セバスチャンとローフェンの試合の後、サユリは自分の師、セバスチャンに言った。

「傷ついた相手を叩きのめすのは、武闘家(ぶとうか)の精神に反すると思います。私がそれを身をもって示すために、私は、先生と──いえ、セバスチャン、あなたと闘います」

 それがサユリの決意だった。

 ◇ ◇ ◇

 次の日、俺は、「ミランダ武闘家(ぶとうか)養成所・ライザーン本部」に戻った。

 ローフェンのことは心配だが、グランバーン大学白魔法病院に入院しており、骨の検査に2日かかる。
 今は見舞いにいけない。

「ゼントさん、覚悟してください」

 俺の目の前──武闘(ぶとう)リング上には、サユリがいる。

 俺はサユリの練習相手をつとめることにした。

「はああっ!」

 サユリのパンチ──左直突(ちょくづ)き! 右直突(ちょくづ)き! 左! 左! 右!

 うおおっ……サユリは、こんなコンビネーション──連撃(れんげき)もできるのか!

 俺は手を使って受ける。とにかく速い。正確だ。

「でやああっ! 受け身、とって下さいね!」

 サユリは俺の腰に手を回し、俺の片足を取った。

 ドタン!

 まるで俺を転ばせるように、俺を後方に投げつけた。あ、あぶねえっ!
 俺は素早く体勢を横にして、後頭部を打つのをまぬがれた。

「これは『朽木倒(くちきたお)し』という投げです。『踵返(きびすがえ)し』という投げ技もあります」
「わ、わかったわかった。練習はこれくらいにしよう」

 サユリの投げは速くてキツい。

 ローフェンが入院してなかったら、ローフェンを投げてもらうんだがなあ……。

「うーん……まだやり足りない……」とサユリ。
「あのな~! もう2時間、君の相手をやってるんだけど!」

 俺は冷や汗をかきながら言った。これ以上、投げられちゃたまらない。

「分かりました」

 サユリは残念そうな顔だが、納得したようだ。
 練習を終え、俺とサユリは、ミランダ先生と話すために会議室へ向かった。

 ◇ ◇ ◇

 会議室には、ミランダさんとエルサが待っていた。

「はーい、ゼント、サユリさん、ご苦労様」

 エルサが俺たちに冷たい、ポーション・ドリンクを渡してくれた。

 ポーションは怪我の特効薬として有名だが、それを10倍薄めて飲みやすくしたものだ。

 何と、エルサは屋内ではもう杖は使用していない。

 杖の使用は、屋外に出るときだけだ。

 どんどん、昔の元気なエルサに戻ってきている。

「準決勝の日程が決まったようね」

 ミランダさんは言った。

「サユリとセバスチャンの対戦は、3週間後。ゼントとゲルドンの息子、ゼボールの対戦は4週間後」

 そうか、サユリとセバスチャンの試合が先か。俺は、その試合の後、ゼボールと闘う。
 俺をマール村の森で襲ってきた不良だ……。
 くそ、嫌な気持ちがよみがえってきた。

「それにしても、あなた、本当にセバスチャンと闘う気?」

 ミランダさんは椅子に座りながら、サユリを見ていった。サユリはうなずいた。

「はい……。最近、セバスチャン先生の考え方は、私の武闘家(ぶとうか)としての考え方と違うなと思えてきたんです」
「うーん……。具体的(ぐたいてき)には?」
「セバスチャン先生の教えは、怪我をした相手でも、容赦(ようしゃ)なく叩きのめすこと。追撃(ついげき)を加え、二度と逆らえないようにすることです。これは、私がギスタンさんやドリューンさんにやってしまったことでした」
「冷静に試合を振り返ることができているわね」
「それに、あまり知られていませんが、『G&Sトライアード』では、日常的に指導者から選手への暴力が行われているのです」
「えっ、何それ?」

 エルサは声を上げた。

「サユリさん、それ、どういうこと? (くわ)しく説明して」
「セバスチャン先生は、対戦練習でも、相手を失神するまで闘わせようとするのです。でも、それを練習生たちが躊躇(ちゅうちょ)すると、セバスチャン先生か指導者の拳がとんできます」

 サユリは決心したように言った。エルサは目を丸くしてまた聞いた。

「一方的な暴力ってこと? あなたもやられたの?」
「私はセバスチャン先生からはやられてはいませんが、他の指導者からはたまに平手で」
「だ、だめだよ、そんなの許しちゃ!」

 エルサは、サユリを抱きしめた。

「今まで、誰にも相談しなかったの?」
「はい……『G&Sトライアード』の練習生たちは、セバスチャン先生……いえ、セバスチャンが怖いんです。セバスチャンに逆らうと、武闘家(ぶとうか)の資格が剥奪(はくだつ)されてしまうから。セバスチャンは、それくらい権力を持っています」
「なんで……ひどい」

 エルサが泣いている?

 あっ、そうか……。エルサもギルドの登録から抹消(まっしょう)された経験があるんだったな。
 サユリたちの気持ちが分かるのか。
 
「ちょっと冷静になりなさい」

 ミランダさんがパン、と手をうった。

「サユリ、このままセバスチャンと対戦しても、何も残らないと思うけど。棄権(きけん)した方がいいわよ」
「お気持ちはありがたいけど、私は闘います。だって私は武闘家(ぶとうか)だから。試合があれば、闘うのです。──ゼントさん、お願いがあります」

 サユリは俺の方を見た。

「私とセバスチャンの試合から、セバスチャンの攻略法を見つけて欲しいのです。セバスチャンは、私の考えでは、グランバーン王国で最も強い武闘家(ぶとうか)の一人だと思います」
「サ、サユリでもそう思うのか?」
「はい、間違いないです。打撃、組み技、関節技、戦術、すべてレベルが高いと思います。ゼントさん……決勝で、どうかセバスチャンを倒してください」
「わ、分かった」

 つまりだ、サユリはセバスチャンに勝つ気がないということ。
 俺にセバスチャンを倒すことを、(たく)しているのか。

 俺はうなずいた。しかし、その前にゼボールに勝たなきゃいけない。

「では、私はこれで」

 サユリが行こうとすると──。

「お待ちなさい」

 ミランダさんが言った。

「あなたの今後の所属は『ミランダ武闘家(ぶとうか)養成所』。つまりここです。あなた、戻る場所がないんでしょう。だから、今日はここに泊まりなさい」
「そうだよ、サユリさん」

 エルサが笑顔で言った。

「辛いことがあるなら、私、何時間でも話を聞くから。娘もいるし、遊んであげて」
「……皆さん親切なんですね」

 サユリはさみしそうに言った。

「私、『G&Sトライアード』では、しゃべる人が一人もいなくって……」
「とにかく一緒に行こ?」

 エルサはサユリの手を引っ張って、廊下に出ていった。

 すると、ミランダさんは俺に言った。

「ゼント君、君はゲルドンの息子、ゼボールと闘うことになるけどね」
「はい」
「何か嫌な予感がするわ。これは私の占いの結果から言うけど」

 嫌な予感? 一体それは──?

「私が気にしているのは、大勇者ゲルドンよ。何か、仕掛けてくるかもね」

 ゲルドン? ゲルドンが何かしてくるのか?