俺──ゼント、ミランダさん、ローフェン、エルサ、アシュリーの五人は、馬車でグランバーン王国の中央都市ライザーンにやってきた。

 ゲルドン杯格闘トーナメントが開催されるスタジアムがある。

 俺とローフェンはすぐに、スタジアムの受付で出場登録を済ませた。
 ミランダさんは、本当に参加費用の200万円を払ってくれたようだ。

「トーナメントは明日からか。間に合ったな」

 俺はため息をついて、スタジアムの屋内ロビーに座った。ローフェンといえば、どうやら街にナンパしに行ったらしい。
 
 すると、奥の廊下から、誰かがやってくる。

(あっ……!)

 身長180センチ以上、体重80キロ以上の堂々とした体格の男だった。そしてきらびやかなオーラ。周囲の人間は、彼にお辞儀をしている。
 
 すべてが俺と大違いの男だった。

「ゲルドン……!」

 俺はつぶやいた。彼こそ、20年ぶりに会う、大勇者ゲルドンだった。20年経っていても、そんなに顔は変わっていない。
 俺に暴力をふるい、俺をパーティーから追放した男。エルサの人生をメチャクチャにした男……だ!

 俺は立ち上がり、ゲルドンを見やった。

 ゲルドンは廊下の奥の会議室に行くようだったが、ちらりと俺の方を見た。

「……ん?」

 ゲルドンは、俺を不思議そうな顔で見た。足を止め、あごに手をあてて、まじまじと俺の顔を見た。

「……誰だ? お前? 俺に会ったことがあるのか?」
「……ある」
「はて? 何なんだ? お前は」
「ゼントだ」
「……は?」
「ゼント・ラージェントだ。お前が自分のパーティーから追放した、ゼント・ラージェントだ!」
「……おいおいおい、ウッソだろ、おい」

 ゲルドンは半笑いで、俺の顔をしげしげと見た。

「お、お前、本当にゼントか? いや、確かに面影がある」
「あ、ああ、そうだ。本当にゼントだ。会うのは20年ぶりくらいだな」
「……あの時は俺もお前も16歳だったな。……ん? で、お前、このスタジアムに何の用だ?」
「お、お前と闘うために、ここに来たんだよ」

 俺は、緊張を隠しながら、精一杯言った。

「……はあ?」

 ゲルドンは額を指でこすって笑い、俺をまた見た。周囲の人間がさわがしくなった。
 野次馬の人だかりができた。大勇者のゲルドンが、俺のような一般人と話しているから、珍しいんだろう。
 すると、ゲルドンの弟子、クオリファが前に出ようとした。しかし、ゲルドンはそれを押しとどめた。

「クオリファ、待て」

 ゲルドンは俺の方を見た。

「俺と、闘う? ゼント、何言ってるんだ? 20年経って、頭がおかしくなったのか?」
「お、お前のおかげで、俺の人生はメチャクチャになった」

 俺は緊張しながらも、勇気を出して言った。

「……いや、俺の人生がメチャクチャになったのは、俺自身の責任だろう。だが、俺はお前を殴り倒さなければ気が済まなくなった」
「俺様を……この大勇者ゲルドンを、殴り倒す……」
「そうだ」
「ハハハ!」

 ゲルドンは、両手でパシパシ叩いて、笑った。野次馬たちは、俺を見て眉をひそめている。皆、大勇者ゲルドンのファンだ。

「なんだ、あいつ。偉大なゲルドン相手に、どういった口を利いてんだ?」
「ゼント? 知らねえ名前だなあ」
「何、大勇者のゲルドンにケンカを売ってるの? 信じられないヤツだな」

 野次馬たちはうわさしているが、ゲルドンは構わず言った。

「ガハハハ! 何だって? 俺様を殴り倒すって? ゼント、お前がか? あの弱っちかったお前が、俺を? 何の冗談だ?」
「冗談で言わないよ」

 俺はまたしても勇気を振り絞って言った。

「本当に、俺はお前に挑戦する」
「おいおいおい~。てめーのような弱虫野郎が、二十年ぶりにあらわれて、俺に挑戦するってか? 冗談もほどほどにしろよ~」

 すると……。

「ゲルドン様! どうなさったのですか?」

 周囲に男の声が響いた。
 すると、奥の廊下から、背の高い銀髪の、容姿端麗(ようしたんれい)の男が歩いてきた。執事が着るようなスーツを着ている。

「セバスチャンよぉ、こいつ……ゼントが俺に挑戦するんだってよ」

 ゲルドンは、銀髪の男に言った。ん? セバスチャン? どこかで聞いた名前だな。そうか! ミランダさんの魔法で過去の世界に行ったとき、パーティーメンバーにいた、謎の少年の名前が「セバスチャン」だ! そうか、今はゲルドンの秘書か、執事というわけか。

「ああ、君が報告にあった、ゼント・ラージェントか。初めまして、私が大勇者ゲルドンの秘書兼執事のオースティン・セバスチャンです」

 セバスチャンという男は、クスクス笑っている。

「ゲルドン様、時間がありません。トーナメント開催のスポンサー様たちにご挨拶に行かなくては」
「あ、えーと、そうだったな」

 ゲルドンはあわてて、廊下を歩いていってしまった。セバスチャンも後をついていこうとしたが、後ろを──俺の方を振り返った。

「フフッ……君が、ゼント・ラージェント君ね。わかります、わかりますよ。君がおそろしい相手だということが」
(ううっ?)

 俺はゾクッとした。

 あのセバスチャンの目! 何という鋭い目なんだ! このセバスチャンという男、すさまじい殺気だ。
 セバスチャンは、すぐにゲルドンの後についていった。

 どういうことなんだ? 大勇者ゲルドンより、秘書のセバスチャンって男の方が……!

 強敵だ!