飲み屋の「獅子王亭」の窓に、強い雨が叩きつけられていた。
森は雨風に吹かれ、嘆くような音が聞こえる。
「てめぇは、もうこの魔物討伐隊から出て行け!」
幼なじみの勇者、ドルガー・マックスは僕に向かって声を荒げた。
飲み屋には僕たち以外、客は誰もいなかった。この大雨の中、こんなさびれた飲み屋に来る客などいない。
ただ、店主がグラスを布巾で拭いていた。
「ま、待ってくれ。僕にはお金がないんだ。今、やめさせられると困る。きっとこれから先、仕事がないだろう」
僕──ダナン・アンテルドは声を上げた。
僕は十六歳の見習い魔法剣士、ダナンだ。ついさっきまで──魔物討伐隊「ウルスの盾」所属だった。
僕は士官学校の中等部を卒業し、高等部に進学せず、そのまま魔物討伐の世界に飛び込んでしまった。もちろん、ドルガーも、他の仲間も高等部に進学していないが。
「金がない? お前の事情なんて知らねーよ!」
ドルガーは僕をジロリと見て言った。僕の座っている椅子の横には、一本の木の松葉杖と、愛用の魔法剣「グラディウス」が立てかけてある。そして、僕の右足には包帯が痛々しく巻かれていた。
「悪いけどよ、まともに動けねぇヤツなんて、魔物討伐隊にいらねーんだよ」
ドルガーはチッと舌打ちする。
そう、僕は見習い魔法剣士だが、右足が不自由だ。一ヶ月前、右足を大怪我したのだ。
左足は大丈夫だが、右足はマヒ状態。右ヒザが曲がらない。医者には一生、完治しないと言われた。
これからずっと、片松葉……つまり、左脇に松葉杖を一本抱えて歩く生活が続くのだ……。
「なにブツブツ言ってんだよ!」
バキイッ
ドルガーは僕の頬をなぐりつけた。
「ああ? 俺らは慈善団体じゃねーんだよ。役に立たないヤツがいたらクビ。社会ってそんなもんだろ」
ドスッ
武闘家のバルドン・ロードスが倒れた僕の腹を蹴る。
「う、うげえっ!」
「おらよ!」
ミシッ
ドルガーは、僕の顔を踏みつけた。な、なぜ、ここまでするんだよ? 僕ら、幼なじみじゃなかったの?
「だいたい、俺、お前のこと、ムカついてたんだわ」
「な、なぜだよ」
「弱すぎてイライラしてたんだよ! しかも性格が暗いときてる。しかもなんかキモい。それはある意味才能だがな。マイナスの意味で」
「ウルスの盾」には三年間所属していたけど、皆と仲良くやっていけてるように思えた。でも、皆、僕のこと「クソ弱い」「暗い」「ムカつく」と思ってたの? あ、あと「キモい」か。
最悪の評価だネ(涙)!
「そもそも、お前! さっきも言ったが、怪我する前だって、お前は弱すぎた! 魔法剣士じゃなくて、ほぼ荷物持ちをやってたろうが」
ドルガーが続けて怒鳴る。
そもそも、僕は見習い魔法剣士。言うなればメッチャ弱い。もんのすごく弱い。この大怪我をする前も、雑魚魔物のスライムとゴブリンに追いかけ回された。
剣術? 力も弱いし、雑魚敵のスライムにすら大苦戦する。
属性魔法剣? 火の属性魔法剣しか使えず、しかも剣がちょっと熱くなるだけだ。
だから、魔法剣士の仕事をせずに、最近は荷物持ちをしていた。
僕の身長は百六十センチ、体重は四十八キロ。
魔法剣士としてボリュームがないと言われれば、「その通りッス!」と返事するだろう。それに加えて、この大怪我……。
女魔法剣士のアイリーン・フェリクスは、黙って窓の方を向いている。
アイリーンはすごい美人なんだが……残念ながら、ドルガーの彼女だ。ま、僕のことなんて、どーでも良いんだろうな。
「思い出してくれ。僕が大怪我をした時のことを」
僕は抗弁した。
一ヶ月前、僕たち魔物討伐隊は、トードス草原で、ジャイアント・オーガという鬼系の魔物に襲われた。
魔物とは力の差があり、僕たちは逃げ出した。
しかし、たまたま草原に物売りに来ていた、道具屋の少女がいたのだ。少女は十歳くらいか。父親も一緒だった。
ジャイアント・オーガが少女を襲おうとしたとき、僕は身をていして、その子をかばった。……あ、ようするにね、皆に、カッコイイとこ見せたかったんだよ!
その時、ジャイアント・オーガの振りかざした棍棒が、僕の右足に直撃したというわけだ。棍棒には魔力がかけられており、その魔力が右足の骨に侵食してしまった。だから、僕の右足のマヒは治らないのだ。
「何を言い出すかと思えば」
魔法使いのジョルジュが、銀縁メガネをすり上げながら口を開いた。
「ダナンさんが勝手な行動をしたから、怪我したんでしょ?」
ジョ、ジョルジュ! お前まで! お前は唯一の僕の弟分みたいなものだったじゃないか。
「あとさ、お前、奴隷街の出身だろ。下民だ」
ドルガーが言った。
「俺らは、平民だ。今後、大貴族から討伐依頼が来そうなんだ。お前のような下民がいると、話が流れちまう。大貴族は奴隷民とか下民を嫌うヤツが多いからな」
ドルガーは立ち上がり、僕を見下ろした。
「おい、バルドン、ジョルジュ、アイリーン。もう行こうぜ。新しい依頼がきているかもしれない」
ドルガーはそう言って、さっさと獅子王亭を出ていった。バルドンとジョルジュも続く。
僕は床に座り込みながら、泣いた。松葉杖は転がったまま。椅子もひっくり返っている。
僕が弱いから、こんな悲しい目にあうんだ。うう……。
でも、立とうにも、右足がマヒして動かない。じ、自分で立たないと……。
すると──。
アイリーンが椅子の位置を直し、松葉杖を僕の手に渡してくれた。
「あ、ありがとう」
僕がお礼を言うと、アイリーンは顔を少し赤らめて言った。
「べ、別にあんたのためを思ってやったわけじゃないから。店に迷惑がかかるからさ。立てる?」
アイリーンは僕の腰に手を回し、立たせてくれた。
「婚約するんだろ? ドルガーと」
僕は言った。僕は、結構、君のこと、好きだったんだけど。
「……まあね。でもドルガーのヤツ、他の女にモテるから」
え? 何だ? なんかさみしそうな顔をしてるけど。
「ところで、あんたさー。自分の才能に気づいてないんじゃないの?」
「え?」
「メチャメチャ魔法剣士の才能があるのに。動き見てればわかるよ」
「そ、そんなわけないだろ」
僕が言うと、アイリーンはため息をついた。まるで分かってない、という風に。
「仕事ないなら、人に魔法剣術を教えてごらんよ」
「……え? 僕が?」
「自分の才能に気づかないの、もったいないよ」
アイリーンはそういって、さっさと飲み屋を出ていった。
……僕はまた一人ぼっちになった。
僕は泣いた。
しかし、アイリーンのこの言葉の通り、この最悪の人生が大逆転するとは、その時は分からなかった。
森は雨風に吹かれ、嘆くような音が聞こえる。
「てめぇは、もうこの魔物討伐隊から出て行け!」
幼なじみの勇者、ドルガー・マックスは僕に向かって声を荒げた。
飲み屋には僕たち以外、客は誰もいなかった。この大雨の中、こんなさびれた飲み屋に来る客などいない。
ただ、店主がグラスを布巾で拭いていた。
「ま、待ってくれ。僕にはお金がないんだ。今、やめさせられると困る。きっとこれから先、仕事がないだろう」
僕──ダナン・アンテルドは声を上げた。
僕は十六歳の見習い魔法剣士、ダナンだ。ついさっきまで──魔物討伐隊「ウルスの盾」所属だった。
僕は士官学校の中等部を卒業し、高等部に進学せず、そのまま魔物討伐の世界に飛び込んでしまった。もちろん、ドルガーも、他の仲間も高等部に進学していないが。
「金がない? お前の事情なんて知らねーよ!」
ドルガーは僕をジロリと見て言った。僕の座っている椅子の横には、一本の木の松葉杖と、愛用の魔法剣「グラディウス」が立てかけてある。そして、僕の右足には包帯が痛々しく巻かれていた。
「悪いけどよ、まともに動けねぇヤツなんて、魔物討伐隊にいらねーんだよ」
ドルガーはチッと舌打ちする。
そう、僕は見習い魔法剣士だが、右足が不自由だ。一ヶ月前、右足を大怪我したのだ。
左足は大丈夫だが、右足はマヒ状態。右ヒザが曲がらない。医者には一生、完治しないと言われた。
これからずっと、片松葉……つまり、左脇に松葉杖を一本抱えて歩く生活が続くのだ……。
「なにブツブツ言ってんだよ!」
バキイッ
ドルガーは僕の頬をなぐりつけた。
「ああ? 俺らは慈善団体じゃねーんだよ。役に立たないヤツがいたらクビ。社会ってそんなもんだろ」
ドスッ
武闘家のバルドン・ロードスが倒れた僕の腹を蹴る。
「う、うげえっ!」
「おらよ!」
ミシッ
ドルガーは、僕の顔を踏みつけた。な、なぜ、ここまでするんだよ? 僕ら、幼なじみじゃなかったの?
「だいたい、俺、お前のこと、ムカついてたんだわ」
「な、なぜだよ」
「弱すぎてイライラしてたんだよ! しかも性格が暗いときてる。しかもなんかキモい。それはある意味才能だがな。マイナスの意味で」
「ウルスの盾」には三年間所属していたけど、皆と仲良くやっていけてるように思えた。でも、皆、僕のこと「クソ弱い」「暗い」「ムカつく」と思ってたの? あ、あと「キモい」か。
最悪の評価だネ(涙)!
「そもそも、お前! さっきも言ったが、怪我する前だって、お前は弱すぎた! 魔法剣士じゃなくて、ほぼ荷物持ちをやってたろうが」
ドルガーが続けて怒鳴る。
そもそも、僕は見習い魔法剣士。言うなればメッチャ弱い。もんのすごく弱い。この大怪我をする前も、雑魚魔物のスライムとゴブリンに追いかけ回された。
剣術? 力も弱いし、雑魚敵のスライムにすら大苦戦する。
属性魔法剣? 火の属性魔法剣しか使えず、しかも剣がちょっと熱くなるだけだ。
だから、魔法剣士の仕事をせずに、最近は荷物持ちをしていた。
僕の身長は百六十センチ、体重は四十八キロ。
魔法剣士としてボリュームがないと言われれば、「その通りッス!」と返事するだろう。それに加えて、この大怪我……。
女魔法剣士のアイリーン・フェリクスは、黙って窓の方を向いている。
アイリーンはすごい美人なんだが……残念ながら、ドルガーの彼女だ。ま、僕のことなんて、どーでも良いんだろうな。
「思い出してくれ。僕が大怪我をした時のことを」
僕は抗弁した。
一ヶ月前、僕たち魔物討伐隊は、トードス草原で、ジャイアント・オーガという鬼系の魔物に襲われた。
魔物とは力の差があり、僕たちは逃げ出した。
しかし、たまたま草原に物売りに来ていた、道具屋の少女がいたのだ。少女は十歳くらいか。父親も一緒だった。
ジャイアント・オーガが少女を襲おうとしたとき、僕は身をていして、その子をかばった。……あ、ようするにね、皆に、カッコイイとこ見せたかったんだよ!
その時、ジャイアント・オーガの振りかざした棍棒が、僕の右足に直撃したというわけだ。棍棒には魔力がかけられており、その魔力が右足の骨に侵食してしまった。だから、僕の右足のマヒは治らないのだ。
「何を言い出すかと思えば」
魔法使いのジョルジュが、銀縁メガネをすり上げながら口を開いた。
「ダナンさんが勝手な行動をしたから、怪我したんでしょ?」
ジョ、ジョルジュ! お前まで! お前は唯一の僕の弟分みたいなものだったじゃないか。
「あとさ、お前、奴隷街の出身だろ。下民だ」
ドルガーが言った。
「俺らは、平民だ。今後、大貴族から討伐依頼が来そうなんだ。お前のような下民がいると、話が流れちまう。大貴族は奴隷民とか下民を嫌うヤツが多いからな」
ドルガーは立ち上がり、僕を見下ろした。
「おい、バルドン、ジョルジュ、アイリーン。もう行こうぜ。新しい依頼がきているかもしれない」
ドルガーはそう言って、さっさと獅子王亭を出ていった。バルドンとジョルジュも続く。
僕は床に座り込みながら、泣いた。松葉杖は転がったまま。椅子もひっくり返っている。
僕が弱いから、こんな悲しい目にあうんだ。うう……。
でも、立とうにも、右足がマヒして動かない。じ、自分で立たないと……。
すると──。
アイリーンが椅子の位置を直し、松葉杖を僕の手に渡してくれた。
「あ、ありがとう」
僕がお礼を言うと、アイリーンは顔を少し赤らめて言った。
「べ、別にあんたのためを思ってやったわけじゃないから。店に迷惑がかかるからさ。立てる?」
アイリーンは僕の腰に手を回し、立たせてくれた。
「婚約するんだろ? ドルガーと」
僕は言った。僕は、結構、君のこと、好きだったんだけど。
「……まあね。でもドルガーのヤツ、他の女にモテるから」
え? 何だ? なんかさみしそうな顔をしてるけど。
「ところで、あんたさー。自分の才能に気づいてないんじゃないの?」
「え?」
「メチャメチャ魔法剣士の才能があるのに。動き見てればわかるよ」
「そ、そんなわけないだろ」
僕が言うと、アイリーンはため息をついた。まるで分かってない、という風に。
「仕事ないなら、人に魔法剣術を教えてごらんよ」
「……え? 僕が?」
「自分の才能に気づかないの、もったいないよ」
アイリーンはそういって、さっさと飲み屋を出ていった。
……僕はまた一人ぼっちになった。
僕は泣いた。
しかし、アイリーンのこの言葉の通り、この最悪の人生が大逆転するとは、その時は分からなかった。