俺、ゼント・ラージェントは、ついにセバスチャンに勝利した!

 ゲルドン杯格闘トーナメント……何と、優勝だ。

 そしてリング下で、真の黒幕ともいえる大魔導士アレキダロスの正体が、マリウ副親衛隊長(しんえいたいちょう)の手によって、暴かれる──。

 アレキダロスの仮面に、マリウ副親衛隊長(しんえいたいちょう)が、手をかけた。

 何と、アレキダロスの正体は……女性!

「ああっ!」

 俺とエルサは思わず声を上げた。アレキダロスの正体は……!

 フェリシアだった。

 俺の元彼女であり、ゲルドンと離婚した元妻である。

 俺は16歳のときの、フェリシアしか知らない。だけど、36歳になったフェリシアであることは……間違いなかった。面影がある。

「何で……どうして……フェリシア?」

 俺はつぶやくように言ったが、フェリシアは黙っている。彼女の手首には、手錠がかけられていた。

「ゼントさん、申し訳ないが」

 審判団長が俺たちに声をかけた。

「これから、グランバーン王との謁見式(えっけんしき)があります。王から優勝者に、祝福のお言葉があるそうです。ただちにグランバーン城へ移動してください」

 マリウ副親衛隊長(しんえいたいちょう)は、「では、アレキアダロスを……この女を連行しろ」と部下に命令した。アレキダロス──いや、俺たちの幼なじみ、聖女フェリシアは手錠をかけられて、スタジアムの奥に連れていかれてしまった。

 俺とエルサは、顔を見合わせていた。

 一方、武闘(ぶとう)リングの方を見ると、セバスチャンも黙って座り込んでいた。手には、やはりというべきか、手錠がはめられている。
 座っているセバスチャンを、リング上で見下ろしているのは、親衛隊長(しんえいたいちょう)のラーバンス氏だ。ラーバンス親衛隊長(しんえいたいちょう)は、難しい顔をして、セバスチャンを見ている。

 ラーバンス氏は、セバスチャンの父親だ。

「セバスチャンの罪状は、色々あるそうよ」

 ミランダさんが俺に言った。

「今日、アシュリーを拉致(らち)したこと、様々な不正な経営をしてきたこと。どんどん出てくるはず」

 ◇ ◇ ◇

 俺とエルサ、ローフェン、ミランダさん、アシュリーの5人は、スタジアムの試合会場から出た。そして、歩いてグランバーン城に向かった。グランバーン城は、俺とセバスチャンが闘った中央スタジアムから、歩いて1分のところにある。

 俺は歩きながら、エルサと話した。気になるのは、さっき逮捕されたフェリシアのことだ。

「一体、何がどうなってるんだよ? フェリシアがどうして、セバスチャンの手先になっていたんだ?」
「うーん……。でもね、あたしにはフェリシアの気持ちが分かるよ」

 エルサがそう言うので、俺は驚いた。

「ど、どういうことだ?」
「この間、ゲルドンの屋敷に行ったでしょう?」
「あ、ああ」
「屋敷に長年勤めていらっしゃるメイドさんに、フェリシアのことを聞いてみたのよ。ゲルドンが屋敷に帰ってこない日も多く、一人で過ごす日がとても多かったそうよ。息子さんのゼボールも不良仲間とつるんでいたし。とてもさみしかったんじゃないかな」
「そんな時、フェリシアにセバスチャンが目を付けた?」
「そうね。メイドさんがもう一つ言ってたんだけど……。ゲルドンが不倫し始めてから、フェリシアは口癖(くちぐせ)のように、ゼントのことを言っていたらしいよ」
「な、何て?」
「『20年前、ゼントを裏切ってしまった。(あやま)りたい』って……」

 ……そうか。

 フェリシアは留置所(りゅうちじょ)に入るのだろう。だが確か、フェリシアは妊娠していたと聞いた。

「フェリシアは妊娠しながら、アレキダロスを演じていたのか?」
「そのようね。『大魔導士』なら、武闘家や剣士じゃないし、そんなに動かなくても良いからね。変声魔法も、彼女の魔法力なら、毎日使い続けることができるはずよ」
「うーん、あいつは治癒魔法も補助魔法も、お手のものだったからな」
「そうそう、フェリシアは聖女だし、治療薬や薬剤のことはかなり詳しかったわね」
「薬剤? ……『サーガ族の生き血薬』のことか。あれはフェリシアが作ったのだろうか……?」

 多分、そうなのだろう。これから、事件の謎が少しずつ解けていくんだろうな。間違いないのは、フェリシアがセバスチャンの助言者(アドバイザー)のアレキダロスだったこと。そして、セバスチャンと共に、フェリシアが留置所(りゅうちじょ)に入れられること。

「さあさあ、ゼント君、何をブツブツ言ってるの!」

 ミランダさんが元気よく、声を上げた。

「あなたは優勝者よ! もっと胸を張って、明るい顔をしなさい。笑顔よ!」
「あ、そ、そうします」

 俺は笑った。笑っていいんだ、と思った。

 ◇ ◇ ◇

 俺の試合を観ていたスタジアムの観客たちは、外に出始めている。グランバーン城の屋外広場に移動するためだ。どうやら俺は、城のバルコニーで、グランバーン王と謁見(えっけん)することになるらしい。
 バルコニーからは、城の屋外広場を見渡せられるそうだ。

 何てこった、試合以上に緊張するぞ、こりゃ。

(そういえば、王様ってどんな人か、まったく知らないなあ……)

 (うわさ)では、グランバーン王は大の写真嫌いで有名らしい。新聞や雑誌にも、ほとんど顔写真を掲載(けいさい)させたことがない。

 ひええ……気難(きむずか)しい人なのか? 余計に緊張しまくってきた。

「ゼントさん、しっかり!」

 アシュリ―は俺の腕を組んできた。

「そうじゃないと、私のパパになれませんよ~」

 俺は苦笑いした。ずいぶん、アシュリーも俺に遠慮せずに言うようになってきたんだな。

 ◇ ◇ ◇

「トーナメント優勝者、ゼント・ラージェントさんに敬礼!」

 俺たちは城に入ると、いきなり衛兵たちから敬礼の挨拶(あいさつ)を受けた。俺はこれから、城のバルコニーで、グランバーン王と謁見(えっけん)する。

 そしてまあ、簡単に言えば、王様から「よくやった!」とほめられるんだろう。

「さっ、ゼント様! こちらでございます。私は、王の執事(しつじ)、マクダニエルです」

 長いアゴひげを生やしたマクダニエル老人が、俺をバルコニーへ案内してくれるそうだ。

「じゃあ、ゼントさん、頑張ってネ!」

 アシュリ―がニコニコ顔で声を上げる。

「ゼント、お前な~、緊張してドジするんじゃねーぞ」

 ローフェンがニヤニヤ笑って言う。あ~、うるさい。

「もう~……。私まで、ちょっと心配になってきちゃったじゃないの。しゃんとしなさいね」

 ミランダさんは、ため息をついている。母親みたいだなあ……。

「ゼント、優勝者のお役目、しっかり果たしてね」

 エルサが言った。

 お、おう……。

 エルサ、ミランダさん、ローフェン、アシュリーは、衛兵が付き()い、城の屋外広場の方に行ってしまった。

 俺とマクダニエル氏は、城の三階まで上がり、廊下を歩いた。

 廊下の突き当りには、大きな立派な鉄の扉がある。

「さあ……ゼントさん。皆が──国民が待っております!」

 マルクダニエル氏は笑って言った。俺はうなずく。マクダニエル老人は、その鉄の扉を開ける。

 ◇ ◇ ◇


 ドオオオオオッ

 ひ、人ぉおおおおおおお!

 そこは城の3階のバルコニーで、そこから外の城の屋外広場が見渡せる。

 ……が、人、人、人だらけだ!

 屋外広場には、ざっと1万人はいるだろうか? たくさんの人が、俺を見上げている。

「おっ、ゼントだ!」
「キャーッ! ゼント君よ!」
「すごい試合だったぞー!」

 人々は俺に声をかけてくれている。

「手を振ってみたらいかがですかな?」

 マクダニエル氏が(すす)める。俺はうなずき、思い切って手を振ってみた。

 ドオオオオオッ

 歓声で、城が()れたかと思った。

「きゃあーっ!」
「手を振った~!」
「ゼントちゃ~ん!」

 若い女の人たち、街のおばちゃんたちの声も聞こえる。皆、俺を見に来てんのか……。はー、すごい。

 一方、俺たちが立っているバルコニーは結構広く、多少の庭園がある立派なものだ。

「ゼント君、君の活躍を観戦していたよ」

 後ろから声がかかった。

 俺が振り向くと、王冠をかぶった、立派な老人が立っていた。

「私がグランバーン王だ。よく来てくれたな! ゼント・ラージェントよ!」

 グランバーン王がにこやかに言う。俺はもう緊張して、口ごもった。

「は、はい。どうも……ん?」

 俺はグランバーン王を見て、目を丸くした。

 えええええーっ?

 グランバーン王は、俺が知っている、「あの人」だったのだ!