深刻な話になりそうだったので、厨房は四音(しおん)に任せ、真琴(まこと)景五(けいご)鞠人(まりと)さんを上のリビングに通す。鞠人さんを見て雅玖(がく)は目を丸くする。

 真琴が人数分の温かい緑茶を淹れ、それぞれの前に置く。勧めたソファの上で正座になった鞠人さんは、強張った顔を崩さない。

「鞠人、どういうことですか?」

 真琴からことのあらましを聞き、雅玖は静かに問い掛ける。真琴は情けないことに少し動転してしまっている。景五はと見ると、景五も顔を固くして、だが、取り乱したりはせず、おとなしくしている。

 鞠人さんは言いづらそうに(うつむ)いて(ひざ)の上で(こぶし)を握り締めるが、やがて顔を上げた。

「猫又族の長が倒れました。病です」

「なんやて?」

 景五の緊迫した声が響く。雅玖も「ああ……」と息を飲み、真琴は目を見張った。だがそれと景五のお迎えが繋がらない。どういうことなのか。

「妖力による治療は続いてますが、もう長く無いだろうと言われました。ですので、景五に戻ってもらわなあきません」

 だからどうして。真琴が雅玖を見ると、雅玖は「すいません」と目を伏せた。

「真琴さんには話していませんでした。実は景五は、いえ、景五だけでは無く5人の子どもたちは、皆種族の(おさ)を継ぐあやかしなのです」

「え……」

 長を継ぐとは。どういうことだ。真琴は戸惑ってしまう。

「待って。あの子ら将来なりたいもんがあるって頑張ってるやん。それはどうなるん? 叶えてあげられるんやんな?」

 真琴がすがる様に言うと、雅玖は辛そうに首を振った。

「あの子たちは大人になれば、跡を継ぐ責務が発生します。あやかしの大人も、人間さまに倣って基本18歳からです。ただ、大学に進学すれば卒業したと同時になります。それまでの間になんらかの成果を出していれば、続けられるかどうかの協議が必要となり、そうでなければ諦めてもらわなければならないこともあるのです。その時の長がいつまで続けられるのか、どのタイミングで跡目を譲るのか、それは種族次第なのです。ただ、長が病気になることもあります。あやかしは丈夫ですが、特有の病気があるのです。今、猫又の長がその状態なのです。ですので景五はまだ子どもではありますが、猫又の里に戻って、跡を継ぐ準備をしなければならないのです」

「そんな」

 真琴は愕然(がくぜん)とする。皆、あんなに頑張っているでは無いか。

 壱斗(いちと)はスカウトを受けたいと東京にだって行った。歌とダンスの練習も続けている。堂々と披露する壱斗は今でも楽しそうだ。最近ではバラード調の曲も上手に歌える様になった。

 弐那(にな)も日々進化している。毎日見せてくれる絵は、今やプロ並みだと真琴は思っている。漫画の製作も手がけ出している。今はストーリーを考えるのが楽しいそうだ。

 三鶴(みつる)のお勉強もどんどん進み、愛読している専門書はもはや真琴などには暗号だ。研究者への道を順調に辿っている様に思える。

 四音(しおん)、そして景五(けいご)もそれぞれでお料理を作れる様になるまで上達していた。もう厨房の火の元だって任せられる。ふたりと「まこ庵」を切り盛りする未来が見えようとしていた。

 そして5人の子どもたちは中学校入学を控えている。これからも人間の世界で成長し、学び、遊び、研鑽(けんさん)し、夢を掴もうとしている。なのに。

「……5人の子どもたちは、他の種族の血が入らない純血の一族の子たちなのです。これまでも、これからも、これを絶やすことはできないのです。大昔から受け継がれて来ているものなのです。なので景五もですが、壱斗も弐那も三鶴も四音も、産まれた時から長を継ぐことを宿命づけられているのです」

「それ、皆分かってる上で、それでも夢を持って……?」

 自分の声が戦慄(わなな)いているのが分かる。雅玖は沈痛の面持ちで、ためらいつつもゆっくりと頷いた。

 予期せず判明した事実に、真琴は強く打ちのめされた。どんなに励んでも、頑張っても叶えられないかもと知りながら、あの子たちはあんなに前を向いて輝いていた。一体どんな思いで打ち込んで来たのだろうか。なんて、なんて健気(けなげ)で、……そして強くて。

 その背景を考えると、あの子たちと家族になった時、幼いながらもあんなに聡明だったのは、きっとそれまであやかしの世界で厳しい教育や(しつけ)を受けて来たからなのかも知れない。

 真琴の目頭が熱くなる。子どもたちを取り巻くものが、そんなものだったなんて。知らなかったとは言え、真琴は「夢を叶えて欲しい」なんて呑気に応援していた。あの子たちが頑張る姿が、本当に素敵だったから。

「……母さま」

 景五の優しい手が、真琴の震える手に重なる。見ると、景五は達観した様な顔で、普段は無表情なその面持ちに柔らかな微笑みさえ見せていた。

「俺は、俺らは大丈夫やから」

 穏やかな声でそんなことを言うものだから、真琴はたまらず景五を抱き締めた。

 泣くな。本当に泣きたいのはきっと子どもたちだ。真琴が泣くことは許されないし、子どもたちにもきっと負担だ。

 真琴の大事な大事な子どもたち。血の繋がりなんて関係無い。そう思って暮らして来たのに。

 まさか子どもたち自身が、その血に縛られていたなんて。

 きっとあやかしにとって、種族の純血を維持することは大切なことなのだ。人間も家系を絶やさぬ様にと跡継ぎを望まれる場合がある。だがきっとその重みは違う。

 子どもたちは産まれながらに、その重責を背負って来たのだ。恐らく選択肢なんて無かった。今でこそ成長したが、それでもまだまだ子どもだ。真琴と出会った時なんてたったの5歳だった。

 もしかしたら、だからこそ将来に夢を馳せたのかも知れない。なれないかもと思いながらも、人間の世界で比較的自由に暮らす中で、望みを賭けたのかも知れない。

 跡を継がねばならない、そうなる未来を受け入れて、それでも自分たちの夢を見たのだ。

 真琴は親になれたと思っていたのに、血の前には無力だった。真琴は強く目を閉じ歯を食いしばる。開くと、こみ上げるものが溢れてしまいそうだった。