俺、ゼント・ラージェントと、大勇者ゲルドンの試合は、まだ続く!

 俺のチョークスリーパー……! 背面馬乗り(バックマウント)状態からの、裸締(はだかじ)め……かかった……ついに!

 ぐぐぐ……。

「こ、このぉ……! ゼントォォ!」

 うつ伏せのゲルドンはそう言いつつ、耐える。俺は右腕で、ゲルドンの頸動脈(けいどうみゃく)を締める。
 だが、ゲルドンは首が太いから、俺の細い腕ではなかなか極まらない!

 ぐぐぐぐっ……!

 俺は力を入れる。

「させるか、ゼントォ……」

 ゲルドンは指を、自分の首と俺の腕の間に、何とか差し入れようとする。首が締まるのを防いでいるのだ。

(ぐ……っ。ゲルドン! しぶといヤツだ!)

 俺の腕の力も、少しずつなくなってきた。ゲルドンも必死だ。

 しかし、ゲルドンも体力がなくなってきて、冷や汗をかいている。

 ──俺は()けに出た! 俺はいったん、チョークスリーパーを解いて……! 横からゲルドンの側頭部にパンチだ!

 ドガッ
 ドガッ
 ガスッ

「うぐっ、ぐぐぐ……」

 ゲルドンはうめいた。どうやら、ゲルドンは組み技になった時の、打撃の防御が下手らしい。自分で攻めてばっかりいたからだろうか?

 ガスッ

 その時、うつぶせになっているゲルドンの振り回してきた肘が、俺の(ほお)に当たった。

「う、ぐっ!」

 い、(いて)ぇ!

 俺は思わず声を上げた。な、何だ? この痛さは! まるで鉄で殴られたようだ!

 俺はついに、背面馬乗り(バックマウント)状態から、バランスを崩された。

「フフフッ」

 ゲルドンはニタリと笑って、俺を蹴っ飛ばし、スッと立ち上がった。

 また、俺とゲルドンは、立って闘うことになる!

 そういえば、ゲルドンの両肘(りょうひじ)には、青いサポーターが巻かれている。あ、あれが、俺の(ほお)当たったのか!

「審判!」

 ミランダさんが気付いたようだ。

「彼の両肘(りょうひじ)のサポーターの中に、何かが入っているわ!」

 しかし、審判団たちは聞こえぬフリだ。
 審判はゲルドンのサポーターをチェックする気がない……?

 俺はゲルドンをにらみつけたが、ゲルドンは言った。

「ああ、肘サポーターの中に、『何か』は入ってるぜ? かた~い金属のようなものがな」
「ゲ、ゲルドン! どういうつもりだ!」
「誰も俺には注意できねえ。俺はこのトーナメンとの『主催者』だからな!」

 ゲルドンは再び、ニタリと笑った。

 俺は逆に集中した。こんな反則野郎に負けるわけにはいかない──。

「どおおりゃあああーっ!」

 ゲルドンは襲いかかってきた。

 上から振り下ろすようなハンマーパンチ!

 しかし、俺はそれをよく見ていて、パンチを()けた。

 ガスウッ

 俺は──左アッパーをゲルドンのアゴに叩き込んでいた。カウンターだ!

 ゲルドンはひるんだような表情で、目を丸くしていた。しかし、ゲルドンは踏んばり、強烈な前蹴り!

 ガシイッ

 だが、当たったのは俺の右ストレート! 前蹴りを()け、その瞬間、ゲルドンの(ほお)に叩き込んでやった。

「うう……ゼント、てめぇ……。どうなってるんだ、てめえの強さは……」

 ゲルドンは、肩で息をしている。体力が切れてきたらしい。両膝(りょうひざ)に手をついて、休んでいる。

(何だ、この大勇者は。もう息切れか)
(情けない大勇者だ。もう出て行こう)

 ん? 変な声が俺の耳元で聞こえたぞ?

 その時だ。

 何と、ゲルドンの耳や口、鼻から白い霧のようなものが、ヒュッと出ていった。

 それと同時に、ゲルドンの闘気(とうき)が、ひゅるりと弱まったような気がした。

 まさか? サーガ族とやらの亡霊(ぼうれい)が出ていった……?

 ようし──ここだ!

 俺からいくぜ、ゲルドン!

「う……! ま、待て!」

 俺は一歩足を踏み出した。ゲルドンはあわてて、両手を構える。

 ガシイッ

 俺はゲルドンに、右フックを彼の耳の後ろに叩きつけた。耳の後ろは──急所だ!

 ひるむゲルドン──しかし、ゲルドンの目が、ギラリと輝いた。

「俺も──俺だって、大勇者なんだ……。国民のヒーローだ。だから、負けるわけには、いかねええんだああああーっ!」

 何と、ゲルドンの体が光り輝いたような気がした。それは、亡霊たちの不気味な、蜃気楼のようなもやではなかった。ゲルドン自身の、内から出る本当の闘気(とうき)のようだった。

 ゲルドンの左フック! まるでぶん回すような、渾身(こんしん)の力を限りを尽くしたパンチだ。

 バスウッ

 俺は左手で受ける。

 ガッスウウッ

 今度はゲルドンの左前蹴り!

 俺は咄嗟(とっさ)に両腕をクロスして、防御する。

 重い蹴りだ、ゲルドン! しかし──ここだああっ!

 俺は武闘(ぶとう)リングを足裏で蹴り、全体重を乗せ……!

 手の平の下部を使った打撃──右掌底(みぎしょうてい)を放っていた。

 グワシイッ

 逆に、俺の右掌底(みぎしょうてい)は、ゲルドンのアゴに叩き込まれていた。

 ──完全に急所に入った──。

「あ、あぐ……!」

 ゲルドンはヨロヨロとふらつき……しまいにはようやく……ついに!

 リング上に、両膝(りょうひざ)をついた。

「ゲルドン……ダ、ダウンか?」
「お、おい、マジか? 大勇者が?」
「あれ、完全にアゴに入ったぞ……! ゼントが勝った……?」

 観客がざわついている。
 審判団も眉をひそめて、相談している。あわてている表情だ。

 しかしゲルドンはリングに両膝(りょうひざ)をつけている。

「……力が……(ひざ)に入らねえ……」

 ゲルドンは、何とか立ち上がろうとした。
 しかし、立ち上がろうとした瞬間に、よろける。そして、リングに張りめぐらされているロープに寄りかかった。

 立つのか……?

 いや、ゲルドンはふらついた。──そして、またリングに(ひざ)をついてしまった!

「降参だ……」

 ゲルドンは首を横に振りつつ、言った。

「俺の負けだよ、ゼント」

 審判団はゲルドンの様子を見て、困惑していたが、やがて渋々(しぶしぶ)と、魔導拡声器(まどうかくせいき)を手にした。

『えー……は、8分11秒、ギブアップ勝ちにより、ゼント・ラージェントの勝ち!」
 
 ウオオオオオオーッ

「や、やりやがったあああああーっ!」
「ゼントのやつ、大勇者を倒しちまったあああ!」
「すげええーっ! 体重差を乗り越えた!」

 観客たちが声を上げる。

「やったああああーっ!」

 リングに上がってきたのは、エルサだった。
 エルサは俺に抱きついた。

「すごい、すごい、すごい、ゼント! 本当にすごいよお!」
「分かった分かった、落ち着け」
「ありがとう、ありがとう、ゼント!」

 エルサは泣いている。ゲルドンに不倫をさそわれ捨てられ……色々あったものな……。

 ゲルドンといえば、白魔法医師の診察を受け、タンカに乗せられた。

「ゼント! ゼント! ゼント!」
「優勝しろよー!」

 観客席から、俺を呼ぶ声がたくさん聞こえる。
 
 俺は──大勇者に……因縁(いんねん)の男に勝ったのだ。


 
 俺とエルサは、武闘(ぶとう)リングから下りた。

 しかし!

 リング下で待っていたのは、セバスチャンだった。

 彼は握手を求めてきた。

「まさか、まさか。大勇者を倒してしまうなんて、お見事ですね、ゼント・ラージェント君」

 セバスチャンはにこやかに言った。あきらかに作った笑顔だ。

 俺は握手に応じなかった。セバスチャンは話を続ける。

「まったくゲルドンは、使えない、情けない男ですよ。観ていて笑ってしまいました」
「ゲルドンの秘書兼執事が、ゲルドンをそんな風に言っていいのか?」

 俺は聞いたが、セバスチャンはひょうひょうと言った。

「別に構いやしません。私はもう、ゲルドンの秘書はやめましたから。今日限りで」
「なに?」
「私は、すでに武闘家(ぶとうか)連盟会長。立場はゲルドンより上です。しかも、決勝で君に勝てば、念願の国王親衛隊長(しんえいたいちょう)に任命されることが決まりました」
「こ、国王親衛隊長(しんえいたいちょう)!」

 国王親衛隊(しんえいたい)といえば、グランバーン王につかえる、グランバーン王国最強の戦士たちじゃないか。
 セバスチャンが、その隊長になるってのか?

「名実ともに、私の立場、権力はグランバーン王に次ぐNO2となります。君を倒せばね……。ゲルドン? 大勇者? そんなもの私の足元にも(およ)ばんね。だから、ゼント君、悪いけど」

 セバスチャンは急に俺をにらみつけた。

「私は、君には絶対に、勝たねばならないんですよ! 自分の野望のためにね!」

 セバスチャンから、不気味な闇色(やみいろ)蜃気楼(しんきろう)が発されている。
 ゲルドンと一緒だ。いや、ゲルドンよりも、闇色(やみいろ)が濃く、もっと強力な恐ろしいエネルギーを感じる。

 こいつも、サーガ族とかなんとかの亡霊(ぼうれい)に取り()かれているのか?

 ……おや? その時、エルサが俺の前に出た。エルサの横には、アシュリーもいる。

(エルサ?)

 俺は首を(かし)げた。エルサとアシュリーは、セバスチャンを目の前にしている。

 衝撃(しょうげき)だったのは、アシュリーがセバスチャンに言った、一言だった。

「パパ……。もうひどいことは、やめて」

 な、なん……だと……? パパ……?