「行ってきまーす!」

「い、行ってきます!」

「行ってくるわね」

「行ってきまぁ〜す」

「……行ってくる」

 朝、上の5人の子どもたちはまだ新しい制服に身を包み、元気に中学校に登校して行った。

「行ってらっしゃい!」

「行っておいで」

「いってらっしゃーい!」

 真琴(まこと)雅玖(がく)六槻(むつき)は元気に子どもたちを送り出した。

 今は春。4月下旬でもうすぐGWに入る。日差しは暖かで、そよぐ風が気持ち良い。

 子どもたちが通っていた小学校は大学の付属で、中等部も存在する。子どもたちは小学校卒業の時点で進学資格を取得していたので、そのまま付属の中学校に進学した。

 景五(けいご)の帰郷話が出たのが春休み。なので本来ならそこで景五だけ入学辞退をしていなければならなかった。だが雅玖はあえてそのままにし、学費も払い込んでいたのだ。雅玖も「もしかしたら」を願っていたのだろう。そしてそれは現実のものとなった。六槻のお陰で。

 景五の一件があって、子どもたちは少し考えが変わった様だ。里に帰ることで夢を叶えられなかった時のための、言うなれば代わりの夢を語っていた子どもたちだったが。

 壱斗(いちと)は、これからは積極的にオーディションを受けたいと言っている。もう12歳、充分に射程範囲内だと思われる。

 弐那(にな)はとにかく漫画を丁寧に描き、投稿を始めると言う。家族以外の人に見られるのはまだ少し恥ずかしい、そんな気持ちもある様だが、そんなことは言っていられないと。

 三鶴(みつる)は高校から、偏差値の高い外部の学校を目指すと言う。これまでは興味の(おもむ)くままいろいろなジャンルのお勉強をして来たが、そろそろ1本に絞り、その研究者になるための道を目指したいのだそうだ。

 四音(しおん)と景五は高校には行かず、「まこ庵」に入りたいと言う。少しでも早く長く、真琴と一緒に「まこ庵」の厨房に立ちたいのだと。

 真琴も本来であれば、まずは外のお店での修行を推奨する。得難い経験にもお勉強にもなると思うからだ。だがふたりの背景を思えば、やはり「まこ庵」に入ってもらうのが良いだろうと思っている。

 事情が無ければ、これからのことを思ったら最低でも高校は行って欲しいと真琴は言うだろう。だがまたいつ帰郷の話が出るか分からない。

 それは四音と景五に限った話では無い。将来、描く夢をいつまで目指せるのか、あの子たちは分からないのだ。

 子どもたちも大きくなった。だがまだ子どもだ。それを思うとやはり(こく)だとは思う。だがそれは真琴の物差しであって、子どもたちはまた違う価値観を持っている。

 生まれながらに宿命付けられたその重責を飲み込み、それでも夢のためにできることをしようと足掻いているのだ。

 だから真琴は、子どもたちの意思を尊重する。それが道を外す様なことで無ければ、真琴のできる限りで応援したいと思っている。

 里に帰れば、あの子たちにどんな試練が待っているのか真琴には分からない。だからこそ人間世界に、この家に、「まこ庵」にいられる限りは、夢に向かって輝いていて欲しいと思うのだ。



 夜の「まこ庵」。まずカウンタに並ぶ、ランチタイムのお惣菜は5品。わかめと大根の酢の物、春きゃべつの卵とじ、高野豆腐の含め煮、春人参のごま和え、ちんげん菜の焼き海苔和え。

 そして今、景五がぶりの照り焼きを焼いている。あやかしたちからのリクエストだ。お塩で臭み抜きをしたぶりはふた口大ほどの切り身にし、薄く片栗粉をはたいてフライパンでこんがりと焼き付ける。もちろん中まで火が通るようにしっかりと。

 仕上げに合わせ調味料を入れて、ぶりにまんべんなく絡める。お醤油、みりん、お酒、お砂糖とお塩を少々。そうしているうちに調味料が煮詰まって、甘じょっぱい香りがふわりと上がってくる。良い香りだ。真琴はつい鼻をひくつかせてしまう。

 そうして焼き上がったぶりの照り焼きを、大葉を敷いた青いお皿に盛り付けた。

「……お待たせ、しました」

 景五がカウンタに提供すると、「ありがとう」の言葉とともにあちらこちらからお(はし)が伸び、あっという間に大葉ごと空になってしまった。

「あはは、凄いわぁ」

 真琴は感心しながらお皿を下げた。真琴が作ったものももちろん人気である。ランチの残りのお惣菜などもすぐに無くなってしまう。だがやはりあやかしたちは、四音や景五が作るものが特に嬉しいのだ。

 リサイタルを行う壱斗、漫画を描く弐那、お勉強を続ける三鶴、お料理を手掛ける四音と景五、そして天真爛漫(てんしんらんまん)にフロアを巡る六槻。

 そして雅玖。真琴の自慢の家族である。

 実は、六槻が産まれ、妖力が安定してこのお家に迎え入れることができたとき、母に子どもの誕生を知らせたのだ。そのとき母に言われたことで、真琴は本格的に母と距離を取ることを決めた。

「そっか、女の子産んだか。ほなその子はあんたみたいにならん様に、ちゃんと育てなな」

 母に、真琴の言葉は一切届かない。実際に母になった真琴にとって、それは信じられなく、そして恐ろしいことだった。

 子どもの言うことを何でも聞いていたら、その子は人としての大事なものを失う。そして大切なものが(つちか)われない。(しつけ)は重要だ。例えあやかしであっても人間の世界で暮らすのなら、それは必要だ。

 だが子どもが壱斗たちの様に夢を持ったとき、それを自分の常識だけでねじ伏せる様なことだけはしたくない。そう、母が真琴にした様に。

 子どもが自我を持ち、目標を持ち、夢を持った時、真琴はそれを否定しない。個性、意思、子どもたちが持つそれらは尊いものだ。だから真琴は子どもたちに精一杯寄り添いたいと思うのだ。

 父とは変わらず連絡を取っている。母とはもうできる限り関わらないことも伝えた。父も母の価値観には辟易しているので、それを受け入れてくれた。

「お前が幸せになってくれたらそれでええ。母さんはこっちで何とかしとく」

 あの母を任せっきりにしてしまうことに罪悪感が芽生えるが、もう真琴にはどうしようも無いのだ。

 もう真琴は母とは別世帯。別の価値観、世界を生きている。真琴は今そばにいてくれる雅玖と子どもたちを大事にして生きて行くのだ。

 血が繋がっていても分かり合えない親子もいる。それだけの話だ。真琴は5人の子どもたちと血は繋がっていないが、真琴を母親として慕ってくれている。

 種族の純血を守るためにこれからを生きなければならない子たちが、そのしがらみを超えて真琴を思ってくれていることは、真琴の誇りなのだ。

「ママ! むつき、ママのおじゃがにたのがたべたい!」

 六槻が無邪気に声を上げる。溌剌とした可愛い笑顔。六槻の、そして壱斗と弐那と三鶴、四音と景五の(まぶ)しい笑顔を守ってあげたい。雅玖と一緒に。

「ほな、新じゃがで煮っころがし作ろか」

「わーい! ママのおじゃがー!」

 六槻の歓喜の声が上がる。真琴はくすりと微笑み、野菜庫からごろごろと小粒で可愛らしい新じゃがいもを取り出した。