栗きんとん、伊達(だて)巻き、紅白なますに酢蓮根。おせちの基本は30種あると言われ、他にも昆布巻きやぶり焼き、海老煮など。そうして人は元旦に縁起ものをいただき、その年の福を願う。

 猶予の1ヶ月の間、できる限り真琴(まこと)のおせちを景五に伝えたい。そして里に帰ったら、これからの景五(けいご)の幸せのために(しつら)えて欲しい。

 毎晩教えてはいるが、レシピも書いて渡してあげられたらと思う。真琴は毎夜寝る前に、ノートにその日景五に教えた1品のレシピをしたためていた。

 六槻(むつき)はある程度大きくなってベビーベッドを片付けてからは、真琴と同じベッドで寝ていたのだが、景五の帰郷が決まってから、景五と一緒に寝たがった。それ以外も隙あらば景五のそばにいたがった。

 お昼の「まこ庵」のお手伝い中はさすがに厨房や店内をうろつかれると危ないしお客に迷惑なので、上で雅玖(がく)に止めてもらっている。夜は景五が見えるカウンタに座ってもらっていた。その間はおとなしくしてくれている。

 それまで、六槻はそこまで景五に懐いていたわけでは無かった。上の子たちの誰かに特別懐いていたわけでは無く、思うがままに上の子たちの間を渡り歩いていたので、不思議ではある。ただ単に景五がもうすぐいなくなるから、そのための行動なのだろうと真琴は思っていた。



 「まこ庵」夜の後の、雅玖との時間も続いている。真琴はどうにかビールが飲みたいと思うまでに気持ちが上向きになり、雅玖も青い切子グラスに入れた日本酒を傾けていた。

 上の子たちがそれぞれの種族の純血を守るために(おさ)を継ぐということが分かり、少し時間が経った今、実は真琴は不思議に思っていることがあった。

 あやかしたちが種族の純血を大事にしていると言うのなら、なぜ雅玖は人間である真琴との結婚が必要だったのか。あびこ観音のご加護に頼るほどの、何か。

「雅玖」

「はい」

 迂遠(うえん)な聞き方は(がら)では無い。話が歪んでしまっても困る。真琴は真正面から聞くことにした。

「雅玖は、なんで私、というか人間と結婚せなあかんかったん?」

 雅玖の目が見開かれる。だがすぐに力が抜けた様に、目を伏せた。

「私、言い忘れていたでしょうか」

「もしかしたら聞いたかも知れんけど、結婚やらなんやらの時は私も混乱してたから……。人間との婚姻があやかしの力を強めるって言うてたんは覚えてるけど」

「そうですね」

 雅玖は少し考える様に黙り込む。そして観念した様に口を開いた。

「人間さまとあやかしの婚姻は、やがて子を成すことに繋がる可能性があります。人間さまとの婚姻はあやかしの力を強める。正確には、人間さまとあやかしとの混血の子が、強い力を持つのです」

 ということは。真琴は少し騙されていたかの様な気分になる。

「雅玖は、最初から私との子を望んでたってこと?」

 だからつい無意識に、言葉に小さな(とげ)が含まれてしまう。決して真琴には触れないと約束してくれていたのに、奥底ではそう思っていたのだろうか。

「そうなってくれれば、と思わなかったと言えば嘘になります。ですが私の気持ちとしては、真琴さんに無理を()いたくありませんでした。ただでさえ、こちらがあやかしだと分かった上での人間さまとの婚姻そのものが、あやかしにとっては奇跡の様なものなのです。あびこ観音さまのご加護が無ければ、到底叶えられないものでした。真琴さんは当時、私に心が無いにも関わらず、私との婚姻を受けてくれました。私としては、それだけで充分だったのです。真琴さんとの子を成すことができずとも、私は真琴さんと子どもたちと家庭を築けるだけで、本当に幸福だったのです」

 そう言う雅玖の柔らかな表情は本当に幸せそうで、嘘を言っている様には見えなかった。それで真琴は少し心を落ち着かせることができた。

「真琴さん、ですから真琴さんが私との子を、六槻を望んでくれたとき、私がどんな思いを抱いたか、想像できますか。至福、これ以上無い喜び、もう死んでも良い、陳腐なせりふでしょうが、そんな風に思ったのです。それは確かに混血の子を繋げることができる喜びもありました。ですが何より私は、真琴さんとの子を儲けることができたことが、本当に嬉しかったのです」

 そんな風に言われてしまえば、もう真琴には何も言えない。真琴も雅玖との子、六槻を産めたことは本当に幸せなことだったのだから。

「……繋げる。ちゅうことは、これまでも混血の子がおったんや」

「はい。私です」

 さらりと言われた事実に、真琴は目を丸くする。

「雅玖が、人間との混血? 白狐と人間の?」

「そうです。ですから私はあやかしの中で、高い地位にあるのです。そして白狐はあやかしの中でも最も神に近いとされています。ですので人間さまと白狐の混血が望ましいとされています。白狐にももちろん純血を守る一族がおりますが、混血として産まれたあやかしは、それをできる限り繋ぐ尽力をしなければならないのですよ」

「ほな、六槻も?」

「本来ならそうです。ですが私は、できることなら六槻には私の様に、好きな人と一緒になって欲しいと思っています。まだ先のことではありますが。相手が人間さまでも白狐以外のあやかしでも、六槻と思い合う人が現れたら、応援したいと、守りたいと思っています」

 それは確かに理想だろう。真琴にはあやかしの世界のしがらみは判らない。なのでそんな簡単に許されるものかのかも判らない。それでもやはり親としては、我が子に幸せになって欲しいと思う。当然のことだ。

「ですから、私は真琴さんと出会えたことは本当に僥倖(ぎょうこう)だったのです。結果として六槻が産まれはしましたが、私の中でいちばん大事なのは真琴さんの気持ちであって、子どもは二の次でした。真琴さんが望まない限り、私はあやかし側が何と言おうと、拒絶するつもりでいました。私は何よりも、真琴さんを大事にしたかったのです」

 ああ、それが聞けただけで充分だ。真琴は雅玖に大切にされていた。もちろん今も。心の中が暖かなものに満たされる。雅玖がこういうあやかしだから、真琴も雅玖を思うことができたのだ。

「ありがとう、雅玖」

 真琴が笑顔で言うと、雅玖もまた嬉しそうに微笑んだ。