ゼント・ラージェントが謎の美少女の部屋に、なぜか瞬間移動したちょうどその頃。
◇ ◇ ◇
──ここはグランバーン王国の大勇者、ゲルドン・ウォーレン自宅の大屋敷。
大屋敷の一階、大ホールには、ドワーフ族の長、薬草会社の社長、鍛冶屋協会の会長、ホビット族の長など、そうそうたるメンバーが、酒を酌み交わしている。
その中心に、今年三十六歳になった、大勇者のゲルドン・ウォーレンが笑って立っていた。
「いやあ、ゲルドン、あんたはすごい。魔物を三千匹も倒してしまうなんてなあ」
ドワーフ族の長が、赤ら顔でゲルドンに言った。
「そうだとも、ゲルドン。若い時はヤンチャだったが、出世したな」
鍛冶屋協会の会長も、ゲルドンの肩を叩きながら笑う。
「ガハハ、そんなに褒めないでくださいよ!」
ゲルドンは胸を張って声を上げた。
「俺は、この国の王になるのが目標なんで!」
ゲルドンは大口をたたいた。
壁際にはゲルドンの妻、今年三十六歳になった大聖女、フェリシアが静かに座って微笑んでいる。フェリシアはすでに、魔物討伐から引退して、今では良き妻となっている。
一方のゲルドンは現役の魔物討伐家だ。
今日は魔物討伐の依頼はなく、「魔物三千匹討伐記念パーティー」を開いている。
ゲルドンは二十年前、魔法剣士──いや、荷物持ちのゼント・ラージェントをパーティーメンバーから追放した。
しかし、ゲルドンはそんなことはすっかり忘れていた。
すると、ゲルドンはそばにいた痩せた青年に、真面目な口調で言った。
「セバスチャン、あの計画は進んでいるか?」
青年はゲルドンの執事、セバスチャンだ。
セバスチャンは頭を垂れた。
「ゲルドン様主催の、『ゲルドン杯格闘トーナメント』は、十一月にきちんと開かれるよう、手配しております」
ゲルドン杯格闘トーナメントとは、ゲルドンが大勇者になったことを記念した、グランバーン王国最高の戦士を決める、格闘技の大会だ。
この国では、素手の格闘の強い人間がもてはやされている。
大昔、勇者が魔王を素手で殴り倒し、魔王を封印したという伝説があった。
ゲルドンは剣術以上に、格闘術には自信がある。
さっきの大物たちは、このトーナメント開催のために金を出してくれる、スポンサーたちだ。
──その時、パーティー会場に、長髪の少年がポケットに手を突っ込みながら、フラフラと入ってきた。
年齢は十六歳くらいだろう。
「親父ぃ~」
長髪のチャラ男は、ヘラヘラ言った。
「俺を、お呼びでございますか~?」
「お、おい。偉い人が来ているんだぞ、ゼボール。ポケットに手を突っ込むな」
ゲルドンは周囲の大物たちを気にしながら、長髪のチャラ男に言った。
「今日、お前をこのパーティーに呼んだのは、理由がある」
「だいたい察しはつくけどね~」
「お前は、今年開かれる、『ゲルドン杯格闘トーナメント』で優勝するのだ! そして、俺の跡を継いで、勇者になれ」
ゲルドンの息子、ゼボールは頭をかいた。
このチャラ男、ゼボールは、この間、引きこもり男のゼントにケンカをふっかけた少年だった。
「トーナメントなんて、めんどくせーの一言だね。疲れるし」
「いいか、お前は俺の能力を受け継いでいるはずだ。国民に、お前の格闘術を披露し、トーナメントで優勝しろ」
「まあ、俺、格闘の才能はあるっちゃあるけどね~。親父は出場しないのか?」
「俺は出場しない。が、優勝者には俺との試合の挑戦権が与えられる」
「ふーん? それより小遣いくれよ。三十万ルピーくらい」
「お、おい、トーナメントには、全国の猛者が来るんだぞ。しっかり訓練をしろ」
「あ、そういえばさ」
ゼボールは、父親のポケットマネー、三十万ルピーをもらいながら、思い出したように言った。
「親父の故郷にこないだ遊びに行ってさ。キモいデブをいじめちまったぜ」
「……ん? 俺の故郷だと。マール村か? キモいデブとは、誰だ?」
「すげー引きこもりのヤツでさ」
ゼボールは首を傾げながら言った。
「名前を調べたら、ゼントってヤツだったらしいけど」
「な、何?」
ゲルドンは目を丸くして、チャラ男の息子を見た。
「ゼントだと? ほ、本当か、それは?」
ゲルドンは妻のフェリシアと顔を見合わせた。まさか……あの男、生きていたのか? ゼント──二十年前、魔物討伐パーティーから追い出した男だった。
そしてゼントは幼なじみだ。
そういえば、二十年前、ゼントを追放したすぐ後、故郷のマール村に情報屋を送り込んだ。ゼントの行動を調査したことがあったな。
しかしその後、ゼントの姿は消えたらしく、調査はやめたが……。
ゲルドンはあわてて息子に聞いた。
「そ、そのゼントという男は、引きこもりだと? 一体どういうことだ?」
「何でも、二十年、家に引きこもっていたらしいぜ」
「に、二十年も引きこもり、だと?」
ゲルドンは目を丸くした。
「何を驚いてるんだよ? 知り合いか? ま、こないだ、そんなことがあったよ。じゃーな」
ゼボールは、フラフラとパーティー会場を出ていってしまった。
ゲルドンは眉をしかめて、急いでフェリシアを見た。
「ゼントってあの、ゼントか」
「そ、そうだと思うわ」
「まさか、故郷のマール村にまだいたとは? し、しかも、引きこもりだと?」
ゲルドンがあれこれ考えていると──黙ってそれを聞いていた、執事の青年、セバスチャンが言った。
「二十年前、ゲルドン様の魔物討伐パーティーから追放した男……ゼント・ラージェントのことですね?」
「そ、そうだ。さすがセバスチャン」
ゲルドンは悩みがあると、すぐにこのセバスチャンに相談する。セバスチャンはグランバーン国立大学を首席で卒業した、秀才だった。
ゲルドンは思い出していた。二十年前、ゼントに紅茶を浴びせて、壁に投げつけ、パーティーから追放した。大勇者ゲルドンは、セバスチャンにそのことを話した。
「べ、別に気にすること、ないよな? 二十年前のことだし」
すると、セバスチャンは言った。
「いいえ、ゼントという男、ゲルドン様に復讐を考えていてもおかしくありません」
「え? ふ、復讐だと?」
「悪くいえば、ゲルドン様のことを深く恨んでいるのかもしれません。『引きこもり』つつ、あなたへの復讐の計画を練っているとも考えられる」
「ほ、本当か?」
ゲルドンは唸った。
「フフッ」
セバスチャンは胸を張って笑った。
「すべてこのセバスチャンにおまかせあれ。そのゼントという男を、私が今後、監視しましょう」
「う、うむ、頼んだぞ。おっと、明日のスケジュールはどうなっとるんだっけ」
「B級モンスター、骸骨拳闘士──スケルトンファイター討伐の依頼が入っています」
「スケルトンファイター? ちょっとやっかいだな。武器は持っていないが、毒の拳を持っているヤツだろ」
「依頼主は、王族のフェント・ラサン様ですよ」
「お、王族! 本当か!」
チャンスだ。ゲルドンは思った。王族にアピールすれば、将来、王に昇り詰める道が開けるはずだ。
しかもスケルトンファイターは、武器を持っていない格闘系モンスター。奴らに勝てば、トーナメントの宣伝にもなる。
「新聞記者もついきて、ゲルドン様を取材します」
セバスチャンの言葉に、ゲルドンはニンマリした。
しかし、この魔物討伐から、ゲルドンの没落は始まっていくのだった。
◇ ◇ ◇
──ここはグランバーン王国の大勇者、ゲルドン・ウォーレン自宅の大屋敷。
大屋敷の一階、大ホールには、ドワーフ族の長、薬草会社の社長、鍛冶屋協会の会長、ホビット族の長など、そうそうたるメンバーが、酒を酌み交わしている。
その中心に、今年三十六歳になった、大勇者のゲルドン・ウォーレンが笑って立っていた。
「いやあ、ゲルドン、あんたはすごい。魔物を三千匹も倒してしまうなんてなあ」
ドワーフ族の長が、赤ら顔でゲルドンに言った。
「そうだとも、ゲルドン。若い時はヤンチャだったが、出世したな」
鍛冶屋協会の会長も、ゲルドンの肩を叩きながら笑う。
「ガハハ、そんなに褒めないでくださいよ!」
ゲルドンは胸を張って声を上げた。
「俺は、この国の王になるのが目標なんで!」
ゲルドンは大口をたたいた。
壁際にはゲルドンの妻、今年三十六歳になった大聖女、フェリシアが静かに座って微笑んでいる。フェリシアはすでに、魔物討伐から引退して、今では良き妻となっている。
一方のゲルドンは現役の魔物討伐家だ。
今日は魔物討伐の依頼はなく、「魔物三千匹討伐記念パーティー」を開いている。
ゲルドンは二十年前、魔法剣士──いや、荷物持ちのゼント・ラージェントをパーティーメンバーから追放した。
しかし、ゲルドンはそんなことはすっかり忘れていた。
すると、ゲルドンはそばにいた痩せた青年に、真面目な口調で言った。
「セバスチャン、あの計画は進んでいるか?」
青年はゲルドンの執事、セバスチャンだ。
セバスチャンは頭を垂れた。
「ゲルドン様主催の、『ゲルドン杯格闘トーナメント』は、十一月にきちんと開かれるよう、手配しております」
ゲルドン杯格闘トーナメントとは、ゲルドンが大勇者になったことを記念した、グランバーン王国最高の戦士を決める、格闘技の大会だ。
この国では、素手の格闘の強い人間がもてはやされている。
大昔、勇者が魔王を素手で殴り倒し、魔王を封印したという伝説があった。
ゲルドンは剣術以上に、格闘術には自信がある。
さっきの大物たちは、このトーナメント開催のために金を出してくれる、スポンサーたちだ。
──その時、パーティー会場に、長髪の少年がポケットに手を突っ込みながら、フラフラと入ってきた。
年齢は十六歳くらいだろう。
「親父ぃ~」
長髪のチャラ男は、ヘラヘラ言った。
「俺を、お呼びでございますか~?」
「お、おい。偉い人が来ているんだぞ、ゼボール。ポケットに手を突っ込むな」
ゲルドンは周囲の大物たちを気にしながら、長髪のチャラ男に言った。
「今日、お前をこのパーティーに呼んだのは、理由がある」
「だいたい察しはつくけどね~」
「お前は、今年開かれる、『ゲルドン杯格闘トーナメント』で優勝するのだ! そして、俺の跡を継いで、勇者になれ」
ゲルドンの息子、ゼボールは頭をかいた。
このチャラ男、ゼボールは、この間、引きこもり男のゼントにケンカをふっかけた少年だった。
「トーナメントなんて、めんどくせーの一言だね。疲れるし」
「いいか、お前は俺の能力を受け継いでいるはずだ。国民に、お前の格闘術を披露し、トーナメントで優勝しろ」
「まあ、俺、格闘の才能はあるっちゃあるけどね~。親父は出場しないのか?」
「俺は出場しない。が、優勝者には俺との試合の挑戦権が与えられる」
「ふーん? それより小遣いくれよ。三十万ルピーくらい」
「お、おい、トーナメントには、全国の猛者が来るんだぞ。しっかり訓練をしろ」
「あ、そういえばさ」
ゼボールは、父親のポケットマネー、三十万ルピーをもらいながら、思い出したように言った。
「親父の故郷にこないだ遊びに行ってさ。キモいデブをいじめちまったぜ」
「……ん? 俺の故郷だと。マール村か? キモいデブとは、誰だ?」
「すげー引きこもりのヤツでさ」
ゼボールは首を傾げながら言った。
「名前を調べたら、ゼントってヤツだったらしいけど」
「な、何?」
ゲルドンは目を丸くして、チャラ男の息子を見た。
「ゼントだと? ほ、本当か、それは?」
ゲルドンは妻のフェリシアと顔を見合わせた。まさか……あの男、生きていたのか? ゼント──二十年前、魔物討伐パーティーから追い出した男だった。
そしてゼントは幼なじみだ。
そういえば、二十年前、ゼントを追放したすぐ後、故郷のマール村に情報屋を送り込んだ。ゼントの行動を調査したことがあったな。
しかしその後、ゼントの姿は消えたらしく、調査はやめたが……。
ゲルドンはあわてて息子に聞いた。
「そ、そのゼントという男は、引きこもりだと? 一体どういうことだ?」
「何でも、二十年、家に引きこもっていたらしいぜ」
「に、二十年も引きこもり、だと?」
ゲルドンは目を丸くした。
「何を驚いてるんだよ? 知り合いか? ま、こないだ、そんなことがあったよ。じゃーな」
ゼボールは、フラフラとパーティー会場を出ていってしまった。
ゲルドンは眉をしかめて、急いでフェリシアを見た。
「ゼントってあの、ゼントか」
「そ、そうだと思うわ」
「まさか、故郷のマール村にまだいたとは? し、しかも、引きこもりだと?」
ゲルドンがあれこれ考えていると──黙ってそれを聞いていた、執事の青年、セバスチャンが言った。
「二十年前、ゲルドン様の魔物討伐パーティーから追放した男……ゼント・ラージェントのことですね?」
「そ、そうだ。さすがセバスチャン」
ゲルドンは悩みがあると、すぐにこのセバスチャンに相談する。セバスチャンはグランバーン国立大学を首席で卒業した、秀才だった。
ゲルドンは思い出していた。二十年前、ゼントに紅茶を浴びせて、壁に投げつけ、パーティーから追放した。大勇者ゲルドンは、セバスチャンにそのことを話した。
「べ、別に気にすること、ないよな? 二十年前のことだし」
すると、セバスチャンは言った。
「いいえ、ゼントという男、ゲルドン様に復讐を考えていてもおかしくありません」
「え? ふ、復讐だと?」
「悪くいえば、ゲルドン様のことを深く恨んでいるのかもしれません。『引きこもり』つつ、あなたへの復讐の計画を練っているとも考えられる」
「ほ、本当か?」
ゲルドンは唸った。
「フフッ」
セバスチャンは胸を張って笑った。
「すべてこのセバスチャンにおまかせあれ。そのゼントという男を、私が今後、監視しましょう」
「う、うむ、頼んだぞ。おっと、明日のスケジュールはどうなっとるんだっけ」
「B級モンスター、骸骨拳闘士──スケルトンファイター討伐の依頼が入っています」
「スケルトンファイター? ちょっとやっかいだな。武器は持っていないが、毒の拳を持っているヤツだろ」
「依頼主は、王族のフェント・ラサン様ですよ」
「お、王族! 本当か!」
チャンスだ。ゲルドンは思った。王族にアピールすれば、将来、王に昇り詰める道が開けるはずだ。
しかもスケルトンファイターは、武器を持っていない格闘系モンスター。奴らに勝てば、トーナメントの宣伝にもなる。
「新聞記者もついきて、ゲルドン様を取材します」
セバスチャンの言葉に、ゲルドンはニンマリした。
しかし、この魔物討伐から、ゲルドンの没落は始まっていくのだった。