ルーゼリック村のある日の朝──。
 俺、ゼント・ラージェントがこの村にやってきてから、2ヶ月が()った。

 今日は、「ゲルドン杯格闘トーナメント」に出場するため、旅立つ日だ!

 場所は、グランバーン王国の中央都市ライザーン!

 この2ヶ月間、ルーゼリック村のエルフの武闘家(ぶとうか)たちと修業をした。
 おかげで俺はかなり()せた。16歳の時と同じ体重──だいたい55キロくらいになった。

 俺は、村の広場で美しい村の風景を見ていた。

(すき)ありだ! ゼント!」

 ビュオッ

 すさまじい勢いの蹴りが、横から飛んできた。

 危ねえっ!
 
 俺は素早くかわした。

 俺の頭上で、空気を切り裂くような蹴りの音が聞こえた。

 俺はすぐに構え、周囲を見回した。左の方にローフェンが笑って立っている。

 こいつの奇襲攻撃は、もう慣れっこだ。大迷惑だがな。

「あらよっ」

 オルファンの横蹴りの連続攻撃だ。俺は手でそれを下段払いし、素早く──。

 シュッ

 左ストレート! パンチだ!

 ローフェンの鼻先で、止めてやった──つもりだった。しかし、ローフェンも手の平で、俺のパンチを受けていた。

 ちぇっ、見事な防御だ!

「やるねえ~」

 ニヤリ、とエルフ族の武闘家(ぶとうか)、ローフェンが笑った。
 長身、イケメン。蹴り技が得意、女にモテる。
 俺とは正反対の男だ。

 俺は文句を言った。

「お前の奇襲攻撃、慣れてきたがな。あいからわらず、汚ねえぞ!」

 ローフェンは汗をぬぐいながら、口笛を吹いた。

「ゲルドン杯格闘トーナメントは、スポーツじゃねえ。闘いだ。よそ見して蹴られてKOされても、言い訳にはならねえぞ」
「そ、そりゃそうだがな」
「だが、俺の顔をカウンターでとらえるとは、なかなかだ。まあ、俺の方がちょっとだけ反応が素早かったけどよ」
 
 まったく……ローフェンのヤツは負けず嫌いだ。

「た、大変です!」

 アシュリーが俺の方に駆け寄ってきた。

「ゲルドン杯格闘トーナメントのことなんですけど……。ゼントさん、参加条件を見てください!」
「ん?」

 俺は一枚のチラシを、アシュリーに手渡された。
 ゲルドン杯格闘トーナメントの、関係者用チラシだ。
 アシュリーによれば、今日、「ミランダ武闘家(ぶとうか)養成所」に配送されてきたらしい。



『ゲルドン杯格闘トーナメント開催! 来たれ、武闘家! 強者どもよ!
 開催年月 デルガ歴202年11月2日

 参加資格

・グランバーン王国武闘家協会に容認された、武闘家養成所に所属する者
・各武闘家養成所の責任者に推薦、出場を許可された者
・参加費用 一名200万ルピー』

(ううっ……!)

 こ、この参加費用は!

「参加費用、一人200万ルピーだって! 高すぎます!」

 アシュリーが心配そうな顔で、俺を見る。2、200万? 高額すぎる!

 くそ、ゲルドンのヤツ、そんなに金が必要なのか?

「しかし……マジか」

 えーっと、この間、古書を売ったっけな。あれって100万ルピーで売れて……。
 で、旅費、この村の生活費で、半分以上は使ってしまった。
 残り40万ルピー?

 全然足りない!

「ダメだ。40万ルピーしかないぞ。参加は……ムリか?」

 俺がつぶやくように言うと、アシュリーは泣きそうになりながら言った。

「そんな! ゼントさん、このルーゼリック村で、2ヶ月、練習を頑張ってきたのに……」
「うーん……俺は『ミランダ武闘家(ぶとうか)養成所』に所属している」
 
 ローフェンが腕組みしつつ言った。

「俺の死んだ親父は商売人で、150万ルピーくらいは貯金があるはずだ。俺も貯金が50万はある。だから俺の場合は何とか200万くらい払えるけどよ」
「じ、自慢するなよ」
「そういやゼントはどこにも所属していないんだよな? どうすんだ?」
「どうするって……どうしようもねえぞ。200万ルピーなんて金もない……」

 俺が腕組みしながら言うと、後ろから声がした。

「なーに、あきらめてんのっ」

 後ろを振り向くと、杖をついた若い女性が立っていた。
 エルサだ。
 ミランダさんも横に立っている。

「ゼント君、何も心配しなくていいわよ。今日からあなたは『ミランダ武闘家(ぶとうか)養成所』所属の武闘家(ぶとうか)です」
「え?」
「そして私が、あなたの分──200万ルピーを払わせてもらいます」
「ま、まさか!」

 俺は声を上げた。

「そんな、200万ルピーなんて大金、ミランダさんに払わせることはできませんよ。練習場所も、寝床も用意してくださっているのに、そこまで……」
「ゼント君、エルサをごらんなさい」

 エルサは杖をついて立っている。2ヶ月前までは、車椅子だったはずだ。
 
 俺が来てから、なぜか少しずつ、車椅子を使わなくなり、自分で立てるようになってしまった。

「あなたが来てから、エルサも負けじと、元気になるよう努力したのよ」
「ちょ、ちょっと! ……ミランダさん、恥ずかしいからやめてよ!」

 エルサは顔を真っ赤にしつつ言った。

「まあ……でも、ミランダさんの言うことは本当だよ。ゼント、君が来てから、私は元気になった。だって、20年引きこもりだったヤツが、格闘トーナメントに出ようとしてるんだからさ。負けらんないじゃん……」
「それに、ゼントさんは、私のことも、叔父から助けてくれました」

 アシュリーが笑顔で言うと、ミランダは大きくうなずいた。

「ゼント君、あなたは人助けをしたのよ。私の大切な人をこんなに助けている」
「お、俺は、人を助けようなんて、思ってなかったです……」
「結果的にそうなったのよ。200万ルピー? 私にとってはたいしたお金じゃないわ。大金だけど、君が何と言おうと、ゲルドン側に払うから」
「ミ、ミランダさん!」
「あなたは、『ミランダ武闘家(ぶとうか)養成所』所属──ゼント・ラージェント。これからは、私たちの仲間よ。いえ──家族よ!」

 家族! 俺が……ミランダさんたちの家族!

 俺は……俺は叔父、叔母が死んでから、ずっと家族というものがなかった。
 
 でも、ミランダさんは、俺を家族だと言ってくれた。

 俺は──胸に熱いものを感じた。涙が流れてしかたなかった。

「分かりました。お金の件はミランダさんに、すべておまかせします」

 俺はうなずくと、ミランダさんは笑顔を返してくれた。

 するとローフェンは、村に設置された大時計を見て言った。

「おっと、さあ、もう出発しねえとな。トーナメントの登録に間に合わねえぞ。馬車を用意してる。とっとと行こうぜ」

 俺は、心の病に苦しんでいるエルサの(かたき)をうつため、ゲルドン杯格闘トーナメントに出場するのだ。
 優勝すれば、エルサを傷つけた大勇者ゲルドンと闘うことができるはずだ。
 さあ、村の外の馬車に乗ろう。出場登録期限は、あと4日だ。

「あたしも、アシュリーも行くよ」

 すると、エルサが言った。
 俺は、エルサを見て目を丸くした。

「エ、エルサ。お前、外を歩いて大丈夫なのか?」
「ああ。大丈夫だ。あたしも、あんたたちに付いていく!」

 エルサは胸を張って言った。

 しかし、エルサは杖をついている。しかもまだ痩せている……。

 うーん……。俺がまだ心配していると、アシュリーが言った。

「中央都市に着いたら、私が、ママを支えます! ゼントさんは試合に集中してくだされば良いんです」
「エルサも前向きになったってことさ」

 ローフェンが俺の肩に手をかけて言った。

「さ、出発するぜ!」

 ローフェンが御者(ぎょしゃ)をして、馬車は出発することになった。客車には、俺とミランダさん、アシュリー、そしてエルサが乗り込む。

 これから、ゲルドン杯格闘トーナメントの会場がある、中央都市ライザーンに向かう!