それからはもう、本当に慌ただしかった。今度こそ真琴が心変わりせぬうちにと、厨房に大勢の女性が押し掛けたかと思うと、真琴は両側から固められて引きづられる様に連れて行かれ、また花嫁衣装を猛スピードで着けられた。
今度は一息吐く間も無く金屏風の部屋に連れて行かれ、金屏風を背にして左側、赤い豪奢な柄のふかふかな座布団に正座させられた。
そこでやっとまともに息を吐くことができたが、足が痺れないか、なんてどうでも良さそうなことが心配になってしまう。
すると黒紋付羽織袴に着替えた雅玖が慌てながら入って来た。
「お待たせしました」
そう言って、真琴の右側、黒のふかふか座布団に綺麗な所作で正座した。さすがええとこのあやかしは、こういう礼儀なども叩き込まれているのだろう。
これから結婚式なのかと思うと、いささか緊張してしまう。和式の結婚式とは何をするのだっけか。詳しく無い真琴は祝詞を読み上げるとか三三九度ぐらいしか知らない。あ、結婚指輪の交換は和式でもあるのだろうか。
いつの間にか、部屋の中には大勢のあやかしと思われる人たちが集まっていた。この建物にこんなにおったんかい、と思うほどである。
その時、静かに襖が開き、白い袴をまとった恰幅の良い壮年の男性が入って来た。手にはグレイのベロア生地の箱がある。この人もあやかしなのだろう。神社などで言うところの神主さまの様な役割りだろうか。
男性は真琴と雅玖の前に正座をすると、箱を開けて畳敷きの床に置き、真琴たちの前にそっと滑らせた。そこに納められているのはサイズ違いのふたつの指輪だ。色は金。
雅玖は三つ指ついて一礼し、小さな方の指輪を手にした。そして真琴の左手を取り、薬指にはめた。
あ、サイズ。と思ったが、不思議とぴったりだった。指輪のサイズを伝えた覚えは無い。あやかし、かくりよならではの何かがあるのだろうか。
「真琴さんも、私の指に、指輪をはめていただけますか?」
「あ、はい」
真琴は先ほど雅玖がした様に一礼し、指輪を持ち上げた。美しく輝く金の指輪には、傷ひとつ無い。雅玖が左手を差し出してくれたので、ぎこちない手付きでどうにか薬指にはめた。
「これで、雅玖さまと花嫁さまのご婚姻が認められました。おめでとうございます」
男性が太い声で高らかに言うと、室内がわっと沸いた。
「おめでとうございます!」
「雅玖さま花嫁さま、おめでとうございます!」
次々と声が上がり、一気にお祝いムードに包まれた。もう大騒ぎだ。大きな手振りで万歳をするあやかし、抱き合って喜ぶあやかし、ガッツポーズをするあやかし、など。人間も人の結婚をお祝いするが、ここまでの騒ぎようでは無い。真琴は呆気にとられてしまった。
「雅玖、あやかしって結婚するとき、こんなえらいことになるんですか?」
「いえ、私が人間さまと婚姻を結んだからですよ。真琴さんが歓迎されている証です。なにせ真琴さんは観音さまのお墨付きですから」
「縁や無くて、ですか?」
「それももちろんそうなのですが。観音さまはあやかしに良くしてくださいます。結婚祈願や良縁祈願をされた女性を見境無くこの相談所にご案内することはありません。この相談所を見付けられないということは、そういうことなのです。人間さまをあまり悪く言いたくは無いのですが、やはりご結婚の目的が良からぬ場合もありますから」
それを言われると、真琴だって母の小言から逃れたい一心で手を合わせたので、決して純粋とは言えない。思わず肩身が狭くなってしまう。
それを棚上げして、例えば玉の輿に乗りたい女性もいるだろうし、専業主婦になって楽をしたいがために結婚を望む女性もいるだろう。それを悪いとは思わない。価値観はそれぞれだ。
それに資産家と一緒になる苦労だってあるだろうし、専業主婦でも出産したら自分の時間は無いに等しくなる。環境それぞれの大変さがあるものなのだ。
「きっと真琴さんは、真面目で思いやりのある方なんですね。なので観音さまのお計らいなのです」
雅玖たちあやかしは、観音さまに絶対の信頼を置いているのだなと思う。それだけ観音さまはあやかしたちを贔屓にしているのだろう。観音さまの後ろ盾なんて、確かに最強である。
真琴に思いやりがあるのかどうかはともかく、あの環境で5年勤め続けて来られたのだから、ある意味真面目なのかも知れない。夢のために匙を投げなかっただけと言うのが正解ではあるのだが。
「真琴さんとの生活が、今からとても楽しみです。きっと素敵な家庭が築けると思います。まずは真琴さんが開きたいお店のお話を聞かせてください。理想のお店を作りましょう」
「はい。ありがとうございます」
もう後戻りはできない。自分は雅玖との結婚を受け入れてしまったのだ。真琴は覚悟を決めた様に、あらためて頭を下げた。
「これから、どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ」
雅玖が優しくふわりと微笑む。それにつられる様に真琴も口角を上げた。
正面を見ると、あやかしたちはまだ歓喜の渦中にいた。よほどおめでたいのだろう。真琴は我がことながら微笑ましい気持ちになった。
そして、足はしっかりと痺れてしまったのだった。
今度は一息吐く間も無く金屏風の部屋に連れて行かれ、金屏風を背にして左側、赤い豪奢な柄のふかふかな座布団に正座させられた。
そこでやっとまともに息を吐くことができたが、足が痺れないか、なんてどうでも良さそうなことが心配になってしまう。
すると黒紋付羽織袴に着替えた雅玖が慌てながら入って来た。
「お待たせしました」
そう言って、真琴の右側、黒のふかふか座布団に綺麗な所作で正座した。さすがええとこのあやかしは、こういう礼儀なども叩き込まれているのだろう。
これから結婚式なのかと思うと、いささか緊張してしまう。和式の結婚式とは何をするのだっけか。詳しく無い真琴は祝詞を読み上げるとか三三九度ぐらいしか知らない。あ、結婚指輪の交換は和式でもあるのだろうか。
いつの間にか、部屋の中には大勢のあやかしと思われる人たちが集まっていた。この建物にこんなにおったんかい、と思うほどである。
その時、静かに襖が開き、白い袴をまとった恰幅の良い壮年の男性が入って来た。手にはグレイのベロア生地の箱がある。この人もあやかしなのだろう。神社などで言うところの神主さまの様な役割りだろうか。
男性は真琴と雅玖の前に正座をすると、箱を開けて畳敷きの床に置き、真琴たちの前にそっと滑らせた。そこに納められているのはサイズ違いのふたつの指輪だ。色は金。
雅玖は三つ指ついて一礼し、小さな方の指輪を手にした。そして真琴の左手を取り、薬指にはめた。
あ、サイズ。と思ったが、不思議とぴったりだった。指輪のサイズを伝えた覚えは無い。あやかし、かくりよならではの何かがあるのだろうか。
「真琴さんも、私の指に、指輪をはめていただけますか?」
「あ、はい」
真琴は先ほど雅玖がした様に一礼し、指輪を持ち上げた。美しく輝く金の指輪には、傷ひとつ無い。雅玖が左手を差し出してくれたので、ぎこちない手付きでどうにか薬指にはめた。
「これで、雅玖さまと花嫁さまのご婚姻が認められました。おめでとうございます」
男性が太い声で高らかに言うと、室内がわっと沸いた。
「おめでとうございます!」
「雅玖さま花嫁さま、おめでとうございます!」
次々と声が上がり、一気にお祝いムードに包まれた。もう大騒ぎだ。大きな手振りで万歳をするあやかし、抱き合って喜ぶあやかし、ガッツポーズをするあやかし、など。人間も人の結婚をお祝いするが、ここまでの騒ぎようでは無い。真琴は呆気にとられてしまった。
「雅玖、あやかしって結婚するとき、こんなえらいことになるんですか?」
「いえ、私が人間さまと婚姻を結んだからですよ。真琴さんが歓迎されている証です。なにせ真琴さんは観音さまのお墨付きですから」
「縁や無くて、ですか?」
「それももちろんそうなのですが。観音さまはあやかしに良くしてくださいます。結婚祈願や良縁祈願をされた女性を見境無くこの相談所にご案内することはありません。この相談所を見付けられないということは、そういうことなのです。人間さまをあまり悪く言いたくは無いのですが、やはりご結婚の目的が良からぬ場合もありますから」
それを言われると、真琴だって母の小言から逃れたい一心で手を合わせたので、決して純粋とは言えない。思わず肩身が狭くなってしまう。
それを棚上げして、例えば玉の輿に乗りたい女性もいるだろうし、専業主婦になって楽をしたいがために結婚を望む女性もいるだろう。それを悪いとは思わない。価値観はそれぞれだ。
それに資産家と一緒になる苦労だってあるだろうし、専業主婦でも出産したら自分の時間は無いに等しくなる。環境それぞれの大変さがあるものなのだ。
「きっと真琴さんは、真面目で思いやりのある方なんですね。なので観音さまのお計らいなのです」
雅玖たちあやかしは、観音さまに絶対の信頼を置いているのだなと思う。それだけ観音さまはあやかしたちを贔屓にしているのだろう。観音さまの後ろ盾なんて、確かに最強である。
真琴に思いやりがあるのかどうかはともかく、あの環境で5年勤め続けて来られたのだから、ある意味真面目なのかも知れない。夢のために匙を投げなかっただけと言うのが正解ではあるのだが。
「真琴さんとの生活が、今からとても楽しみです。きっと素敵な家庭が築けると思います。まずは真琴さんが開きたいお店のお話を聞かせてください。理想のお店を作りましょう」
「はい。ありがとうございます」
もう後戻りはできない。自分は雅玖との結婚を受け入れてしまったのだ。真琴は覚悟を決めた様に、あらためて頭を下げた。
「これから、どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ」
雅玖が優しくふわりと微笑む。それにつられる様に真琴も口角を上げた。
正面を見ると、あやかしたちはまだ歓喜の渦中にいた。よほどおめでたいのだろう。真琴は我がことながら微笑ましい気持ちになった。
そして、足はしっかりと痺れてしまったのだった。