エピソード9
side東雲唯


 『ねぇ、明日予定空いてる? 一緒に映画でもどうかなって思ったんだけど』

 『明日なら何も予定入ってないな。ちなみにどんな映画だ?』

 『えっとね……「君に会いたい」っていう映画!』

 『……ガッツリ恋愛ものじゃん。俺苦手なんだけど』

 『いいじゃーん。前理央くんの好きなアクション物観たでしょ? 意外と面白かったし、もしかしたら理央くんも気に入るかも!』

 『……分かった。じゃあ明日駅前に集合な』



***

 

 今日は約束の遊びに行く日だ。

 澪ちゃんったら、「何して遊ぶの?」って聞いても「秘密!」ってしか言わなくて、結局当日までどこに行くのか分からないままだった。

 「あ……」

 駅前にあるあの映画のポスターが目に入った。

 「もう公開されてるのか。観に行きたいな」

 前に樹と約束してたから、改めて誘ってみるのも良いかもしれない。

 そんなことを思いつつ、皆が来るのを待っていると、

 「……理央くんだ」

 「あ……」

 お互いまだ気まずいのか、よそよそしい雰囲気が漂う。

 「……おは、よう」

 !!

 「おは……よう」

 まさか向こうから挨拶してくれるとは思わなかった。

 いつもだったら私が挨拶をしても無視されていたから。

 それだけでも驚いていたのに、理央くんはそのまま話を続けた。

 「あ……その、東雲の後ろにあるポスター」

 「えっ? あぁ……『君に会いたい』だよね。予定が合えばいつか観に行きたいな」

 ていうか、理央くん『君に会いたい』なんて知ってたんだ。

 恋愛映画とか興味なさそうなのに。

 その時、理央くんが不思議そうな顔をした。

 「もしかして一ノ瀬から何も聞いてないのか?」

 「えっと……今日のこと? 当日まで秘密って言われて、何も教えてもらえなかった」

 「今日この映画を観に行く約束だったけど」

 「えっ! そうなの!」

 どうして澪は教えてくれなかったのよ。

 「俺も観たいって思ってたから丁度良かったわ」

 「意外……。理央くん恋愛映画とか苦手そうなんだけど」

 「あ……まぁ、意外と好き……かも」

 ハッキリとしない返事だったけどそれよりも会話が続いていることに驚いた。

 「……アクション映画とかの方が好きそうなイメージだった」

 「え! そう見えるか?」

 これ絶対好きな反応じゃん。

 「好きなんだね。アクション映画」

 「でも今日の映画も楽しみにしてるから」

 私も楽しみだ。

 少しだけだけど、理央くんのことが知れた気がする。

 「あ! 二人共もう来てたんだ!」

 そこに樹と澪がやってきた。

 「じゃあ揃ったことだし、そろそろ行きますか」

 「映画を観に……だよね」

 「えっ? 唯どうして知ってるの? 驚かせようと思ったのに!」

 やっぱり……。

 澪のことだから、きっと驚かせようとしてるんだなとは薄々感じていた。

 「理央くんが教えてくれたの」

 「もう! なんで言っちゃうのよ!」

 「口止めされてなかったし。でも東雲喜んでたっけよ」

 「そうなの? だったら良かった!」

 それから私たちは映画館へと向かった。

 「やっぱ混んでんなぁ。予約しておいてよかったな」

 本当に知らなかったの私だけなのね。

 「そうだ! 席なんだけどどうする? 四席並んで空いてるところがなくて、二人ずつに分かれないといけないんだけど」

 「じゃあ、 私と澪ちゃんで……」

 「ここは、オレと澪が一緒だな!」

 何でそうなるの?

 「理央もそれでいいよな?」

 「え、あ……うん」

 そして何で理央くんはそれを承諾するの?

 よく分からなかったけど、一番の目的は映画を観ることだし、特に席は気にしないことにした。

 映画のストーリーはよくある設定だった。

 幼馴染の二人はなかなか素直になれず、互いに好意を抱きながらも、何度もすれ違ってしまう。

 そんなある日、彼女は突然彼の前から姿を消してしまう。

 傍にいることが当たり前になっていた人が、いざ目の前から居なくなると、どれほどの喪失感に襲われるだろうか。

 彼女が突然姿を消した理由を探し、最終的には本音でぶつかり合い、お互いが心を通わせる。

 そんなストーリーだった。

 ありきたりな設定だけど、私は苦悩や葛藤を描いた物語が好きだった。

 そういう困難に立ち向かう時こそ、平凡な日常の中にある幸せに気が付くことができるから。

 自分にとっての幸せってなんだろう。

 そう考えるきっかけを与えてくれる。

 それに加え、『君に会いたい』は細かな描写が印象的で、伏線も所々に散りばめられており、つい見入ってしまう作品だった。

 没頭しすぎていたのか、あっという間に終わってしまったように感じる。

 「やっぱ観に来てよかった! 理央くん、一旦二人と合流しようか」

 そう言って理央くんの方を見ると、

 「えっ……」

 そこには何故か泣いている理央くんが居た。

 確かに感動する映画だったけど、ハッピーエンドだったし、これほど泣くものでもなかったんだけど。

 もしくは意外と涙脆いとか?

 「理央くん? この映画泣くほど良かった?」

 そう聞いた途端、理央くんは驚いたような顔をしていた。

 「泣いてる……? 俺が?」

 どうやら自覚していなかったようだ。

 「……この映画感動したもんな」

 それが涙の理由ではないんだろうけど、楽しんでいたというのは本当みたいだから、感動の涙ということにしておくことにした。

 「ほら、二人が見たら心配するでしょ? 涙拭いて」

 そう言ってハンカチを差し出す。

 「……え」

 「あ! 一回も使ってないから大丈夫!」

 「いや、そういうことじゃなくて。……ありがと。洗濯して返すな」

 「分かった」

 あれ。

 これ明日も話す流れになった?

 そんなことを思いつつ、私たちはエントランスへと向かった。

 「やっぱ観に来て正解だったね! すっごく感動した!」

 「こいつ、すげぇ号泣しててさ。マジ驚いたわ……ってえ? まさか理央も泣いたのか?」

 「……うっさい」

 「照れんなよー」

 「あはは!」

 驚いた顔で理央くんがこちらを見た。

 「ごめんね。つい、理央くんって可愛いんだね」

 「可愛い……」

 あ、男の子に可愛いはマズかったかな。

 それでも理央くんは特に気にしていないようだった。

 むしろ少し嬉しさを滲ませている。

 「ちょっと兄貴」

 「ん? ……あぁそうだな」

 何やら二人が話しているようだった。

 「あー……。理央、唯。オレたちこの後用事あって抜けないとなんだよね」

 「ごめん! 最初に帰らせてもらうね」

 「大丈夫。元から映画だけの予定だったしな」

 「私も大丈夫だよ!」

 「わりぃ。じゃあまた学校でな!」

 ……今気が付いたけど、これって理央くんと二人っきりになるってこと?

 まずい。

 どうしよう。

 そんなことを考えているうちに、二人の姿はもう見えなくなっていた。

 「……えーと」

 「とりあえず……歩くか」

 「そうだね」

 私たちは駅に向かって歩き出した。

 その時、ふと花屋が目に入った。

 「あ……クリスマスローズだ」

 「クリスマスローズ? もう販売されてるのか?」

 「うん。小苗だけどね」

 「買いに行くか? 好きなんだろ?」

 「えっ? まぁ、今日は映画観る分しかお金持ってきてないし、また今度かな」

 まただ。

 また、このなんとも言えない不思議な感覚。

 今日で、少しは距離が縮まったよね?

 じゃあ聞いてみてもいいんじゃないのかな。

 「ねぇ、理央くん。一つ聞きたいことがあるんだけど」

 「なんだ?」

 「私たちって前会ったことあるの?」

 理央くんはピタッと立ち止まった。

 「どうしたんだ急に」

 その声は決して冷たいものではなく、単純に疑問に感じているという声だった。

 「どうして私の好きな物を知ってるのかなって思って。話したことないはずなのに。だから昔話したことがあったのかなって思ったの」

 「……とりあえず座ろうぜ」

 理央くんの言葉に促されて私たちは近くのベンチに座った。

 「私、実は記憶が曖昧っていうか、昔のことあまり覚えてなくて」

 「……」

 理央くんは静かに私の話を聞いている。

 「だから、もしかしたらその時に会ったことがあるのかなって」

 何故か理央くんは黙ったままだった。

 「半分、正解……かな」

 しばらく経って理央くんが放った言葉は意味深なものだった。

 「樹がよく東雲のこと話してたんだよ」

 そうなの?

 なんだか釈然としないけど、本人が言うのならそれしか理由がないよね。

 「理央くんだけが私のことを知ってるみたい」

 「そうか?」

 「なんか……悔しい。私ももっと理央くんのことが知りたい。もう少し仲良くなりたいって思ってるのに。だから……」

 「それって……」

 「だから、私と友達になろ!」

 「……え?」

 「実は私理央くんとずっと話してみたかったの。今日、沢山話せて嬉しかった」

 「……俺も、楽しかった」

 理央くんも同じこと思ってたの?

 それはなんだか嬉しいな。

 「……友達。うん。俺も……仲良くなれたらって思う」

 ……ッ!

 その言葉は思った以上に嬉しかった。

 「俺たちは今日から友達(・・)な」

 そう言って彼は私に微笑んでくれた。

 初めて私に見せてくれた心からの笑顔は、家に帰ってからも忘れられなかった。