大勇者ゲルドンは酒場で、ホビット族のドルバースにケンカを売った。
そして──ホビット族のドルバースは、大勇者ゲルドンに肘打ちをくらわせた。
ゲルドンは、痛めたアゴをさすりながら立ち上がり──。
「ホビット……いい度胸だ。地上の果てまでぶっとばしてやる。チビ野郎」
とつぶやき、両手をギチリと構えた。戦闘態勢──素手の勝負だ。
超小柄なホビット族と大勇者ゲルドンのストリートファイト──。
見ものだ!
酒場の野次馬たちは息を飲んで、二人の対決を見守った。クオリファは心配そうだったが……。
ドルバースの頭の上で、ゲルドンの右拳──右フックは空を切る。
その瞬間、ドルバースは一歩前に出て、その小柄な体格を利用し、ゲルドンのふところに踏み込んだ。
ドガッ
「ぐへ」
ドルバースの左ボディパンチは、ゲルドンの腹に叩き込まれていた。
見事に急所をとらえており、ゲルドンの体は丸まって、前傾姿勢となった。
ここで!
グワシッ
ドルバースは素早く、またしても得意の肘打ちを、ゲルドンの頬に叩き込んだのだ。
前傾姿勢だったゲルドンに、見事な攻撃だった。
「うおおおっ!」
「す、すげえ、あのチビ!」
「ホビットの野郎、ケンカ慣れしてやがるぜ!」
ゲルドンは目を血走らせ、倒れず踏んばった。さすが大勇者。ドルバースの体重が軽かったということもあって、肘打ち攻撃に威力が少なかったという事実もあった。
「あ、ぐ、ち、ちくしょう」
ゲルドンはそんな声を上げる。
「冷静にやらねえと──」
ゲルドンの顔色が変わった。キュッと両手を構える。これはゲルドンが本気で、戦闘態勢に入ったことを示していた。
ガスッ
ゲルドンの左の軽いパンチ──左ジャブだ!
いきなりの素早い攻撃に、ドルバースは反応できなかった。ドルバースのアゴを軽くとらえた。またもう一発ジャブ、今度は頬。そして最後にゲルドンは──。
ガッ
ゲルドンの下段回し蹴り! ローキックだ!
ドルバースは腿を蹴られて、ひっくり返った。
「おお!」
「すげえ」
「さすが大勇者様だぜ!」
野次馬たちが声を上げる。
「くっ!」
ドルバースはひっくり返った時、背中を打った。しかし、すぐに横に転がり、立ち上がる。
「へへへ……」
ゲルドンはニタリと笑った。
「フフッ、冷静になれば、ざっとこんなもんさ」
「そうかな?」
立ち上がったドルバースはぴょんぴょん、とその場をジャンプしてみせる。
「効いてねえんだよ、大勇者さんよ! ジャブも下段蹴りも、すべて急所を外したぜ?」
ドルバースの言葉に、ゲルドンは冷や汗をかいた。そ、そんなバカな? 効いていないだと?
ドルバースは続ける。
「てめーの攻撃が遅ぇから、ポイントを外すことができるんだ。なんだお前、本当に大勇者のゲルドンなのか? ニセモノなんじゃねーの?」
しかしだ。ドルバースは実は、ゲルドンの攻撃は効いていた。ケンカ慣れしたドルバースは、このようなハッタリ発言もお得意だった。
しかし、今のゲルドンにはその演技を見抜く余裕はなかった──。
ゲルドンは顔を真っ赤にした。
俺は正真正銘の、本物の勇者だ!
「俺は、負けるわけには、いかねえんだ! てめーを潰す!」
ゲルドンは何と、横の席の鉄製ビールジョッキを手に、ドルバースに殴りかかった。
「う、うおっ……」
ドルバースはさすがにあわてた。しかし、ゲルドンも焦っており、動きが雑だ。ドルバースは無事、その凶器攻撃をかわすことができた。
ゲルドンは声を上げた。
「う、そ、だ、ろ」
「ふう──。危ねえな。うそだろ、じゃねえよ」
ドルバースはため息をついた。
「そのビールジョッキは重いぞ。そんな遅く鈍い攻撃が効くと思ったか? 武闘家にそんなチンケな反則攻撃が効くかよ、大勇者さん」
ゲルドンは再び冷や汗をかいていた。
野次馬はクスクス笑っている。何としても勝たないと……どうする?
ゲルドンはジロリとクオリファを見た。
「お前の出番だ」
ゲルドンはクオリファに言った。
「うっす……」
クオリファは静かに言った。クオリファも、自分の師匠、そして尊敬する大勇者をコケにされて、我慢がならなかった。
「っしゃあっ!」
ドガッ
クオリファはいきなり、ドルバースに向かって横蹴りを胸部に見舞った。
ドルバースは3メートルふっとび、酒場の壁に激突した。
ケンカはまだ続く──。
酒場での大喧嘩──。
ゲルドンのパーティーメンバーであり、一番弟子のクオリファは、ドルバースに向かって横蹴りを見舞った。
ドルバースは、酒場の壁に激突!
「ぐ、や、やるじゃねえか……」
ドルバースは、胸をおさえながら言った。頭は壁に打っていない。大丈夫だ。
クオリファは笑って、拳の骨をポキポキならしている。
「いやぁ、さっきからこのホビット、ムカついてたんスよね。俺の先生が本気出してないからって、色々してくれちゃってさ」
するとホビット族のドルバースはクスクスと笑った。
「この大勇者が、本気を出してないって? ケンカに負けちゃおしまいだろ?」
「……ああ。ケンカに負けちゃおしまいだよなあ。クオリファ、代わってくれや……と、その前に!」
ガッ
ゲルドンはいきなり、ドルバースに掴みかかった。
「おっ、お前! 弟子に代わるんじゃなかったのか」
ドルバースは油断していた。そして、床に倒され、馬乗りの状態になった。この状態は、ケンカでいえば、「超危険」を示す。
つまり、ゲルドンが有利の体勢なのだ。ここから上からのパンチの雨あられに移行できるからだ。
「くっ、汚ねえヤツらだ!」
ドルバースはあわてて逃げ出そうと、馬乗りの状態から、もがいて逃げようとした。
「くっ!」
ゲルドンはクオリファに目で合図する。するとクオリファは、何と──。
ドガッ
横から、ゲルドンに馬乗りされているドルバースの腕を蹴っ飛ばしたのだ!
「う、が!」
ガスッ
クオリファは、もう一発、腕を蹴る! ドルバースは、苦痛に顔をゆがめる。
なんだ、何が起こっているんだ? 野次馬たちは、この状況を呆然と見ていた。
2対1……! 大勇者ゲルドンとクオリファが、一方的にホビット族のドルバースを叩きのめそうとしている。2人がかりで、1人を……!
なんなんだ、これは?
「一方的な暴力じゃないか」
野次馬の誰かが言った。その通りだった。
野次馬たちは困惑していた。これは2対1の構図だ。これはケンカじゃない。一方的な暴力になりつつある。
そして、クオリファは隙あらば、上から蹴りを落とそうとしている。
一方、ゲルドンといえば、ドルバースの上からパンチをガシガシ当てにいった。ドルバースは肘や腕で、ゲルドンの馬乗りパンチを必死に防いでいる。しかし──。
ガスッ
ガスッ
ゲスッ
「う、うおおっ……」
「やべえ」
野次馬たちは声を上げる。
ドルバースは腕を使い、ゲルドンの強引な──力任せな馬乗りパンチを防いでいた。しかし、やがて頬や額にパンチが当たりだした。
ドルバースは防御するための腕を負傷したらしく、もう防戦一方だ。逃げるスタミナも、もう残ってなさそうだった。
ドルバースは小さく言った。
「う、ま、まい……っ」
「あ? 聞こえねーよ!」
「う、ま、まいった、ゆ、ゆるしてくれ」
ドルバースはあわてて、懇願した。
おおおおっ!
野次馬たちは声を上げる。しかし、何だかスッキリしないケンカだ。勝負というよりは、何か嫌なものを見せつけられたような──。
ゲルドンは弟子の力を借りた。2人で、あの小柄なホビットを叩きのめしたのだ……。
「負けを認めたな。それでいいんだよ、クソ野郎」
大勇者ゲルドンはニヤッと笑って、馬乗り体勢から立ち上がった。
そして、弟子のクオリファとハイタッチだ。
「俺ら、最強だな!」
「そうっスね!」
「ケンカは、勝たなきゃダメなんだよな!」
「その通りッス!」
ゲルドンとクオリファは満足顔だ。しかし、野次馬たちの目は冷たい。
ドルバースは、酒場の店員の手で、すぐに近くの診療所にかつぎこまれた。さっきのクオリファの蹴りで、腕が折れたらしい。
「きたねえよ……二人がかりで……」
「なんなんだ、あの大勇者とあの弟子は」
「大勇者ってあんなヤツなのか?」
野次馬たちは眉をひそめて、ゲルドンを見やった。それを聞いたゲルドンは、「うるせえんだよ!」と怒鳴った。
「ケンカは勝ちゃいいんだろうが! ハハハ! 記念に祝杯だ! クオリファ、ビールをもってこい!」
「わかりましたっ!」
野次馬たちは、悪びれず勝手に祝杯をあげているゲルドンたちを、冷ややかな目で見やっていた。
ルーゼリック村のある日の朝──。
俺、ゼント・ラージェントがこの村にやってきてから、2ヶ月が経った。
今日は、「ゲルドン杯格闘トーナメント」に出場するため、旅立つ日だ!
場所は、グランバーン王国の中央都市ライザーン!
この2ヶ月間、ルーゼリック村のエルフの武闘家たちと修業をした。
おかげで俺はかなり痩せた。16歳の時と同じ体重──だいたい55キロくらいになった。
俺は、村の広場で美しい村の風景を見ていた。
「隙ありだ! ゼント!」
ビュオッ
すさまじい勢いの蹴りが、横から飛んできた。
危ねえっ!
俺は素早くかわした。
俺の頭上で、空気を切り裂くような蹴りの音が聞こえた。
俺はすぐに構え、周囲を見回した。左の方にローフェンが笑って立っている。
こいつの奇襲攻撃は、もう慣れっこだ。大迷惑だがな。
「あらよっ」
オルファンの横蹴りの連続攻撃だ。俺は手でそれを下段払いし、素早く──。
シュッ
左ストレート! パンチだ!
ローフェンの鼻先で、止めてやった──つもりだった。しかし、ローフェンも手の平で、俺のパンチを受けていた。
ちぇっ、見事な防御だ!
「やるねえ~」
ニヤリ、とエルフ族の武闘家、ローフェンが笑った。
長身、イケメン。蹴り技が得意、女にモテる。
俺とは正反対の男だ。
俺は文句を言った。
「お前の奇襲攻撃、慣れてきたがな。あいからわらず、汚ねえぞ!」
ローフェンは汗をぬぐいながら、口笛を吹いた。
「ゲルドン杯格闘トーナメントは、スポーツじゃねえ。闘いだ。よそ見して蹴られてKOされても、言い訳にはならねえぞ」
「そ、そりゃそうだがな」
「だが、俺の顔をカウンターでとらえるとは、なかなかだ。まあ、俺の方がちょっとだけ反応が素早かったけどよ」
まったく……ローフェンのヤツは負けず嫌いだ。
「た、大変です!」
アシュリーが俺の方に駆け寄ってきた。
「ゲルドン杯格闘トーナメントのことなんですけど……。ゼントさん、参加条件を見てください!」
「ん?」
俺は一枚のチラシを、アシュリーに手渡された。
ゲルドン杯格闘トーナメントの、関係者用チラシだ。
アシュリーによれば、今日、「ミランダ武闘家養成所」に配送されてきたらしい。
『ゲルドン杯格闘トーナメント開催! 来たれ、武闘家! 強者どもよ!
開催年月 デルガ歴202年11月2日
参加資格
・グランバーン王国武闘家協会に容認された、武闘家養成所に所属する者
・各武闘家養成所の責任者に推薦、出場を許可された者
・参加費用 一名200万ルピー』
(ううっ……!)
こ、この参加費用は!
「参加費用、一人200万ルピーだって! 高すぎます!」
アシュリーが心配そうな顔で、俺を見る。2、200万? 高額すぎる!
くそ、ゲルドンのヤツ、そんなに金が必要なのか?
「しかし……マジか」
えーっと、この間、古書を売ったっけな。あれって100万ルピーで売れて……。
で、旅費、この村の生活費で、半分以上は使ってしまった。
残り40万ルピー?
全然足りない!
「ダメだ。40万ルピーしかないぞ。参加は……ムリか?」
俺がつぶやくように言うと、アシュリーは泣きそうになりながら言った。
「そんな! ゼントさん、このルーゼリック村で、2ヶ月、練習を頑張ってきたのに……」
「うーん……俺は『ミランダ武闘家養成所』に所属している」
ローフェンが腕組みしつつ言った。
「俺の死んだ親父は商売人で、150万ルピーくらいは貯金があるはずだ。俺も貯金が50万はある。だから俺の場合は何とか200万くらい払えるけどよ」
「じ、自慢するなよ」
「そういやゼントはどこにも所属していないんだよな? どうすんだ?」
「どうするって……どうしようもねえぞ。200万ルピーなんて金もない……」
俺が腕組みしながら言うと、後ろから声がした。
「なーに、あきらめてんのっ」
後ろを振り向くと、杖をついた若い女性が立っていた。
エルサだ。
ミランダさんも横に立っている。
「ゼント君、何も心配しなくていいわよ。今日からあなたは『ミランダ武闘家養成所』所属の武闘家です」
「え?」
「そして私が、あなたの分──200万ルピーを払わせてもらいます」
「ま、まさか!」
俺は声を上げた。
「そんな、200万ルピーなんて大金、ミランダさんに払わせることはできませんよ。練習場所も、寝床も用意してくださっているのに、そこまで……」
「ゼント君、エルサをごらんなさい」
エルサは杖をついて立っている。2ヶ月前までは、車椅子だったはずだ。
俺が来てから、なぜか少しずつ、車椅子を使わなくなり、自分で立てるようになってしまった。
「あなたが来てから、エルサも負けじと、元気になるよう努力したのよ」
「ちょ、ちょっと! ……ミランダさん、恥ずかしいからやめてよ!」
エルサは顔を真っ赤にしつつ言った。
「まあ……でも、ミランダさんの言うことは本当だよ。ゼント、君が来てから、私は元気になった。だって、20年引きこもりだったヤツが、格闘トーナメントに出ようとしてるんだからさ。負けらんないじゃん……」
「それに、ゼントさんは、私のことも、叔父から助けてくれました」
アシュリーが笑顔で言うと、ミランダは大きくうなずいた。
「ゼント君、あなたは人助けをしたのよ。私の大切な人をこんなに助けている」
「お、俺は、人を助けようなんて、思ってなかったです……」
「結果的にそうなったのよ。200万ルピー? 私にとってはたいしたお金じゃないわ。大金だけど、君が何と言おうと、ゲルドン側に払うから」
「ミ、ミランダさん!」
「あなたは、『ミランダ武闘家養成所』所属──ゼント・ラージェント。これからは、私たちの仲間よ。いえ──家族よ!」
家族! 俺が……ミランダさんたちの家族!
俺は……俺は叔父、叔母が死んでから、ずっと家族というものがなかった。
でも、ミランダさんは、俺を家族だと言ってくれた。
俺は──胸に熱いものを感じた。涙が流れてしかたなかった。
「分かりました。お金の件はミランダさんに、すべておまかせします」
俺はうなずくと、ミランダさんは笑顔を返してくれた。
するとローフェンは、村に設置された大時計を見て言った。
「おっと、さあ、もう出発しねえとな。トーナメントの登録に間に合わねえぞ。馬車を用意してる。とっとと行こうぜ」
俺は、心の病に苦しんでいるエルサの仇をうつため、ゲルドン杯格闘トーナメントに出場するのだ。
優勝すれば、エルサを傷つけた大勇者ゲルドンと闘うことができるはずだ。
さあ、村の外の馬車に乗ろう。出場登録期限は、あと4日だ。
「あたしも、アシュリーも行くよ」
すると、エルサが言った。
俺は、エルサを見て目を丸くした。
「エ、エルサ。お前、外を歩いて大丈夫なのか?」
「ああ。大丈夫だ。あたしも、あんたたちに付いていく!」
エルサは胸を張って言った。
しかし、エルサは杖をついている。しかもまだ痩せている……。
うーん……。俺がまだ心配していると、アシュリーが言った。
「中央都市に着いたら、私が、ママを支えます! ゼントさんは試合に集中してくだされば良いんです」
「エルサも前向きになったってことさ」
ローフェンが俺の肩に手をかけて言った。
「さ、出発するぜ!」
ローフェンが御者をして、馬車は出発することになった。客車には、俺とミランダさん、アシュリー、そしてエルサが乗り込む。
これから、ゲルドン杯格闘トーナメントの会場がある、中央都市ライザーンに向かう!
俺──ゼント、ミランダさん、ローフェン、エルサ、アシュリーの五人は、馬車でグランバーン王国の中央都市ライザーンにやってきた。
ゲルドン杯格闘トーナメントが開催されるスタジアムがある。
俺とローフェンはすぐに、スタジアムの受付で出場登録を済ませた。
ミランダさんは、本当に参加費用の200万円を払ってくれたようだ。
「トーナメントは明日からか。間に合ったな」
俺はため息をついて、スタジアムの屋内ロビーに座った。ローフェンといえば、どうやら街にナンパしに行ったらしい。
すると、奥の廊下から、誰かがやってくる。
(あっ……!)
身長180センチ以上、体重80キロ以上の堂々とした体格の男だった。そしてきらびやかなオーラ。周囲の人間は、彼にお辞儀をしている。
すべてが俺と大違いの男だった。
「ゲルドン……!」
俺はつぶやいた。彼こそ、20年ぶりに会う、大勇者ゲルドンだった。20年経っていても、そんなに顔は変わっていない。
俺に暴力をふるい、俺をパーティーから追放した男。エルサの人生をメチャクチャにした男……だ!
俺は立ち上がり、ゲルドンを見やった。
ゲルドンは廊下の奥の会議室に行くようだったが、ちらりと俺の方を見た。
「……ん?」
ゲルドンは、俺を不思議そうな顔で見た。足を止め、あごに手をあてて、まじまじと俺の顔を見た。
「……誰だ? お前? 俺に会ったことがあるのか?」
「……ある」
「はて? 何なんだ? お前は」
「ゼントだ」
「……は?」
「ゼント・ラージェントだ。お前が自分のパーティーから追放した、ゼント・ラージェントだ!」
「……おいおいおい、ウッソだろ、おい」
ゲルドンは半笑いで、俺の顔をしげしげと見た。
「お、お前、本当にゼントか? いや、確かに面影がある」
「あ、ああ、そうだ。本当にゼントだ。会うのは20年ぶりくらいだな」
「……あの時は俺もお前も16歳だったな。……ん? で、お前、このスタジアムに何の用だ?」
「お、お前と闘うために、ここに来たんだよ」
俺は、緊張を隠しながら、精一杯言った。
「……はあ?」
ゲルドンは額を指でこすって笑い、俺をまた見た。周囲の人間がさわがしくなった。
野次馬の人だかりができた。大勇者のゲルドンが、俺のような一般人と話しているから、珍しいんだろう。
すると、ゲルドンの弟子、クオリファが前に出ようとした。しかし、ゲルドンはそれを押しとどめた。
「クオリファ、待て」
ゲルドンは俺の方を見た。
「俺と、闘う? ゼント、何言ってるんだ? 20年経って、頭がおかしくなったのか?」
「お、お前のおかげで、俺の人生はメチャクチャになった」
俺は緊張しながらも、勇気を出して言った。
「……いや、俺の人生がメチャクチャになったのは、俺自身の責任だろう。だが、俺はお前を殴り倒さなければ気が済まなくなった」
「俺様を……この大勇者ゲルドンを、殴り倒す……」
「そうだ」
「ハハハ!」
ゲルドンは、両手でパシパシ叩いて、笑った。野次馬たちは、俺を見て眉をひそめている。皆、大勇者ゲルドンのファンだ。
「なんだ、あいつ。偉大なゲルドン相手に、どういった口を利いてんだ?」
「ゼント? 知らねえ名前だなあ」
「何、大勇者のゲルドンにケンカを売ってるの? 信じられないヤツだな」
野次馬たちはうわさしているが、ゲルドンは構わず言った。
「ガハハハ! 何だって? 俺様を殴り倒すって? ゼント、お前がか? あの弱っちかったお前が、俺を? 何の冗談だ?」
「冗談で言わないよ」
俺はまたしても勇気を振り絞って言った。
「本当に、俺はお前に挑戦する」
「おいおいおい~。てめーのような弱虫野郎が、二十年ぶりにあらわれて、俺に挑戦するってか? 冗談もほどほどにしろよ~」
すると……。
「ゲルドン様! どうなさったのですか?」
周囲に男の声が響いた。
すると、奥の廊下から、背の高い銀髪の、容姿端麗の男が歩いてきた。執事が着るようなスーツを着ている。
「セバスチャンよぉ、こいつ……ゼントが俺に挑戦するんだってよ」
ゲルドンは、銀髪の男に言った。ん? セバスチャン? どこかで聞いた名前だな。そうか! ミランダさんの魔法で過去の世界に行ったとき、パーティーメンバーにいた、謎の少年の名前が「セバスチャン」だ! そうか、今はゲルドンの秘書か、執事というわけか。
「ああ、君が報告にあった、ゼント・ラージェントか。初めまして、私が大勇者ゲルドンの秘書兼執事のオースティン・セバスチャンです」
セバスチャンという男は、クスクス笑っている。
「ゲルドン様、時間がありません。トーナメント開催のスポンサー様たちにご挨拶に行かなくては」
「あ、えーと、そうだったな」
ゲルドンはあわてて、廊下を歩いていってしまった。セバスチャンも後をついていこうとしたが、後ろを──俺の方を振り返った。
「フフッ……君が、ゼント・ラージェント君ね。わかります、わかりますよ。君がおそろしい相手だということが」
(ううっ?)
俺はゾクッとした。
あのセバスチャンの目! 何という鋭い目なんだ! このセバスチャンという男、すさまじい殺気だ。
セバスチャンは、すぐにゲルドンの後についていった。
どういうことなんだ? 大勇者ゲルドンより、秘書のセバスチャンって男の方が……!
強敵だ!
「ゲルドン杯格闘トーナメント」に出場するため、中央都市ライザーンのホテルに宿泊した俺たち。
次の日、ついに試合に出場することになった。1回戦だ!
1回戦は「予選」のようなもので、開会セレモニー前に行われる。
出場選手16名が8名にしぼられるのだ。
ひええ~……試合なんて学生時代以来だ。第1回戦は、まだスタジアムでは試合できない。小規模の体育館で試合をする。
「うわ~、緊張する! 怖ぇよ~」
試合1時間前──俺は、試合会場の控え室で真っ青になって、頭を抱えていた。緊張して仕方ない。
エルサが杖をつきながらも、控え室についてきてくれた。
俺の第1回戦の相手は──何と、あの大勇者ゲルドンの現在のパーティーメンバーだった。一番弟子の武闘家、クオリファだ。
しかもクオリファの所属は、「G&Sトライアード」。グランバーン王国最大の武闘家養成所だ。Gとはゲルドンのことで、ゲルドンが社長をしているらしい。
か、勝てるのか? 俺……。
「ゼント、武闘グローブをはめるよ」
エルサは杖を置き、俺の手に、武闘グローブをはめてくれた。武闘グローブとは、格闘技の試合の時に手にはめる、指が出ているグローブのことだ。
指が出ているので、相手をつかむことができる。
エルサはグローブをつけた俺の両手をにぎって、俺の目を見てこう言った。
「大丈夫だよ、ゼント。あたしがいるよ。神様が見てるよ。君の努力、悔しさ、悲しみ、全部、神様が見てくださっていたんだよ。きっと、それが報われるよ」
「え? ああ……」
「だから……自分を信じてね」
なんだ? 俺の心が、少し熱くなったように感じた。
ちなみに俺のコスチュームは、エルフ族特注の青い武闘着だった。エルサとアシュリーが、村で作ってくれた。
◇ ◇ ◇
リング上ではすでに、武闘家のクオリファが腕組みして待っていた。
ニヤニヤ笑っている。
俺は、緊張しながらリングに上がり、ロープをくぐった。ゲルドンはこの試合会場にはいないらしい。
「おめぇか? もともとゲルドンさんのパーティーメンバーだったっていう、ヘタレ野郎は」
クオリファはクスクス笑っている。赤い武闘着を着て、気合十分だ。
「何だか知らねーけどよ。ゲルドンさんに挑戦するんだって?」
ギャハハ! セコンドにいるクオリファの付き人たちもゲラゲラ笑っている。
「あのゼントってヤツ、バカじゃねーの」
「見るからに弱々しいあいつが?」
「身の程知らずにも、程があるってもんだぜ」
今の俺の体は、身長162センチ、体重55キロ。しかしクオリファの体は、身長188センチ、84キロらしい……。
ハハハ。こいつはひどい差だ。笑うしかない。
『私語はつつしめ!』
審判席の審判が、魔導拡声器──魔法の力で声を大きくする魔道具──で声を上げた。
「ゼント! 集中!」
セコンドの方から声が上がった。う、うわっ! エルサがセコンドについている!
「お、お前、そんな体調で、セコンドなんて大丈夫なのか?」
「大丈夫! あたしもセコンドとして、闘う!」
カーン!
リング外のエルサと会話をしている間に、試合は始まってしまった。
「さーてと……おーら? どうすんだ?」
シュッ
クオリファは半笑いで、軽い横蹴りを繰り出してきた。
一発、二発、三発……そして、華麗な回し蹴り!
観客がどよめく……が!
ここだ!
俺はすぐに、彼の懐に飛び込み、左ジャブを突き出した。
クオリファは、「おっ?」と声を出し、ふっと避ける。
「ん? ちょっとは早いじゃねえか」
クオリファが体勢を立て直し、一歩前に出て、余裕の下段蹴り──。
見えた! 俺は飛び込んだ!
ガスウッ
俺の素早い、右ストレートパンチ!
このパンチは、完全にクオリファの右頬をとらえていた。クオリファが前に出ると同時に放った、カウンター攻撃だ!
──彼の体が傾いた。
「なっ……」
クオリファが後退しかかった。
「お、お前……ゼント! い、いや、まぐれだ。そうに違いねえ」
クオリファはあわてたように、一歩前に進み出た。
もらった!
俺は下段蹴りで、クオリファの足を刈った!
ガッ
「なっ!」
クオリファはバランスを崩しながら、声を上げる!
ドタアッ
「うっ!」
俺はクオリファの足を刈って、クオリファを転倒させた! ヤツは見事にひっくり返って、背中を武闘リング上に打ち付けた。
「な、なんだと……!」
クオリファは驚きの声を上げる。
この技は、蹴り技ではない! 転倒させて背中から落とす、いわば足を使った刈り技だ! クオリファは蹴られたダメージよりも、転ばされて背中を打った、という精神的ダメージが大きいはずだ。
「て、てめえぇ~! 生意気だぁあああ!」
クオリファはあわてて立ち上がり、向かってきた。そう、この技をくらった者は、焦ってこうなる!
ビュッ
クオリファの左中段回し蹴り! 良い蹴りだが……俺は見切った!
ここっ!
俺は、クオリファの蹴り足を掴んだ! 彼の左足を、脇に抱えたのだ。これは蹴り技に対する防御技術だ!
「お、と、と」
当然、クオリファは片足で立っているので、バランスを崩さざるを得ない!
俺はクオリファの肩を思いきり押し、1メートル半突き放して──!
全速力で向かっていった。
「お、おい! や、やめ……!」
クオリファは目を丸くしている。──俺は飛んだ──。
ガッスウッ
右飛び膝蹴りだ! 俺の右膝が、クオリファのアゴに当たった! 完璧な手ごたえ!
「グフウウウッ」
クオリファは大きく吹っ飛び、尻もちをついた。
しかしクオリファは、あわてて立ち上がろうとした。舌打ちして、「へ、やるじゃねえかよ」とつぶやいている。
ムダだぜ、クオリファ。お前はアゴの急所にくらった! そうなると、どうなるか?
クオリファは立ち上がろうとして、膝に手をつく。
「え?」
しかし、クオリファはグラリと体を揺らし──。
ドタッ
彼は、右にまた転倒した。
ウ、ウオオオッ……。
「え? クオリファが……?」
「何だ? おい、何が起こっているんだ?」
「お、おい。ダウンか? ゲルドンの弟子がダウン?」
「何かの間違いじゃねーの?」
観客がざわざわと騒ぎ始める。何かが起こっている、と。
『クオリファのダウンです! 1……2……3……!』
ダウンカウントが審判席から数えられる。
ウオオオオオオオッ……。
「きたああああーっ!」
「クオリファのダウン!」
「ゼント、何者だ?」
少ない観客が声を上げる。
俺は、開始35秒で、ゲルドンの一番弟子をダウンさせた!
クオリファは、リングに片膝をつき、目を丸くして、俺を見上げていた。
「お、おい、何かの間違いだ……そうだろ? おい」
クオリファはブツブツ言いながらも、ギロリと俺をにらみつけて言った。
「ゼント、お前……。一体、何者だ? い、いや、そんなことはどうでもいい!」
クオリファは立ち上がろうとしながら、吼えた。
「分かっているだろうな! 俺に恥をかかせやがってぇ……!」
ゲルドン杯格闘トーナメント第一回戦。
俺はゲルドンのパーティーメンバーであり、弟子のクオリファからダウンを奪った。
決まり手は、右飛び膝蹴りだ!
「分かっているだろうな! 俺に恥をかかせやがってぇ……!」
クオリファは片膝をつき、脂汗をかいている。
「俺がダウンするなんて……俺は大勇者ゲルドンの弟子だぞ……! パーティーメンバーだぞ」
『4……5……6……!』
審判員のダウンカウントは止まらない。
「そのカウント、やめろってんだ!」
クオリファは両膝に手をつき、ぐっと立ち上がった。
「のやろおおおーっ!」
クオリファは俺に向かって走り出し、パンチをラッシュし始めた。
しかし、俺にはパンチが遅く見えていた。彼の右フックは手の甲で叩き落し、左ストレートは避け、右アッパーは、スウェー──つまり体を反らせることでかわすことができた。
「はあっ、はあっ、はあっ!」
クオリファは、俺をギラリとにらんだ。
「な、なんなんだ、オメーは……。何で全部、かわせるんだ?」
しかし、彼はそう言いながらも、俺から五歩ほど離れ、体勢を低くした。
「ゼント! あいつ、何か狙ってるよ! 気を付けて!」
セコンドのエルサが声を上げた。
「そうか、ゼント! あいつ突進してくる!」
観客は騒然となった。
「おい、クオリファの得意技が出るぞ!」
「あの技で、魔物のトロールを一体、気絶させたらしいぜ」
「ゼントとは体重差がありすぎる! ゼントは吹っ飛ばされるぞ!」
その瞬間、クオリファは俺に向かって突進してきた。この長い距離で、俺と同様に、飛び膝蹴り? 距離が遠すぎるが……いや、違う!
「きええええーっ!」
クオリファは甲高い声を上げる。
そして大きく飛び上がり、右片足を突き出す──。
クオリファの走り飛び横蹴り! 飛び上がり、足の裏か爪先で、相手の顔を狙う蹴り技だ!
よし、ここだ!
俺もクオリファに向かって、走り出した。無謀だ──。そう言われるかもしれない。
しかし、俺も大きくジャンプして、蹴りを繰り出していた。走り飛び横蹴り! クオリファと同じ技だ!
ドガアッ
音がした。
俺はクオリファより高く飛んでいた。俺のつま先は、クオリファの左頬に直撃していた。
「ゼ、ゼントの飛び横蹴りの方が当たった!」
「た、高ぇジャンプだな」
「すげえ……飛び横蹴りに、飛び横蹴りを合わせるなんて……!」
観客たちが声を上げる。
クオリファは、「クッ」という声を上げて、地面に滑り込むように倒れた。俺も、地面に勢い余って、倒れ込む。
クオリファはあわてたように、俺の方を見た。わかっている。こんなもんじゃ、クオリファは倒せない。
俺の真の狙いは、走り飛び横蹴りではなかった。
クオリファがヨロヨロ立ち上がった瞬間──。
俺は素早くクオリファに近づき、体幹を回転させ、拳を繰り出した。
ドゴオッ
俺の右フックが、クオリファの右こめかみをとらえていた。
しかし、クオリファもタフだった。倒れるのをこらえた。おっ……? クオリファの目が冷静だ。
持ち直したか!
彼の左ジャブ、右ストレート、右ボディパンチ!
クオリファは流れるような攻撃を仕掛けてきた。
俺は全部、手ではじき飛ばす。
だが、体重差があるだけに、ヤツの攻撃が重く、腕が痛い! しかし、ダメージは無しだ。
俺も牽制の左ジャブ! クオリファはそれを受け流す。
クオリファは突如、大砲のような右ストレート! 俺はガードしたが、1メートルは後退させられた。くっ、腕がしびれる。だけど、たいしたことはない!
なるほど、この冷静な状態が、彼の実力なのか。
「おい」
クオリファは笑っていた。
「久しぶりだぞ、こんなに手ごたえのあるヤツは」
そして続けて言った。
「そろそろ決めるぜ!」
クオリファは体に勢いをつけた。
ブンッ
凄まじい速さの中段蹴り! 俺のアバラを狙った!
……しかし、俺は肘でそれを防いでいた。
「なんだと! 肘で……!」
クオリファは目を丸くしている。俺はその肘を、そのまま彼のアゴに食らわせた。
ガッ
「ゲフ」
クオリファが声を上げた。そしてもう一発! ここだっ!
ゲキイッ
俺は彼の左頬に、左掌底を食らわせていた。──左手の平の下部の攻撃──掌打だ!
「ぐ、へ」
クオリファは、リングに両膝から倒れ込む。
「き、決まった……!」
「やりやがった!」
「あれは立てない」
観客たちが口々の声を上げる。
『ダウンカウント! 1……2……3……!』
審判席からダウンカウントの声が上がる。
「ぐっ!」
クオリファは、ハアハアと息をあげ、「ぐうおっ!」と気合一閃、立ち上がろうとした。
「み、見てろおっ!」
クオリファは、何とかファイティングポーズをとろうとした──。
ヨロッ
しかし、彼はよろけた。また、リング上に膝をついてしまった!
審判席の審判は、手でバツのマークを作った。
そしてすぐに、カンカンカン──とゴングの音がした。
『6分20秒! ゼント・ラージェント、KO勝ち!』
審判員があわてて、放送を告げる。
ウォオオオッ!
観客たちは声を上げた。
「す、すげえ……!」
「まじで? クオリファ、負けたの?」
「何なんだ、あのゼントって野郎は! すげえヤツだ!」
すると……。
「やったぁああーっ!」
エルサがリング上に飛び込んで、俺に抱きついた。
「すごいすごい、強くなったね、ゼント!」
エルサこそ、お前、そんなに動いて大丈夫なのか? 俺はちょっと心配した。
一方……。
「ち、ちきしょう……。ゲルドンさんに、何て言えばいいんだよ」
リング上に座り込んだまま、声を上げたのは、クオリファだ。
クオリファは俺をにらみつける。しかし……。
彼は俺を見て、やがてフッと笑った。
「あんた……すげえな。マジでいい試合ができたぜ。あんた、マジで何モンだ?」
「俺はゼント・ラージェントだよ。ハハ……」
俺は頭をかいて笑った。
するとクオリファはうなずきながら言った。
「ゼント、あんた、何かすげえことをやるかもしれねえな。ゲルドンさん、最近、ちょっとおかしいんだ。俺は弟子だから、それを見て見ぬふりをしていたが……。ま、あんたと闘えたことを、誇りに思うよ。ゼント・ラージェント」
俺とクオリファは握手をした。
次の試合は、エルフ族のローフェンの試合がある。
しかし、そのローフェンの試合後──。
俺はとある美少女と知り合うのだった。彼女の名はサユリ。
最強の美少女武闘家だった──。
ゲルドン杯格闘トーナメントの1回戦が、小体育館で続けられている。
リング上では、俺の試合に続く、今日の第2試合が行われていた。
「どおりゃあーっ!」
元気の良い気合一閃、エルフ族のローフェンの試合だ。俺──ゼントは、ローフェンのセコンドとなり、リング下で彼の闘いぶりを見守っていた。
シュバッ
「ぐへ」
ローフェンの素早い横蹴りが、相手に当たった。
相手はドワーフ族のマドール・グスターボ。
身長は170センチ前後だが、体がまるで箱のように分厚い武闘家だ。
「のやろおお~!」
グスターボは怒り狂って、猛獣のような声を上げる。グスターボの風貌も、ひげ面で猛獣のようだが……。
不器用ながら、力強いハンマーパンチを、上から振り下ろしてくる。
しかし、ローフェンはそれをかいくぐり──。
ガスッ
上段蹴り! グスターボを一発KOだ!
「見たかあっ! ゼントォッ!」
ローフェンは、リング上からセコンドの俺を指差して、アピールする。ローフェンはリング下に下り立った後も、俺に言った。
「おい、俺の見事で華麗なハイキックを見たかよ。な? すごかったろ?」
「わかったわかった」
まったく、子どもかよ、こいつは……。
俺は苦笑いした。しかし、ローフェンは強い。
エルフ族は、魔法能力が素早い剣技が得意だとは聞いていた。しかしローフェンは格闘術で、華麗で力強い蹴りを繰り出せるようだ。
「ゼントさん」
ん? 後ろで女の子の声がしたな? 俺とローフェンは振り返った。
「私と一緒に帰りましょう」
は?
俺は目を丸くした。俺の後ろには、16歳くらいの女の子が立っていた。
黒髪で前髪ぱっつん、ロングヘア……。
うわっ……かわいい……。美少女だ!
ん? この女の子、武闘グローブを手にはめているぞ。何と、この子、武闘家か! トーナメント出場選手だ!
「ね、一緒に故郷に帰りましょう」
女の子は、俺の手を握る。お、おわあああ~! 何だ? 夢か?
「おいおいおいおいおい!」
ローフェンがすかさず、俺にツッコミを入れる。
「いつ、こんなかわいい女の子をナンパしたんだ! お前!」
いや、ナンパなんてしている余裕ないぞ。お前じゃないんだから、ローフェン。
「そ、それより、君は誰?」
俺は女の子に聞いた。
「サユリ……。サユリ・タナカと申します」
「サユリ……」
俺はその名前を心の中で復唱した。何だか不思議な名前だ。懐かしいような、聞いたことがあるような、ないような。
「では、私は試合がありますので」
サユリはそのまま、武闘リングの方に行ってしまった。本当に、トーナメント出場選手だったのか!
あのサユリって子、不思議なユニフォームを着ているなあ。
白い民族衣装のような服。そして下にはズボンのような、スカートのような、幅広の不思議な黒いズボンを穿いている。
「あれは、袴というものよ。東の果ての国、ジパンダルの民族衣装のようなものね」
横から、ミランダさんが俺に話しかけてきた。試合、観ててくれたのか。
でも、ジパンダル? どこかで聞いたな。
サユリって子が言ってた「故郷」って、そのジパンダルって国のことなのか?
「おっ、おい。見ろ、あの女性」
「あの人……ミランダ・レーンじゃないのか?」
ん? いつの間にか俺たちの周りに人だかりができている。
さっきのサユリも気になるけど、何だか周囲が騒がしくなってしまったぞ?
パシャパシャパシャ
何と、雑誌記者たちも集まってきて、ミランダさんの魔導写真を撮り始めた!
「ミランダさん! どうして急に、表舞台に出られることにしたのですか?」
「あなたの『ミランダ武闘家養成所』、有望選手はいるんですか?」
「ミランダさん、インタビューさせてください! 何か一言!」
雑誌記者たちは、ミランダさんに魔導収音機(注・マイクのような魔道具。言葉を記録する魔力が込められている)をつきつけている。
どういうことだ? ミランダさんって、何者なんだ?
「ゼント! お前、今さら、何驚いた顔をしてんだよっ」
ローフェンが俺に声をかけてきた。
「お、お前、まさか……。ミランダ先生が、女子武闘家唯一の、世界武闘選手権三連覇の『ミランダ・レーン』って知らなかった……なんてことはないよな?」
ん? ミランダ・レーン?
俺が引きこもるちょっと前──20年前。
伝説的強さを誇った、「ミランダ・レーン」という女子武闘家がいることは、もちろん知っていた。
新聞には毎日、ミランダ・レーンの特集が組まれ、まさに国民的スターだったけど……。
「そ、そのミランダ・レーンが、ミランダさん……?」
「あったり前だろが! 国民的スターだぞ、ミランダ先生は!」
「マジか!」
いや、全然気づかなかった。ミランダなんて、ありふれた名前だもんな。
「ゼント……トンマなヤツだな、おめぇは。一緒の村にいて、2ヶ月も気付かないなんて」
ローフェンが額に手をやって呆れている。そのミランダさんは、雑誌記者たちに向かって、「今、いそがしいのよ」と笑って対応している。
世界武闘選手権三連覇──。ミランダさんに、「この人には絶対逆らえそうにない」と感じたのは、不思議じゃなかったってことか。
◇ ◇ ◇
さて──この後、俺たちは驚愕の試合を観ることになる!
それはさっきの美少女武闘家、サユリの試合だった──。
「ね、一緒に故郷に帰りましょう」
俺に向かって、そんな謎の言葉を発した、少女武闘家サユリ──。
資料によると──何と、所属は「G&Sトライアード」だって?
「G&Sトライアード」は、ゲルドンが社長をしている、グランバーン王国最大の武闘家養成所だ!
サユリは、ゲルドンとどういう関係なんだ?
彼女は武闘リングに上がった。
何とも小さい体だ。パンフレットを見ると、身長154センチ、体重48キロらしい。とても、このトーナメントを勝ち上がれるとは思えない。
俺は観客席で、試合を見守ることになった。俺の隣には、ミランダさんが座っている。
サユリの相手は、バドライズ・ドリューン。すでに武闘リングに上がっている。
身長180センチ、体重78キロ。武闘家として、堂々とした体格だ。種族は、肌の色が赤い、山鬼族。35歳。地区大会トーナメントで何度か優勝の強豪だ。
所属は、「山鬼族蛇の穴」。地方の武闘家養成所だ。
「何を好んで、おめえみたいな小さい女と闘わなくちゃならねーんだよ」
ドリューンは苦笑いするようにして、小さいサユリを見下ろした。
しかし、サユリは言葉を返す。
「……私が勝つんですよ、ドリューンさん」
「は? おい、何の冗談なんだ?」
「冗談でも何でもありませんよ。勝つのは私です」
サユリは静かに言った。戦闘民族といわれる山鬼族を、まったく怖れていない! い、一体、この子はどういう女の子なんだ?
カーン!
その時、ゴングが鳴り、試合が始まってしまった!
ドリューンは仕方なく、サユリに近づく。構えていない。構えなくても、16歳の小柄な女の子には勝てる、という意味だろう。
一方、サユリは横を向いたままだ。すると──。
ピタッ
サユリは右手を開いて、ドリューンに向かって差し出した。
「うっ……」
ドリューンは、あわてて構える。
……何も起こらない。当たり前だ。サユリはただ、右手を差し出しただけなのだから。
「何だっつーんだよ。おい、女、俺が怒らねえうちにギブアップしろよ。マジで殴るぞ」
ドリューンはイライラしながらサユリに言った。
「私は、あなたに勝つと言ったでしょう?」
「こ、この……!」
ドリューンは、左ジャブを軽く出した。パスッパスッと、サユリの差し出した右手に軽く当てる。
「今度は顔に当てちまうぞ」
ギュッ
……えっ?
サユリはドリューンの左ジャブの手首を、……いつの間にか握っていた! い、いつ、握ったんだ?
サユリはハンドスピードが速いってことか? まさか?
「うっ……?」
ドリューンは動かない。いや、動けないのだ。ドリューンの顔は、驚きの表情だ。
観客は首を傾げている。
「お、おい」
「なんなんだ? どういうことだ?」
「八百長じゃねえだろうな~」
会場に冷ややかな笑いが起こる。
ギリリッ……
そんな、何か腕をひねるような音がした。
ドリューンは本当に動けないのだ。サユリにただ、手首を掴まれているだけだ。ドリューンの顔は、苦痛にゆがんでいる。
「サユリはね、ドリューンの手首を掴んで、彼の手首の痛点を極めているのよ」
隣のミランダさんが話してくれた。
い、いや、まさか? そんな格闘の技術、聞いたことがないぞ?
するとサユリは体を一歩前に前進させ、ドリューンのふくらはぎの裏……アキレス腱の部分に、自分の足をひっかけた。
ドタアッ
「いてぇ!」
ドリューンはそんな声を上げ、いとも簡単に背中から倒れ込んだ。
ま、まさか……サユリに投げられた?
あわてて、ドリューンは顔を真っ赤にしながら起き上がった。
「きさま~!」
ドリューンは立ち上がり、サユリに向かって右ストレートパンチを放つ。
しかし、サユリはいとも簡単にそれを避け──。
ゲシイッ
自分の拳を突き上げるように、ドリューンの鼻の下に当てた。サユリのパンチが当たった!
「ぐへ」
ドリューンはひるんだ。カ、カウンター攻撃だ!
サユリはドリューンと身長差があるから、拳を突き上げたのだ。しかし、女の子の打撃が、あんな大柄な男に当たるものなのか?
「サユリのパンチは、『直突き』ね」
隣に座っていた、ミランダさんが言った。
「拳を縦に繰り出し、あまり体をひねらない、独特の打撃法よ」
ドリューンはあわてている。
「てめえええ~! サユリ! お前を潰す!」
ドリューンの左フック! 大振りのパンチだ。本当にサユリは潰されるぞ!
ガスウッ
しかしこれもまた、サユリの突き上げるような左直突きが、ドリューンのアゴに決まっていた。
「ゴフ」
ドリューンは一歩後退する。
するとサユリはドリューンの腰に手を回し──ものすごい勢いで──。
ドリューンを体ごと、ぶん投げた!
ドタアンッ
「ガヘエッ!」
ドリューンは、リングに叩きつけられてうめいた。女の子に投げられて……!
サユリは倒れたドリューンを、無表情で見下ろしている。
な、なんて素早い投げ技んだ……。体重差をものともしない!
「うおおっ! はええっ」
「投げだ!」
「マジか」
観客も声を上げる。
「ふうん……あれは高度な投げ技よ──。浮腰といわれる投げね」
ミランダさんが俺に言った。
「タイミングがバッチリあって、素早く投げることができたようね」
あ、あのサユリって子……!
強い! すさまじく強い!
『ダウン! 1……2……3……!』
魔導拡声器で、審判団のダウンカウントが会場内に響く。
ウオオオオオッ……。
マジか……! 観客たちは声を上げた。サユリがダウンを奪った!
ドリューンはフラフラと倒れた体を起こし、立ち上がりながら、ギロリとサユリをにらんでいた。
戦闘民族、山鬼族のドリューンを、投げ技「浮腰」で投げた、女子武闘家サユリ──。
一体、何者なんだ?
あの小さい体で、堂々とした体格のドリューンを投げた。
俺は観客席で、サユリの闘いを観戦していた。
『4……5……6……』
会場に、審判団の魔導拡声器の声が響く。ダウンカウントだ。
ドリューンに対してのダウンカウントは続いている。
しかし、すぐドリューンは立ち上がり──。
「このやろおおおっ」
サユリに向かって走り込んだ!
そして思いきり右パンチを振りかぶったのだ。
「愚かな」
サユリはそう言いつつ、ドリューンのパンチをいとも簡単に避け──。
ガシイッ
またしても突き上げるような縦拳──左直突きを、ドリューンのアゴに決めた。
な、何て正確なパンチなんだ?
すさまじい正確性で、急所に当ててくる。急所に決めるから、体重差があるドリューンをひるませてしまうのだ。
「ブ、ヘ」
ドリューンがまたしても後退した──。
が、ドリューンも何かを狙っていた! 一歩前に出て──。
ブウンッ
太い脚での右中段回し蹴りだ! サユリが吹っ飛ばされるぞ!
パシイッ
しかし、サユリはその太い脚を、細い腕でいとも簡単に掴んできた。そして自分の腕をドリューンの太い脚に回しながら、体をグルリと回転させた!
ミシイッ
変な音がしたが……。
「ギャッ!」
ドリューンは足をひねられて、倒れ込んでしまった。
「お、おい、あれは……」
「職業レスリングで見る、『龍すくい投げ』じゃねーか?」
「ま、まじかよ~! リアルファイトで見れるなんて」
観客が騒いでいる。
(龍すくい投げとは、プロレス技の「ドラゴンスクリュー」の変形である。立ったまま相手の足を両手で掴み、自分の体を回転させる。それとともに、相手の足を自分の腕で極めながら、相手を投げ捨てる技)
ドリューンは右足を抱えて、「うう~」と唸って、倒れている。
「いかん!」
そんな声がした。白魔法医師たちはあわてて、リングに上がり、ドリューンのそばに駆け寄った。そして彼の右足を診て、すぐにリング外に向かって、手でバツの字を作った。
「骨折している!」
カンカンカン!
とゴングの音が鳴り響いた。
『5分20秒、ドクターストップで、サユリ・タナカの勝ち!』
審判団が、魔導拡声器で、そう告げた。
ウオオオオオッ
観客たちが声を上げる。
「や、やべえ女だ……」
「強すぎる!」
「あんなかわいい子が?」
俺も、サユリの強さに驚いていた。
し、しかし危ない技だな。龍すくい投げか……。
「壊し技よ」
隣のミランダさんは言った。
「サユリは、相手を怪我させるつもりで、放った技ってわけ」
「えっ……? サユリが? まさか」
そんなバカな。あんなかわいい女の子が、わざと相手を怪我させるつもりだなんて。体重差があるから、危険な技を放っていく必要性があるかもしれないけど、わざと怪我させるなんて……?
「やあ、ミランダ先生。サユリはお見事でしたね」
聞き覚えのある青年の声が、横から聞こえた。
「あなたの元弟子──サユリの強さ、才能はすごい。私も彼女に、格闘技を教えがいがあります」
俺たちの席の横には、何と、あの大勇者ゲルドンの秘書兼執事、セバスチャンが立っていた。
(か、彼も観戦していたのか?)
ん? 今、セバスチャンは、「サユリはミランダさんの元弟子」みたいなことを言わなかったか?
今は、セバスチャンはサユリの格闘技の先生──師匠?
「あなた、セバスチャン」
ミランダさんがセバスチャンに言った。
「サユリから、もう離れて。サユリを洗脳しないで」
え? ミランダさん、何を言っているんだ? せ、洗脳?
「おや、私がサユリを洗脳? 意味が分かりかねますが」
セバスチャンは笑って、首を傾げながら言った。
「ミランダさん、私はサユリに格闘技を教えているだけですよ」
すると──。
「セバスチャン先生!」
サユリがリングから下り、笑顔でセバスチャンに近づいた。
「試合、観てくださいましたか」
「観ていましたよ。素晴らしい試合でした」
「……相手は、足を怪我してしまったみたいです。私はドリューンさんに謝罪しなければいけないですよね」
サユリは申し訳なさそうに、リングの方を振り返った。あの勇ましいリング上の姿は、もうなかった。
普通のかわいい、女の子の表情だ。
「いえいえ、謝罪なんて必要はありません。いつも言っているでしょう」
セバスチャンはニコニコ笑って、サユリに言った。
「対戦相手は、容赦なく叩き潰せ……と。そのためには、相手の選手生命を奪ってもかまわない……とね」
俺はギョッとして、セバスチャンとサユリを交互に見た。
ミランダさんは黙っている。
「闘いはやるかやられるか。手加減など、無用ですよ。勝てば良いのです。どんな手を使ってもね……」
「は、はい! そ、そうでしたっ」
サユリは顔を真っ赤にして、お辞儀をした。
「あっ……」
……その時サユリは、ミランダさんと目があったようだ。
「久しぶりね」
ミランダさんはサユリに言った。
しかしサユリは、ミランダさんにあわてたようにお辞儀をすると、逃げるように去って行った。
何だ? 今の。
すると、セバスチャンはミランダさんを見て言った。
「ミランダ先生。あなたは今でも、武闘家を代表する立場でもある」
ミランダさんは、「それほどでも」と言って、セバスチャンをジロリと見た。
「明日、ミランダ先生に重要なことをお伝えしたいと思います。武闘家界全体に係わる、重要なことです。私の経営する、『G&Sトライアード』本社にお越しください」
「何かしら。今回のトーナメントに関すること?」
「詳しくは明日ということで」
ミランダさんは、「……分かったわ」とだけ返事をした。
「では」
セバスチャンは客席の奥の方に行ってしまった。
俺が心配して、ミランダさんを見ていると、ミランダさんはため息をついて口を開いた。
「セバスチャンはね、『G&Sトライアード』という世界最大の武闘家養成所を、ゲルドンと創業したのよ。前はゲルドンが社長をしていたけど、今はセバスチャンが社長になったようね」
「そ、そうなんですか? そ、それで昔、一体何が?」
「セバスチャンは、わたしの大切な選手を──、サユリとともに8名も強奪した」
「ご、強奪!」
俺は思わず、声を上げた。強奪なんて……ど、どうやって?
「そして、もう一つ話さなければならないことはね」
ミランダさんは決心したように言った。
「大勇者ゲルドンを裏で操っているのは──。あのセバスチャンなのよ」
俺は驚いてミランダさんを見た。ど、どういうことだ?