戦闘民族、山鬼族のドリューンを、投げ技「浮腰(うきごし)」で投げた、女子武闘家(ぶとうか)サユリ──。

 一体、何者なんだ?

 あの小さい体で、堂々とした体格のドリューンを投げた。
 俺は観客席で、サユリの闘いを観戦していた。

『4……5……6……』

 会場に、審判団の魔導拡声器(まどうかくせいき)の声が響く。ダウンカウントだ。
 ドリューンに対してのダウンカウントは続いている。
 しかし、すぐドリューンは立ち上がり──。

「このやろおおおっ」

 サユリに向かって走り込んだ!
 そして思いきり右パンチを振りかぶったのだ。

(おろ)かな」

 サユリはそう言いつつ、ドリューンのパンチをいとも簡単に()け──。

 ガシイッ

 またしても突き上げるような縦拳(たてけん)──左直突(ひだりちょくづ)きを、ドリューンのアゴに決めた。
 な、何て正確なパンチなんだ?
 すさまじい正確性で、急所に当ててくる。急所に決めるから、体重差があるドリューンをひるませてしまうのだ。

「ブ、ヘ」

 ドリューンがまたしても後退した──。

 が、ドリューンも何かを狙っていた! 一歩前に出て──。

 ブウンッ

 太い脚での右中段回し蹴りだ! サユリが吹っ飛ばされるぞ!

 パシイッ

 しかし、サユリはその太い脚を、細い腕でいとも簡単に(つか)んできた。そして自分の腕をドリューンの太い脚に回しながら、体をグルリと回転させた!

 ミシイッ

 変な音がしたが……。

「ギャッ!」

 ドリューンは足をひねられて、倒れ込んでしまった。

「お、おい、あれは……」
「職業レスリングで見る、『龍すくい投げ』じゃねーか?」
「ま、まじかよ~! リアルファイトで見れるなんて」

 観客が騒いでいる。

(龍すくい投げとは、プロレス技の「ドラゴンスクリュー」の変形である。立ったまま相手の足を両手で(つか)み、自分の体を回転させる。それとともに、相手の足を自分の腕で()めながら、相手を投げ捨てる技)

 ドリューンは右足を抱えて、「うう~」と(うな)って、倒れている。

「いかん!」

 そんな声がした。白魔法医師たちはあわてて、リングに上がり、ドリューンのそばに駆け寄った。そして彼の右足を診て、すぐにリング外に向かって、手でバツの字を作った。

「骨折している!」

 カンカンカン!

 とゴングの音が鳴り響いた。

『5分20秒、ドクターストップで、サユリ・タナカの勝ち!』

 審判団が、魔導拡声器(まどうかくせいき)で、そう告げた。

 ウオオオオオッ

 観客たちが声を上げる。

「や、やべえ女だ……」
「強すぎる!」
「あんなかわいい子が?」

 俺も、サユリの強さに驚いていた。
 し、しかし危ない技だな。龍すくい投げか……。

「壊し技よ」

 隣のミランダさんは言った。

「サユリは、相手を怪我させるつもりで、放った技ってわけ」
「えっ……? サユリが? まさか」

 そんなバカな。あんなかわいい女の子が、わざと相手を怪我させるつもりだなんて。体重差があるから、危険な技を放っていく必要性があるかもしれないけど、わざと怪我させるなんて……?

「やあ、ミランダ先生。サユリはお見事でしたね」

 聞き覚えのある青年の声が、横から聞こえた。

「あなたの元弟子──サユリの強さ、才能はすごい。私も彼女に、格闘技を教えがいがあります」

 俺たちの席の横には、何と、あの大勇者ゲルドンの秘書兼執事、セバスチャンが立っていた。
 
(か、彼も観戦していたのか?)

 ん? 今、セバスチャンは、「サユリはミランダさんの元弟子」みたいなことを言わなかったか?

 今は、セバスチャンはサユリの格闘技の先生──師匠(ししょう)

「あなた、セバスチャン」

 ミランダさんがセバスチャンに言った。

「サユリから、もう離れて。サユリを洗脳しないで」

 え? ミランダさん、何を言っているんだ? せ、洗脳?

「おや、私がサユリを洗脳? 意味が分かりかねますが」

 セバスチャンは笑って、首を(かし)げながら言った。

「ミランダさん、私はサユリに格闘技を教えているだけですよ」

 すると──。

「セバスチャン先生!」

 サユリがリングから下り、笑顔でセバスチャンに近づいた。

「試合、観てくださいましたか」
「観ていましたよ。素晴らしい試合でした」
「……相手は、足を怪我してしまったみたいです。私はドリューンさんに謝罪しなければいけないですよね」

 サユリは申し訳なさそうに、リングの方を振り返った。あの勇ましいリング上の姿は、もうなかった。
 普通のかわいい、女の子の表情だ。

「いえいえ、謝罪なんて必要はありません。いつも言っているでしょう」

 セバスチャンはニコニコ笑って、サユリに言った。

「対戦相手は、容赦(ようしゃ)なく叩き(つぶ)せ……と。そのためには、相手の選手生命を奪ってもかまわない……とね」

 俺はギョッとして、セバスチャンとサユリを交互に見た。
 ミランダさんは黙っている。

「闘いはやるかやられるか。手加減など、無用ですよ。勝てば良いのです。どんな手を使ってもね……」
「は、はい! そ、そうでしたっ」

 サユリは顔を真っ赤にして、お辞儀をした。

「あっ……」

 ……その時サユリは、ミランダさんと目があったようだ。

「久しぶりね」

 ミランダさんはサユリに言った。
 しかしサユリは、ミランダさんにあわてたようにお辞儀をすると、逃げるように去って行った。

 何だ? 今の。

 すると、セバスチャンはミランダさんを見て言った。

「ミランダ先生。あなたは今でも、武闘家(ぶとうか)を代表する立場でもある」

 ミランダさんは、「それほどでも」と言って、セバスチャンをジロリと見た。

「明日、ミランダ先生に重要なことをお伝えしたいと思います。武闘家(ぶとうか)界全体に係わる、重要なことです。私の経営する、『G&Sトライアード』本社にお越しください」
「何かしら。今回のトーナメントに関すること?」
「詳しくは明日ということで」

 ミランダさんは、「……分かったわ」とだけ返事をした。

「では」

 セバスチャンは客席の奥の方に行ってしまった。

 俺が心配して、ミランダさんを見ていると、ミランダさんはため息をついて口を開いた。

「セバスチャンはね、『G&Sトライアード』という世界最大の武闘家(ぶとうか)養成所を、ゲルドンと創業したのよ。前はゲルドンが社長をしていたけど、今はセバスチャンが社長になったようね」
「そ、そうなんですか? そ、それで昔、一体何が?」
「セバスチャンは、わたしの大切な選手を──、サユリとともに8名も強奪(ごうだつ)した」
「ご、強奪(ごうだつ)!」

 俺は思わず、声を上げた。強奪なんて……ど、どうやって?

「そして、もう一つ話さなければならないことはね」

 ミランダさんは決心したように言った。

「大勇者ゲルドンを裏で(あやつ)っているのは──。あのセバスチャンなのよ」

 俺は驚いてミランダさんを見た。ど、どういうことだ?