練習を始めよう」
「はい!」
「わかりました!」

 十五歳以下の道場生たちは、皆、素直だ。今日は三十名はいるな。

「皆、ダナン先生の言うことをよく聞くように!」

 率先してそう声を出しているのは、女子部のモニカ・ルパードだ。

……いつのまにリーダーっぽい役割になっていたんだ……。

 僕も木剣(ぼっけん)を用意して、説明した。

「皆、木剣(ぼっけん)を中段に構えよう。その時に、木剣(ぼっけん)をブラブラ上下させない。ピタッと正面で木剣(ぼっけん)を構える。なぜなら、上下にブラブラすると、(すき)ができて、簡単に敵が飛びこんでくるよ」
「はい!」
「もし実戦なら、顔、胴、手を、簡単に斬りつけられてしまう。それを防ぐためには、剣を中段の位置にピタリと保つ。これが鉄則だ」

 僕が講義すると、皆、真剣に聞き入ってくれた。しかし、三名──道場の奥で座ってペチャクチャしゃべっているヤツらがいる。

 あいつら! デリック、マーカス、ジョニーだ。

 僕はつかつかと歩いていって、三人の前に立った。

「しゃべっているなら、道場から出てしゃべってくれるか」

 僕はしっかりと注意した。

「本当に練習をしたい人に迷惑だ」
「すいませんでーす、先生。反省してまーす」

 デリックがヘラヘラ笑って言った。とても反省しているとは思えない。

「でさぁ、ダナン先生。今日は先生に会わせたい人がいるんだよ」
「は? 誰だ? 新しい道場生か?」
「私だ」

 うっ……!

 僕はあわてて、うまく左手の松葉杖を使い、その場を飛びのいた。

「君がダナン君か? 私はパトリシア・ワードナス」

 後ろには、僕と同年齢──十六歳か、十七歳くらいの、髪の毛が短い少女が立っていた。
 
 し、しかし、すごい殺気だ。この少女──素人ではない。この道場生の新入生ってわけでもなさそうだ。

 でも、顔立ちが整っていて、かなりの美少女だなぁ……。

「ダナン先生、こ、この人! 今年、学生魔法剣術大会で優勝した、パトリシア・ワードナスですよ!」

 モニカが僕に耳打ちした。

「し、新聞や雑誌で見たことがあります」

 僕は新聞や雑誌を見ないから、このパトリシアのことは知らなかった。だけど、どうやらかなり強い、少女魔法剣士のようだ。

 だけど、何でランゼルフ・ギルドの道場にいるんだ?

「君がダナン君? 知人のドルガー君が、『ムカついてしょうがないヤツがいる』と言っていたので、このランゼルフ・ギルドに駆けつけたんだ。だけど……フッフッフ」

 パトリシアはニヤニヤ笑った。

「君は体も小さいし、弱そうだし。何より松葉杖をついているのか……? 君と練習試合をしようと思ったが、これでは、きちんとした試合になりそうにないね」

 そうか、さっきドルガーが言っていた、「新しいお友達」っていうのは、こいつか!

「でもまあ、私と勝負してみるかい? ドルガー君に、君をたたきのめせと頼まれてね」

 パトリシアは、短い髪の毛をさらっとなでつけながら言った。

「絶対に、私には勝てないけど」

 ドルガーの刺客(しかく)か……! くそっ!

 僕は周囲を見回した。道場生たちが、心配そうに僕を見ている。そ、そうか。僕はもう、師範代(しはんだい)だったのだ。彼らの先生なんだ!

「パトリシア! この勝負、受けさせてもらう!」

 僕はパトリシアに言った。

 松葉杖の僕と、学生魔法剣術大会優勝者!

 突如、試合をすることになってしまった!
 僕の目の前には、ドルガーの刺客(しかく)、パトリシア・ワードナスという美少女魔法剣士がいる。

 学生魔法剣術大会優勝者で、強敵だ。えらく顔が美しい。

「外に出よう」

 僕は仕方なく提案した。

「道場の中じゃ、道場生が巻き込まれて危険だ」
「いいけど、本当にやるのかい? まあ、ドルガー君に頼まれて来たけどさ」

 パトリシアはクスクス笑って言った。

「君のような弱そうな少年と戦うのは、何だか気が引けるなあ」

 僕らは道場の外の、芝生広場に出た。

 ついに試合が始まる。パトリシアのことは、道場破りと解釈して良いのだ。だから、僕は彼女を降参させなければならない!

「では、木剣(ぼっけん)で勝負!」

 パトリシアは僕と向かい合った途端、跳躍(ちょうやく)した。

 ──そしてすぐに、木剣(ぼっけん)を上から振り下ろす!

 ガシイッ

 僕は木剣(ぼっけん)を横にして受ける。

 ──右足は動かない。【大天使の治癒(ちゆ)】は発動していないようだ。僕は左脇に、松葉杖を抱えている。だから、右手で戦わなければならない。

「アハハハハッ」

 パトリシアは笑い続ける。そして、攻撃の手は止まらない。

 ガッ、ガシッ、ガスッ

「まるで木に打ち込み練習をしているようだよ、ダナン君!」

 だが、僕は彼女の木剣(ぼっけん)を、すべて自分の木剣(ぼっけん)で受けることができた。

 道場生たちは心配そうに、僕とパトリシアを遠くから見ている。笑っているのは、デリックたちだ。……ドルガーもいつの間にか来ている。……あいつ!

「でりゃあああっ」

 パトリシアは素早く、横に払う。

 ガッ

 僕はまたしても、それを受けた。

「ダナン君、君は松葉杖をついている」

 パトリシアは首を横に振って言った。

「少しは手加減しないと、と思うが。どうも手加減できない性分でね」
「パトリシア、余計なお世話だ」
「心配して言ってるんだよ? フフフッ」

 パトリシアはニヤつきつつ──。

「たああっ」

 今度は素早く、木剣(ぼっけん)を突いてきた。

(ここだ!)

 ガリイッ

 僕はパトリシアの木剣(ぼっけん)に、僕の木剣(ぼっけん)をすべらせた。そして、パトリシアの木剣(ぼっけん)を左に打ち払うことに成功した。

 そしてそのまま──。

 上体を左に移動し、片手上段斬りだ!

 ヒュッ

「うっ、あ」

 パトリシアがうなった。

 僕の木剣(ぼっけん)が、パトリシアの(ほお)をかすめたのだ。

「な、何だ、今の!」
「す、すげぇ! ダナン先生の技」
「見た? 木剣(ぼっけん)がヘビみたいな動きをしてた」

 道場生たちは歓声をあげる。

「な、なんだと」

 パトリシアは目を丸くして、僕を見た。

「『バインド』を使うとは!」
 
 そう──僕が放った技は、バインドと呼ばれる、高等技術だ。剣と剣が重なりあったとき、剣を(すべ)らせ、そのまま攻撃に転じる。

 拳闘でいうと、カウンター攻撃と同等レベルの、高度な攻撃方法だ。

「……少年で、ここまで(あざ)やかなバインドを使用するとは。は、初めて見たぞ」

 パトリシアの目が、ギラリと光ったような気がした。

 パトリシアが木剣(ぼっけん)を下段に払う! 足狙いか?

 ガシイッ

 僕は間一髪、左に持った松葉杖で左足を防いだ。

「な、何と? 松葉杖で防ぐとは? そんなバカな」

 パトリシアが声を上げたとき──。

「ひ、卑怯(ひきょう)です! パトリシアさん」

 モニカが声を上げた。

「ダナン先生は、右足がマヒしていて、動かないんですよ! 狙ったのは左足とはいえ、足を狙うなんて!」
卑怯(ひきょう)?」

 パトリシアの顔はひきつっていた。

卑怯(ひきょう)が何だと? 私は公爵《こうしゃく》家の娘──負けるわけには──」

 パトリシアは飛び込み、再び木剣(ぼっけん)を突き出してきた!

「いかないのだ!」
(もらった!)

 僕はパトリシアの木剣(ぼっけん)を右に払い──そして、ぐるりと巻きつけるようにした。

「なっ?」

 パトリシアは声を上げた。

 ガッ

 そんな音とともに、パトリシアの木剣(ぼっけん)が彼女の手から離れ、宙を舞い──。

 ドッ

 芝生の上に、落ちた。

 僕は呆然とするパトリシアの首に、自分の木剣(ぼっけん)を当てがっていた。

 勝負あったか? これは僕の勝ちだ!

「……すげえ」
「ダナン先生が、パトリシアの木剣(ぼっけん)を巻き取ったんだ!」
「神技だ……」

 道場生たちが声を上げる。僕はパトリシアの木剣(ぼっけん)を、自分の木剣(ぼっけん)で巻き取った。そして彼女の手から、木剣(ぼっけん)を離れさせた。

 彼女の手には、武器はもうない。

「な……んだと」

 パトリシアは地面にひざまずいた。

「わ、私の剣が、私の手から離れてしまっただと? な、なんてことだ。こんなことはありえない」
「負けを認めるか?」
「くっ……。同年代の者に、完全に負けた。こ、こんなバカな!」

 パトリシアは僕を見上げ、キッとにらみつけた。ま、まるで(おおかみ)のような鋭い目だ。

 そして叫んだ。

「ダナン君ッ!」
「う、うわっ!」

 怖っ! ん? 彼女の(ほお)は真っ赤だ。

「い、いえ。ダナン先生と……お呼びして、よ、よろしいですか?」
「へ?」

 ガシッ

 彼女は僕の両手をつかんだ。

「で、できれば、あなたのお家に住まわせていただき、直弟子(じきでし)にしていただきたい!」
「は、はあああ?」
「お願いです! 食事も風呂()きも私にお任せください!」
「ひええ! そんなお願いされても!」

 僕は松葉杖をつきながら逃げ出そうとしたが、パトリシアは僕の後ろから、ガッシと抱きつく!

「待て、逃げるか! それでも男か、ダナン先生! 私を弟子にしろ!」

 ど、どっちが勝者だか、わかりゃしないよ!

 道場生たちが、クスクス笑っている。

 僕は、この勝負に勝つことができた。

 だけど、ドルガーとデリックたちだけは、ワナワナ震えていたようだった。
 僕がパトリシア・ワードナスに勝ったあとの一週間は、少し異様だった。

 昨日、魔法剣術の指導後の帰り道、奇妙な視線を感じた。

「誰だ?」

 僕が振り返ると、大柄の黒服の男が2人いたのだ。そして僕と目が合うと、サッと逃げてしまった。

「な、なんなんだよ、一体」

 まさか……。ドルガーの手下たちか? あいつ、まだ何か(たくら)んでいるんだろうか。

 黒服につけ狙われることが、今週は3回もあった。

 ◇ ◇ ◇

 その月末。
 
 ランゼルフ中央公園では、青空の下、「地区ギルド祭」が開かれていた。僕も道場生を連れて、お祭りに参加した。

 ランゼルフ、ルードロック、マルスタ、ラインゾート、プラッカ地区のギルド連盟が(もよお)したお祭りだ。

 ギルド長たちが集まっているが、我がランゼルフ・ギルドのギルド長、ドルガーだけは欠席だ。代わりに、事務員のポルーナさんが開会式に出席している。

 ポルーナさんに迷惑かけて、なにやってんだよ、ドルガー!

「ドルガーのやつ、今、どうしてるんだ?」

 僕は一緒にお祭りにきた道場生のモニカに聞くと、彼女は答えた。

「魔物討伐(とうばつ)がいそがしい、と言っていたそうですよ。そもそも、ギルド長の仕事を、全然やってないらしいです。最悪ですよね!」

 ドルガーのやつ……!

 どうもポルーナさんは、ギルド長の仕事も代わりにしているらしい。

「ドルガーは仕事を放っておいて、どういうつもりなんだ?」
「さあ? 何も考えてないんじゃないですか?」

 モニカも怒りながら言った。

 ちなみに、パトリシア・ワードナスもお祭りに来ている。

「直弟子にしてくれ」

 彼女は最近までそう言っていたが、やがて僕の道場の道場生になることで落ち着いた。

「おっと、話し込んでいる場合じゃない」

 僕はお祭りの総責任者、マルスタ・ギルドのブーリン氏から、公開魔法剣術指導を依頼されていたのだ。

 大勢の観客の前で、道場生相手に公開指導する。うわ~……大役(たいやく)だぞ……。

 ◇ ◇ ◇

「さて、これから皆さんに、僕の剣術を見ていただきます」

 僕は公開指導を始めた。200人以上の人が、僕を見ている。こ、これは緊張する……。

 僕が片松葉(かたまつば)……つまり、一本の松葉杖をつきながら剣術を披露(ひろう)するので、皆、珍しそうに見ている。

 僕はモニカを相手に、演武を見せることにした。

「相手のスキをついて、胴を狙う技です」

 僕は上段斬りを軽く打ち、モニカの木剣(ぼっけん)を上に上げさせた。

 そこで素早く──。
 
 ヒュオッ
 
 モニカの左わき腹に、素早く木剣(ぼっけん)を入れた。もちろん、当たる寸前で止めたが。

 観客が、「うおおっ」と騒ぐ。

「はやい!」
「み、見えなかった」

 これは東洋の剣術の、「逆胴(ぎゃくどう)」に似た技だ。

 今度は木剣(ぼっけん)を左に上げた。

 シュ

 そのまま、木剣(ぼっけん)を右から胴に入れる。

 おおおっ……。

「これまた速い!」
太刀筋(たちすじ)がスムーズだ!」

 観客がまたも声を上げる。

 それを途中で止め、ひらりと木剣(ぼっけん)を回転させた。

 木剣(ぼっけん)逆手(さかて)に持ち……。

 モニカの足の甲に突きつけた。

 ピタアッ

 突き刺す寸前で、止めた。ふうっ……。

「は、はやすぎる!」
「胴二連発と、足への攻撃か!」
「た、達人だぞ、あの少年?」

 観客は目を丸くして、拍手してくれた。

 まだまだあるぞ。

 僕は構え、空中から魔力を体に取り込んだ。

「では、次は魔法剣です」

 すると僕の愛用の剣、グラディウスは火をまとった。

 そして用意してあった、練習用人形を──。

 ズバアッ

 斬り裂いた。すると練習用人形の断面から出火した。

「うわあっ」
「魔法剣だ!」
「初めて見た! カッコイイ」

 観客から歓声が上がる。

 だが、早く消火しないと。

「パトリシア!」
「任せよ」

 すぐに、パトリシアが氷結魔法を放ち、消火してくれた。

 観客のほとんどは、一般市民や農民だ。魔法剣を見ることは、一般生活ではないだろう。そもそも、魔法そのものを見た人がほとんどだ。

 だから、こんなに驚いているのだ。
 
 10歳の道場生、マイラ・ルバルアナが、焼け焦げた練習用人形を片付けてくれた。

「あの子、かわいい!」

 観客からそんな声が上がった。公開指導は、雰囲気よく()めることができた。良かった……。

 ◇ ◇ ◇

 お昼になった。これから、ギルド関係者に向けての授賞式があるらしい。

 だけど、僕には関係ない話だろう。

「マイラ、パトリシア、モニカ。協力、ご苦労様。お昼をご馳走するよ」

 3人に、出店の食事をおごることにした。

 出店の前にたくさんのテーブルが出ていて、皆、そこでお昼を食べている。

 僕らが頼んだのは、ベーコンとカブの塩味のスープ、ハーブ類とチーズを練り込んだ柔らかいパンだ。

 普段は酸っぱくて硬い黒パン、(かゆ)、安いハムなどを食べているので、とても豪勢な昼食となった。

「うむ……美味だ」

 パトリシアが、上品にパンをちぎりながら言った。

「パンに練り込んでいるハーブは、バジルだな。チーズとあわさって、程よい塩味のパンとなっている」
「このベーコン……! 甘味があって、塩味も程よくて、美味しいです!」

 モニカも納得の食事だ。さて、マイラが叫んだ。

「甘いデザートが食べたーい!」

 食後のデザートはアイスクリームとウエハース。甘いのが好きな女子3人は、笑顔になっていた。

 ◇ ◇ ◇

『ギルド長連盟より、授賞式を行います!』
 
 デザートを食べていると、舞台から魔導(まどう)拡声器によって、祭りの責任者、ブーリン氏の声が聞こえた。どうやら、今年活躍したギルド関係者の、功績をたたえようというわけだ。

『最初は、ギルド併設(へいせつ)道場師範(しはん)賞です。この賞の受賞者は、今日、公開指導をしてくれた……』

 ん?

『ランゼルフ・ギルドのダナン・アンテルド!』
 
 おおおっ

 僕に向かって、拍手と歓声がわき起こる。

 え? 僕?

 パトリシアはうなずいた。

「うむ。君の指導は実に分かりやすいからな。賞をもらってもおかしくないだろう。さあ、舞台に上がって」
「い、いや、しかし……」

 僕は困惑しながら、舞台に上がり、ブーリン氏から表彰状を受け取った。

 ブーリン氏は言った。

「おめでとう、ダナン君。松葉杖のことといい、色々、大変だったね。だが、君の指導のおかげで、ランゼルフ・ギルドもいまや、70名の道場生がいると聞いている」
「は、はい」
「君が賞をもらえるように推薦(すいせん)したのは、私だ」
「ええ? ありがとうございます」

 おや? ブーリン氏の後ろに、2名の兵士がついている。

 その兵士たちは、ブーリン氏に小声で言った。

「ブーリン殿、そろそろ業務の時間です」
「本業に戻りませんと」

 ん? 何だ? ブーリン氏は偉い貴族なのだろうか?

 ◇ ◇ ◇

 お祭りが終わり、僕はモニカたちと別れて、家に帰ることにした。表彰状を持って、胸を張って歩いた。

 僕の両親はすでに死んでいる。だから、家に帰っても一人ぼっちだ。

 僕は交差点を渡ろうとした。左腕で松葉杖をついているし、ゆっくりとしか渡れない。いつものことだ。

「ん? なんだ?」
 
 そのとき、道からすごい勢いで、馬車が走ってきた。

 御者がものすごい顔をしている。……まるで、僕をにらみつけるような顔だ。……御者は……く、黒服の男だ!

(え?)

 ドシャッ

 そんな音がした。

 僕は……ふっとばされた。

 ◇ ◇ ◇

 そして、僕は……とある女の子に、命を救われることになるのだった。その女の子は、僕がよく知っている女の子だった……。
 ここは……どこだ?

 僕は目を開けた。

 真っ白い天井が見える。重い体を起こし、周囲を見回した。

「薬の……においがする?」

 僕はつぶやいた。

 ここは小さい部屋だ。少し薬品のにおいがする。壁には、病院で見られるような、健康診断のポスターが貼りつけてある。

 病院の一室で、間違いないだろう。僕以外、誰もいない。

 大きな窓もある。僕はベッドの上で寝ていたようだ。

「一体、何がどうなって……るんだ?」

 よく思い出せない。何があって、こんなところにいるんだっけ?

「あ、いてて!」

 腕や胸が痛む。

 その時、コツコツとノックの音がして、ドアが開き、誰かが部屋に入ってきた。

 ……女の子だ。僕と同じくらいの年齢か。看護師さんだ。

 白い看護服を着ている。とても美しい女の子だ。

「ダナン、熱を測るよ」
「えっ?」

 僕は驚いた。

 この看護師さんは、何で僕の名前を知っているんだ? い、いや、この状況だと、僕は入院しているに違いない。

 だとしたら、看護師さんは僕の名前を知っていて当然か……。

「はい、そのままじっとして」

 看護師さんは、棒状魔法体温計を出して、僕の額に当てた。するとすぐに中の水銀が動き、「36」と「37」の間をさした。

「36・7℃。一応、平熱ね」
「ええっと……君は……」
「ダナンったら、まだ分からないの? しょうがないなあ」

 看護師さんは、ニコッと笑った。

 輝くような笑顔だ。

 彼女は看護師帽を取って、いたずらっぽい笑顔を僕に向けてきた。

「あれ?」

 僕は、この子を知っている! いや、知り合いどころか、幼なじみの……!

「アイリーン……! アイリーン・フェリクス……」
「もう~! やっと気づいたの」

 看護師さん……アイリーンは笑った。何で、あの魔法剣士のアイリーンが、看護師をして、僕の目の前にいるんだ? わけがわからない。

「昨日、君は道で馬車にはねられて、道で失神していたんだよ」
「あっ……」
 
 僕はやっと思い出した。

「あ、そうか。大ギルド祭の帰り……馬車に吹っ飛ばされたんだ……。そこから後は、記憶がなくて……」
「ダナンは頭を強く打っちゃったからね。道では大騒ぎだったんだよ、白魔法救急医療(いりょう)隊が来てさ。君が失神してから、1日経ったよ」

 アイリーンは静かに言った。

「ト、トイレに行く」

 僕はとにかく、トイレに行って落ち着きたかった。

 あいたた……体が痛い。アイリーンは僕を支えてくれた。

 松葉杖を取り、もちろん一人でトイレに行き、洗面所で口をゆすいで、落ち着いてからベッドの上に戻った。

 アイリーンはまた説明してくれた。

「その後ダナンは、私が看護師のアルバイトをしている、ここ、ランゼルフ白魔法病院に運び込まれたの」
「君は……今、看護師をしているのか」
「そうだよ、アルバイトだけど」

 アイリーンはまた、魅力的な笑顔でニコッと笑った。

「魔法剣士は今は休止。ドルガーの元も離れて……っていうか、逃げたんだけど」
「そ、そうなのか」
「それでね! 君に言いたいんだけど!」

 アイリーンは怒ったように、ぷうと(ほお)(ふく)らませて言った。

「この間、君、私のこと、気付かなかったでしょ!」
「え? 何のことだよ」
「私、この間の夜、赤いドレスを着て、キャバレークラブで働いていたんだよ。それで、ドワーフ族のバークレイに襲われて」
「えっ? あ!」

 思い出した。ランゼルフ・ギルドを出たとき、ドワーフ族にからまれている女の子がいた! あ、あの子って……。

「あれは、き、君だったのか?」
「そうだよ!」
「全然気が付かなかった。だって、夜だったし、赤いドレスを着ていたし、君は化粧もしていたから……。っていうか、じゃあ、その仕事もやめちゃったのか?」
「まあね……。もっと人の役に立つ仕事をしようと思ってさ。……でも、あの時、私を助けてくれたんだよね、君は」
「あ、そ、そうだね……」
「で、どうしてそんなに強くなったの?」
「え? それは……」

 マリーさんという元ギルド長が、僕からスキルをたくさん引き出してくれた……と、僕はそう説明した。

「ふうん、マリーさん……」

 アイリーンがそうつぶやいたとき、また部屋の扉がノックされた。そして、ドヤドヤと女の子たちが入ってきた。

 う、うわっ! き、君たちは!

「ダナン先生! 体調、どうですか?」
「心配したぞ! ダナン君!」

 モニカとパトリシアだ! そして……。

「ダナン先生~。無事だったんだね……良かった~」

 マイラもいる。マイラは涙ぐんでいる。こんな小さい子に、心配かけちゃったなあ……。

 僕はマイラの頭をなでた。

「あの、あなたたちは?」

 アイリーンは驚いたように、モニカとパトリシアに聞いた。

「私はダナン先生の一番弟子です!」

 モニカが語尾を強くして答えると、パトリシアも胸を張って言った。

「私はパトリシアだ。ダナン君の直弟子だよ。そのうちダナン君の食事など、世話をする予定だ!」
「あっ、そー……そうなんだー……へえ~」

 アイリーンはジロリと僕を見た。

 やめて? ちょっと引いたような目で僕を見るのは。

「良かったね、ダナン。こんなにかわいい女の子たちが周囲にいて!」

 アイリーンは腕を組んだ。……何か、怖いっつーの……。

 マイラ、助けてくれ。

「ダナン先生……」

 マイラはじっと僕を見て、言った。

「スケベ」

 いやいやいや、僕、スケベなこと、何もしてないから!

 ◇ ◇ ◇

 さて、これからこの白魔法病院で、入院生活が始まった。

 頭の精密(せいみつ)検査を、「魔導透析機(まどうとうせきき)」で受けた。また、骨折した腕や胸を、白魔法医師たちの魔法で、治療(ちりょう)してもらうことになった。

 全部で、三週間の入院治療(ちりょう)が必要だった。腕が痛かったので、アイリーンが食事を食べさせてくれた。

「はい、あーん」

 アイリーンはスプーンで、僕の口に麦と塩のお(かゆ)を運んでくれた。
 
 ……恥ずかしいんですけど。

 すると、アイリーンはニコニコ笑って聞いた。

「トイレは手伝う?」

 いや、自分でする。

 相変わらず、右足はマヒして動かない。しかし、アイリーンのおかげで、三週間の入院生活が結構、快適だった。

 しかし入院費用について、困ったことがあった。ランゼルフ・ギルドは一切、出してくれないらしい。怪我をした場合、ギルドに加入していれば、いくらか払ってくれる規則なのに。

 パトリシアの話では、ドルガーとジョルジュが手を回して、お金が出ないようにしているそうだ。僕に意地悪をしているのだろう。

 ◇ ◇ ◇

 馬車にはねられてから、三週間が経った。明日は退院の日だ。

「先生、お話したいことが……」

 その日、モニカが病室に来てくれた。

 モニカが神妙(しんみょう)な顔をしているので、僕は思わず聞いた。

「どうした?」
「えーっと……。ランゼルフ・ギルドの魔法剣術道場生が、どんどん減っているんです。四十九名いたのに、今では三十五名になってしまいました」
「えっ……、ど、どういうこと?」
「そ、それは……ドルガーギルド長が……」

 モニカが口ごもっている。

 ……何かあったのか?

 僕の頭の中には、ドルガーの意地悪そうな顔が浮かんだ。

 あいつ……! また何か(たくら)んでいるのか?
 退院した僕は、午後四時半、急いでランゼルフ・ギルドの魔法剣術道場に向かった。

 医師からは、家でまだ休んでいるように、と言われたが、そうもいかない。

(どうなってんだ……?)

 道場生の人数が、四十九名から三十五名に減ったらしい。そうモニカが言っていた。
 
 このことを、急いで確かめなくてはいけない。

 僕の入院中は、モニカとポルーナさんが師範代をしてくれたそうだ。
 
 見舞いに来てくれたマイラたち小学部の子たちは、モニカは真面目だし、ポルーナさんは優しいし、教え方も分かりやすい、と言っていた。

 二人とも、子どもたちにも大人の道場生たちにも、人気があるようだ。

(二、三人、増減するなら分かる。だけど、三週間のうちに、いっぺんに十四人も減るとは? 何かがあったんだ!)

 今、魔法剣術道場は、ちょうど指導時間だ。何があったのか、調べるぞ!

 ◇ ◇ ◇

 僕がランゼルフ・ギルドの魔法剣術道場に入ると──。

 おや?

 師範代(しはんだい)であるはずの、モニカとポルーナさんは、壁際にいた。道場生は一応、来ている。今日は三十名くらいか?

 そして、道場にはドルガーがいたのだ。

(あいつ……。道場で何やってんだ?)

「おいっ、俺の言う通りにやれよ。まずは整列だ」

 ドルガーは木剣を持ちながら、整列している道場生をジロジロ見た。

「動くんじゃねえぞ。集中力を(きた)える訓練だ」

 な、なんだ? ドルガーが師範役(しはんやく)? 聞いてないぞ!

「お前っ! 動くんじゃねえと言っただろうが!」

 バシイッ

 ドルガーは、木剣(ぼっけん)で男子を(たた)いた。(たた)かれたのは、中学部の男子、ラーティス・マッツだ

 僕は声を上げそうになった。

(な、何なんだ? これは)
「てめぇらに、戦場の現実を教えてやってんだよ。俺のような勇者様がよ!」

 ドルガーはニヤニヤ笑いながら、木剣(ぼっけん)を床にガツガツ打ちつけ、叫んだ。

「これが戦場ならな、血が吹き飛び、全身が(くだ)けるぜ」

 すると中学部の男子──エルドラン・ボイドが、(たた)かれたラーティスを助け起こそうとした。

 ドルガーは、エルドランに聞いた。

「お前……何やってんだ?」
「ラーティスは血が出ています。早く治療(ちりょう)しないと……」
「てめぇ! 戦場でのんびり治療(ちりょう)なんかできるか! 魔物が待ってくれるか? 現実みろや」

 ドルガーは、今度はエルドランに木剣(ぼっけん)を振り下ろそうとした。

 パシッ

 僕はすぐに、剣を持ったドルガーの手首をつかんだ。何とか、彼の暴力を阻止(そし)した……。

「……ああ? なんだてめぇ」
「おい、やめろ。ドルガー、何やってんだよ」
「おお、ダナンじゃねーか。てめぇは今、師範(しはん)じゃねーんだよ。すっこんでろ。……おい! 入ってこい!」

 すると、道場に大柄な黒服の男たちが三人、入ってきて、僕の肩をつかんだ。

 そして黒服の一人が言った。

「ドルガー坊っちゃんの指導の邪魔ですよ。ダナンさんは退出してください」
「お、おい! 何をするんだ。何なんだ、あなたたちは?」
「邪魔です」

 黒服の男たちは、僕の肩と腕をつかみ──。

 ドシャッ

 僕を道場の外の廊下へ、放り出した。僕はすぐに、松葉杖を拾い、立ち上がった。
 
 ドルガーの声が道場の中から聞こえてくる。

「お前ら、俺の言うことを聞けよ! 逆らったら、承知しねえぞ」

 バシイッ

「ギャッ!」

 また悲鳴が聞こえた。

 ドルガーが道場生を、木剣(ぼっけん)でなぐっている。

 ……あの野郎!

 すると、モニカやポルーナさん、マイラが道場から出てきた。

 その時、ピシャッと扉が閉まってしまった。黒服のヤツらが、閉めてしまったんだろう。カギも掛かっている!

「くそ、何なんだよ!」
「ダナン先生、私、こんな暴力を見ていられません!」

 モニカは僕に抱きついて泣き出した。マイラも泣いている。

「あんなに楽しい道場だったのに、怖いとこになっちゃたよう」
「うーん……」

 僕はとにかく、何が起こったのか知りたかった。

「後で、僕がドルガーと話をするよ」
「ええっ?」

 モニカが驚いたように言った。

「大丈夫ですか? あのドルガーって人、ちょっとおかしいですよ。道場生に、一方的な暴力をふるって」
「うん。僕が、そんな暴力はやめさせる」

 僕はそう言った。しかし、ドルガーに話し合いが通用するのか?

 しかもさっきの黒服たち……。どこかで見たことがあるんだよな。

 ドルガーの手下らしいけど。

 ……ん?

 あれ? ちょっと思い出した。

 僕は馬車にはねられた。
 
 その時の御者(ぎょしゃ)が、黒服の男ではなかったか?
 
 ゾクリ

 僕は嫌な予感がして仕方なかった。

 ……まさかドルガーが……。あいつが指示して、馬車を僕に向かって突っ込ませたのか?