俺──ゼント・ラージェントが大勇者ゲルドンに勝利した2日後──。

 俺とエルサは何と、ゲルドンの屋敷に招かれた。

 俺たちはリビングのソファに座り、ゲルドンと向かい合わせになって座った。

「こうやってじっくり話すのは何年ぶりだ?」

 ゲルドンはソファに深く腰掛けながら言った。ゲルドンの顔は()れている。試合で俺に殴られたからだ。

「20年ぶりだよ」

 俺は言った。

「俺がお前にパーティーから追放されてから、20年経っている」
「……そうか」

 ゲルドンは真面目な顔で、つぶやくように言った。

「お前たち、俺をうらんでいるか? エルサは? お前を不倫にさそったことを、うらんでいるか?」
「まあね」

 エルサがため息をつきながら言った。

「でも、ゼントがあんたをぶっとばしたからね。一瞬はスカッとしたよ。……あんたを怒り続けるのは疲れる。人ををうらみ続けるのは、損だよね……」
「そうか、損か……」

 ゲルドンは苦笑いした。しかし、目は笑っていない。どんな心境なんだ、こいつ?

「ゼントは? お前、怒ってるのか。俺はお前をパーティーから追放して、お前の人生を狂わせた。20年間引きこもってたんだろ」
「完全にゆるすってわけにはいかない。でも、お前をぶっとばしたからな。少しは胸のつかえがとれたかもしれない」

 俺は言った。ゲルドンは、「うん……そうか」と頭をかきながら言った。

「俺は……ヤベぇことをしちまったよな。仲間に。幼なじみに」

 こうして話してみると、ゲルドンは昔のまんまだった。
 16歳の時の、まだ少年だった頃のゲルドンのまんまだった。

「ゆるしてくれ」

 ゲルドンは頭を下げて、言った。俺とエルサは驚いたが──エルサは言った。

「あんたがやった行いはゆるせない。でも、こうして話してみると、懐かしいってのがあるよ……。さっきも言ったけどさ、ゆるさないのは疲れた。頭を上げなよ、ゲルドン」
「そういや、フェリシアは?」

 俺が聞くと、ゲルドンは悔しそうな顔をした。フェリシアは俺の元彼女。といっても、俺はフェリシアと手すらつないだことがなかったけど……。ゲルドンは俺からフェリシアを奪って、結婚したのだ。

 ゲルドンは神妙な顔で言った。

「フェリシアとは、離婚した」
「ええ?」

 俺とエルサは同時に声を上げた。俺は聞いた。

「フェリシアは妊娠(にんしん)しているんだろう?」
「ああ。だけど、俺は愛人ばっかりつくってたからな。毎日ケンカばっかりだった。おととい、俺がゼントに負けた後、つまり……試合後、この家でケンカしてさ。離婚届を書かされた……それにな」

 ゲルドンは静かに言った。

「俺、借金が10億ルピーあるんだ。毎晩飲み歩いてたからなあ……。トーナメントで金使っちまったから、返せねーよ……」
「10億? まったくあんたは」

 エルサは腕組みをした。

「しょーがない男だね」

 ゲルドンは頭をかいている。こうしてゲルドンを見ると、まるで少年時代のわんぱくなゲルドンが、そのまま大人になったようだった。
 ゲルドンは話を続ける。

「──で、ゼント。お前、セバスチャンとの決勝戦があるんだろ」
「ああ。でも、セバスチャンはお前の秘書だろ。この屋敷にはいないのか?」
「もう、この屋敷にあいつは来ない。一般人に負ける大勇者なんか、大勇者じゃねえってよ。フェリシア同様、セバスチャンも出ていった」

 そういや、セバスチャンはゲルドン戦の後、ゲルドンの秘書をやめるとか、言ってたっけ。
 俺は続けて聞いた。

「っていうか……セバスチャンって何者なんだ? ローフェンもサユリも簡単に倒しちまったし……」
「エルサは知っているだろうが、セバスチャンは、俺のパーティーメンバーだった。天才的な武闘家(ぶとうか)だ。頭もいい。良い大学を16歳で出た。俺はあいつに頼りっぱなしだった。薄々気付いていたさ、俺より強いかもしれないってな」
「実業家でもあるそうだな」
「そうだ。俺と一緒に、武闘家(ぶとうか)養成所、『G&Sトライアード』を設立した。まあ、俺は商売の才能はないんで、セバスチャンにすべてをまかしていた。だけど──セバスチャンは、若い武闘家(ぶとうか)を洗脳しているんだ」
「サユリも言ってたような……。どんな風にだ?」
「『ジパンダル』って幻の国を知っているか?」
「聞いたことはある。東の果ての理想郷だってな」
「『G&Sトライアード』に来ている若者は、ほとんどみなしごなんだ。親がいねえ。それを利用して、『理想郷であるジパンダルが、お前たちの本当の故郷なんだ』と洗脳しているのさ」

 俺はサユリが、俺にそんなことを言っていたことを思い出した。確か、「一緒に故郷に帰りましょう」とさそってきたっけ?

「ゼント、セバスチャンはお前を自分の仲間に引きいれたかったようだぜ。サユリを利用して、お前も洗脳しようとしていたんだよ」
「マジか……」

 今度は俺は、ゲルドンとの試合のことを聞くことにした。色々、不思議なことを感じた。

「それはそうと、ゲルドン、お前の力はちょっと尋常(じんじょう)じゃなかったぞ」
「ああ……あれは『サーガ族の生き血薬』の効力だな」
「ミランダさんも言ってたけど、サーガ族って何なんだよ?」
「サーガ族はジパンダルに存在する、戦闘民族のことらしいぜ。セバスチャンの助言者のアレキダロスってヤツが言ってたけど」
「ジパンダル? 洗脳の話にも出たけど、あんなのおとぎ話の国なんじゃないのか?」
「うーん……セバスチャンとアレキダロスはジパンダルの存在を、信じていたようだったぜ? そういえば、エルサ、お前には娘がいるだろう。アシュリーだっけ……」

 俺とエルサは顔を見合わせた。
 ゲルドンは言った。

「アレキダロスは、『アシュリーにサーガ族の血が流れている』と言っていた」
「まさか?」

 声を上げたのは、アシュリーの母親であるエルサだった。

「そ、そんなのウソよ」
「ああ、そうかもしれねえ。でもな、エルサ、アレキダロスはお前のことも言ってたぜ。『母親のエルサにはサーガ族の血は、あまり流れていない。しかし、娘のアシュリーの血液には、隔世遺伝(かくせいいでん)で、サーガ族の血液成分が多くみられる』ってさ。確かに、そんなことを言ってたはずだ」
「血液成分? ど、どうしてそんなことが分かるんだ?」
「グランバーン王国では、秘密裏(ひみつり)に、全国民の血液や髪の毛を採取、保存しているらしい。採血(さいけつ)なら病院でやればいいし……。血液や髪の毛の情報を調査することを、『遺伝子工術《こうじゅつ》というらしいぜ。セバスチャンやアレキダロスは、その機関(きかん)(つな)がっていると聞いた」
「エルサ……」
 
 俺はエルサを見た。幼なじみのエルサは俺と同様、孤児院出身だ。エルサには両親はいない。つまり、アシュリーの祖父母は、どんな人物か分からないのだ。

 エルサの両親──つまり、アシュリーの祖父母が、サーガ族の可能性は……ありえる……!

「ゼント、エルサ、気を付けろ……!」

 ゲルドンは眉をひそめた。

「セバスチャンとアレキダロスは、アシュリーに対して、何かを(たくら)んでいる気がしてならねえ」

 俺とエルサは顔を見合わせた。