大勇者ゲルドンは酒場で、ホビット族のドルバースにケンカを売った。

 そして──ホビット族のドルバースは、大勇者ゲルドンに肘打ちをくらわせた。

 ゲルドンは、痛めたアゴをさすりながら立ち上がり──。

「ホビット……いい度胸だ。地上の果てまでぶっとばしてやる。チビ野郎」
 
 とつぶやき、両手をギチリと構えた。戦闘態勢──素手の勝負だ。

 超小柄なホビット族と大勇者ゲルドンのストリートファイト──。

 見ものだ!
 
 酒場の野次馬たちは息を飲んで、二人の対決を見守った。クオリファは心配そうだったが……。

 ドルバースの頭の上で、ゲルドンの右拳──右フックは空を切る。

 その瞬間、ドルバースは一歩前に出て、その小柄な体格を利用し、ゲルドンのふところに踏み込んだ。

 ドガッ

「ぐへ」

 ドルバースの左ボディパンチは、ゲルドンの腹に叩き込まれていた。
 見事に急所をとらえており、ゲルドンの体は丸まって、前傾姿勢となった。

 ここで!

 グワシッ

 ドルバースは素早く、またしても得意の肘打ちを、ゲルドンの頬に叩き込んだのだ。
 前傾姿勢だったゲルドンに、見事な攻撃だった。

「うおおおっ!」
「す、すげえ、あのチビ!」
「ホビットの野郎、ケンカ慣れしてやがるぜ!」

 ゲルドンは目を血走らせ、倒れず踏んばった。さすが大勇者。ドルバースの体重が軽かったということもあって、肘打ち攻撃に威力が少なかったという事実もあった。

「あ、ぐ、ち、ちくしょう」

 ゲルドンはそんな声を上げる。

「冷静にやらねえと──」

 ゲルドンの顔色が変わった。キュッと両手を構える。これはゲルドンが本気で、戦闘態勢に入ったことを示していた。

 ガスッ

 ゲルドンの左の軽いパンチ──左ジャブだ!

 いきなりの素早い攻撃に、ドルバースは反応できなかった。ドルバースのアゴを軽くとらえた。またもう一発ジャブ、今度は(ほお)。そして最後にゲルドンは──。

 ガッ

 ゲルドンの下段回し蹴り! ローキックだ!

 ドルバースは(もも)を蹴られて、ひっくり返った。

「おお!」
「すげえ」
「さすが大勇者様だぜ!」

 野次馬たちが声を上げる。

「くっ!」

 ドルバースはひっくり返った時、背中を打った。しかし、すぐに横に転がり、立ち上がる。

「へへへ……」

 ゲルドンはニタリと笑った。

「フフッ、冷静になれば、ざっとこんなもんさ」
「そうかな?」

 立ち上がったドルバースはぴょんぴょん、とその場をジャンプしてみせる。

「効いてねえんだよ、大勇者さんよ! ジャブも下段蹴りも、すべて急所を外したぜ?」

 ドルバースの言葉に、ゲルドンは冷や汗をかいた。そ、そんなバカな? 効いていないだと? 
 ドルバースは続ける。

「てめーの攻撃が遅ぇから、ポイントを外すことができるんだ。なんだお前、本当に大勇者のゲルドンなのか? ニセモノなんじゃねーの?」

 しかしだ。ドルバースは実は、ゲルドンの攻撃は効いていた。ケンカ慣れしたドルバースは、このようなハッタリ発言もお得意だった。
 しかし、今のゲルドンにはその演技を見抜く余裕はなかった──。

 ゲルドンは顔を真っ赤にした。
 俺は正真正銘(しょうしんしょうめい)の、本物の勇者だ!

「俺は、負けるわけには、いかねえんだ! てめーを(つぶ)す!」

 ゲルドンは何と、横の席の鉄製ビールジョッキを手に、ドルバースに殴りかかった。

「う、うおっ……」

 ドルバースはさすがにあわてた。しかし、ゲルドンも焦っており、動きが雑だ。ドルバースは無事、その凶器攻撃をかわすことができた。
 ゲルドンは声を上げた。

「う、そ、だ、ろ」
「ふう──。危ねえな。うそだろ、じゃねえよ」

 ドルバースはため息をついた。

「そのビールジョッキは重いぞ。そんな(おそ)(にぶ)い攻撃が効くと思ったか? 武闘家(ぶとうか)にそんなチンケな反則攻撃が効くかよ、大勇者さん」

 ゲルドンは再び冷や汗をかいていた。

 野次馬はクスクス笑っている。何としても勝たないと……どうする?

 ゲルドンはジロリとクオリファを見た。

「お前の出番だ」

 ゲルドンはクオリファに言った。

「うっす……」

 クオリファは静かに言った。クオリファも、自分の師匠、そして尊敬する大勇者をコケにされて、我慢がならなかった。

「っしゃあっ!」

 ドガッ

 クオリファはいきなり、ドルバースに向かって横蹴りを胸部に見舞った。
 ドルバースは3メートルふっとび、酒場の壁に激突した。

 ケンカはまだ続く──。