俺は謎の少女アシュリー(アシュリーにとっては、俺の方が謎の存在だが)の叔父を殴り倒してしまった。俺の右ストレートパンチだ。生まれてこの方、素手で人を殴ったのは無いに等しいし、何でこんなすごいパンチが打てたのか、まったく不思議だった。
 アシュリーの叔父は、床にへたりこんでうめいている。よほど俺のパンチが効いたのだろう。

 窓の外を見ると、人が騒ぎを聞きつけ、集まってきていた。

 さっきグート叔父さんが、さんざん俺やアシュリーに怒鳴ったからな。外まで聞こえていただろう。

 俺はとっさに、後ろのクローゼットを見た。扉は開いている。

 すると……。

 何と、クローゼットの中は、来た時と同様に、光り輝いていた。まさか、また瞬間移動できるというのか?

『クローゼットの中に入りなさい。行き先は決まっている』

 何と、若い女性の声が俺の頭の中に響いた。アシュリーの声じゃない。どこかで聞いたことがあるような、抑揚のない不思議な声だ。

「だ、誰なんだ?」
『早くしないと、アシュリーの叔父が立ち上がる。早くクローゼットの中に入りなさい』

「ま、まて……。うう、この野郎……自警団を呼ぶぞ」

 その時、後ろで野太い声がした。グート叔父さんが、膝に手をついてヨロヨロと立ち上がった。やばい!

 すると、アシュリーも()かした。

「ねえ、早くクローゼットの中に入ろう!」

 アシュリーも、不思議な声を聞いたのか?

 俺はうなずき、クローゼットの光の中に入った。アシュリーもそれに続く。
 
 光が……俺たちを包む! う、うわああああ!

 ◇ ◇ ◇

 あああ……と気付くと、ここは俺の部屋だった。引きこもっていた子ども部屋だ。

 なーんだ、夢だったのか。俺もバカだなぁ。ワハハ。

 そう苦笑いしながら横を見ると、アシュリーがいたので飛び上がって驚いた。
 後ろのクローゼットは開いたままだ。中を見てみると、光ってもいないし、何も入っていない。どこにも──さっきのアシュリーの部屋とも繋がっていない。普通のクローゼットだ。

 しかし……やはり瞬間移動の原因として考えられるのは、このクローゼットに間違いない。

(俺の部屋のクローゼットと、アシュリーのクローゼットは繋がっていた? 一体、誰がそんな魔法を仕掛けたんだ?)

 アシュリーは、俺のベッドにヨロヨロと座り込んだ。

「お、おい。大丈夫か」

 俺はアシュリーのそばに駆け寄った。するとアシュリーは涙を流して、突然……。

 俺に抱きついたのだ!

「ゼントさん! ありがとう!」

 げええええええーっ?

 こんな美少女が抱きつくなんて! 二十年の引きこもりには毒だ!

「ゼントさんのおかげで、叔父さんから逃げ出すことができました!」
「いや、俺は不法侵入者だったんだけど!」

 するとアシュリーは、そんなこと関係ないといった風に、顔を横に振った。

「叔父さんにずっと監禁されてたの。五年間も……」
「か、監禁!」

 アシュリーは言った。

「叔父さんに暴力を受けてたの……。グート叔父さんは、私のママの元恋人。私を裁判で奪い取ったの。ものすごく優秀な弁護士を使って……」

 アシュリーは、俺の胸で泣いている。俺は思わず、彼女の頭をなでてやった。
 おや、アシュリーの耳は長い。エルフ族か……。

 窓から見える風景は、夕日に染まっている。俺たちは叔母さんの残してくれた食料で食事し、その後、これからの話をした。

「アシュリー、これからどうする?」
「ママのところに行きたいんです。ルーゼリック村という村にいます。もうずいぶん会っていません」

 色々話をしていると、もう夜の九時になった。アシュリーは眠そうな顔をしている。

「わかった。話は明日にしよう。眠いなら、もう寝た方がいい。俺は(ゆか)で寝るから」

 するとアシュリーは、「ゼントさんと一緒にベッドで寝る!」と声を上げた。

 う、うおおおおおっ! この展開は!

「叔父さんが私を探してきそうで、怖いんです。だから、一緒に寝て!」

 ◇ ◇ ◇

 というわけで、俺は十五歳の美少女と一緒に、ベッドで寝ることになってしまった。
 アシュリーはすぐに眠ってしまった。俺も横になったが、アシュリーの髪の毛の、良い(にお)いがする。
 ……眠れねええええ!

 しかし、これから、もう一人の美女に出会うことは、この時、予想もできなかった。そう、俺の頭の中に響いてきた、謎の声の正体だ……!